モンスターハンター 嵐への導き   作:唐揚げ

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第十三話 ナミダ 〔前篇〕

 太陽が地平線の彼方へと追いやられ、訪れたのは深夜の砂原。晴れた夜空に星は無く、孤独な月が灯り続ける。例え、その場が戦場だとしても、頭上に広がる夜空を一度は見上げ、思わず憧憬するだろう。

 しかし、常に砂が這いずり回る広い砂原の、夜空の下に三人の狩人達にそんな猶予は微塵もなかった。彼らの視線の先には狩人独りと巨大な影。

 

「メル君―――っ!」

 

 ゆっくりと流れる時間の中で、視界の端にルークとラグッドが映る。顔は窺えずとも深刻な表情をしているに違いない。幾度とない狩場の中で常に冷静だったエリーが動揺しているのだから。

 砂塵が視線を妨げた直後、メルが軽々と宙を舞う。空中で何度も頭と足が逆転し、砂地を二転三転してから、倒れ込む。

 打ち上げられ、地面を転がった彼は動かない。そして、聞こえる双角竜の咆哮。

 危険性を悟るが早いか。エリーは弾丸を手に取り、手慣れた様子で迅速に装填し、銃口を憎き双角竜へと向けていた。一歩を前に踏み出し、悲嘆と自責が精神を不規律に掻き混ぜ、冷静を放り捨てる。

 

「二人は救出を…! 私はディアブロスを相手取ります!!」

 

 この戦況を飲み込めず、正確に行動ができない二人に僅かながらの冷静さを持って指示したのは熟練の狩人としての経験から成るものか。

 エリーの初めて見せた感情の込められた叫び声。普段通りの冷徹で事務的な声とは全く異なる色を孕んだ怒号である。

新鮮さによって生まれた気迫か、それとも本当の気迫か。平静さを欠かした二人には分からなかったが、彼女への返事を戸惑った。

しかし、彼女はそんな気にも留めず、駆け出していた。戸惑いながらも気を引き締めたルークとラグッドが少し遅れて後に続いた。

 

(私が無力なばかりに…!)

 

 月光に照らされた横たわり、血を流すメルを一瞥し、視線を戻すと共に、視線が放つ色を変える。

 角が横に振られ、此方を向く。放たれる威圧感を強靭な精神を持ってして受け止める。掻き混ぜられた精神を強い意志で強引に統一する。

 構えられた銃が腕の延長に感じられる。この感覚を得られるまでに長い歳月を要した。近距離ならば狙いを正確に定めずに射撃が可能だ。言うまでもないが、連射も可能だ。

 ディアブロスが身体を低くして突進を開始する。完全に興味を惹いたのは間違いない。完璧に差し向かいに持ち込む為には敵の興味を最大に惹かせるだけの実力を見せつければいい。実に簡単で、効率が良い。

 尋常ならざる速度。しかし、エリーは抜群の洞察力で一寸の狂いもなく避けて見せる。銃口を素早く回し、撃つ。襟飾りを撃ち抜いた。だが、僅かな穴に過ぎない。

 躊躇わず、引き金を引き、続けて三弾。銃口の先が一瞬だけ輝き、真っ直ぐな弾道を描いて角竜に的中する。

 ディアブロスは反転し、エリーは銃口を向ける。角が突き出され、弾が撃ち出される。

 切迫する角を易々と躱し、余裕を持って数発だけ撃ち込む。敵の針路に合わせて銃口を振り、引き金を引く。撃ち出される弾丸は確実にディアブロスへと命中していた。

 急停止したディアブロスが尾を振るい、這って事無きを得る。即座にその場から跳び退き、距離を置きながらも引き金を引き続ける。

 装填し、構える。再び引き金を引き、弾倉が尽きたのを確認。そして、双角竜の変わった挙動を視認する。

 

「潜りましたか」

 

 砂中へと潜り込んだ双角竜の戦法の一種である。地面で戦うことを選んだ種であるからこそ出来る芸当だ。

 銃を折り畳み、残りの弾丸を探り掴んで。

 屈み込んで砂に手を当てる。籠手越しに伝わる震動が次第に強くなる。知っている。奴の居場所を、手に取るように感覚を通して、解る。

 五秒後、足下。速断し、駆け出す。

 砂原の大地が盛り上がり、数万の砂粒が巻き上がる―――飛び散る幾多の爆撃によって。

 

「ヴォォァアアアッ!!」

 

 突飛な反撃に地上へと飛び出した双角竜は倒れる。

 エリーが探り掴み、駆け出す際に置いておいた、弾丸は拡散弾。内部に複数の爆発物を仕込み、着弾と同時に爆ぜ、連鎖的な爆破を起こす狙撃手にとって兵器ともいえる強力な弾丸だ。使用法によっては簡単に多大な損傷を負わせることが可能となる優れ物だ。

 弾丸という固定概念を切り捨て、爆弾として使う発想の転換、経験が折り重なって生まれた知識。

 顔辺りで幾つもの爆破が起き、未だ混乱の最中に居る双角竜に容赦なく弾丸が撃ち込まれる。皮膜に、襟飾りに穿孔する。

 響き渡る銃声とそれを掻き消す角竜の悲鳴。慣れ親しんだ工程で弾丸を装填、装填した分を撃ち尽くし、次いで散弾を使い果たし、通常弾に切り替える。

 すると、ここで角竜が立ち上がる。エリーは銃を折り畳み、角竜から離れる方向へと走り出し、腰を据える。辺りを見回し、メルの救出を終えた事を悟る。

 

「さて…」

 

 スコープを覗き、十字架の交差点に巨躯を重ねて引き金を引き絞る。続けて三つ撃ち出された弾薬は角竜を惹くのに十分な数だ。エリーの位置を確認した角竜が吼え、駆け抜ける。

 角竜の強靭な二本の角が真っ直ぐエリーを目指して押し寄せる。徐々に伝わる地響きと重圧感。

 唯々、一度きりの競り合いが生死を分かつ。瞬きの、僅か瞬間の身命の争奪戦。

 数々の銃創を身体に刻んだ巨竜を研ぎ澄まされた刀の様な眼光で睥睨する。弾薬を掴み取り、弾倉に残った通常弾と取り替える。

 エリーと角竜が接触するまで数秒後の時機、影が走り出す。砂原の夜の冷気は互いの命の熱さを冷まし、代わりに極限まで張り詰めた緊迫感を増させる。

 既視感。遠くからその一瞬を見逃すまいと眼を凝らしていた狩人の二人に戦慄が奔る。

 角竜が熟練の狙撃手を巻き込み、岩壁を砕き散らせて「その一瞬」を隠蔽する砂塵を巻き上げた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 連続する発砲音と異常な大音声によって薄らと意識が取り戻されてゆく。

 感覚が徐々に伝わってくる不思議な感じだ。身体が激しく上下に揺れているのがはっきりと分かり始めた頃、口の中に紛れ込んだ砂が嫌な音を出す。

 感覚が元に戻りつつある中、記憶も確実に鮮明になり始めていた。そして、途端に現状に気が付く。

 双角竜との激闘の最中、メルが防御を厭わない接近戦に持ち込み、熾烈な攻防を繰り広げたが、重い一撃を真面に受けて、それから記憶が途切れる。

 

(…そうか。俺は負けた、のか)

 

 唇を噛み締める。血が出てしまうのではないかと言う程に。

 背中が厚く大きい。自分を背負っているのはラグッドで間違いないだろう。彼は大雑把な性格だから、動きは無駄に大きい。その為か、身体中が痛む。

 揺れていた身体が急に止まったのを感じ、視界を明瞭にしようと、しかし、右眼が開かない。

 

「…っぅぁ」

 

 喉が思う様に機能しない。身体に大きな衝撃を与えたせいか。

 右眼に激痛が走り、包帯に巻かれているのだと理解するのには長い時間を要した。恐らく、ディアブロスに吹き飛ばされた最中で右眼を切ったのだろう。眼球の感覚はあるが、果たして機能するのか。

 取り敢えず、残った左眼でラグッドとルークの視線の先を追う。それと同時にエリーが居ない事に気が付く。

 二人の視線の先。ボルボロスの屍体が埋もれている殆ど崩れた岩山の向こう。

 エリーは武器を折り畳み、駆け出していた。その後ろには立ち上がる直前のあの恐ろしき角竜が居る。光量は十分に足りているが、左眼だけの視力では鮮明には見えない。

 岩山の近くでエリーが足を止める。そして、足を半歩引く角竜。何度も見た、突進の予兆。

 蘇る、恐怖の瞬間。

 

(っ…)

 

 右眼の傷が痛む。

 大波のようにエリーへと押し寄せる角竜は既に距離を縮めていた。接触までは数秒の猶予もない。しかし、彼女は動かない。

 焦る気持ちが募る最中、彼女が走り出した、しかし、遅れ過ぎている。双角はもう目の前だ。

 砂塵が巻き起こり、残った岩山が完全に砕け散る。崩壊した為に砂塵の量は増し、状況は全く窺えない。希望と絶望が絡み合い、頭の中を騒々しく駆け巡る。

 遂にはラグッドの背中から飛び出して駆け出そうかと発起した直前の期。

 

「…あ……」

 

 砂原の闇夜を後退させた莫大な耀き。

 間違いなく彼女の仕業だ。爆風で砂塵が吹き飛ぶもやはり状況は窺えない。連鎖的に起こる爆破からして拡散弾を使用したに違いない。

 岩山に角が突き刺さり、身動きを封じた「その一瞬」に角竜の眼下から潜り込み、銃を零距離から放って見せた。絶大な威力を誇る拡散弾を撃ち込んで、彼女は離脱したのだろう。

 

「ヴルゥォォォオオオオオオオッ!!」

 

 砂塵の向こうから響き巡る絶叫。音波が感じられる程に凄まじい大音量である。

 見えないが、煙の幕の向こう。きっと、必ず、エリーは幕開けを待ち望んでいる。凛々しいその勇姿をこの残った左眼に魅せてくれるだろう。

 そう感じた瞬間、砂塵を引き裂きながら突如、現れた二本の角。上空に弧を描くようにして再び砂塵に埋もれた。

 そして、煙の幕から飛び出す影。

 メルが待ち憧れた無双のハンター。垣間見た彼女の本気に、流れ出す血が止まらない程に昂奮する。忘我する程の恍惚感と空高く舞った様な高揚感が心臓の鼓動によって表れ、鳴り止まない。

 暫くして駆け付けたエリーと合流し、撤退を余儀なくされる。

 生き残った恍惚感、狩人として黙ってはいられない魂の震え。確かに感じる高揚の色が生き生きと映し出されながらも次なる岩場まで狩人達の間に言葉が発せられる事は一切無かった。

 

 

 

 夜は長い。静謐が支配する夜の砂原は今こうして動かなければ肌寒いのだと実感する。

 永遠と続きそうな砂の海は遠くに視線を送る度に暗く沈み、不気味な感覚に付き纏われる。後ろにはメルとラグッドと、ルークが眠っている。今はエリーが番の役を担っている。少し大きめの岩に座り、遠方を茫然と見やりながらも警戒を怠らない。

 視線を阻む事無き砂原の情景に思いを馳せ、私情に浸る。

 手に握られた、特性の黒い銃。この日暮らし一時も手放す事の無かった愛用の銃。月光に照らされ、光り輝くこの銃は何年間、使い続けているだろう。

全く外見を変えず、構造も変えず、注ぎ込む想いだけ積み重なった年季の入った相棒。

 喜び、怒り、悲しみ、恐れ……数々の想いが篭った銃はまるで、思い出を詰め込んだアルバムの様に感じられる。何時しか、熟練の狩人たる者が見張り番をという役を忘れ、銃に見入っていた。

 見れば見る程、感じれば感じる程、銃に詰め込んだ思い出が込み上げてくる。心の底に仕舞い込んだはずの悲劇さえも。

 

「……成長していませんね」

 

 この前もそうだ。こうして、銃に思いを馳せていた。

 確か、メルと出会う以前の事であったか。見慣れた仲間達と何時もの様に討伐依頼を受け、鎧竜《グラビモス》を狩りに行った、後の話だ。

 狩りは散々なものだった。

 一人のハンマー使いと二人の太刀使いと共に鎧竜と対峙した。堅牢な甲殻によって斬撃、打撃共に全て弾かれ、太刀使いの《斬破刀》は見事に折れてしまった。身体が焼ける様に暑い環境、特徴的な攻撃法、催眠ガスや放たれる熱線にも苦労した。

 そして遂に一人のハンマー使いは助け出す暇もなく、グラビモスの巨大な脚によって踏み潰され、見るも無残に圧死した。

 更に太刀使い《飛竜刀》を使っていたハンターもグラビモスに突き飛ばされ、そのまま―――溶岩へと跡形も無く消えた。

 残されたエリーと太刀の無い狩人は撤退戦を試みたが、放たれた熱線からエリーを庇って勇敢な狩人は悲鳴を上げる暇もなく焼け死んだ。

 見る間に死んでいった親しい仲間達。奇しくも生き残ったが、取り残されたような混沌とする罪悪感。

 それから逃れるべく、銃に想いを馳せていた―――あの記憶。あの時から何も自分は変わっていない。この銃に全て委ね、頼り、縋っていたあの頃と。

 

「…あ、あれ」

 

 見つめていた銃に反射して見える自分の泣き顔。

 潤った両目から零れ落ちる涙。二つの筋となって涙が顔を伝う。

 いかなる経験を積み上げようとも、全ての感情を支配できるわけではない。エリーは未だに十七歳だ、しかし、幾多もの死を目の前にしてきた。死にかけた事など指折りでは数えられない。

 精神的な苦痛は小さな器には入り切らず、涙となって外に零れ落ちる。

 広い、広い、宏大な暗い沈み込んだ夜の砂原に、ぽつんと涙を流す少女一人。気迫が宿っていた眼は涙で溢れ、大きかった筈の存在感は今では小さ過ぎる。

 自分の無力さに震え、涙が止まらない。右眼に、永遠に残るであろう傷は自分には癒せない。彼を死の間際まで追い込んでしまった罪は拭い切れない。

 声に出さず、しかし、意味もなく口を命一杯に開けて、夜に寂しく遠吠えする孤狼のように―――泣き叫ぶ。

 何も出来ない小さな少女の涙の雫が、想いの銃に落ちた。

 

 

 

 そして、その姿を見守るのは綺麗な満月と―――――

―――残った片目から涙を流す黎明の狩人―――。




いよいよ、盛り上がってきましたね。恐らく、これが一章の佳境になる予定です。そして、言うまでもないことですが、初めて前篇と後篇を入れてみます。
因みにボルボロスが登場した意味はあまりありません。はい。決してボルボロスに恨みがあるとかそういうわけでもありません。

ごめんなさい、ボルボロス様。

それでは。
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