「お兄様、大変です!」
家の
「どうしたんだ、佳樹」
「お兄様──世の中にはなんと、おうちデートというものがあるみたいなんです! そんな素敵な考え方があるなんて……
おうちデート。デートといえば異性と出かける印象があるが、お互いの家に行くというのもデートに分類される。
まあカップルがいればどんな場所でもそうなるもんだ。そこそこ一般的な
「おうちデートか……」
「そうです! 二人で一緒にお料理をしたり、テレビを見るだけでもおうちデートなんです。つまり佳樹とお兄様は、ほぼ毎日デートをしていたといっても過言ではありません」
「兄妹だからな。同じ家にいて何かをするのは普通だぞ」
そう言うが目を輝かせた佳樹が引く気配はない。
その理論が通ると俺たちのデート経験数がとんでもないことになるぞ。
「ですがお兄様、おうちデートは奥が深いです。雰囲気なども大事で、佳樹たちは今まで
「そうかそうか」
「マンネリもつきものらしいんです……このままではいけません。今から準備をしますので、お兄様、明日は
「とりあえず家で何かやるってことだな。わかった」
俺が返事をすると、佳樹はゴキゲンな様子で部屋に戻っていった。佳樹は時々
とにかく、明日はあんまり寄り道せずに帰ってくるとするか。
佳樹が楽しそうなのはいいことだしな。付き合うにも限度はあるけど。
◇
翌日の夕方。俺は予定通り帰宅する。玄関の靴を見る限りでは、佳樹はまだ帰宅していないようだ。
……その内帰ってくるだろう。俺は荷物や服を片付けて、手洗いやうがいを済ませ晩御飯の下
「お兄様、ただいまです」
「お帰り。佳樹」
帰宅した佳樹の手には見慣れない紙袋。あれが今日のために準備したものなのだろうか。
「早速おうちデートを始めましょうお兄様。まずは二人でシャワーを浴びて──」
「浴びないぞ。ほら、何かやりたいことがあるのなら早く入ってきなさい。俺はまだ料理をしているから」
「……お兄様はつれないです。では、お先に浴びさせていただきますね」
佳樹は素直に脱衣所に向かってくれた。初手から押しが強いぞ。どうなってるんだ……違う、これは大きめの要求を断らせることで、次の要求を断わりにくくするテクであるなんとかフェイス、ってやつじゃないか。
俺が読んでいたラノベに出てきたので、佳樹が知っていてもおかしくはない。
──危ないところだった。それを踏まえた上で、冷静に佳樹の要求を
鍋に入れた味噌
「サッパリしました。お次に入られますか? お兄様」
シャワーを済ませた佳樹はいつもと違う装いをしている。
グレーの生地に白いラインが入ったショートパンツに、より淡いグレーが広がっているノースリーブの上着。キャミソールとか、そんな名前だった気がする。
どちらも大きめで少しばかりサイズが合っていない。ピンクのモコモコした靴下も
「まだ俺はいいよ。その服は新しく買ったのか」
「とある方にお借りしました。服装を変化させるのはマンネリ
──それって
俺が見てていいのかこれ。貸してくれた女子に失礼じゃない?
「……どうやって借りたんだ」
「今日の
佳樹はキョトンと首を
そして佳樹は他の人に昨日のトンデモ理論を話したってことか。妙な噂にならないといいけど。
「お兄様、晩御飯の準備は大丈夫ですか? 佳樹もお手伝いします」
「もう完成するから手伝いはいいよ。佳樹は髪を乾かして……俺がやろうかな」
「はい! お願いしますお兄様!」
今日はどんな要求が来るか予想できないからな。今のうちに佳樹の
──佳樹が肩を出している服装なのは新鮮だな。最近は俺と同じタイプの男性用パジャマを着ることが多かったので、余計にそう思う。
「……あれ、何だこの香り」
「──アロマキャンドルですよ、お兄様。この匂いはお嫌いでしたか?」
「いいと思う。なんか落ち着く」
これは森の香りかな。凄い、家のリビングに居るのに大自然に
未知の体験に感動しつつ、佳樹と色々な話をしていく。
「──こんな感じに雰囲気が変わるのは確かにいいな。佳樹がやりたいこともなんとなくわかる。でも佳樹、俺たちは今でも十分仲良しな兄妹だと思うし、マンネリとかは気にしなくてもいいんじゃないか」
兄妹にそもそもマンネリとかいう概念はないが。それは言わないでおく。
俺の言葉に佳樹は振り向き、ニッコリと笑った。
「お兄様、これはリハーサルなんです。私とお兄様はいつまでも兄妹ですが、恋人はそうもいきません。マンネリは
恋人ができる気配すらかけらもない俺が、参考にする機会は果たしてあるのだろうか。
あとそれって佳樹に将来彼氏が出来た時のリハーサルにもなるってことだよな。
兄として色々複雑だぞ。考えたら意外と精神的なダメージが大きい。
「それではおうちデートを始めましょう。まずは
佳樹はチョコレートの箱を三箱取り出す。いずれも有名なメーカーのチョコだ。
個包装されている食べやすいタイプだな。
「利きチョコ?」
「そうです。最初にこちらのチョコを一つずつ召し上がって味を確認して頂き、後ほどあらためてランダムに食べたチョコの
当てっこか。俺は承諾して、佳樹と仲良くチョコを食べ始める。
……いや意識すれば違いはなんとなく分かるけど、自信ないぞこれ。前に食べたチョコの味も少し混じってわかりにくいし。
「ではお兄様、本番です。目隠しをさせていただきますね」
「ちゃんと目は
「遊びですが、そこはちゃんとしないといけません」
佳樹に言われるがまま目隠しをされる。そういえば目隠しをした状態で、どうやって食べよう。佳樹に手渡してもらえばいいか。
「はいお兄様、あーんしてください」
佳樹はチョコの形でどれかわかることがないように、チョコをパキっと割って、俺の口に近づけてきたようだ。
確かにそっちの方が不正もないし効率的だな。俺は次々と差し出されるチョコをパクパクと食べていく。あっ。ちょっとだけ佳樹の指も一緒に口に入れてしまった。
「……お兄様。どうですか。違いはわかりましたか?」
「ああ、多分わかったぞ。正解は──」
俺は迷いつつも丁寧に解答をする。結果として、自分の味覚に少し自信がついた。
「流石お兄様です。次は佳樹の番ですね」
そう言われ佳樹に目隠しをする。
その状態で待っている佳樹を正面から見て、ふと気づく。目隠しってちょっとえっちじゃないかな。
いや、佳樹をそういう目で見てるわけではないんだけど……シチュエーションがね。
これは誰かに見られたら誤解される気がするな。さっさと終わらせてしまおう。俺は気持ち急ぎ目に、小さく開いている佳樹の口にチョコレートを運んでいった。
◇
利きチョコ対決は引き分けに終わった。
終わってみれば普通に楽しかったな。洗面所の明かりをつけて、二人で並び手を洗った。
「次はマッサージをしましょうお兄様。兄妹のスキンシップにピッタリですよ」
「ほーら佳樹、肩を
「んっ……今日のお兄様は積極的です」
次のプランはマッサージか。ここで受け身になるのは何となく良くない。お互いに肩揉みでもして無難に終わらせよう。
「って、佳樹の肩全然
「でもほぐして欲しいところは意外とあるんですよ? ……二の腕とか」
「二の腕」
佳樹の二の腕を両手で揉みほぐす。プニプニしてるな。ここも別に必要なさそうだけど……
「──ふとももとか」
そう言って佳樹はソファーに仰向けに寝転がる。俺は半分ほど佳樹に
……あれ、これってやましくないかな。さっきの目隠しのせいか、普段あまり意識していない俺の判断基準が迷走している気がする。
「お兄様?」
「あ、ああ」
──佳樹の純真な目線で目が覚めた。別に変な所を触るわけじゃない。
ちょっと体勢がアレなだけで、俺たちは兄妹。意識する方がおかしいよな。
無心で佳樹の
「──ありがとうございますお兄様。次は佳樹がお兄様を
佳樹は起き上がり、そう提案してきた。交代するならと俺は
佳樹のマッサージは肩から始まり、腕、腰へと続いていった。
「お兄様、ご希望の部位はありますか?」
「わりと全部気持ちいい。佳樹のマッサージはじんわり筋肉とかに効いてる感じがするよ」
「お褒めいただき嬉しいです。それでは全身を
佳樹は張り切った様子でマッサージを進めていく。
やっぱり俺より佳樹の方が
「お兄様、続きをしますので寝転んでください」
佳樹にそう言われて、俺はカーペットにゴロンっと寝転ぶ。体勢はうつ伏せにした。
俺に
「うんしょ、うんしょ……お兄様、背中が意外と凝り固まっていますね」
「え、俺まだ若いはずなのに。最近座ってばかりだったからかな」
確かに佳樹が一生懸命マッサージをしてくれているが、若干物足りない感じがする。
「お兄様、少々お待ちください」
背中を押し込んでいた指の力が消えたかと思うと、後ろでシュルッという音が聞こえた。
もう一度聞こえ、俺の横にポスっと軽いものを置く音。
佳樹があのモコモコした靴下を脱いだのか。
「佳樹の腕力では少し力不足のようですので、試しに足でやってみますね。お兄様、失礼します」
ギュッと背中に沈み込んでいく、二つの重み。もう佳樹も中学生だし上に乗るのはどうかと思ったけど、全然軽いな。丁度求めていたような刺激だ。
佳樹が細かく体重を移動しているのが、足裏から伝わってくる。
「──こんなに気持ちがいいものなんだな。最高だよ。佳樹」
「お兄様が喜んでくださり佳樹は嬉しいです。ゆっくりと動いていきますので、そのままお
「ああ」
佳樹はちょこちょこと俺の上を前後に歩いていく。
人の上を歩くのは結構不安定なように思えるが、佳樹がバランスを崩すことはない。
……そうやって一通りマッサージが終わると、佳樹は俺の上からストンと飛び降りた。俺は佳樹にお礼を言う。
「ありがとな、佳樹」
「いえいえ。またマッサージが必要な時は、いつでもおっしゃってください」
「それもあるけど──リラックスできる香りを用意したり、甘いものを食べさせたり。最近俺が忙しそうにしていたから、
最初は何をするのかと思ったが、ここまでくれば目的も分かるもんだ。
「……佳樹にはこれくらいしか出来ることがありませんから。早く大人になりたいです」
「十分すぎるし、助かってるよ。佳樹なら素敵な大人になれるさ。こういうさり気ない
ほんとに佳樹は昔から変わらずいい子に育ってくれた。兄として誇らしい。
「まぁ、佳樹が家族に甘えたい
「えへへ、バレちゃいました? それなら仕方がありません、正面からお願いしちゃいますね。もっともーっと沢山佳樹を可愛がって下さい──お兄様」
「バレるも何もいつもそんな感じだろ……」
佳樹は寝転んでいる俺の顔を
やれやれ、いつまでも手のかかる妹だな。
そんなことを考えていると、玄関の鍵が空いて扉が開いた音がする。ドン、と何か荷物を置くような音がリビングまで響いた。
「ただいま。
「はーいお母さん。今行きます」
母さんが帰ってきたのか。佳樹はパーカーを
いやこのままだとハンバーグを煮込みすぎるから、そっちの方が優先だな。
俺はすっかりほぐれた体で立ち上がり、台所に戻った。
──アロマの香りってここまで届くのか。料理をしているとキャンプでもしている気分だ。値段次第だけど、読書の時とかに