夏休み真っ
「お兄様! あちらが集合場所のようです。送迎のバスは……まだ来てないようですね?」
「そうだな、バスが来るまで、軽く売店でも見ておくか?」
リゾート地ということもあって少し浮かれているのか、楽しそうに俺を先導していく
「いえ、集合場所で待機しておきましょう。お兄様との婚前旅行……入念に下調べは行いましたが、情報に抜けがないか確認もしておきたいですし」
「家族旅行だからな。そこは間違えちゃ駄目だぞ。──しかし佳樹、テンションが高すぎじゃないか。まだホテルに着いてもいないのに」
そう言うと、佳樹はニッコリと
「お兄様と佳樹が、共に歩む
「そうか。そういうものか」
「そういうものなのです。──お兄様の妹としては、
「わりと
部屋も一緒だしな。もし誘えば、翌日から
ひょんなことから手に入れた旅行券だが、ここまで来たら楽しまなきゃ損だ。俺の隣で笑っている佳樹を、出来る限り楽しませてもあげたい。兄としての器の見せ所だ。
◇
サンサンと照り付ける太陽。俺は今、ゆらゆらと揺れる船の上にいる。
無事ホテルへのチェックインも終わった翌日、俺たち兄妹はスキューバダイビング体験に参加していた。既にウエットスーツを着用しており、器具はすべて貸し出してもらえた。
「重っ」
最後に酸素ボンベを背負う。予想以上の重さに、少しふらつく。これで準備は終わりかな……? 佳樹の方を見ると、係員に誘導されて海に飛び込むところのようだ。
佳樹は俺に向かってお茶目に軽い
「次はお兄さんの番ですよー。準備はできていますか?」
佳樹に続いて係の人の誘導に従う。装備が結構本格的なので、ワクワクしてきた。俺も単純だな──
「──
「はい! さあお兄様、ご一緒に行きましょう」
海の上で係の人に簡単なレクチャーをしてもらった。ハンドサインは勉強になるな……ダイビング中も同じ人が
「あと、ダイビングをしているときは、二人でしっかり手をつないでおいてくださいね? お兄さん、妹さんをお願いします」
「え? ……それって必要なんですか? 妹はもう中学生ですし──」
「はい。お二人が繋がっている方が私もガイドがやりやすいですし……お二人とも、今回がダイビング初体験です。水中で思わず不安になってしまうかもしれません。そんな時家族の手というものは、とても安心を与えてくれます。お互いに」
「そうなんですか」
「ですね。ちょっと恥ずかしいかもしれませんが、安全のためですので……お願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
そういうことなら
……そして俺たちの、スキューバダイビング体験が始まった。
◇
「お、おおー……」
一面透き通った
お兄ちゃんは撮らなくていいんだぞ。景色を撮りなさい。
しかしダイビングって楽だな……体はほとんど動かさなくていいし、いい感じにガイドもしてもらえる。珍しい魚がいればハンドサインで教えてもらえるので、普段はボンヤリ
神秘的な生命の根源。それらを感じていると、佳樹がギュッと一回、手を繋ぐ力を強めてきた。
「ん?」
まさか──先程言われていたように、佳樹は不安になってしまったのだろうか。俺も手をギュッと一回握り返す。
「ふふっ」
すると佳樹はギュッ、ギュッと二回、手を握り返してきた。……俺も二回返す。
佳樹の顔はゴーグルやシュノーケルのせいでよく見えないが、怖がっているようには見えない。その次は三回。ゆっくりと、俺の手の感触を確かめているような触り方だ。
──これ、遊ばれてるな? 俺も三回握り返す。
「えへへ……」
これくらいの可愛い遊びなら、付き合ってやるか。俺はお兄ちゃんなんだしな。
……あれ、なんか大きくて
──こうして俺たち兄妹は最後まで仲良く手を繋いだまま、
◇
その後も、俺たちは様々な場所を
「お兄様! あちらにいるのはセイタカシギです。水辺のバレリーナという愛称もあるそうで……きれいな脚ですね……」
「ああ……いい姿勢だな。こんな鳥もいるのか」
ある時はホテルのプールサイドで──
「お兄様。フロントでビーチボールをお借りしてきました。プールに入って一緒に遊びましょう!」
「ありがと佳樹。……もう一度言うけど、遊ぶ時もその上に着ているやつは脱いじゃダメだぞ? 見たところ家族連れで小さい子供が多いけど、プールは誰がいるかわからないんだ。佳樹の水着姿は大事にしまっておいてくれ」
「はい! お兄様に心配していただき、佳樹は嬉しいです」
またある時はビーチが見渡せるハンモックの上で
「流石に疲れた……ハンモックってすごい。言い表せない安心感がある……海から吹いてくる風も気持ちがいいな。本を持ってくればよかった」
「お兄様、アイスクリームをお持ちしました。お召し上がりください」
「うーん美味しい……って佳樹、これいくらだったんだ。俺が佳樹の分も出すよ」
「もうお兄様、このホテルはオールインクルーシブじゃないですか。お金はかかりませんよ?」
「えっと、
──あっという間に夜になり、俺たちはホテル内のステージで、マジックショーを観賞していた。
夜といえどまだ気温は高いが、ステージの周辺は冷房が効いているのでかなり涼しい。
そうしていると、肩に何かが当たる。
横を向くとその正体はすぐにわかった。佳樹が俺の肩に優しく寄りかかっている。
「……何してるんだ?」
「……こうした方が、ステージが良く見える気がするので、しちゃいました。勝手にお兄様の肩をお借りするなんて、佳樹は悪い子です」
佳樹はコテンと頭を倒し、俺たちは完全に密着する。佳樹も一日遊んで疲れているだろうし、兄として肩を貸すのもやぶさかではない──あくまで、兄としてだ。
「幸せです……」
「そうか──。佳樹がリゾートを
「佳樹の胸の中に
「そんなものじゃないか? 別に全部話さなくたっていいんだ。俺も佳樹もこうして二人で、同じものを見ているんだしな」
「はい、お兄様──」
俺の言葉に、佳樹はクシャリと笑った。さて、ショーも大詰めだ。最後まで楽しもう。
◇
マジックショーも終わり、ホテルの部屋に戻った。俺たちの部屋は407号室だ。あとはもうシャワーを浴びて寝るだけだな……ベットの上で寝転んでいると、佳樹が声をかけてきた。
「お兄様、ベランダにお越しください! 星が、とても綺麗ですよ」
「わかった。今行くよ」
ベランダに出ると、その名の通り目に入る満点の星たち。無数の輝きが、空で
感心していると、佳樹の服装に目が付く。さっきと違うな。また着替えたのか。
でもシャワーはまだ浴びてないはず……というか佳樹が上に来ているの、
「なあ佳樹、それって……」
「バレちゃいました? お兄様、サプライズです。そちらに近づきますので、佳樹が今何を着ているのか、ご覧ください」
「へ……?」
佳樹が俺に近づいてくる。部屋に付いている
夕方に干した俺のシャツはまだ全然乾いてなくて──白いシャツが透けた下に、黒いビキニの水着が、上下揃って浮かび上がっていた。
「──まだ、そういうのは佳樹には早いんじゃないか?」
「女性の水着姿に
「──ああ。可愛いよ佳樹。本当に、可愛い」
気づくと佳樹の
「外ではずっとウェットスーツやラッシュガードを着ていましたので、お兄様は佳樹の水着姿をあまりご覧になれませんでした。この際ですのでお兄様はこの地の星空と、可愛い水着を着ている佳樹を、心ゆくまでご
佳樹は両腕を後ろに回し、俺の視界の中央に
木造のベランダと一面の
「……佳樹」
「何でしょう? お兄様」
「また、来ような。こういうところに……進学してアルバイトとか、就職とかしてお金貯めてさ。次は父さんと母さんも一緒に来れたらいいし、楽しそうだ」
「──!! はい! また一緒に行きましょう、お兄様! 佳樹はこのお約束、ずっとずっと、
俺たちは約束をする。どこにでもいる、なんてことない家族の約束だ。喜びはしゃぐ佳樹の様子は見慣れたもので、俺は
なんかリゾートの空気にあてられて、妙な気分になっている気がするな……
まだ旅行が終わったわけじゃない。明日はグラスボートに乗るし、お土産だって色々買わないといけないしな。感傷的になるには気が早すぎる。
そうして俺たち兄妹は夜空の下で向かい合ったまま、気が済むまで明日の話をした。