マケインわーるど   作:einan

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八奈見(やなみ)杏菜(あんな)と勉強会

 

 ポカポカとし始めた穏やかな初夏(しょか)温水(ぬくみず)和彦(かずひこ)はいつものように登校していた。

 眠気覚ましの朝日を浴びつつ歩いていると、ある人物から声をかけられる。

 

「よお温水、おはよう。ちょっと話があるんだけど、いいか?」

「おはよう(はかま)()。別に構わないけど」

 

 人物の名は(はかま)()草介(そうすけ)八奈見(やなみ)杏菜(あんな)の幼馴染で、彼女を負けヒロインにした張本人だ。現在進行形で、恋人の姫宮(ひめみや)華恋(かれん)と付き合っている。

 そのベストパートナーっぷりはクラスを越えて学年に広がっているが……俺はその内学校中に広まるんじゃないかと思っている。八奈見に聞かされるせいで、俺も無駄にこの二人の恋人事情に詳しい。

 

「早速本題に入るけど、この前のテストで杏菜の成績が落ちたらしいんだ」

「へえ、そうなんだ。……原因は?」

「ドラマを見過ぎたせいって杏菜は言ってたぞ」

「そうなんだ」

 

 校舎の人気(ひとけ)のない場所で、袴田は真面目な表情で話をしている。俺は適当に相槌(あいづち)を打っていた。

 

「それでおばさん……杏菜のお母さんから俺の母さんを経由して、またこんなことにならないように日頃から勉強させてほしいって頼まれたんだ。このままズルズル成績が落ちるかもしれないからって」

「まあ、妥当だね。でもそういう話が来るってことは、袴田ってまだ姫宮さんと付き合ってること親に言ってないのか」

「なっ!? ──ま、まだだな。話すきっかけというか……突然言い出すのも変だろ。そもそも勉強を勧めるのは、杏菜の親友として何も悪いことじゃないぜ」

 

 それはそうだが。今のままだとヤバいタイミングで発覚してもおかしくないぞ。

 前になんかそんな感じになりそうなことあったし。

 

「──聞いてるか温水? 俺と華恋と杏菜で勉強会をすることになって……それでも毎日はできないから、温水からも杏菜に勉強するように言ってくれないか」

「それくらいなら構わないけど」

 

 これ以上文芸部に赤点要員が増えるのも良くないだろう。漫画でも部員の成績向上イベントは定番だしな。少しくらいは貢献(こうけん)した方が良さそうだ。

 

「助かるわー……温水となら杏菜も勉強しやすいと思うんだ。あんまり言いふらすわけにもいかないしな。頼んだ」

「そんなことはないと思うけど。頼まれた」

 

 袴田はバンバンと俺の肩を叩き、どこかへと去っていった。

 突然のボディタッチは驚くのでやめてほしい。しかし、あの三人で勉強会か……

 

「座る時の席はどうするんだろうな」

 

 テーブルを囲むとして……八奈見が座り、その対面に袴田と姫宮さんが並ぶだろ。

 八奈見の目の前で、ペンでお互いの(ほほ)をつついたりしてイチャつく二人。これはダメだな。

 八奈見が座り、その隣に姫宮さん。対面に袴田。見つめあい、目配(めくば)せだけで意思(いし)疎通(そつう)する二人。これもダメだな。

 

「これが詰みってやつか……」

 

 でも今回は八奈見が成績落としたことが原因なんだし、あいつが悪いな。

 俺は八奈見の成績のことを時折(ときおり)考えつつ、その日は何事もなく授業を受けた。

 

 

          ◇

 

 

 翌日、放課後の文芸部室。

 ガブガブとポッキーを食べている八奈見に、俺は頃合(ころあ)いを見て話しかけた。

 

「八奈見さん、袴田から聞いたんだけどさ──」

「ストーーーップ! 温水君、いい? その先の発言には、よーく気を付けた方がいいと思います」

「何さ」

 

 八奈見は手を突き出し俺の発言を制す。

 ……一瞬、八奈見がお相撲(すもう)さんになったかと思った。どすこい。

 

「温水君の発言は、あらかた想像がつくんだよね。なので、ここはあえて言わないのが花というものではないでしょうか」

「そうなの?」

「そうです。もし言ってしまえば、今まで温水君がコツコツ貯めた八奈見ちゃんポインツは大幅減点。私の好感度がダダ下がりしちゃうんだよ。それは温水君としても、良くないことだと──」

「八奈見さん。勉強しよう」

「ちょっとは躊躇(ためら)おうか温水君!!」

「お、お前ら、騒がしいぞ」

 

 静かに本を読んでいた小鞠に(たしな)められる。

 確かにそうだな。ここからは静かに話そう。

 

「提案なんだけど、こういうゆっくりしている時間で、三十分だけ勉強しないか。もちろん俺もやるよ」

「三十分だけ?」

「ああ、日常の勉強時間を少しだけ増やすんだ。ちゃんと見返りもある。佳樹(かじゅ)謹製(きんせい)のお菓子だ。味見をしたが、美味かったぞ」

「……妹ちゃんのお菓子! なな、何個? 何個なのかな」

 

 俺は鞄からお菓子の包みを取り出し、机の上に置く。

 

「三十分の勉強時間につき、一つの予定だけど」

「……」

 

 俺は呼吸を置いて追加で二袋ほど取り出し、机の上に並べた。

 

「勉強のはかどり次第で、更に追加することを約束する」

「…………!」

 

 八奈見の目の色が変わる。

 

「安心してくれ。俺は正確な査定(さてい)に定評のある男だ。八奈見さんの頑張りを裏切るようなことはしないよ」

「──乗った。温水君も策士(さくし)だね……いいよ。まんまと乗せられてあげようじゃない」

「よし。文芸部臨時勉強会のスタートだ」

 

 八奈見は得意気な表情で俺の提案を受け入れた。単純で助かる。

 そんな俺達の会話に、小鞠がピョコンと割り込んできた。

 

「ぶ、文芸部ってことは、わ、私もやるのか?」

「ああ、小鞠も良ければやろう。お菓子は費用を抑えるためにまとめて多めに作ったから、小鞠も参加するならあげるよ」

「も、持って帰っても」

「当然問題ない。家族で仲良く食べてくれ」

 

 参加人数追加。目論見(もくろみ)通りだ。昨日の夜に勉強指導の動画を見た甲斐(かい)があった。俺もカリスマ講師を名乗れるかもしれない……

 こうして、俺たちの勉強会は始まった。

 

 一日目。八奈見二袋。小鞠二袋。ほどほどに勉強をする。

 

 二日目。小鞠と一緒に勉強。途中で後輩の白玉さんが参加した。

 

 三日目。八奈見一袋。小鞠二袋。途中で明らかにダラダラしていた八奈見は、渋々受け入れた。

 

 四日目。諸事情により実施されず。

 

 五日目。珍しく焼塩が襲来。温水和彦、カリスマ講師の道を諦める。

 

 六日目。八奈見四袋。小鞠三袋。八奈見は諸手(もろて)を上げて喜んだ。モチベーションが上がったおかげか、八奈見は俺の英単語帳を借りていった。

 

 

          ◇

 

 

 ──俺は今、午前の数学の授業を受けている。先生の解説がもうすぐ終わりそうだ。

 この数列を式変形するやり方、昨日の勉強会でちょうど予習したとこだな……

 

(何だかんだ続いているな、臨時勉強会)

 

 この調子ならお菓子の供給がある限り行われるだろう。

 勉強会は一先(ひとま)ず次の期末テストまでの予定だが、場合によっては俺がお菓子作りを覚えて、佳樹(かじゅ)の負担を減らすことを考えた方がいいかもしれない。

 そんなことを考えていると授業が終わり、休み時間となる。水道のチェックでもしに行くかと席を立った。

 

「温水君、ちょっと待ってよ。はい、借りてた単語帳」

 

 同じように数学の授業を終えた八奈見が、俺の席まで来て話しかけてきた。

 手に持っているのは昨日貸した俺の英単語帳だ。もう覚えたのだろうか。

 

「昨日は家でも勉強したんだ、八奈見さん」

「私普段も家で勉強してるからね。別に頭悪くないから。前回はちょっくら油断しただけだよ」

「そうなんだ。それじゃまた」

「コラ、逃げるな」

 

 そう言い背を向けた俺の肩を、八奈見がガシッと掴む。

 別に逃げてないぞ。要件が終わったから立ち去るだけだ。

 

「温水君はその単語帳を貸した責任として、私が暗記しているかチェックする必要があるんじゃないかな。ほら、私が覚えてなかったら監督責任とか問われちゃうかもしれないし」

「誰が問うのその責任……つまり、ここから問題を出して欲しいってこと?」

「そうです。そして、正解したらご褒美(ほうび)が貰えるのも自然な流れだよね」

「なるほどね」

 

 俺は席に座り直し、パラパラと単語帳をめくる。

 周りのクラスメイトが様々な話題で花を咲かせている中、八奈見は俺の机に腰掛けて問題が出るのを今か今かと待っていた。

 

「be short of」

「不足する」

 

「psychological」

「心理的な」

 

「immigration」

「──移住、入国管理」

 

 おお、どれも正解だ。

 マカロンを一袋賞品として八奈見に贈呈(ぞうてい)する。

 

「やったね。私の頭脳、パーフェクト過ぎる……!」

 

 本当に頭脳がパーフェクトなら、食欲をコントロールすることもできると思うんだけど……無理そうだな。八奈見は早速袋をバリッと開けて、あっという間にマカロンを食べ尽くしてしまった。

 なんにせよ勉強は順調なようだ。袴田夫妻との勉強会もあるし、元の成績より良くなるといいな。

 

 

          ◇

 

 

 放課後の文芸部室。今日机を囲んでいるのは、俺と八奈見と小鞠だ。あとで白玉さんも来るらしい。

 

「ねえ温水君、日本史のノート持ってない?」

「今日は持ってきてないけど、ノートの画像ならあるよ。はい、八奈見さん」

 

 俺は携帯の画像フォルダからその写真を探し、八奈見に見せる。

 

「あ、ありがと。……でも温水君、なんでノートの写真なんか撮ってるの」

「いや、ノートをなくした時とかが怖いし。リスク管理として優秀だから」

 

 俺の発言に、八奈見は不思議そうな表情をする。

 

「友達に見せてもらえばいいじゃん。私だって温水君が困ってたら貸してあげるよ?」

「八奈見さんのノートか。……ありがとう。その時は力を借りるよ」

「任せなさい」

 

 八奈見は胸をドンと叩く。でもこいつに気軽に借りを作るのはなんか嫌だな……この習慣は続けよう。

 八奈見は俺のノートの画像を軽く写している。

 

「これってノートのページを全部撮ってるってことでしょ。画像フォルダがかなり埋まるから邪魔(じゃま)じゃないかな」

「撮ったやつは後でクラウドに移したり、パソコンやUSBに保存したりしてるから。あんまり邪魔じゃないよ」

「そう? でもここら辺とか文字ばっかりの画像がビッチリじゃん。うわ、これはないよ温水君」

 

 八奈見はウゲェとした顔で俺の携帯の画面をスクロールする。

 携帯のフォルダなんて別に何でもいいだろ。そんなことを思っていると、画面をスクロールしていた八奈見の人差し指がピタリと止まる。

 

「……何これ」

 

 あれ、なんかマズい画像あったっけ。やらかしたか。

 八奈見はムッとした表情で、俺の携帯を指差した。

 

「──温水君。なんで温水君はあの先輩と、ツーショットを撮っているのかな……?」

「ん……八奈見、わ、私にも見せろ」

 

 槍玉(やりだま)にあげられたのは俺と志喜屋(しきや)先輩が二人きりで写っている写真だ。なんだ、その写真か。

 

「その写真は少し前、会話の流れで志喜屋先輩がツーショットを撮るって勘違いしたんだよ。ほら、撮ってるのも志喜屋先輩だろ? 別に俺が下心あって頼んだわけじゃないんだって」

 

 俺は完璧な釈明をする。何もやましいことはない。

 

「……じゃあなんで消してないの」

「……わざわざ消さなくてもいいかなと」

 

 ジトっと見つめる八奈見の追及に、俺は目線を逸らして(とぼ)けた。

 すると八奈見は何故(なぜ)か俺の携帯をカメラモードにして、急にパシャパシャと自撮りをし始めた。撮影する角度や目線を変えつつ、色んなポーズをとっている。

 

「何してるの八奈見さん」

「女子高生ってね、誰のスマホであろうと綺麗な写真を撮れないといけないの。これはその練習だよ。温水君は写真の一枚や二枚増えても構わないんでしょ。はい、小鞠ちゃんこっち向いて」

「へっ!? ふ、ふへっ」

 

 小鞠も巻き込んで撮影会が始まった。勉強しろよ。

 急にカメラを向けられた小鞠の笑顔、引き()ってるじゃないか。

 

「温水君」

 

 俺に携帯が返却された。満足したのかと思ったが、八奈見は小鞠を引き連れて椅子と一緒にこっち側に寄って来た。

 

「次はね、三人で撮るの。自撮りは男子高生にも必須のスキルなんだよ。青春を送るのに欠かせなくて……うっ、嫌な思い出が。という訳で、温水君が映えるための練習をさせてあげます。私達に感謝してよね」

「八奈見さんは親切だなー」

「……なんか適当じゃない? 温水君が撮るんだよ、しっかりしてね」

 

 だって逆らうとめんどくさそうだし。──中心に居る小鞠を、俺と八奈見が(はさ)む。

 俺は腕を伸ばして、全員が丁度収まるように画角を調整するが……自撮りだと意外とバランスが難しいな。八奈見の言うことも一理あるのか。

 

「じゃあ撮るぞ。3、2、1」

 

 パシャリとスマホの撮影ボタンを押す。念のためもう一度だけ撮った。

 撮った写真を確認する。そこには少しだけ笑っている俺、ニヤッとした顔でダブルピースをしている小鞠、そしてキラリとキメポーズをとっている笑顔の八奈見が、見慣れた文芸部の部室を背景に……お互いに身を寄せ合っている瞬間が切り取られていた。

 

 ──割と上手くできたんじゃないか。 

 

「これでいいのか、八奈見さん」

「……温水君、やるね。自撮り検定二級くらいはあるよ。私と小鞠ちゃんの可愛さがしっかり表現できているところがいいです。もっと精進して一級を目指すこと」

 

 どうやら八奈見は満足したようだ。

 これ以上話題が広がる前に、携帯を丁寧にポケットにしまう。

 

「それで勉強がさっきから全然進んでないけど、大丈夫?」

「──ハッ!? いや、これは温水君も同罪だよね。ノーカンでしょノーカン」

「いいからさっさとやろう。小鞠はもう再開しているし」

「……」

「なぬっ!? す、素早い。……流石小鞠ちゃん。私も負けないからね!」

「皆さんこんにちは。相変わらず賑やかですねー」

 

 用事を終わらせた白玉さんが入室してきた。

 さて、しょうもないことやってないで勉強するか……

 

 部室の外から少しばかり時期尚早(しょうそう)(せみ)の声が、うっすらと聞こえてくる。

 俺はペンを持ち直して、目の前の教科書の次のページを開いた。

 

 

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