モンスターハンター 嵐への導き   作:唐揚げ

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第十五話 暗雲を照らすは明星の灯火

 看護師に磨かれたばかりの窓を開けて、差し込む日射に手を触れる様に差し伸べる。

 白い飾り気のない病室で上半身を起こしたメルは足を滑らせるようにしてベッドから降ろし、ベッドに座る姿勢を取った。

 医者の診察を終え、無事、今日に退院を許容された。長らく狩り場に出ていない身体は大いに鈍っているに違いない。

しかし、身体を慣らす為に時間を費やすという暇もない。病院を出て早々、ディアブロス討伐を目指すつもりでいた。

 本来ならば急ぐべきではないのが妥当だ。だが、時計の針は止まらない。挑戦権が誰かの手に渡る確率は刻々と高くなっている。

 メルが焦る気持ちを余所にエリーもまた別件で慌てる―――というよりは興奮していた。

 何度も扉に視線を向け、随分と忙しくなく動いている。見兼ねたメルは扉に視線を向けるエリーへと声を掛けた。

 

「エリー。誰か来るのか?」

「あぁ、実はですね……」

 

 やや食い付き気味に応じたエリーが次の言葉を発しようとしたのとほぼ同時刻。扉を軽く叩く音が病室内で響き、開いていた彼女の口は止まった。

 客人が扉を開けるより早く扉に駆け寄り、勢いよく開けて客人を招く姿は無邪気な子どもそのものだ。

 

「お待ちしておりました!」

「おお、豪い歓迎様だな」

 

 入って来たのは三十路くらいの長身の男、その男前な顔立ち。彼の纏う空気にはなぜか特別なものを感じ取れる。ただの先入観だという可能性も少なくないだが、直感で彼の立場が分かる。

 幼心を持った子供の様な目の輝き様でエリーは彼を見つめていた。恐らく、エリーの憧れであり、それだけの人望がある力の持ち主なのだろう。

 メルは興味を含ませて質問を投げかける。

 

「彼は?」

「私の師匠のヴァーベルです」

「ヴァ―ベルだ。エリーの師匠だから、君からは師匠の師匠になるな。君の事はエリーから聞いている。良い眼をしている」

「…自己紹介する必要はない、か。急かす様で悪いが、何用で?」

「それは全員集まってから話をする……来たな」

 

 その言葉から数秒後、足音が聞こえ始め、いつも通りノックする事無くラグードとルークが入って来た。退院の笑劇の為か、二人は満面の笑みで入って来たのだが、見知らぬ男を前に直ぐに身じろいだ。

 

「さて、場所を移そうか」

 

 彼にそういわれるとすんなりと、何故か率直に従う自分がいた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「…なるほどな」

「出来る限りは尽くすつもりだが、参戦するつもりはない。緊急事態は例外だが、な」

 

 緊急事態。この言葉にエリー以外の狩人が息を呑む。エリーの師匠であるからには、それなりの時間を共有してきたのだろう。恐らく、エリーに戸惑いの表情が見えなかったのは師匠の精確を知っての事だろう。

 

「いや、脅している訳じゃあない。君達なら出来る」

 

 彼、ヴァ―ベルはエリーの師匠としてこのディアブロス討伐を成功に導きたいというのだ。無論、無償で彼は協力してくれると言う。彼にとって得は無く、損ばかりで申し訳ないのだがそうも言っていられない。この状況での協力者は心強いし、有り難い。

 断る理由など微塵もなかった。

 快く了承し、その日は解散となった。出発は明日。奴との激戦はすぐ目の前だ。

 この実感だけが胸に沁み付いて離れなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ギルド管轄の狩り場に到着した狩人らは早速、準備に取り掛かり、済ませるや否や出発した。

 陽光を遮る外套を羽織った一向は先ず南下した。最新の目撃情報は南のサボテンがあちこちに見られる砂原だ。恐らく、サボテンを食する双角竜の食堂と言ったところだろう。従って、そこに奴が現れる可能性は高い。その辺りに潜み、待機すれば何れは奴の姿を見つけられるだろう。そう思い立った一向は早々に向かう道中であった。

 この前の奴との遭遇戦は真っ暗な夜中であった。その為に、空は星が散開し光り輝いて、見る者の足を留めてしまう魅力があった。しかし、食事中を付け狙う作戦上、遭遇戦は恐らく、炎天下の最中で起きるだろう。決して、安易な気持ちで闘える環境ではない。この環境をどう使うかによって、勝敗が決するといっても過言ではない。

 炎天下の砂漠の暑さは並のものではない。精神と体力を根こそぎ持っていかれる。気休めの外套とクーラードリンクも既に使っているが、やはり、自然が作り出す環境の厳しさには対抗できない。

 よって今回の狩りで尤もな天敵となるのは暑さだとメルは考えていた。

 暫く歩いていると楯状の影が見え、それは次第に確かな輪郭を見せ始めた。大きな岩壁に一本の道が続いている。人工的な道ではなく、風化や地殻変動などで形を変えたものだと考えられる。この道の成り立ちを考えたところで何かに繋がる訳でもないのだが、一つ考察を入れてからメルは岩壁に挟まれた道を進んだ。

 この道を抜ければ、目的地に到着する。そして、この道の最中で少し空けた場所があり、そこに簡易キャンプを設置した。道の真ん中でキャンプを設置しても十分な広さなのだが、広い空地があるのならそれに越した事はない。兎に角、幾らか荷物が軽減されるので、嬉しい限りだった。

 簡易キャンプの設置理由は主にこの環境が大分と涼しく、風通しも申し分ない。願わくは水分が欲しいところだが、これ以上の良好な場所はないと考えられる。それに、狩り場と近い。

 簡易キャンプの設置を終え、いざ、狩猟に行かんとする狩人達だったが、思わぬ災難に出くわす。

 先行していた気球、ヴァ―ベル達から送られる信号をエリーが読み取る。この信号ばかりはメルでも覚えるには数週間は必要だろう。

 ヴァ―ベル達との情報の交換を済ませたエリーの表情が若干、渋く。

 

「どうした?」

「砂嵐が来るそうです。簡易キャンプを片付けて備えましょう」

「備えるって……」

「申し訳ないですが、何も準備をしていません。私の準備不足です」

「…仕方ないね。直ぐに片付けよう」

 

 こればかりは仕方がない。自然の脅威に耐え得る術はない。簡易キャンプを片付けて、飛ばされない様に固めて隅に寄せる。

 取り敢えず、簡易キャンプが飛ばされる事を防げたが、問題視されるのはここからだ。

 

「…で、これからどうする?」

「砂嵐はここに直撃します。逃れるのは……不可能と考えましょう。気球は砂嵐を避ける為に一度、この場を離れます。推定ですが、此方に戻ってくるのは三時間後ほどですかね」

「ん、砂嵐の規模は?」

「四刻は砂嵐の中と考えてください」

「四刻、か。長いな」

「はあぁ!? 砂嵐の中で四刻も過ごすのかよ!?」

「…ちょっと黙っていろ。ラグッド」

「黙っていられるかよ……クソ」

「ラグッド、落ち着いて。仕方がないよ」

「ちっ…」

 

 悪態をつくラグッドが黙り込んだ頃合いに道の奥、先を見つめるエリーが冷徹な声を零す。

 

「そろそろ、来ますので皆さん………ご覚悟を―――」

 

 長い道の向こう―――砂の壁が全てを覆い尽くす。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 大砂嵐が過ぎ去った頃には既に太陽が傾き始める時刻であった。砂嵐に巻き込まれた時間は大よそで四刻と半刻で、その間は常に暴風に身体が持っていかれそうだった。眼を開ける事も儘ならない長時間が過ぎ、狩人らの体力も底が見え始めていた。

 砂嵐の前まではあんなに声を荒げていたラグッドも今となっては無言で座り込んでいる。勿論、皆が座り込み、過ぎ去った災難への憎しみすら湧き上がらない。ただ、呆然と道の向こうを眺めていた。

 皆が同意見で今日は狩りを断念し、キャンプでの一時を過ごすこととなった。

 しかし、自然と言うのは残酷で無情だ。次なる災難が彼らに迫っていた。

 

「…おい……あの、群れは?」

「……最悪だ」

 

 呆然と眺める道の向こうから先程、砂嵐にも似た群れが押し寄せて来る。道を埋め尽くした群れは徐々に細かな形を見せ始め、狩人らの痛んだ心身を突く。

 鳥竜種、ジャギィ。その適応力から生息域は広く、その群れによる連携が厄介となる。扇の様な耳を広げ、牙の生えた口内を露わにし、喚き散らしながら迫り来る。

 けたたましい鳴き声が近づくと共に狩人らに焦りと憎悪が蘇る。冷静が欠落したこの情況ではあの量がより一層、多く感じられる。実際に通常より多い。

 戦況は不利から始まる。これをどう覆し、勝利へと導くか。双角竜との遭遇なしに死ぬなど笑止。だが、此方が狩られる側に成り得る可能性は十分にある。

 ふと、脳に響くエリーの声。

 

「覚悟を……か。こんな事で負けの可能性を考えているなんてな。足りてないみたいだな、覚悟が」

「どうしたよ、メル。暑さと疲れで頭が壊れたか? 休んでも良いんだぜ?」

「馬鹿言え―――覚悟は先、出来た」

 

 そう吐き捨てると前に立ち塞がったラグッドを追い越し、メルが双剣を抜き取る。出会って寸刻、メルと擦れ違ったジャギィが崩れ落ちる。

 目の前に立ち並ぶジャギィ。三頭のジャギィは扇状にメルの前に立ちはだかり、左斜め前、やや視界の右下端から懐へと忍び込むジャギィを視認する。そして、今、弾丸で吹き飛ばされたのを確認し、今狩るべき標的は目の前の三頭となった。油断は禁物、しかし、気弱も禁物。

 思い切って、走り出し、双剣を横に振るった。牽制のつもりで跳んだジャギィの右脚が吹き飛ぶ。痛みに悲鳴を上げるそいつを無視して、次の敵へと。

 潜り込む様にしてジャギィの許へと詰め、顎を殴打する。仰け反った身体に剣を突き刺し、裂いて引き抜く。低い体勢のまま、倒れようとするジャギィの胴体を蹴飛ばし、勢いを付けて三頭目を屠る。

 噴き出す血潮に紛れて、飛び出し、過たず四頭目のジャギィの首を刎ねた。

 四頭目のジャギィを盾に使い、押し退けて五頭目のジャギィを遠ざけることで余裕を作り、その隙に前転して空間へと逃げ込む。すぐさま、反転して獲物を視界に収め、岩壁を背にする事で背後からの奇襲を防ぐ。

 この辺りまで来てしまえば、もうエリーの援護射撃は期待できない。

 

「……うっ」

 

 ジャギィといえば、狡猾な小型の肉食モンスターという言葉が当て嵌まり、これはハンター達の中で一般常識に当たる。その小柄な体格だからこそ成せる俊敏性と攻撃的な性格、仲間との意思疎通と数に物を言わせて敵を惑わす狡猾さが奴らの強さの必須項目だ。

 つまり、奴らの群れに入ったからには常に動き回らなければならない。さもないと、三百六十度がジャギィで埋まり、一瞬にして餌食と成ってしまうからだ。

 常識な筈なのだが、気付いた時には既に視界はジャギィで埋まっていた。後ろは壁、逃げることは先ず不可能だ。突っ込めば、隙を突かれて負傷は免れない。かといって、防戦を強いられれば、間違いなく徐々に狩られる。

 ここに来て、袋小路に入り込んでしまったようだ。

 悩む暇もなく、ジャギィがじりじりと漸進し、空いていた空間が閉じられていく。閉塞感すら感じられる間合いになり始め、右眼がほぼ機能しない為にメルの首は常に振り回されていた。

 八方塞がりのこの状況、何故か思い出し、胸を焦がす。

 

「…忘れていた。俺はもう覚悟を決めたんだ」

 

 双剣を構え、背水の陣から飛び出す。覚悟を決めた視線は真っ直ぐに獲物を付け狙う。縮んだ間合いを跳躍で更に縮め、零距離に達したところでジャギィの身体を穿孔する。続いて、引き裂きながら旋転し、双剣を振り回すことで牽制する。

 だが、構わず突っ込んできたジャギィがメルの身体に覆い被さり、全体重をメルに掛ける。覚束無い足取りの最中で上半身を地面に叩き付け、覆い被さったジャギィを押し潰す。

 無様な姿を晒しながら、立ち上がるが、右から飛び出したジャギィに反応できず、押し倒される。

 ここからは、無情な程にジャギィが襲い掛かり、ジャギィ達の勝利への道が切り開けるのだ、が。

 

「ぁぁああッ!!」

 

 肘を地面に付き、片膝で身体を起き上がらせたまま、剣を振るう。疎略に振られた剣はジャギィの首を掻っ切り、血を噴き出させる。その隙に立ち上がり、包囲網から抜け出すべく有耶無耶に双剣を振り回し続けて駆け回る。

 けたたましい鳴き声から上書きされる狩人の雄叫び。不確定な一閃の数々は時折、獲物を捉えるが致命傷には至らない。何れ体力が尽きるが、覚悟の上だ。

 

「…あ―――」

 

 体力の底が来た。思ったよりも幾分と早い。恐らく、道中の疲労と砂嵐による疲労が主な原因だ。この暑さなら当たり前の話だ。

 何頭殺っただろうか。それを考える事すら無理な、過酷な状況だ。

 例え、何頭か数えたところで既に腐食して溶解度によって分泌されているだろう。

 意識が遠退く。暑い熱砂の塊に身体が密着する。握っていた双剣の感覚はもうない。もう指さえも動かない。

 脱水症状か、身体の限界か、死の間際か。

 霞む視界の中で最後に見たのは、振り下ろされた巨影と全身を貫く震動だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 次に目覚めたのは晩の事だった。

 浅い意識の最中、前触れなく身体に活が入った。まだ戦っている感覚が身体に残留していたのだろうか、身体の筋肉は未だに強張っている。心臓の鼓動も容易く感じられる。

 食事を終えて、後片付けをするルークの背中が見える。その直ぐ傍らではエリーが銃の手入れをしている。自分に陽光を防ぐための外套が掛けられている事に気が付き、退けてから上半身を起き上がらせる。

 直ぐに現実へと引き戻された頭は既に狩り場であると警告していた。だからこそ、早々に起き上がり、支度の手伝いと謝罪をしたかったのだが、自分の腕よりも遥かに大きく太い腕に制止された。

 

「…ラグッド」

「まだ、寝てろ。無理すんな」

 

 それだけ、言うと再び視線をルークとエリーの方へと向けた。焚かれた炎の光によって火照るラグッドの顔を一瞥し、上半身を起き上がらせたまま、無言で勤しむルークとエリーを見つめる。

 少しだけ視線を逸らしてラグッドを盗み見たが、やはり、彼は懸命に勤しむ二人を見ていた。

 彼が自分の看病をするなど、珍しいが現時点ではこうして、自分の一番傍らには彼が居る。不思議な事もあるものだ、と思いながらラグッドの顔をもう一度、見た。

 

「…俺はさぁ、ああいう細かい作業が苦手でよ。毎回、こうやってお前らが作業しているのをじぃっと見てんだ。そして、いつも思うんだ。俺は何やっているんだろうってよ。まぁ、何もしない自分が嫌いになったんだろうな。無理強いで手伝った」

「………」

「それが見事に失敗してよぉ。結局、また一人でお前らの作業を見ていたんだ。それで、分かったんだ。俺には出来ない事があって、お前らには出来ることがある。メル、お前に体験を振り回せるか?」

 

 静かに首を横に振った。言葉を発さなかったのはラグッドが急に話し出し、しかも、心なしか真剣でどこか悲しげだからだ。

 

「だろうな。でも、俺はお前みたいに作戦を練ったりできねぇし、モンスターの弱点を覚えることもできねぇ。得意、不得意ってお前にもあるだろ? メル。けど……今日のお前に得意はなかった気がするぜ。頭を使うのが苦手な俺だけど、お前の得意な事は冷静に戦うことじゃあねぇのか? 今日のお前はお前じゃねぇ。あの動きは俺だ。何も考えてない俺みたいだった。だからよぉ、その……なんていうんだ? あぁーッ! 分かんねぇ。さっきの話は全部忘れてくれ」

「ふっ……馬鹿、言え。話し過ぎだ、覚えちまった」

「だぁーッ。苦手なんだ、こういう話はよぉ!」

「お前は苦手が多いな」 

「…っるせぇ」

 

 メルは立ち上がり、その場から少し離れようとする。その様子を訝しそうに見たラグッドが立ち上がろうとした時、手で制止させて「大丈夫だ」と言ったメルを見、ラグッドは乱暴に胡坐をかいて座った。

 

「お前に説教されるとはなぁ。悪かった、もう迷わない」

「…借りは返したぜ」

「貸した覚えはないけどな…」

 

 見上げれば、星が明るい。果てしなく美しい星空に心が吸い込まれそうだ。煌く星々と昼間の暑さが嘘の様な冷たい夜陰。

 きっと、今日のジャギィとの一戦で自分は迷っていた。エリーの言葉に何度も縋り付き、己の中で蠢き廻る不安を掻き消そうとしていた。自分は覚悟を決めていると、自分に無理強いで暗示させ、不安を閉じ込めようとしていた。

 勝手な虚栄だ。そして、その全ての根源たるは蘇る双角竜の恐怖、疼く右眼を縦断する傷。

 しかし、心で蠢き廻った不安はあの大砂嵐に巻き込まれて吹き飛んだ。そう言い聞かせ、また冷たい夜陰の空気を命一杯に吸い込む。

 もう、迷いは、吹っ切れた。

 踵を返す。

 炎が揺れる―――これはきっと順風だろう。

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