モンスターハンター 嵐への導き   作:唐揚げ

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第十一話 夕と夜の梁間

 身体を低く沈みこませ、目の前の光景を窺っていた。

 時刻は暁闇の頃。日はまで顔を出していないが、明るい頃。場所は拠点から少し南下した辺りだ。

 風と水音と息遣いだけが聞こえる。広がる安息の場(オアシス)にぽつんぽつんと佇む草食竜、《リノプロス》に視線を向ける。メルが知る限り、奴らは恐らく旧大陸でいう《アプケロス》である。つまりは近縁の生物という事だ。

 比較的過酷な環境を好む生物で然程の力はないが、縄張り意識が非常に強いため、一般人が襲われるという話も多い。視力が弱い代わりに聴力が優れている。故にこうして物音を立てずに潜んでいる。

 のっそりと動いた《リノプロス》が移動し始める。水を飲み終えた《リノプロス》達が徐々に姿を消し始め、次第にはこの辺りに生物は居なくなった。

 重たい腰を上げ、先程まで《リノプロス》達が顔を突っ込んでいた水場へと駆け寄る。抱え込んだ樽―――外側から順に木製、海綿質の皮、硝子で造られた―――を丁寧に置く。唯でさえ出費が多いのにこの高価なこの樽を壊したくない。少々の衝撃では何ともないが、精神的に丁寧に扱いたい。

 水を大きく掬い上げ、そこから手で掬って入れ込む。蓋をしっかりと閉め、水を腹一杯に飲んでから樽を持ち上げた。辺りに警戒の糸を張っていたエリーに合図を送り、静かに安息の場(オアシス)を離れる。

 

「さて…水の確保は完了、か」

 

 近づく出発の時刻に緊張感が湧き始める。

 

 

 

 地平線の向こうまで広がっている砂漠を眺め、呆れる。

 果てしなく続く乾き切った大地に浮かぶ孤独で寂れた岩場。生命の存在はここ『砂原』に足を踏み入れて以来、見ていない。遠方まで見えるにも関わらず、である。

 長い歴史を思い知らされるような広さ。全く代わり映えのしない、砂の海というべきか。乾き切った風と空気、やたらと突き刺さる強烈な太陽、焼ける様に熱い砂。何一つ変わらない、進んでいるのかどうかさえ疑問に思えて来る。

 腕を翳して遠くを見やる。陽炎の奥に見える黒い点。常に動き回り、時に止まるその黒い点は間違いなく生物である。そして、微かに見える形状から鳥竜種ジャギィであろう。しかし狩る必要はなく、このまま見逃した。

 数少ない中でも貴重な大きさを誇る岩山はまだ僅かに見える。あの頂点の僅か下辺りにギルドが設備した拠点がある。一行の出発点であった拠点はもう既に見え辛い。

 拠点を出た頃はまだ緑が生えていたが、今となっては砂ばかりである。今は息苦しい程に暑いが、夜になれば途端に寒くなる過酷な環境が特徴的である。

 ここ砂原はそんな狩り場なのである。拠点が設備された岩山の向こうへと歩くならば少々の植物や水があり、気温もこの辺りより幾分か低いだろう。しかし、標的は此方側(北西部)で目撃されている。奴がその辺りに居るのは稀な話なのだが、唯でさえ奴の詳しい生態は明かされていないのだ、乏しい知識で推測するのも否める。

 しかし、奴は影も形も現さない。状況は順調とは言い辛い。

 

「…暑いな」

「もう直ぐ、岩場に着く筈です。そこで休憩をとりましょう」

 

 実に嬉しく待ち望んだ言葉だが、その誘因となる岩場は見られない。目の前の複雑な砂丘が視線を遮っているのだ。

 平地慣れした足に難題を課し、砂丘を上っては下る動作を繰り返す。度々、見える岩場が近づくのを感じながら狩人達は重たい足を動かした。

 ただ只管に狩るべき対象の、本来の目的を頭の隅に置き換え、目の前まで来た休憩を目指す。

 砂丘を上り、下る。この一連の動作を何度繰り返しただろうか。長かった道のりに区切りが出来る。

 

「…もう、動けねぇ…」

「辛かったね」

「では、皆さん、十分に休んで下さい」

 

 小さな洞穴が一つ穿たれた少し小さめの岩場であった。風化し、礫と化した岩石が辺りに転がっている。地中から突起する少し身の丈くらいの岩の陰に身を潜め、体力の温存を計った。荷車の牽き役を進んで担当したラグッドは疲弊し切った様子で荷車に座っている。隣ではエリーと一緒に地図を確認するルークが見られた。普段ならばメルも参加しているところだが、疲れ切って動きたくないのが本音だ。

 腰に取り付けられた水筒を手に取り、煽る。外気が暑く、身体に熱が篭っているせいか水が余計に冷たく感じる。携帯食料を齧って陰から頭を出して仰ぐ。

 時刻は昼頃くらい、か。拠点に到着したのが明け方だった。長い行路をほぼ無言で歩いていた為か、時間を体感できていない。時折、空を見上げなければ時刻さえ分からない。

 この先、その時機は分からない。警戒を怠ってはならないのだが、乾燥した熱気は水分だけでなく、集中力も奪っていく。

 薄れていく集中力を取り戻すべく眼を閉じて深呼吸する。

 瞼が視界を遮り、見えていた情報が全て除斥される。やがて、見えない情報が頭に浮かび上がり始める。

 元より記憶された映像が流れる。

現在の居場所にいる尤もな大義であり、屈強な飛竜と矛を交える契機である。

 それは数日前まで遡る。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 突如、集会浴場に転がり込んで叫んだ第一声に含まれた、狩人なら誰しもが引っ掛かる名称。

 土砂竜、《ボルボロス》。飛竜ではなく獣竜種に分類され、その中でも最も小柄である。しかし、一風変わった戦法から戦い難いという狩人達は山ほどいる。

 堅牢で尚且つ火や熱に強い泥を纏う。泥水に自ら浸かる事で身体に泥を纏い、鎧とする。流水してしまえば簡単に泥を剥がせるが、固まった泥を斬撃で剥がすには少々、苦難がある。弾丸による爆破でも泥は耐熱性だ。加えて泥を剥がしても奴の甲殻は生半可な攻撃では弾き返されてしまう。特に攻撃にも特化した頭は一流のハンターであっても破壊することが難しいのだ。

 このことから奴と戦うのを嫌う狩人は多い。狩る為には創意工夫が必須となる訳だ。

 さて、そんな《ボルボロス》がキャラバン隊を襲ったのは恐らく、奴の勢力圏に立ち入ってしまったからだろう。生物は食の為だけに生物を襲うのではなく、縄張りや誇示、本能と深く関係している。その中でも縄張り意識の高い《ボルボロス》と遭遇したのが、キャラバン隊の不幸であっただろう。

 護衛のハンターも数名いたらしいが、恐らく全滅とのこと。キャラバン隊もほぼ壊滅状態だったらしい。彼は不幸中の幸いか、泥に埋もれたのが身を隠す結果となったようだ。

 

「…《ボルボロス》、ですか」

 

 エリーが静かに呟く。その意図はハンターならば自然と知り得た。

 恐らく、狩るか狩らないか。エリーはそれを考えている。その表情、雰囲気、仕草…を見れば直ぐに分かる。

 未だ震える商人を一瞥し、メルもエリーの言葉が来るまで考え込んだ。

 恐らく、戦いの行く末は予測不可能。力量は均等で互角な死闘が考えられる。この場合、勝つのは間違いなく《ボルボロス》であろう。奴が手傷でも負っていない限り此方が負けるのは見えている。

 本来、筋肉も体格も能力も全く異なるのだ。例え、互角に戦えたとしてもそれは狩人達が本調子で最善の動きを繰り出せた場合のみ。奴の脅威さに恐れ戦き、精神が揺らげば即死は確実だ。そして、その瞬間は必ずやって来る。

 見方を変えれば勝てる可能性も低くは無い。何故ならメルはまだエリーの本気を知らない。残る望みは環境によって生まれる大きな昂ぶり。燃える様な魂魄により、限界を超える力を発揮できるかもしれない。

 例を挙げれば、勝てる道程は数知れず。結局な話、狩りの勝敗を奥深くまで推測するのは愚か者がすることだ。結果は誰にも分からないのが道理だ。

 狩人は命あっての物種を心得としている。だが、時としてその心得を忘れさせてしまう様な大望が生まれる。狩りたいという欲望が昂奮となって表に出る。

 メルは無意識に汗塗れの拳を握りしめていた。

 エリーが商人から様々な情報を聞き出しているのを黙認していたマークの爺さんが急に質問を投げ掛けた。

 

「…どうするつもりじゃ? 若僧」

「……お、俺?」

 

 浮ついた声がメルの威厳に不似合いな声が漏れる。それだけ動揺し、精神が不安定になっていたという証拠だ。しかし、それを無理に隠すかのようにメルは平静さを装った。

 己の狩りたいという欲望だけで仲間を危険に晒す訳にはいかない。メルにはそんな思いがあった。

 

「お主の眼を見れば分かる。行きたいのじゃろう? 我輩も土砂竜の素材に興味があってのう。お主は奴を狩りたい、我輩は素材が欲しい……ならばどうする? ―――答えは簡単じゃろうて」

 

 明らかな誘惑。楽しみを孕んだ攻撃的で穢い声―――しかし、待ち望んだ声。

情報を聞き出していた筈のエリーが気付けば、神妙な面持ちで此方を見つめている。胸を騒がすラグッドが眼を引ん剥いて睨み付けている。澄ました様な心配した様なルークの視線が降り掛かる。

 集められた視線に汗が噴き出る。

 間が空き過ぎたのか、マークの爺さんは溜息一つ、そして、言葉を紡いだ。

 

「我輩からの最後の依頼は《ボルボロス》の狩猟。素材は我輩が受け貰うが、イャンガルルガの素材が報酬じゃ」

 

 再びの誘惑。

 悩む理由などあるものか。だが、やはりと戸惑う。それ程までに《ボルボロス》は手強い。

 

「いいのか?」

「無理は言わん」

 

 胸の奥からこみ上げる熱いもの。流れる血液が逆流するかのような錯覚と心臓が熱くなって昂ぶる感覚が脳裏で思い描かれる。

 ふと、思い出す。これが―――狩りの『何か』なのか。

 

「最後の依頼……受けよう」

 

 メルは一瞬の間に突き動かされた。狩人たる所以によって。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 そして、現在に至り、時間は疾うの昔の様に過ぎていく。

 場は先程と同じ様な岩場。二度目の休憩所となる。そして、時刻は先程より更に過ぎた酉の刻。太陽が南中を終え、降る頃合いだ。

 そして、先程、妙な跡地を目撃した。砂嵐が起きた後の様に砂丘が大きく削られていた。更にその一辺は熱砂が荒れ狂っていた。砂嵐と考えればそれだけだが、それは間違い様の無い激闘の跡地だ。現場は緊張感で張り詰めていた。

 狩場とは常日頃に流動する。砂ばかりの砂原ではそれを認知し難いが必ずモンスターが居たとされる証拠が出来る。それを読み解けば間違いなく此方の側が有利に立てる。例え、勢力圏に攻め入る立場であっても、だ。

 陰に腰を下ろし、貴重な水を口に含み、空になった水筒を傍に置く。出発前に準備した樽から水を入れる予定だ。しかし、その前にやる事がある。

 頭から額を経由し、頬を流れ落ちて来る汗を手の甲で拭う。熱を篭らせぬ様、籠手と兜を外し、細部の器具も外している。

 少しの緊張を保ちながら、双剣を引き抜く。がりり、と音が鳴る。恐らく、砂が器具に付着しているせいだろう。

 研ぎ石を右手に、左手に一本の剣を持ち、刃に穴が開くのではないかという程に凝視してから研ぎ石を当てる。少しの風音と押す度に鳴る金属音。何度も確かめながら納得のいくまで研ぎを掛けた。

 岩山の頂点まで登り、双眼鏡を覗き込んで見晴らしの良い砂原を見渡しているエリーを見上げ、声を投げ掛ける。

 

「エリー! 後どれくらいで出発だ?」

「…半刻ですね」

「了解…」

 

 水を入れるには十分の時間だ。荷車へと歩み寄り、水筒を置いて蓋に手を掛けた、その時。

 動き始めた空の水筒。何事だ、と疑念を抱くと同時に空気が変わったのを鮮明に感じた。

 直ぐに首を振り、辺りを見回す。皆も同様の動作を繰り返す。気配は確実に近場に感じられる。メルは今までに多くの狩り場を体験し、様々な脅威と対峙してきた。だからこそ、分かる―――異常な圧迫感。

 地面が小刻みに震えている。やがて、それは大きくなり始め、岩山の頂点に居るエリーでさえ足下から感じていた。

 大きくなる震動にハンター達は警戒心を募らせる。言葉は発せず、不気味な沈黙が辺りを支配する。砂地が震動する異様な音だけが聞こえる。

 土色の舞台にはち切れそうな窮屈な空気が張り詰める。間違いなく変わった空気を鋭敏に感じながら静かに双剣の柄に手を添えた。何時来ても不思議ではないこの状況、心臓を握られているようなこの恐怖的感覚。

 問うまでもない土砂竜の居場所。狩人達は次第に視線を傾け、地面を必死に見回す。

 太陽が地平線へと降りてゆく。

 掌で汗が滲む。矛は抜かない。土砂竜は音に敏感だ。

 放置していた水筒が震動により、砂地に落ちる。

 息苦しい圧迫的な空気に包まれる。

 乾き切った空気に帰結として息が、詰まる。

 

「…っう」

 

 破裂しそうな心臓の鼓動が全身に響き渡り、

 波長が最後の一線を越える直前、

 太陽の欠片が沈み込み、

 大地が割かれる。

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