マケインわーるど   作:einan

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温水(ぬくみず)佳樹(かじゅ)とおうちデート

 

「お兄様、大変です!」

 

 家の廊下(ろうか)を歩いていると、自分の部屋から突然出てきた佳樹(かじゅ)と顔を合わせた。佳樹は慌てているのか、ワタワタと手を動かしている。さて、何が起こったのやら。

 

「どうしたんだ、佳樹」

「お兄様──世の中にはなんと、おうちデートというものがあるみたいなんです! そんな素敵な考え方があるなんて……盲点(もうてん)でした」

 

 おうちデート。デートといえば異性と出かける印象があるが、お互いの家に行くというのもデートに分類される。

 まあカップルがいればどんな場所でもそうなるもんだ。そこそこ一般的な概念(がいねん)だと思うが、佳樹は知らなかったのか。

 

「おうちデートか……」

「そうです! 二人で一緒にお料理をしたり、テレビを見るだけでもおうちデートなんです。つまり佳樹とお兄様は、ほぼ毎日デートをしていたといっても過言ではありません」

「兄妹だからな。同じ家にいて何かをするのは普通だぞ」

 

 そう言うが目を輝かせた佳樹が引く気配はない。

 その理論が通ると俺たちのデート経験数がとんでもないことになるぞ。

 

「ですがお兄様、おうちデートは奥が深いです。雰囲気なども大事で、佳樹たちは今まで漠然(ばくぜん)とおうちデートをしていたことに気づかされました」

「そうかそうか」

「マンネリもつきものらしいんです……このままではいけません。今から準備をしますので、お兄様、明日は一風(いっぷう)変わったおうちデートをしましょう! 楽しみにしててくださいね」

「とりあえず家で何かやるってことだな。わかった」

 

 俺が返事をすると、佳樹はゴキゲンな様子で部屋に戻っていった。佳樹は時々突拍子(とっぴょうし)もないことを言い出すな……

 とにかく、明日はあんまり寄り道せずに帰ってくるとするか。

 佳樹が楽しそうなのはいいことだしな。付き合うにも限度はあるけど。

 

 

          ◇

 

 

 翌日の夕方。俺は予定通り帰宅する。玄関の靴を見る限りでは、佳樹はまだ帰宅していないようだ。

 ……その内帰ってくるだろう。俺は荷物や服を片付けて、手洗いやうがいを済ませ晩御飯の下(ごしら)えを始める。今日のメインは煮込みハンバーグだ。調理を進めて少し経つと、玄関がガチャっと開く音がした。

 

「お兄様、ただいまです」

「お帰り。佳樹」

 

 帰宅した佳樹の手には見慣れない紙袋。あれが今日のために準備したものなのだろうか。

 

「早速おうちデートを始めましょうお兄様。まずは二人でシャワーを浴びて──」

「浴びないぞ。ほら、何かやりたいことがあるのなら早く入ってきなさい。俺はまだ料理をしているから」

「……お兄様はつれないです。では、お先に浴びさせていただきますね」

 

 佳樹は素直に脱衣所に向かってくれた。初手から押しが強いぞ。どうなってるんだ……違う、これは大きめの要求を断らせることで、次の要求を断わりにくくするテクであるなんとかフェイス、ってやつじゃないか。

 俺が読んでいたラノベに出てきたので、佳樹が知っていてもおかしくはない。

 

 ──危ないところだった。それを踏まえた上で、冷静に佳樹の要求を精査(せいさ)していこう。

 鍋に入れた味噌()しの中で味噌をゆっくり混ぜて溶かし入れ、心を落ち着かせる。サラダの野菜ももうすぐ切り終わるな。盛り付ける皿は……そんなことをしていると、佳樹が風呂場から上がってきた。今日は早いな。

 

「サッパリしました。お次に入られますか? お兄様」

 

 シャワーを済ませた佳樹はいつもと違う装いをしている。

 グレーの生地に白いラインが入ったショートパンツに、より淡いグレーが広がっているノースリーブの上着。キャミソールとか、そんな名前だった気がする。

 どちらも大きめで少しばかりサイズが合っていない。ピンクのモコモコした靴下も()いているが、この季節にその格好は薄着なんじゃないか。

 

「まだ俺はいいよ。その服は新しく買ったのか」

「とある方にお借りしました。服装を変化させるのはマンネリ脱却(だっきゃく)の第一歩です」

 

 ──それって何処(どこ)かの女子の部屋着を佳樹が着ているってことだよな。ヤバい、その事実にちょっとドキっとする。

 俺が見てていいのかこれ。貸してくれた女子に失礼じゃない?

 

「……どうやって借りたんだ」

「今日の趣旨(しゅし)をお話したところ、(こころよ)く貸し出してくださいましたよ?」

 

 佳樹はキョトンと首を(かし)げる。それで借りれちゃうのか。

 そして佳樹は他の人に昨日のトンデモ理論を話したってことか。妙な噂にならないといいけど。

 

「お兄様、晩御飯の準備は大丈夫ですか? 佳樹もお手伝いします」

「もう完成するから手伝いはいいよ。佳樹は髪を乾かして……俺がやろうかな」

「はい! お願いしますお兄様!」

 

 今日はどんな要求が来るか予想できないからな。今のうちに佳樹の機嫌(きげん)を良くしておこう。ドライヤーとブラシを持ってきて、佳樹の髪の手入れをする。後ろで髪を乾かしている位置関係上、自然と佳樹の肩紐(かたひも)が目に入った。

 ──佳樹が肩を出している服装なのは新鮮だな。最近は俺と同じタイプの男性用パジャマを着ることが多かったので、余計にそう思う。

 

「……あれ、何だこの香り」

「──アロマキャンドルですよ、お兄様。この匂いはお嫌いでしたか?」

「いいと思う。なんか落ち着く」

 

 これは森の香りかな。凄い、家のリビングに居るのに大自然に(ひた)っているようだ。

 未知の体験に感動しつつ、佳樹と色々な話をしていく。

 

「──こんな感じに雰囲気が変わるのは確かにいいな。佳樹がやりたいこともなんとなくわかる。でも佳樹、俺たちは今でも十分仲良しな兄妹だと思うし、マンネリとかは気にしなくてもいいんじゃないか」

 

 兄妹にそもそもマンネリとかいう概念はないが。それは言わないでおく。

 俺の言葉に佳樹は振り向き、ニッコリと笑った。

 

「お兄様、これはリハーサルなんです。私とお兄様はいつまでも兄妹ですが、恋人はそうもいきません。マンネリは破局(はきょく)の危機を招いちゃうんです。そんな時にお兄様は今日の経験を参考にすることで──恋人の方と変わらずにラブラブ生活が送れるはずです。佳樹と思う存分予行(よこう)をしましょう」

 

 恋人ができる気配すらかけらもない俺が、参考にする機会は果たしてあるのだろうか。

 あとそれって佳樹に将来彼氏が出来た時のリハーサルにもなるってことだよな。

 兄として色々複雑だぞ。考えたら意外と精神的なダメージが大きい。

 

「それではおうちデートを始めましょう。まずは()きチョコです! お兄様、こちらをご覧ください」

 

 佳樹はチョコレートの箱を三箱取り出す。いずれも有名なメーカーのチョコだ。

 個包装されている食べやすいタイプだな。

 

「利きチョコ?」

「そうです。最初にこちらのチョコを一つずつ召し上がって味を確認して頂き、後ほどあらためてランダムに食べたチョコの銘柄(めいがら)を解答する、簡単なゲームですね」

 

 当てっこか。俺は承諾して、佳樹と仲良くチョコを食べ始める。

 ……いや意識すれば違いはなんとなく分かるけど、自信ないぞこれ。前に食べたチョコの味も少し混じってわかりにくいし。

 

「ではお兄様、本番です。目隠しをさせていただきますね」

「ちゃんと目は(つぶ)るぞ」

「遊びですが、そこはちゃんとしないといけません」

 

 佳樹に言われるがまま目隠しをされる。そういえば目隠しをした状態で、どうやって食べよう。佳樹に手渡してもらえばいいか。

 

「はいお兄様、あーんしてください」

 

 佳樹はチョコの形でどれかわかることがないように、チョコをパキっと割って、俺の口に近づけてきたようだ。

 確かにそっちの方が不正もないし効率的だな。俺は次々と差し出されるチョコをパクパクと食べていく。あっ。ちょっとだけ佳樹の指も一緒に口に入れてしまった。

 

「……お兄様。どうですか。違いはわかりましたか?」

「ああ、多分わかったぞ。正解は──」

 

 俺は迷いつつも丁寧に解答をする。結果として、自分の味覚に少し自信がついた。

 

「流石お兄様です。次は佳樹の番ですね」

 

 そう言われ佳樹に目隠しをする。

 その状態で待っている佳樹を正面から見て、ふと気づく。目隠しってちょっとえっちじゃないかな。

 

 いや、佳樹をそういう目で見てるわけではないんだけど……シチュエーションがね。

 これは誰かに見られたら誤解される気がするな。さっさと終わらせてしまおう。俺は気持ち急ぎ目に、小さく開いている佳樹の口にチョコレートを運んでいった。

 

 

          ◇

 

 

 利きチョコ対決は引き分けに終わった。

 終わってみれば普通に楽しかったな。洗面所の明かりをつけて、二人で並び手を洗った。

 

「次はマッサージをしましょうお兄様。兄妹のスキンシップにピッタリですよ」

「ほーら佳樹、肩を()んでやるぞ」

「んっ……今日のお兄様は積極的です」

 

 次のプランはマッサージか。ここで受け身になるのは何となく良くない。お互いに肩揉みでもして無難に終わらせよう。

 

「って、佳樹の肩全然()ってないな」

「でもほぐして欲しいところは意外とあるんですよ? ……二の腕とか」

「二の腕」

 

 佳樹の二の腕を両手で揉みほぐす。プニプニしてるな。ここも別に必要なさそうだけど……

 

「──ふとももとか」

 

 そう言って佳樹はソファーに仰向けに寝転がる。俺は半分ほど佳樹に(おお)いかぶさるような体勢で、佳樹の足を手に取った。

 ……あれ、これってやましくないかな。さっきの目隠しのせいか、普段あまり意識していない俺の判断基準が迷走している気がする。

 

「お兄様?」

「あ、ああ」

 

 ──佳樹の純真な目線で目が覚めた。別に変な所を触るわけじゃない。

 ちょっと体勢がアレなだけで、俺たちは兄妹。意識する方がおかしいよな。

 無心で佳樹の太腿(ふともも)をマッサージする。こっちはなんか、ムニムニしてるな。二の腕より触り心地が良い。

 

「──ありがとうございますお兄様。次は佳樹がお兄様を(いや)して差し上げますね」

 

 佳樹は起き上がり、そう提案してきた。交代するならと俺は胡座(あぐら)を組んで床に座る。

 佳樹のマッサージは肩から始まり、腕、腰へと続いていった。

 

「お兄様、ご希望の部位はありますか?」

「わりと全部気持ちいい。佳樹のマッサージはじんわり筋肉とかに効いてる感じがするよ」

「お褒めいただき嬉しいです。それでは全身を満遍(まんべん)なくほぐしていきますね」

 

 佳樹は張り切った様子でマッサージを進めていく。

 やっぱり俺より佳樹の方が手際(てぎわ)が良いな。

 

「お兄様、続きをしますので寝転んでください」

 

 佳樹にそう言われて、俺はカーペットにゴロンっと寝転ぶ。体勢はうつ伏せにした。

 俺に(またが)った佳樹は、両腕を通して背中に体重をかけていく。

 

「うんしょ、うんしょ……お兄様、背中が意外と凝り固まっていますね」

「え、俺まだ若いはずなのに。最近座ってばかりだったからかな」

 

 確かに佳樹が一生懸命マッサージをしてくれているが、若干物足りない感じがする。

 

「お兄様、少々お待ちください」

 

 背中を押し込んでいた指の力が消えたかと思うと、後ろでシュルッという音が聞こえた。

 もう一度聞こえ、俺の横にポスっと軽いものを置く音。

 佳樹があのモコモコした靴下を脱いだのか。

 

「佳樹の腕力では少し力不足のようですので、試しに足でやってみますね。お兄様、失礼します」

 

 ギュッと背中に沈み込んでいく、二つの重み。もう佳樹も中学生だし上に乗るのはどうかと思ったけど、全然軽いな。丁度求めていたような刺激だ。

 佳樹が細かく体重を移動しているのが、足裏から伝わってくる。

 

「──こんなに気持ちがいいものなんだな。最高だよ。佳樹」

「お兄様が喜んでくださり佳樹は嬉しいです。ゆっくりと動いていきますので、そのままお(くつろ)ぎ下さいね」

「ああ」

 

 佳樹はちょこちょこと俺の上を前後に歩いていく。

 人の上を歩くのは結構不安定なように思えるが、佳樹がバランスを崩すことはない。体幹(たいかん)がしっかりしているんだろう。一定のリズムで佳樹の身体(からだ)から伝わってくる、多彩(たさい)な感触が心地良い。

 ……そうやって一通りマッサージが終わると、佳樹は俺の上からストンと飛び降りた。俺は佳樹にお礼を言う。

 

「ありがとな、佳樹」

「いえいえ。またマッサージが必要な時は、いつでもおっしゃってください」

「それもあるけど──リラックスできる香りを用意したり、甘いものを食べさせたり。最近俺が忙しそうにしていたから、(ねぎら)おうとしてくれたんだろ」

 

 最初は何をするのかと思ったが、ここまでくれば目的も分かるもんだ。

 

「……佳樹にはこれくらいしか出来ることがありませんから。早く大人になりたいです」

「十分すぎるし、助かってるよ。佳樹なら素敵な大人になれるさ。こういうさり気ない気遣(きづか)いができるんだしな」

 

 ほんとに佳樹は昔から変わらずいい子に育ってくれた。兄として誇らしい。

 

「まぁ、佳樹が家族に甘えたい思惑(おもわく)もありそうだけど」

「えへへ、バレちゃいました? それなら仕方がありません、正面からお願いしちゃいますね。もっともーっと沢山佳樹を可愛がって下さい──お兄様」

「バレるも何もいつもそんな感じだろ……」

 

 佳樹は寝転んでいる俺の顔を(のぞ)き込んでテヘっとした表情を見せた後、口に手を当てつつ微笑んでいる。

 やれやれ、いつまでも手のかかる妹だな。

 そんなことを考えていると、玄関の鍵が空いて扉が開いた音がする。ドン、と何か荷物を置くような音がリビングまで響いた。

 

「ただいま。和彦(かずひこ)―? 佳樹―? どっちでもいいからこれ台所まで運んでー」

「はーいお母さん。今行きます」

 

 母さんが帰ってきたのか。佳樹はパーカーを羽織(はお)って、パタパタと玄関の方へ()けていった。俺も手伝うか……

 いやこのままだとハンバーグを煮込みすぎるから、そっちの方が優先だな。

 

 俺はすっかりほぐれた体で立ち上がり、台所に戻った。

 ──アロマの香りってここまで届くのか。料理をしているとキャンプでもしている気分だ。値段次第だけど、読書の時とかに()いてみるのもいいかもしれない。佳樹に後で名前を聞いてみるとするか。

 

 

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