生い茂る木々の最中。早速、夕刻の渓流に繰り出した二人のハンターは狩猟の対象を目の前に屈み込み、身を潜めていた。
彼らの目的は《ジャギィ》から取れる素材である鱗と爪。
視界を狭める三度笠を指で上げ、村独自の防具―――《ユクモノシリーズ》―――を身に付けた若き少年が遠くを見やる。視線をそのままに相方の耳に近づき、言葉を流す。
「数は四頭、気を付けてね」
「おうよ」
返事を出した体格の大きな少年がその背に負われる得物の柄を握る。
体格に恵まれた男は立ち上がり、身の丈ほどの巨大な剣、《荒くれの大剣》と総称される重量級の武器を外気に晒す。鮮やかな紫色を放ち、夕暮れに照らされる大剣を誇りの眼で眺め、もう一度、構え直す。
その背後で気を引き締め直した少年もまた得物を手に取る。少々の音を立てるが対象の敵は気付かない。腰に携行された矢を一本、掴むと緩く番えた。奇襲による攻撃は相方の重厚な一撃とする、大きな傷を与える攻撃の方が好ましい。
飛び跳ねる対象の敵―――通称《ジャギィ》の中の一頭を睨み、走り出す。
襟巻状の耳と小柄な体格が特徴的な鳥竜種。個体的な戦力は問題ないのだが、それを補うのが連携力だ。性格こそ攻撃的だが、各個を確実に仕留めればそれ程、苦戦する相手ではない。
ならば、突撃し、無策の攻戦あるのみ。彼は考えを振り払い、軽薄な実力で自然の脅威に挑む。
見張り役なのだろうか、直に気配に気付いた《ジャギィ》が吼える。四頭が一斉に吼え始め、外敵の愚行を嗤う。
「…ふっ!」
大胆な動作で踏み込み、重厚な一撃で斬り伏せる。重々しい音と地鳴りの後、悲鳴を上げる暇なく一頭が撃沈する。地面に沈んだ仲間を見るなり、残りの三頭が憤りを含んだ吼えを響かせる。
血に染まった大剣を地面に滑らせながら体全体を捻り回し、その勢いで大剣を振るう。一頭を薙いだ、残りの二頭は距離を置く為か、大きく跳んだ。薙がれた一頭の声息を確認せず、身体に活を入れる。
大気を裂く音。見れば複数の矢が何本か外しながらも《ジャギィ》を捉えていた。脚と首、尾に突き刺さった矢に気を取られた《ジャギィ》に肉薄し、一閃。嫌な音と共に獲物は瞬殺され、残りは一頭となる。
威嚇のつもりか、吼えに吼えるが情熱に塗れた狩人には恐怖の欠片もない。
激甚の振り下ろし。剣技やその後の防御などを一切厭わない渾身の一閃だ。
強烈な一撃だが、その攻撃は間違っていれば次の動作が遅れ、確実に反撃を食らっていただろう。そのことを知ってか知らずか、彼は己の愚考さに気づかず、兜の内で満足げな表情を浮かべ、納刀する。
そこへ颯爽と叱責が飛んだ
「ラグッド! 後ろ!」
思うが早いか、気を抜いた少年―――ラグッドはほぼ反射的に大剣を突き立てた。響く高音が何かの衝突を物語る。
伝わる衝撃に膝が折れ、手を付く。慌てて立ち上がる事で追撃を免れたものの辺りは既に鳥竜種の群れ。彼を囲むようにして群れは突如、現れた。
複数の眼が辺りを不規則に跳び回る。前から後ろへ、右から左へ、時に目の前を横切り。
眼が追い付かない。焦る心持ちを抑える手段を持たず、的確に錯乱されていく。
遠方でも相方は苦戦を強いられていた。《ジャギィ》の雌個体、《ジャギィノス》によって取り囲まれている。
全方位から放たれる鳴き声に苛立ちが積もる中、背後からの衝撃に身体が前のめりになる。背中に強く飛び掛かられたと理解した次には肩を爪が掠る。
悪態をつく余裕などなく、立ち上がって大剣を振り回すので精一杯だ。錯乱された彼が起こす行動は愚行ばかりで己を素人と証明していると同様だ。何頭斬ったか、解らない。いや、斬ったかさえも記憶にない。
拙く横着な動きの一点張りで息が切れ始める頃、子分の《ジャギィ》達の動きが止まる。時間が止まったと錯覚した様に狩人達も動きを止め、視線を集める正体に驚愕する。
二人が唾を飲み込み、場に今にも破れそうな、張り詰めた緊迫感が満ちる。
「……《ドスジャギィ》!」
周囲の子分と比べてもその差は明確。一際、大きな身体に強靭な爪と牙、異常な威圧感と迫力を兼ね備えた一団の長。
彼らは達成感に満ちていた。しかし、それが敗因となったと悟った頃―――囂々たる一声を張り上げた。
◆◇◆◇◆◇
緑に富んだ連なる山々の上空で燦々と太陽が照っている。
残暑が僅かに残った新大陸のとある山、細い角を持った二頭の《ケルビ》が草を一心に食んでいる。二頭は身体を寄り添わせ、時を共にしている。
穏やかな二頭は首をゆっくりと持ち上げ、遠くを見やる。
明らかに人工物であるそれは音を立てて、次第にその姿を明確にし始めた。危険を察知した《ケルビ》は軽やかな動きで茂みに走り去っていった。
山の斜面を駆け上る荷車は《ケルビ》が入っていった茂みを通り越し、更に遠くを目指す。
二人と一匹、微笑ましい様子で眠る少女と怪訝な表情を浮かべる少年、そして手綱を握る猫に似た《アイルー》。先刻から殆ど彼らに会話はなく、どこまでも続くのどかな風景を見る事だけが退屈凌ぎになっていた。
吸い込まれそうな程に鮮やかな空を仰ぎ、一度溜め息。荷車の車輪が鳴らす音と森の様々な音だけが聞こえるその様子は穏やかにも見えるが少々、物寂しい雰囲気があった。
怪訝な表情で始終を突き通す彼、メルは今になって僅かな不安が積もっていた。何故なら、メルは彼女の境遇の詳細を未だに良く分からない。正直、彼女と手を組んだことを後悔している一面があった。
彼女は確かに熟練のハンターだ。自分と比べればその差は画然、比べるまでもない。身に着けている者を見れば師弟の間柄だと見受けるだろう。だが、彼女の地位とは打って変わってその行動や言動はメルの常識を大いに覆した。活発な行動や常に朗らかな態度、冷静さの欠片もない眼差し、加えて垣間見せる間抜けな失敗。恐らく彼女は本能的に生きている。
そんな事実を知ったメルは今後を心配する気持ちが早まるのだ。屈強なハンターといえば幾重もの鍛錬を積み重ねた筋骨と人間とは思えないほどの体格、そして威厳を放つ眼光と態度、そんな人物像を浮かべていたのだが。これが現実だ、と思い込んでいた自分の未熟さを痛感し、世界の広さを目の当たりにしたのだ。
世界は広い、その言葉に思わず再び、溜め息。もう一度、蒼空を見上げ、今度は手を伸ばす。緩み切った筋肉は大きな動きを求めて疼いている。だというのに、そんな機会は早々、訪れない。こんな気持ちになったのは二度目だろうか、三度目だろうか、彼は思い返していた。
砂漠へと発ったあの旅路が今と同じ様な怠惰に見舞われる初の経験だ。その次は水没林、いや、砂漠は二度行ったか。考えれば鎖のように連想は続いた。
上げていた顔を定位置に戻し、静かな寝息で眠る彼女を見つめた。先ほど、揺れる荷車という状況で快く眠っているが、何がそんなに嬉しいのか。
そんな思想で彼女を見つめていると自分が長時間、彼女を見つめていることに気づき、慌てて顔を伏せた。そして、三度目の溜め息、この旅路で何度溜め息を付いたことだろう。
こうして、彼らは物寂しい雰囲気を漂わせ、代わり映えのしない山道を黙々と駆け上ってゆく。
彼らが目指すのは《ユクモ村》。手綱を握る《アイルー》曰くもう直ぐで到着らしい。
林業と良質な温泉によって発展した《ロックラック》よりも遥かに東の山岳地帯に位置する村。木材の確保や温泉に浸かるという目的で足を運ぶ者も多く、主に観光として成り立っていた。小さい村でありながらも雑貨屋、武器屋などなどが揃っており、行商人も多く訪れている。
そして、彼らが乗る荷車の振動が収まったのは三十分後となる。
◆◇◆◇◆◇
「わぁ…」
広がる景観が次々に目に飛び込み、エリーが思わず歓喜の声を漏らした。
長い石段を登り切った先で見た景観に感嘆の息を漏らす。メルが知る村とはまた一風違った《ユクモ村》は彼の童心を揺らめかせた。赤を基調とした村は様々な個所に赤色を施し、和という雰囲気を醸し出している。以前、エリーから聞いた豆知識なのだが《ユクモ村》でいう赤色はどうやら厄除けらしい。
奥には再び先ほどよりも長い石段が続き、頂きは村全体を見渡せるのでないか、という程に高い。更に大きな建物が先ずメルの興味を引かせた。《ハンターズギルド出張支部》、いや集会浴場という言うべきか。あの建物で依頼を受け、猟場へと向かうのだ。
山岳に立地している為に平地の面積は乏しい。故に石段を何度も利用し、少ない平地に踊り場を作る。再び石段を利用し、上階に踊り場を作る。こうして階段状の村が完成したのだ。特有の地形ならではの風景を目にすることができる。
時機にお世話になるだろう雑貨屋や加工屋、武器屋の品揃え、活気は満足できるものだった。鍛冶屋の息子という事もあってか武具関係には少し拘りがあるのだが、加工屋の主人が竜人族の老人と聞いていたが、十分過ぎる環境だ。
遠目で見受けられるが、剣と盾を造成している。興味を誘う加工屋を横目で見て。
(片手剣…か? 後で少し寄っていくか)
と、心の中でつぶやいた。
客を呼ぶ為に聞こえる活気ある声、打ち付ける度に鳴り響く金属音、村の住民同士の会話、何もかもが心地良く鼓膜を打つ。活気に囲まれる良い気分だ、と一息に空気を吸い込んだ。
「村長さんに挨拶をしましょう!」
暫くの間、藹々とした表情で辺りを眺め回していたエリーは振り向くとそう言った。エリーの冷静な提案に頷く。
颯爽と走る彼女の背中を見、やはり変わらないな、と思いつつ小走りで後を追った。
その先で待つのは竜人族の村長。腰掛けに優雅に座るその姿に驚き、メルの常識はまたもや覆された。村長、それは村を興した者と村を統べる者とも解釈できる。《ココット村》の村長はその昔、《ココットの英雄》と呼ばれ、その名を全土に轟かせた。今となっては杖に頼っている普遍的な翁だが、偉人に変わりはない。だが、今目の前にいる女性はどうだ。やはり自分は世界を知らない未熟者だと痛感する。
傘を傾け、その顔を見せる。雪の様に真っ白な顔、頭はこれでもかという程に飾りをつけ、派手さを極めた優雅な服装は見る者の足を止める。長く尖った耳が女性を竜人族だと証明している。
「初めまして、ユクモ村の村長をしておりますの。《ギルド》より要請を受けたハンター様で間違いありませんか?」
「はい、エリーです! よろしくお願いします!」
「メルです。お世話になります」
元気な少女と冷淡な少年と見受けられたのだろう、その温度差だろうか、余りに不釣合いと思ったのか、少し笑みを浮かべて笑った後に言葉を続けた。
「申し訳ないのですけれど………お二人も来て下さるとは思ってもいなかったもので、借家は一つしかご用意しておりませんの」
「え、二人……」
「おい、エリー…?」
村長曰く、要請をしたのは熟練のハンター「一人」のみ。
エリー曰く、要請されたのは自分と自らが人選したハンターの「二人」だけ。
《ハンターズギルド》の間違いか、エリーの勘違いか。恐らく後者だろう。事実、報告書に羅列する文字を見て青ざめるエリーが横目で窺える。
つまり、メルは元々、ここへ来る者ではなかった、来る筈がなかった。溢れる僅かな苛立ちを抑え、エリーの肩を二度、叩く。
「説明してもらおうか、エリー」
「……言葉が見つかりません」
本日、四度目の溜め息。そしてこれが一番長い溜め息だろう。一気に肩の力が抜けた感じだった。
エリーの顔に上気が見受けられる。恥ずかしいのか、申し訳ないのか、両方か。
「誤りがあったようですね。ですが、気になさらないでください、借家は此方でもう一つ用意しますので」
「いえ、迷惑を掛ける訳にはいきません。という事で、メル君、一緒に住みましょう!」
「……最悪」
大いに己の悪態をつく。こうしてこの件は保留とされた。
面識と要件は済ませた。後は荷物を借家まで運び、荷物を整理した後、名高いお湯に浸かるという予定を立てる。疲れ切った身体は先を急いだ。流石の彼女も同じ様に疲労しているのか、早速と下ろしていた荷物を担ぐ。
長い旅路だったと思い返す。何時になっても長い旅路に起こる退屈な日々は慣れないだろう。休息を挟んで後日には鈍り切ったこの身体を狩猟で存分に動かしたい。そんな希望的な予定を立て、村長に別れの会釈を挟んだ頃合い。
「少し待って下さる?」
「何でしょう?」
「疲れ切った状況で申し訳ないのですが、一つ依頼を受けてほしいのです」
管轄の地域に住む人々からの狩猟依頼や希少価値の高い鉱石の採取依頼など依頼には様々な種類があり、その依頼を希望した者が受理し、契約を結んだ上で初めて依頼が受注された事になる。
依頼は主に《ハンターズギルド》を通して持ち込まれる。依頼は多岐だが、時として依頼が不成立する場合がある。その理由は《ハンターズギルド》が発足した意味でもあるのだが、モンスター絶滅の阻止が理由の一つだ。若しくは受諾者の依頼失敗やハンターの実力が依頼と不釣合いならば依頼は不成立となる。
だが、今回はどうやら例外らしい。村長から直々の依頼、それも更に深刻そうな面持ちで。
「二名の村専属のハンターの帰りが遅いのです。身命が心配です、捜索並びに救出を依頼したいのです」
村に着いて間もない頃、疲れ切った二人は休む暇もなく重大な依頼を受諾した。