モンスターハンター 嵐への導き   作:唐揚げ

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第十話 卒爾な分水嶺

 翌日。早速、マークの爺さんから受け取った羊皮紙に羅列する文字に眼を通していた。

 量は並大抵なものではないが、一週間もすれば集まりそうであった。素材の入手の難易度も然程、高いわけでもない。自分達でどうにか出来るくらいだ。

 それを考慮した上でメルは承諾した。交渉が成立し、仲間の同意を求めた。無論といった表情の三人に礼を言い、メル達の盛大な素材集めは幕を開けた。

 朝から打ち合わせに明け暮れたが、結局、素材集めは全員で一緒に行う事となった。当の然、其々が別段で行動する方が効率よく進むという意見が出た。しかし、この大掛かりな作業に期限は無く、焦って時間短縮をする必要もない。大型のモンスターを狩る訳ではないが、安全を第一に考えたメルの考案だった。命あっての物種をメルは最優先にしたのだ。 

 その意見に反論は無く、皆が、マークまでもが頷いた。

 メルは今、転機を目前にしているゆえか気持ちが舞い上がっている。

 

(さぁ、仕事だ)

 

 心の中の呟きが甚だ清々しく聞こえた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 涼しかった風が止めば、一気に汗が溜まり、その鬱陶しさは決して嬉々とした環境では無かった。

 暑い訳では無い。異常な程に湿度が高く、空気が淀んでいるのだ。

 一年を通して殆どが雨で、晴れなど指で数えられるくらい稀である。晴れと言っても空気が乾く事は無く、雨が降っていない時期は霧が出ている。そんな環境だからこそ増大するものがある。菌類、これは非常に多い。環境は悪影響ばかり及ぼすが、採れる物は渓流では見られない珍しい代物ばかりで今回、欲する物もここにある。 

 ここは水没林。鬱蒼と生い茂る植物と水没した足場が最大の特徴である狩り場の一つ。

 ギルドの管轄とされた地で今回は毒狗竜(フロギィ)の討伐を目当てに赴いた。言うまでもないが、これは依頼であり、マークが爺に書き出された羊皮紙の中の《フロギィ》の皮と毒牙が個人的な希望する品だ。

 拠点で用意を精到に済ませ、武装を新調した者達は誇った顔で胸を張り、仲間に新式を見せ付ける様に拠点から水没域へと踏み出した。

 

 

 

 そいつの気配を感じ取ったのは僅か数分前。

 強い繁殖力で厳しい環境を生き抜く二本足の狡猾な鳥竜種。濃淡がある橙色の身体を持ち、ジャギィやバギィと比べると少し大きい気もする。水没林や火山帯で棲息できることが生命力の高さを象徴している。

 橙色の鱗が跳び回る。その自然に似合わない目立った色は毒を保持しているという警戒色を表しているとも言われている。

 やはり一頭ではない。洞窟の中からまたひとつ、またひとつと橙色の奴らは現れた。獲物を探すべく頭を高くして見回す。

観察を続けると洞窟の中から出て来たのは全部で四頭。この区域には四頭の《フロギィ》と四人の狩人が占めている。

 戦闘はまだ行わない。先制を飾るのはエリーの銃撃という手筈だ。因みにエリーは傍らには居ない。居るのは近接を得意とするルークとラグッドだ。双方は既に柄を握り締めている、準備は万端だ。

 別行動を取って、先回りをし、この辺り全体を見渡せる高台を陣取ったエリーを黙認する。獲物との距離を確認し―――銃口を上げたエリーの行動に驚く。

 

(…どうした?)

「不具合、かな?」

 

 暫くエリーの合図を待っていると、急に《フロギィ》達が喧しく鳴き交わし始めた。

 気付かれたか、と身構えるがそうではない。道を開ける様に左右に分かれた《フロギィ》達のその奥の暗闇。洞窟内を凝視する。僅かながら感じ取れる強敵の予感があった。

 一際大きな頭個体、《ドスフロギィ》。配下達に挟まれた道を歩む姿は正しく統率者の風格を漂わせている。

 恐らくはこの気配を逸早く感じ取ったのであろう。エリーはこの事態を予測して銃撃を止めたのだ。

《フロギィ》は群れで行動をする。時にその群れを統率するリーダー的存在の個体がいる。二回りも大きく、数倍は強い。体躯は飛竜の比ではないが、生命力は簡単に倒せるものではない。 

 

(奴を探す手間が省けた)

 

 メルはそう判断した。本来ならば配下である《フロギィ》の頭数を減らし、戦力を減らした優勢な状況で挑む予定であった。だが、こうなれば乱戦を好んで選ぶ。冷静さを欠いた愚考かもしれないが、防具を新調したという気勢が退避という選択を切り落とした。

 双剣を抜き、腰を浮かせた。僅かに濡れていた防具から雫が落ちる。この音に奴らは反応しない。

 メルが立ったのを見、後ろの二人が立ち上がる。その様子を確認したエリーが一度、頷くと、引き金に指を掛けた。

 呼吸を整え、静謐。指に力を込めていく。

―――ドォォン……

 銃声が轟く、そして、狩人が駆け抜ける。

 水が弾け、群れが鳴き喚く。弾丸を撃ち出した本人の居場所を掴めない群れは焦りを漂わせる。その湧いた焦りに乗じて距離を詰めた狩人達が痛快な一閃を繰り出す。

 一斉に三頭が没す。状況を理解した統率者が鳴き散らす。それを軽く無視したメルとルークが残った部下を挟撃し、仕留める。

 ここは我らの縄張りだと言わんばかりに鳴き喚く統率者を三方から囲む。

 回り込む形で走り、側方からメルが斬り込もうと間合いを詰める。《ドスフロギィ》も単調な動きで突っ込んでくるメルを標的と定めたようだ。首を捻り、反動をつける様にして首を振るう。

 噛み付き。即刻に見切ったメルは端から攻撃を望んでいなかった身体を後方へと飛ばす。牙と牙がぶつかり合い、短い音が鳴る。

 死角は出来上がった。素早く反応し、死角から駆け出したルークが盾を押し込み、体勢を大きく崩させてから連撃を叩き込む。ルークが退き、遅れて、ラグッドが大剣を振り翳して駆け込む。

 相打ちを避ける為、メルとルークが直ぐに戦線を離脱する。小回りが利く二人が体勢を崩させ、隙を作る役割を果たす。高い攻撃力を誇るラグッドが多大なダメージ、若しくは命を獲りに掛かる。定石である。

 しかし、凄まじい脚力で舞い上がった《ドスフロギィ》の身体は大剣に捉えられる事なく、逃れる。

 このままでは大きな隙を作ってしまったラグッドの身が危ない。作戦は失敗し、形勢は逆転する。

 だが、違う。以前のラグッドならの話だ。

 

「オオオッ!」

 

 巧みに体重を移動させ、身体を入れ替える。泥水に浸かった大剣を持ち上げながら腰を捻り、狙いを見極める。

 外さない確信と外させない気合で見事な一閃を打ち嚙まして見せた。

 けれでも、足場が泥水な為に体重の移動は完璧には達しなかった。重心がずれた身体はいとも簡単に尻餅をついた。確かに以前よりかは成長した動きであったが、この足場という環境までを考慮できなかったらしい。もし、この足場で体勢を崩さないという自信があったのならばそれは愚かな過信であった。

 無様な格好へと成り下がったラグッドの横を、水飛沫を弾けさせてメルが走り抜ける。

 少々、無茶であったか。ラグッドの重厚な一撃で体勢を崩したものの、異常に発達した脚力は転倒を許さなかった。いや、それ以上に体勢を瞬く間に取り戻したのだ。

 思い切り走り込んだメルが止まれずに反撃を受ける光景が鮮明に思い浮かぶ。だが、メルは兜の内で口角を吊り上げて見せる。

 首を撓らせ、勢いを付けて振るう。鈍く光った牙が獲物を仕留めんと襲い掛かる、が、頭があらざる方向へと強引に吹き飛んだ。その光景と同時に銃声が聞こえる。

 信頼からなる阿吽の呼吸。脱帽すべき二人の意思疎通。

 

「ぅぁああーーッ!」

 

 短い叫びと風切り音。

 死角から繰り出された刃が首筋を閃く。続いてメルは、怪鳥の赤い双剣を振り上げた。膝を伸ばす運動と重なり、飛び切りの速度を誇った一閃が顎を切り割る。打ち上がった反動で身体と地面の間に空間が生まれる。迷わず潜り込んで、腹を突き破る。

 二、三度の唸り、悲鳴。メルは生物が持つ生への粘り強さを知っているが故に決して油断はしない。だからこそ、優勢だとはいえ無慈悲な眼で射抜く。

 迅速かつ強引な一閃の数々に一瞬の衰えが見えた。これを好機と捉えたのであろう、メルの身長を優に超える身体で突進の計画を立てる。沈み込む身体を見極め、跳んで退避する。反撃を予知し、予め配置しておいた狡猾で非人情な死への誘いだった。

獲物が突然、消えたのを感じ取り、危険を悟る。突進を外した身体は振り上げられた大剣の攻撃範囲へと自ら侵入する。

赤い大剣を大上段に構えたラグッドが配下を今まで纏めてきた統率者の最期への弔歌を叫ぶ。

 振り下ろされた巨大な刀身は首筋を打ち据えた。

 

「任務完了しました」

 

 聞こえる冷徹な終幕の声と生の残響と雫の音。

 途端に包み込んだ静寂の後、仕留めを完遂したラグッドが胸を張り、堂々と物申す。

 

「どうだ、メル! これが新調した防具の性能だ!」

「…まだまだ、だな」

「分かってるぜぇ。羨ましいんだろ」

「全然」

「さぁさぁ、二人共。剥ぎ取るよ」

 

 相変わらず微笑むルークが優しい声で事の収拾をつかせた。

 三人が剥ぎ取り用の小刀を抜き出したその時、未だ高台から降りてこなかったエリーが突如、警告する。

 

「戦闘準備! 増援です!」

「どうやら、仕事が増えたみたいだね」

「よし…行くぞ」

「おうよ!」

 

 其々が武器を抜き放ち、鬨の声と共に橙の群れへと抗うように飛び込んだ。

 終戦はそれから暫く経っての事だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 三度の晩を過ごし、帰還した狩人らを羨望の眼差しで村人達は待ち侘びていた。毎回の如くラグッドが誇らしげに狩りの成功を告げ回る。例え彼の技術が成長しようとも性格までは変わらない様子だ。

 変わる事の無い石段を上り、踊り場を通り抜け、集会浴場へと上り詰めた一行は先ず始めに依頼の処理を片付けた。エリーが相応の金額を入れた袋を皆に分け、静かに腰を下ろした。皆がお金の袋を無造作に受け取っているが、その眼は明らかに嬉々としたものではない。

 訝しそうにエリーの右手の羊皮紙を見る眼だ。次の依頼だ、と神妙に待ち構えているのだろう。直ぐに察したエリーが依頼書を机の真ん中に置いて皆に見せた。

 舞台は砂原。狩猟対象は魚竜種に分類される《デルクス》だが、奴から取れる大きなヒレが目当てらしい。今回のマークが欲する素材の一部でもある。

 《デルクス》を狩猟対象とする依頼は珍しい。理由は様々だが、特に生活に害がないとも言われている。小型の肉食だが、陸上を這って動くのが精一杯な為に農家や牧畜を荒らす術がない。彼らから取れる素材も並な物ばかりでロックラックの住民を除いて一般人から認知度も少なかった。

 給仕の一人が持って来た珈琲を片手にルークは話を聞いている。ラグッドは特に変わり気の無い、考え事は御免だと言った表情で座っている。メルは依頼書をもう一度、確認したうえでエリーの言葉を待った。

 しかし、肝心なエリーの言葉は中々、聞こえない。それの理由が分かるのは僅か数秒後である。

 

「ふむふむ。《デルクス》を狩るのかいな?」

 

 突然、現れた物々交換の相手となるマークが狩人らの間に割って入った。依頼書をまじまじと見つめ、次に狩人らの面々を眺め回す。

 

「良い眼をしておる。仕事は順調かえ?」

「当ったり前だぜ!」

 

 堂々を言って見せたのがラグッドだ。静かな集会浴場には似合わない野太い大声である。当の本人は気にもしていないようだが、案外目立っている。

 マークは「元気そうで何よりじゃ」と付け足し、居据わった。

 殊の外、マークに依頼された素材集めは順調に成功へと向かっている。残りの数も後半分くらいにまで減っていた。しかし、素材を集めるにはやはり遠出が必須で最近では移動時間に手間取っている感じだ。前の水没林もまたその前の火山も相當な道のりを馬車に揺られていた気がする。休暇で回復した体力が根こそぎ持っていかれたように思える。

 それでも良い転機へと近づく順調な狩猟生活には満足している。

 そうして、ルークが頼んだ一杯目の珈琲を飲み終え、二杯目を頼もうとした頃合いとほぼ同時。

 

 静かな集会浴場に酷く乾き切り、絶え絶えの叫び声が木霊する。

 

「誰がぁ…!」

 

 突如、這いずり転がり込んできた白装束の商人が喚き散らす。恐怖に乱れ、焦点は合っていない。

 場は騒めき、事の収拾はつかずないまま、ゆっくりと狩人達に最上級の試練が下る。

 

「……っボルボロスが、出だ!」

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