マケインわーるど   作:einan

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馬剃(ばそり)天愛星(てぃあら)と最近の悩み

 

 ……卑怯です。私は、温水(ぬくみず)さんでこんなにドキドキしてるのに。

 温水さんは、私でドキドキしたそぶりをちっとも見せなくて。いつも余裕そうで。女性の扱いに手慣れていて、人たらし。時々騒ぎを起こすから、生徒会副会長の私にもっと頼ったらいいのに。

 きっと温水さんが私のことを考える時間より、私が温水さんのことを考える時間の方が多い。……こんなのは、フェアじゃありません。

 

 

          ◇

 

 

 ある日の放課後、俺は袴田(はかまだ)とゲームセンターに来ていた。賑やかな音楽が俺たちを歓迎する。

 袴田はホラー系アクションシューティングゲームの二人プレイをやりたいらしい。

 特に用事もなかったから断るのもどうかと思って了承したけど、袴田が誘う時に『1対1なら温水と遊べる確率が高いって話はホントだったんだな!』と(こぼ)していたのが気になる。

 結局はぐらかされたし。誰がそんなこと言ってたんだ。行動原理を分析されるのはちょっと怖いぞ。

 

「……じゃあ行こうか袴田。目当てのゲームはあれかな」

「まあ待てよ温水。いきなり本命っていうのも味気(あじけ)ないだろ。他のゲームで肩慣らししようぜ」

「他のゲーム? あそこに(あめ)をすくって台に乗せるゲームがあるけど、ああいうやつとかか」

 

 俺が例に挙げたのはゲーセンでよく見るプライズゲームの一種だ。

 あれなら簡単そうだし。適当に選んだけど、八奈見が喜びそうなゲームだな。

 

「あのゲームは小さい頃の杏菜(あんな)がベッタリ張り付いてて俺が放っておかれたから、あんまりいい印象ないんだよなー……別のにしようぜ」

 

 袴田は苦い記憶を思い出しているようだ。

 ゲームの成否に熱中するあまり、半円柱のガラスを食い入るように見るミニ八奈見を幻視(げんし)する。その日は恋愛欲より食欲の日だったのかな。

 

 他にいいゲームがないかとゲームセンターを見回していると、入り口の方に見知った顔を見つけた。あそこにいるのは天愛星(てぃあら)さんじゃないか……? 

 馬剃(ばそり)天愛星(てぃあら)。ツワブキ高校の生徒会副会長だ。融通(ゆうづう)が利かなさそうな見た目をしているが、実際はチョロいところがあって、時々暴走もするアブない人である。

 もちろんちゃんとしたところもあるけど。それ以上に残念な言動が目立つんだよな……あ、こっちに来た。

 

「温水さん、校則違反です。このような遊興(ゆうこう)施設への寄り道が禁止されているのは以前申し上げましたよね?」

「……馬剃さんも入ってきてるじゃん」

「……私は下校途中にあなたを見つけたので、指導するために入店しました。さあ、お手洗いを借りて何もせずに帰りましょう。そうすれば違反ではありません」

 

 そうなのか。また一つ天愛星さんのライフハックを知ってしまった。

 取り締まる側が抜け道を教えていいのだろうか。

 

「温水のダチか? 俺たちどうしてもあのゲームをやりたくて来たんだよ。一回だけやったらすぐ帰るから、見逃してくれないか」

 

 袴田はパンと手を合わせて天愛星さんに頼み込んでいる。

 同時に頭を下げているが、その口元(くちもと)がニヤリとしていることを俺は見逃さなかった。

 ……袴田、一回だけとか多分嘘だろそれ。悪ガキみたいな顔してるな。

 

「ですから、そのような例外は」

 

 袴田の提案を却下しようとしていた天愛星さんが固まる。

 その視線は袴田が親指で指さしたゲームの筐体(きょうたい)に吸われていた。

 

「あああ、あのようなゲームを二人でやりに来たのですか? 絶対駄目です! 公共の場で許されません!」

 

 様子がおかしくなった。なんだろう、ホラゲーが苦手なのか? それともゲームとはいえ銃を撃つのが不健全とかだろうか。

 

「馬剃さん、あれは普通のシューティングゲームだよ。悪影響とかは全然ないから」

「で、でも……上半身が完全に隠れているじゃないですか。それなのに狭くて……温水さんとそこの彼が中で何をしていてもわかりませんよね!? ──ふ、不健全です。その行為自体を否定はしませんが、公共の場で行われるのを見過ごすわけにはいきません」

 

 それだけの要素でそこまで妄想を(ふく)らませてしまう彼女の手遅れっぷりがヤバい。

 袴田に彼女がいることを伝えて誤解を解くべきだろうか。

 

「ん、上半身が隠れてると何で駄目なんだ? 別に変なことじゃないだろ。ええーっと……馬剃さん、だっけ。馬剃さんもやってみればわかるさ。あーでも『ザ・マンション・オブ・ザ・デット』は二人しかプレイ出来ないからなー。よっしゃ、ここはプリでも撮ろうぜ。俺まだ無料のコイン残ってるんだよ」

「プリって、プリクラだよね。……女の子しか撮っちゃいけないんじゃないのか、ああいうの」

「別に男のダチ同士でも撮るぞ。結構面白いしな。今日は三人がゲーセンで出会った記念ってことでいいだろ」

「ささささささ、三人で!? わ、私が間に(はさ)まって──」

「お、馬剃さんは真ん中希望か。乗り気でいいな。温水、馬剃さんの気が変わらないうちに行こうぜ」

 

 善は急げとばかりに俺たちをプリクラコーナーに連れていく袴田。あっという間に天愛星さんを丸め込んだ手腕(しゅわん)は流石といったところか。

 ……天愛星さんがチョロ過ぎるだけな気もするが、彼女の名誉のために袴田が上手だということにしておこう。

 

 

          ◇

 

 

 ──それからの私の記憶は、(さだ)かではありません。

 私の後ろで二人の男子が肩を組んだり、皆で同じポーズをとったり。

 お、思い出そうとすると、また鼻に血液が集中してしまって……

 

 しかし温水さんが、あのようなタイプの男性とも深い仲だったのは想像していませんでした。

 このままでは、差が広がるばかりです。

 ……私もそれなりの手段をとる必要がありますね。

 

 

          ◇

 

 

 今日はまちなか図書館で天愛星さんに勉強を教えている。

 このスペースは他の図書館の自習室と違って、飲食も会話もOKという異色の場だ。馬剃さんは数学でよく詰まっているようなので、そこを重点的に復習している。

 丁度休憩をしていると、彼女が話を切り出してきた。

 

「……本日はとあるものを持ってきました。温水さんに差し上げます」

 

 天愛星さんは無頓着(むとんちゃく)に一冊の本を差し出してきた。シュリンクで包まれているので新品の本をわざわざ買ってきたのだろう。

 彼女が(すす)めてくるということで、BL系統のものでないことを願いつつタイトルを確認する。

 

 ──これって、『ゆるっゆり』じゃないか。(ゆる)い百合描写を交えつつ、学園コメディーを展開していく日常系百合作品だ。アニメはサブスクで見たことがあって面白かったけど、漫画は持っていなかったから普通に嬉しい。

 

幼気(いたいけ)な少女が出てくる本、お好きですよね?」

「……どうかな」

 

 薦められる理由は納得できないけど。微妙に否定しにくいのが困る。

 俺は特に否定も肯定もしないで本を鞄の中にしまった。この本、ブックカバー付いてないし。

 

「馬剃さんに折角薦めて貰ったんだから、しっかりと読ませてもらうよ。ありがとう。後で感想とかも伝えた方がいいかな」

「──! た、確かにそうですね。見識を共有することはとても重要です。仕方ありません。温水さんの思いの丈は、私が受け止めてあげます」

 

 天愛星さんは興奮したのか大胆にも俺の方に身を乗り出してきた。

 ……この本を読んで、志喜屋(しきや)さんとのプレイに理解を示してほしいのだろうか。

 これは中途半端な感想では彼女を満足させられないかもしれない。頑張ろう。

 

 

          ◇

 

 

 やった! やりました!

 インターネットで初心者向けという作品を沢山検索して選んだ甲斐(かい)がありました。

 温水さんは無事本を受け取ってくれて、布石は打たれました。

 あとはこれをきっかけに温水さんが……じょ、女性同士の絡みに興味を持ってくだされば、私の気持ちを少しでもわかってくれるのではないでしょうか。

 温水さんの優位性、(くず)れたりです。

 

 

          ◇

 

 

 俺たち文芸部は今週の連休を利用して、生徒会と合同で一泊だけの温泉合宿に訪れていた。なんでも放虎原(ほうこばる)会長の親戚が経営している温泉宿で、生徒会と文芸部の貸し切りらしい。

 焼塩や白玉さんの件といい、最近生徒会と文芸部の距離が近すぎやしないか……? 

 そろそろ癒着(ゆちゃく)を疑われないだろうか。心配である。

 

「「んーっ……」」

 

 ゴツゴツとした岩に囲まれた乳白(にゅうはく)色の湯に、桜井(さくらい)君と二人で肩までつかる。この人とこういう付き合いをする機会は何かと多いな。

 ひのき造りの屋根や植えられている松の木の鮮やかな緑が、露天(ろてん)風呂の風流さを際立てている。

 ……屋根がある湯船だから半露天風呂って言うんだったっけ。お湯の温度は少し高めだけど、むしろそれがいい。温泉の熱が体の芯まで伝わってくる。

 日中に焼塩と会長のバイタリティ溢れる二人組の温泉街巡りに付いて回った疲れが溶け出していくようだ。

 

「この(へい)の向こうにももう皆がいるのかな。ちょっとドキッとしちゃうよね」

「……桜井君がそんなことを気に掛けるのは意外だな」

 

 桜井君が男湯と女湯を(へだ)てている竹の塀に視線を向ける。

 女性ばかりの生徒会に所属していて無害そうな雰囲気をしているのに、なかなかやるな……これがギャップ萌えってやつだろうか。

 

下世話(げせわ)な話だけど、男同士ならこういう話をして仲良くなることもあるって聞いたことがあってね。僕も男だし、人並みに興味はあるよ。流石に表には出さないけどね」

 

 桜井君の発言にそりゃそうだと俺が笑って同意していると、女風呂の方が騒々(そうぞう)しくなってきた。あれだけの大所帯だ。さぞ(かしま)しいことだろう。

 

 

『は、放してください会長! おそらくこの塀の向こうで、温水さんが盗み聞きをして私たちでよからぬ妄想をしているはずです。証拠をつかまないと!!』

『馬剃君、落ち着きたまえ。彼はそういう人物ではないだろう。万が一魔が差したとしても、弘人(ひろと)が止めているはずだ。その塀を登ろうとするのも無謀(むぼう)だ』

『──桜井君が無理矢理止めて、そ、それどころじゃない展開に!? なら尚更見……ひゃっ!? か、会長のお胸が』

 

『なになにー? ぬっくんたちのとこ遊びに行こうとしてるの? でもここ結構高いよね。あそこに捕まったらいけるのかな』

檸檬(れもん)ちゃん!? わ、私たち今裸なんだよ。タオル巻いてるとか関係ないからね』

『焼塩先輩……下の床は濡れていますし、跳ぶのは危ないと思います』

『そっか。じゃあ仕方ないかー』

『そうですよ。しかし間近で見ると──先輩たちのお肌、とっても瑞々(みずみず)しいですね。羨ましくなっちゃいます。生徒会長さんのとか特にキメが細かくて……どういうお手入れをしているんでしょう。えいっ』

 

 

 貸し切りで他に人がいないせいもあり、天愛星さんの大きな声だけ若干聞こえてきた。

盗み聞きなんて酷い言いがかりだと思う。

 俺と桜井君は顔を見合わせて、同じタイミングで苦笑いをした。

 

 

          ◇

 

 

 ──温水さんの嗜好(しこう)を確かめることに失敗しました。

 後で桜井さんに確認をしたのですが、女湯を気にするようなそぶりはなかったそうです。うう、やっぱりこの作戦は難しかったんでしょうか。

 私はただ温水さんにも……このどうしようもなく()がれる、焼けつくような胸の高鳴りを味わってほしいだけなのに。

 

 宿の受付を通り過ぎて外に出て頭を冷やします。

 透き通るような外の空気は、私の溜まった(うれ)いを吐き出すにはちょうどいいです。

 

 ……何やっているんでしょう、私。

 もっと高校生らしい、月並みなことで悩みたかったです。

 

 

          ◇

 

 

 旅館内の通路を小鞠(こまり)と歩いていく。

 旅館の出口は年季(ねんき)が入ったあの格子状の引扉が目印だ。

 草履(ぞうり)に履き替えて外出すると、何もない場所で天愛星さんが立っているのを見かけた。

 

「あれ、馬剃さんどうしたの。こんなところに居て」

「温水さんですか。──何でもありません。外の空気が吸いたくなっただけです」

「そうなんだ。……それなら一緒に(ふもと)のコンビニまで行かない? お菓子の買い出しを頼まれててさ。すぐ近くだし」

 

 買い出しが志喜屋先輩と白玉さんを入れた四人で唐突に始まったCoup(クー)で負けた(ばつ)ゲームだということは伏せておく。道連れは多い方がいい。

 見事な誘いをした俺に小鞠がえぇ……? と何か言いたそうな顔をしている。

 

「……わかりました。私もご一緒します」

 

 そう言って天愛星さんは俺たちの横を歩き始めた。

 彼女も他の女子と同じように青い浴衣を着ているけど……似合うよな。

 キリっとした歩き姿のおかげか、うちの連中にはない気品みたいなものがある。姿だけなら良家(りょうけ)出身の子女だと言われても違和感がない。

 浴衣に合わせるためか、いつもと違う束ね方をしている髪の下からのぞくうなじと襟足が妙に色っぽい。

 

 でも落ち着け。うなじなんて佳樹(かじゅ)の髪を乾かすときに見慣れている。

 自分にそう言い聞かせたが、同級生の女の子から感じる慣れない色香はまた別だったようで、彼女の首筋をチラッと意識してしまって……

 

「──? どうしたんですか? 温水さん」

「いや、馬剃さんはCoup(クー)とかは苦手そうだなって思って。あのボードゲームって要は(だま)し合いだし」

「よくわかりませんが、(あなど)らないでください。どのようなゲームであろうと見事に適応してみせます」

 

 ……天愛星さんに気づかれてしまった。

 その疑問符を浮かべている様子からして、幸いどこを見ていたかまでは気づかれていないと思う。

 これ以上見てはいけないと判断した俺は前を向く。何事もほどほどが一番だ。

 

「し、死ねっ……」

 

 ぐえっ。小鞠が脇腹に肘打ちをしてきた。

 横に居たこいつには天愛星さんへの視線がバレていたのだろう。

 スマホを持ち歩いていないせいか直接的な手段を取ってきたな。でも全然痛くない。

 

 ──いやさ、桜井君(ふう)に言うなら俺も男なんだし、身近な女子にちょっとドキッとするくらいは不可抗力じゃないか?

そういう表情を小鞠に向けると、もう一発いいのを貰った。

 

 ……駄目ですか。以後気を付けます。

 

 

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