マケインわーるど   作:einan

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温水(ぬくみず)佳樹(かじゅ)とリゾート旅行

 

 夏休み真っ(ただ)中。俺は佳樹(かじゅ)と二人で、とあるリゾート地に家族旅行に来ていた。

 

「お兄様! あちらが集合場所のようです。送迎のバスは……まだ来てないようですね?」

「そうだな、バスが来るまで、軽く売店でも見ておくか?」

 

 リゾート地ということもあって少し浮かれているのか、楽しそうに俺を先導していく温水(ぬくみず)佳樹(かじゅ)。我が妹ながら、シンプルな白いワンピースが似合っている。佳樹はどんな服でも似合うが、今日はなんか……更に輝いている感じだ。旅行(かばん)を新調していたようなので、そのせいかもしれない。

 

「いえ、集合場所で待機しておきましょう。お兄様との婚前旅行……入念に下調べは行いましたが、情報に抜けがないか確認もしておきたいですし」

「家族旅行だからな。そこは間違えちゃ駄目だぞ。──しかし佳樹、テンションが高すぎじゃないか。まだホテルに着いてもいないのに」

 

 そう言うと、佳樹はニッコリと微笑(ほほえ)んで俺の腕に手を絡ませてきた。

 

「お兄様と佳樹が、共に歩む旅路(たびじ)……そのすべてが佳樹にとって至福のひと時なのです。テンション、上がりまくりです。思わず腕も組んじゃいます」

「そうか。そういうものか」

「そういうものなのです。──お兄様の妹としては、八奈見(やなみ)さんや焼塩(やきしお)さん……小鞠(こまり)さんのうちどなたかをお誘いして、親睦(しんぼく)を深めていただきたい気持ちもありましたが──お兄様は熟慮(じゅくりょ)の末、佳樹をお選びいただきました。ならばこの旅行の間は、佳樹がお兄様のパートナーです! 佳樹はこの3日間を永遠に忘れないでしょう──」

「わりと即決(そっけつ)だったよな? 八奈見さんたちも一応女子なんだから、二人きりの旅行に誘うわけないだろ……泊りだし」

 

 部屋も一緒だしな。もし誘えば、翌日から性欲(せいよく)()(じん)と呼ばれるのは避けられないだろう。そんなことをしていると、ガイドのような人が歩いてくるのが見えた。

 ひょんなことから手に入れた旅行券だが、ここまで来たら楽しまなきゃ損だ。俺の隣で笑っている佳樹を、出来る限り楽しませてもあげたい。兄としての器の見せ所だ。

 

 

          ◇

 

 

 サンサンと照り付ける太陽。俺は今、ゆらゆらと揺れる船の上にいる。

 無事ホテルへのチェックインも終わった翌日、俺たち兄妹はスキューバダイビング体験に参加していた。既にウエットスーツを着用しており、器具はすべて貸し出してもらえた。(いた)れり()くせりだ。俺たちの他にも、何組か家族連れが同乗している。

 

「重っ」

 

 最後に酸素ボンベを背負う。予想以上の重さに、少しふらつく。これで準備は終わりかな……? 佳樹の方を見ると、係員に誘導されて海に飛び込むところのようだ。

 佳樹は俺に向かってお茶目に軽い敬礼(けいれい)をしたかと思うと、後ろ向きに飛び込んでいった。なるほど、ああやってやるのか。

 

「次はお兄さんの番ですよー。準備はできていますか?」

 

 佳樹に続いて係の人の誘導に従う。装備が結構本格的なので、ワクワクしてきた。俺も単純だな──

 

 

 

「──(みみ)()きもちゃんとできていますね。それではいよいよ、海の中に潜りたいと思います! お兄さんも妹さんも、またこのロープに捕まってください」

「はい! さあお兄様、ご一緒に行きましょう」

 

 海の上で係の人に簡単なレクチャーをしてもらった。ハンドサインは勉強になるな……ダイビング中も同じ人が同伴(どうはん)してくれるようだ。頼もしい。

 

「あと、ダイビングをしているときは、二人でしっかり手をつないでおいてくださいね? お兄さん、妹さんをお願いします」

「え? ……それって必要なんですか? 妹はもう中学生ですし──」

「はい。お二人が繋がっている方が私もガイドがやりやすいですし……お二人とも、今回がダイビング初体験です。水中で思わず不安になってしまうかもしれません。そんな時家族の手というものは、とても安心を与えてくれます。お互いに」

「そうなんですか」

「ですね。ちょっと恥ずかしいかもしれませんが、安全のためですので……お願いしたいのですが、いかがでしょうか?」

 

 そういうことなら異論(いろん)はない。水の中でそっと佳樹に手を近づけると、佳樹もそれに合わせて優しく手を握ってくる。俺たちが握り合っている手を水から浮かべると、係の人は両手の親指を使いイイね! と返す。

 ……そして俺たちの、スキューバダイビング体験が始まった。

 

 

          ◇

 

 

「お、おおー……」

 

 一面透き通った(あお)い世界。色とりどりの珊瑚礁(さんごしょう)。すぐ近くを泳いでいる魚たち──凄い。期待以上だ。佳樹も興奮しているのか、レンタルした水中カメラで次々と写真を撮っている。

 お兄ちゃんは撮らなくていいんだぞ。景色を撮りなさい。

 

 しかしダイビングって楽だな……体はほとんど動かさなくていいし、いい感じにガイドもしてもらえる。珍しい魚がいればハンドサインで教えてもらえるので、普段はボンヤリ(ただよ)っているだけでいい。海の中に住むのも悪くないかもな……

 神秘的な生命の根源。それらを感じていると、佳樹がギュッと一回、手を繋ぐ力を強めてきた。

 

「ん?」

 

 まさか──先程言われていたように、佳樹は不安になってしまったのだろうか。俺も手をギュッと一回握り返す。

 

「ふふっ」

 

 すると佳樹はギュッ、ギュッと二回、手を握り返してきた。……俺も二回返す。

 佳樹の顔はゴーグルやシュノーケルのせいでよく見えないが、怖がっているようには見えない。その次は三回。ゆっくりと、俺の手の感触を確かめているような触り方だ。

 ──これ、遊ばれてるな? 俺も三回握り返す。

 

「えへへ……」

 

 これくらいの可愛い遊びなら、付き合ってやるか。俺はお兄ちゃんなんだしな。

 ……あれ、なんか大きくて(ひら)べったいのが見える。もしかしてあれがマンタか? デカい。すごくデカい。佳樹と二人で手を振りはしゃぐ。

 

 ──こうして俺たち兄妹は最後まで仲良く手を繋いだまま、雄大(ゆうだい)な海の中の光景を楽しんだ。

 

 

          ◇

 

 

 その後も、俺たちは様々な場所を(めぐ)った。ある時はマングローブでボートを()ぎ──

 

「お兄様! あちらにいるのはセイタカシギです。水辺のバレリーナという愛称もあるそうで……きれいな脚ですね……」

「ああ……いい姿勢だな。こんな鳥もいるのか」

 

 

 ある時はホテルのプールサイドで──

 

「お兄様。フロントでビーチボールをお借りしてきました。プールに入って一緒に遊びましょう!」

「ありがと佳樹。……もう一度言うけど、遊ぶ時もその上に着ているやつは脱いじゃダメだぞ? 見たところ家族連れで小さい子供が多いけど、プールは誰がいるかわからないんだ。佳樹の水着姿は大事にしまっておいてくれ」

「はい! お兄様に心配していただき、佳樹は嬉しいです」

 

 

 またある時はビーチが見渡せるハンモックの上で(くつろ)いで──

 

「流石に疲れた……ハンモックってすごい。言い表せない安心感がある……海から吹いてくる風も気持ちがいいな。本を持ってくればよかった」

「お兄様、アイスクリームをお持ちしました。お召し上がりください」

「うーん美味しい……って佳樹、これいくらだったんだ。俺が佳樹の分も出すよ」

「もうお兄様、このホテルはオールインクルーシブじゃないですか。お金はかかりませんよ?」

「えっと、滞在(たいざい)中は食べ放題で、飲み放題みたいな感じだったよな……? まだ慣れなくて忘れちゃうな」

 

 

 ──あっという間に夜になり、俺たちはホテル内のステージで、マジックショーを観賞していた。隣接(りんせつ)しているバーで貰った飲み物を片手に、佳樹と二人で披露(ひろう)されるマジックに盛り上がる。テレビで見るのとはまた違うな。

 夜といえどまだ気温は高いが、ステージの周辺は冷房が効いているのでかなり涼しい。

 

 そうしていると、肩に何かが当たる。

 横を向くとその正体はすぐにわかった。佳樹が俺の肩に優しく寄りかかっている。

 

「……何してるんだ?」

「……こうした方が、ステージが良く見える気がするので、しちゃいました。勝手にお兄様の肩をお借りするなんて、佳樹は悪い子です」

 

 佳樹はコテンと頭を倒し、俺たちは完全に密着する。佳樹も一日遊んで疲れているだろうし、兄として肩を貸すのもやぶさかではない──あくまで、兄としてだ。

 

「幸せです……」

「そうか──。佳樹がリゾートを満喫(まんきつ)しているようで、俺も嬉しいよ」

「佳樹の胸の中に(あふ)れている気持ちを、全部お兄様に伝えたくて──でも伝えきれなくて。佳樹はこんなに(くち)不調法(ぶちょうほう)だったのでしょうか。不思議です」

「そんなものじゃないか? 別に全部話さなくたっていいんだ。俺も佳樹もこうして二人で、同じものを見ているんだしな」

「はい、お兄様──」

 

 俺の言葉に、佳樹はクシャリと笑った。さて、ショーも大詰めだ。最後まで楽しもう。

 

 

          ◇

 

 

 マジックショーも終わり、ホテルの部屋に戻った。俺たちの部屋は407号室だ。あとはもうシャワーを浴びて寝るだけだな……ベットの上で寝転んでいると、佳樹が声をかけてきた。

 

「お兄様、ベランダにお越しください! 星が、とても綺麗ですよ」

「わかった。今行くよ」

 

 ベランダに出ると、その名の通り目に入る満点の星たち。無数の輝きが、空で(またた)いていた。リゾート地は星まで綺麗なのか。

 感心していると、佳樹の服装に目が付く。さっきと違うな。また着替えたのか。

 でもシャワーはまだ浴びてないはず……というか佳樹が上に来ているの、()れたから部屋で干していた、俺のTシャツじゃないか? 暗くてよく見えないけど──

 

「なあ佳樹、それって……」

「バレちゃいました? お兄様、サプライズです。そちらに近づきますので、佳樹が今何を着ているのか、ご覧ください」

「へ……?」

 

 佳樹が俺に近づいてくる。部屋に付いている(わず)かな光が、佳樹の姿を照らす。

 夕方に干した俺のシャツはまだ全然乾いてなくて──白いシャツが透けた下に、黒いビキニの水着が、上下揃って浮かび上がっていた。

 

「──まだ、そういうのは佳樹には早いんじゃないか?」

「女性の水着姿に無粋(ぶすい)な言葉を使ってはいけませんよ? お兄様。──ただ一言、可愛いとおっしゃっていただければ、それでいいのです」

「──ああ。可愛いよ佳樹。本当に、可愛い」

 

 気づくと佳樹の(ほほ)には、少し赤みがかかっている。周囲が薄暗いのもあって、新鮮な表情だ。

 

「外ではずっとウェットスーツやラッシュガードを着ていましたので、お兄様は佳樹の水着姿をあまりご覧になれませんでした。この際ですのでお兄様はこの地の星空と、可愛い水着を着ている佳樹を、心ゆくまでご堪能(たんのう)ください──」

 

 佳樹は両腕を後ろに回し、俺の視界の中央に(たたず)む。

 木造のベランダと一面の(まばゆ)い星空を背景に佇むその姿は、どこか幻想的で──ふとした拍子に、幻のように消えてしまいそうだと、思った。

 

「……佳樹」

「何でしょう? お兄様」

「また、来ような。こういうところに……進学してアルバイトとか、就職とかしてお金貯めてさ。次は父さんと母さんも一緒に来れたらいいし、楽しそうだ」

「──!! はい! また一緒に行きましょう、お兄様! 佳樹はこのお約束、ずっとずっと、永久(とわ)に忘れません──」

 

 俺たちは約束をする。どこにでもいる、なんてことない家族の約束だ。喜びはしゃぐ佳樹の様子は見慣れたもので、俺は安堵(あんど)する。

 

 なんかリゾートの空気にあてられて、妙な気分になっている気がするな……

 まだ旅行が終わったわけじゃない。明日はグラスボートに乗るし、お土産だって色々買わないといけないしな。感傷的になるには気が早すぎる。

 

 そうして俺たち兄妹は夜空の下で向かい合ったまま、気が済むまで明日の話をした。

 

 

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