モンスターハンター 嵐への導き   作:唐揚げ

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第四話 月夜

 渓流。ユクモ村の周辺に広がる山岳地帯の区域。流れ下る河川や深い渓谷が見られる河川の上流域が主な範囲となる。ユクモ村に住まう狩人達や住民にとっては最も身近な環境である。土砂崩れや土石流、また凶悪な生物が住まう事から危険な戦地とも言えるが景観や居心地は実に目覚ましい。

 不思議な幻想の鍾乳洞や清冽な渓流釣り、清々しい空気と温度は無数の観光客を魅了し、飲み込んだ。

 そんな渓流の夜。夜空には星がなく、孤独な満月が薄い光を放っている。目的が観光ならば今頃、この景観はどれ程、素晴らしいのだろう。

 首を振ってあるべき志向へと転換したメルは前方を見やる。

 夜の渓流は薄暗く奇妙な空気を漂わせていた。遠くまで見る事は叶わず、底気味悪い空間は僅かな恐怖を掻き立てる。一歩踏み出せば、足音が鳴り、平常心が揺らぎ、冷静さが欠ける。

 溢れる恐怖の為に注意が疎かになる。風が吹けば、辺りから怪奇の物音が聞こえ、思わず臨戦の構えを取ってしまう。夜の狩猟の危険性はメルも十分に理解している。以前から得た経験上、狩る側が受ける利点はほんの僅かほどである。

 だが、彼らには夜の渓流へと繰り出したのには理由があるからだ。畏怖を押し殺し、前へと足を動かす。

 進む大義、即ち村長より依頼された二名のハンター捜索及び救援。果たして村専属のハンターは無事なのか、負傷を追っているのか、程度は……手遅れか。様々な疑念が浮かび上がる中、依然として変わらない背中を見せるエリーが止まる。停止、及び警戒度の上昇を示す合図を見るや否やメルは柄に手を掛ける。

 狩場の雰囲気が変わったことを鋭敏に察知しながら、メルは思考の片隅に考える。熟練のハンターであり、己をここへと導いた者でもあり、師でもある彼女は今までとは比べ物にならない程に事務的であった。その変わり様は異常だ、別人を見ている様。

 失踪した村専属のハンターから救援の合図―――狼煙は無い。師の秀抜な頭脳で失踪地点を把握し、捜索範囲は限られた。だが、それでもその範囲は大きく一晩掛けて一周できるほど。しかし、一晩もかければ捜索範囲は瞬く間に拡散し、生存率は低下する。生存率の低下―――最悪の事態を考えたメルは頭を振って思考を自ら断ち切った。

 身体を締める肌寒さ。彼女が感じた気配はやがてメルも感じ取れ、明確になってゆく。

 鼓動が高鳴るのが分かる。

 左、いや、左寄りの前方。

 

(…ジャギィ?)

 

 旧大陸の代役でいうなら青い鱗の《ランポス》だ。旧大陸と新大陸を跨ぐ道中にエリーによって教え込まれた中の一つ。初めて見たジャギィは《ランポス》を真似たと言っても過言ではない。

 メルが頭に浮かべたそれは現実で薄暗い緑地を突如、通り過ぎて瞬く間に消え去った。僅かな照星で見えた全貌で推測される。気配は徐々に薄れ、警戒を解ける程度にまで達した。

 事態を確認すべく前方の師へと近寄り、聞き耳を立てて言葉を待った。

 

「恐らく何かあります。追跡しましょう」

「了解」

 

 冷淡な発言。彼女の言動と纏う空気に違和感を覚え、未だに慣れないな、と思う邪念を振り払い、重い腰を上げた。

 微かに分かる。狩場の雰囲気が緩やかながらも鋭く、張り詰めてゆくのを。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 僅かな月光を頼りに辺りの散らかった物を掻き集める。月光に翳しながら物を確認し、次々と強引に袋へと詰め込んだ。

 横たわる相方、血に染まった《ユクモノシリーズ》を纏った青年を凝視する。貌を顰め、鈍痛に苦しみながらも気遣いの表情を浮かべている様だ。

 己の失敗により、彼を傷付けた。その心の「重み」は童心を打ち砕く程の重量を兼ね備えていた。

 器を破壊するほどの心の「重み」。何時しか経験したあの感情に似ている。彼の二の舞にはならない、そう誓った筈だ。二度と経験しない様にと鍛錬を積み重ねてきたが、まだ足りぬか。考える事は性に合わない、皮肉にも彼と同じだ。

 脳裏に浮かべる。鳥竜種に取り囲まれ、一団の長が現れ、彼が自身を庇って。今でも鮮明に覚えている、苦しみ悶える彼の姿を、我が目の前を横切った彼の鮮血を。

 自責の念で自らを闇の奥底へと追い込む。慙愧に堪えない思いを彼に何度も伝えたが、彼は心配するな、の一点張りだった。彼が幾ら自分を弁護しようとも重なる念は自責と慙愧ばかり。決して自らの愚行を赦す訳にはいかない。

 睡魔が彼を誘惑する。負けまい、と眼を見開こうとするが直ぐに瞼は閉じようとする。「駄目だ、寝るな」と何度も言い聞かせ、身体を叩き、頭を振る。

 眼の開閉を繰り返す最中、常態が戦域へと踏み出す。洞窟内へと響く草と草が擦れる音。短期間で目を覚まし、身体に活を入れ、腰を上げた。

 洞窟より外の一点を睨む。確かに聞こえた、例え間違っていても構わない―――むしろ、間違いであって欲しい。

 好戦的な、誰よりも狩りの道に生き甲斐を感じるグラッドにとって、初めて感じたこの感情。

 妙に体と心が固い。気圧されたように息を吸い込み、物惜しげに滴ってゆく時間の流れを待つ。

 悔し涙も流した。決心が稲妻の様に閃き渡り、咎める様な鋭い眼光を放つ。

 照星に照らされた音の正体、ジャギィ。複数で現れたジャギィはその全貌を月光に晒し、煩い威嚇の声を響かせる。立て掛けた大剣の掴み、身構える。背後で横たわる彼に危害を与えまい、と漸進し、自ら月光に姿を晒した。

 我が身を盾にしてでも守り抜く、何か訴える様な眼に対し―――敵もまた何かを訴えた眼で睨む。

 餓えた連中は不浄な涎を垂らし、撒き散らせて喚く。訴える眼は空腹の度合いを表し、普段よりも暴徒化している。

 二次遭遇戦。一次には無い重圧感は背後に死守すべき秘蔵を抱えているから、である。

 野太い声。野獣の様な声を張り上げ、練り上げた膂力の全て使って大剣を薙ぐ。蛮勇を持って放つ斬撃は烈々たる閃耀の一線で一気に三頭を捉えて、吹き飛ばす。

 吹き飛ぶ骨片と鮮血と鱗片の間を掻い潜り、第二撃へと移行する。果敢に踏み出し、間を置かずに凶器を閃かせる。

 連撃への決起を促す為、檄を飛ばす。鱗を撃砕し、肉を切断し、激昂に吼える。

 軽快な動きに苦戦し、僅か剣先が鱗を掠る。地面を無意味に叩き、脳に反して筋肉が大いに収縮する。思わず眉を潜め、次の動作へと遅れる。既に疲労が露わとなっている。

 数は…半分か。

 右前方。跳躍。爪。微かな記憶。思うが早いか、酷使して身体を屈ませるが、別の個体の攻撃には対応し切れない。肩に跳び付かれ、振り落されまい、と兜の突起に噛み付き、脚力に勢力を注ぎ込む。

 疲弊し切った身体にこれ以上の負担は危険が伴う。身体を激しく揺すり、叫ぶ。瞬間、嫌な音、兜の突起が噛み砕かれ、爪が金属の隙間へと入り込み始めた―――肩に爪が食い込む。

 鈍痛による叫びか、決意を孕んだ鬨の声か。地を蹴り、捨て身で身体を壁へと衝突させ、小賢しい外敵を圧迫する。爪が離れたことを知覚し、壁から離れると共に奴の顔面を蹴り潰す。

 血腥く全身を紅に染め、無造作に死体を踏み潰し、凶器を振り回す月夜に現れた血塗れの狩人―――否、猛獣である。

 その風采に思わず連中が第一にすべき己の身を退いた刻より僅か数瞬……悲鳴と鮮血が舞う。

 血塗れの狩人による仕業ではない、他者の乱入よるもの。

 新手か、救援か。希望的な推測を持ったラグッドの腕の力が抜ける。握っていた大剣が土埃を立てて、地面に横臥する。

 静かに重い肩を落とし、膝を曲げる。目の前の光景に緊張の糸が緩み、猛獣の心に迸る安堵と歓喜。

 光景―――血飛沫が舞う最中、月明かりに照る双刃が躍り、無数の銃弾が猛然と貫く。

 事はあっという間。静寂に包まれ、黒い銃を折り畳んだ者が事務的に冷徹な声で呟く。

 

「任務完了しました」

 

 

 

 終戦の後、情報の交換とこれからの行動の提示を行い、一向は河川に沿って山岳を登った。

 暫く道なりを歩き、獣道を進むと足元に岩盤が広がり始めた。更に足を運び、一向は高台へと到着する。取り敢えず、目的地へと到着した訳だが、辺りは薄暗くここは戦地の真っ只中である。気を緩めている場合ではない。

 この辺りは水源が少なく、緑も乏しい故にエリーはここを休憩に最適だと踏んだのだろう。緑や水源が少なければ自然と生物の数も少ないのだ。流石は熟練のハンター、これも計画の内である。

 と、言ってもあの洞穴では避難どころか全滅を招きかねない。あの洞穴には一つの出入り口しか無かった。それは退路を塞がれ、追い詰められるという事を意味する。加えてあれ程の騒ぎを起こせば増援が来て当たり前だろう。初心者のメルでも容易く理解できた。

 メルは一先ずの結果に安堵の息を吐いた。

 月夜に心奪われながら心身共に休ませる。今の見張り番はメルである。地面から突出した岩体に座り、静かに落ち着く。

 続いてゆく風景。警戒をしつつ延々と広がる景色を眺めていた。

 腰の双剣を引き抜き、月輪に重ねる。登竜門とも称される怪鳥の素材を加工された武器だ。先刻の戦闘で扱い易さと殺傷力は期待を上回る優等な質であった。しかし思いの外、重たい為に斬撃に僅かな遅れが生じる。

 この剣は力量を如実にすると同時に登竜門を超えた証となる。しかし、却ってこの武器が放つ拈華など無に等しく、微々たる力を証明していた。

 少年の脳裏に次々と思い浮かぶ光景。狩人を志して実家を出奔し、ココット村で修業を積み重ねた。強敵の怪鳥へと挑み、栄冠を勝ち取った。エリーとの邂逅から始まる長旅の日々。そして、今に至る。

 時を過ごし、季節を巡り、大陸を跨ぎ、漸く腰を据えた。旧大陸で見逃した無数の生物は実に惜しいが、恵まれた環境に感謝し、任務を全うしている。例えこれが間違いから生まれたものだったとしても、だ。

 まだ狩人を志した黎明期の情けなさを思い返し、笑みを浮かべる。

 

「変わったな…」

 

 情感に浸るメルの眼に映る月輪。狩人の道へと踏み出したあの日も、今の様な順風が吹いていた。あれから幾重の機先を超えてきたが―――胸に誓った想いは変わらぬまま。

 目指すは頂き。夢は大きく。

 

「まだまだ未熟だな」

 

 何度目だろうか。未熟だと実感するのは。

 耀く月輪が情感を促すように思えた瞬間。後方から聞こえる石が転がる音、近寄る足音。

 聞き捉えたメルは手に握られた双剣を構え、身体を振り向かせ、起き上がる。

 

「…エリー?」

「見張り番、交代です」

「そうか。分かった」

 

 彼女は走り寄り、会話がしたいらしく素早く岩体へと飛び乗って隣に腰掛ける。早速退いて就寝する訳にはいかない様だ。

 隣に座るエリーに横目を向ける事無く、月夜を仰いで感傷に浸る。

 珍しく沈黙が流れた。不思議にも寡黙する二人に気まずさは無く、長い時間が流れた。未だに二人は口を開かない。

 風が吹く。純粋な澄んだ月と寡黙な二人の狩人。微かにも共通点があった。暗闇に放逐された世界を照らす渾天の灯は古代から現代まで何を観てきたのか。その謎は解り様がない、何故なら月は何も語ってはくれない。寡黙なのだ。しかし、月は苦情ひとつ漏らさずに黙して夜の生物を優しく包み護る。

 不思議だが、月は今や世の常識となっている。誰も夜空に浮く月を異様とは思わない。その起源を知らず、正体さえ知らないそれを難なく見上げている。

 

「綺麗ですね」

 

 エリーが不意に口を開く。無言で頷き、再び沈黙。

 沈黙の二人の狩人に万緑の地面と美麗な月夜が織り成す自然の景色は心に訴え掛ける。その言葉は知らずともメルは自然の美しさに背中を押され、自然と口走っていた。

 

「エリーは何で狩人に?」

「…知りたいですか?」

 

 首を縦に振り、同意を示す。悩む横顔を見つめ、次の言葉を待った。

 今日の任務で分かったが、彼女は戦地へと赴けば人格が変わる。間抜けな表情は一切、見せず冷徹と寡黙を常とし、饒舌な日常とはまるで、別人だ。先刻の狩猟でも彼女は一切、総力を行使していない。真摯に取り組んではいるが、命を懸けているとは到底、思えないその風采は実力者の余裕という物だろうか。

 彼女の本気が見てみたい。一言でいうなら興味を惹かれた。なんせ彼女の境遇を全く知らないのだから。

 つい口走った言葉から数秒後、彼女は一呼吸置き―――綴られた物語を読むが如く語った。

 

「私は小さい頃、両親を亡くしました。両親は大きな規模の商隊の行商人で私はその一人娘でした。相変わらず村から村へと移動中の時、行商隊は《ガレオス》を率いた《ドスガレオス》の群れに襲われたんです。護衛のハンターもいましがた、彼らは未熟で次々に死んでいきました。私は馬車の中で両親に抱えられていたんですが、私の乗った馬車も倒され、砂地へと放り出されて―――両親も砂の中へと引きずり込まれました」

 

 砂竜《ドスガレオス》と配下の《ガレオス》の一味。一度、狩った事があったが散々な目にあった事を覚えている。地中から飛び掛かってくるあの攻撃は厄介だ。

 あの砂竜の連中に仲間や家族が喰われるなど考えただけで背中に冷たい電光が走る。

 では、復讐の為か。モンスターに何らかの因縁を持つハンターは多く、それが理由で狩人の道へと踏み出す者も多い。その類いか。

 エリーは月夜を仰ぎながら語り続ける。

 

「私は男の商人に抱えられて何とか生き延びました。それから私は砂漠を五日彷徨い続けて奇跡的にとある町に着きました。道中、私を助けてくれた男の商人は死んでしまいました。そこで家族として迎えられたんです。鍛冶屋の父と主婦の母と子どもが一人、いました」

 

 少なからず、驚く。エリーと同じく月夜を眺めながら聞いていたメルはその家族構成が奇しくも自分と全く同じだと気付いた。

 彼女は物語に長い時を挟む様にして時間を置き、再び口を開ける。

 

「私はその家で育てられ、その恩を返すべくハンターになりました。勿論、その夫婦には反対されましたが、私は単身でハンターになり数え切れないほどのことを学んで経験しました。それから私の日常は狩りばかりになっていました。私は狩りの『何か』に惹き込まれたんです」

「……『何か』、か」

「はい、『何か』です」

 

 何時しか自分にも『何か』が舞い降りてくる時が来るだろうか。いや、少し感じた気がする。それは怪鳥を狩った時のあの喜び、あの時微かに狩りの『何か』に近づいた気がする。

 今はまだ分からない。だが、何時か分かるその時を待ち続けて。

 

「有難う。勉強になった」

 

 岩体を飛び降り、そうして歩み始めた。疾うに疲れ切った身体を落ち着かせ、寝る準備へと取り掛かる。

 

「メル君は聞かせてくれないんですかぁ! 狩人になった理由!」

「…また今度な」

 

 メルはそう言って手を挙げ、感極まる眼で月夜を見上げた。

 今夜は月が綺麗だ。

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