昼日中の村に辿り着き、翌日。一連の出来事を終え、漸く村に腰を落ち着かせたのも束の間、メルは召集された。
準備を済ませ、踊り場に出る。ユクモ村の朝は早く、視線を巡らせれば既に活気付いていた。通りの良い声が響き、人達が行き来する何も変わらない風景だ。
設備された長い石段を上り、村一番の大きな建物―――集会浴場を目指す。
ユクモ村より西方に位置する途轍もなく大きい街、《ロックラック》の出張支部に当たる。依頼を希望するハンターを受け付け、契約を済ませて、見送る。依頼が成功すれば報酬金が払われ、失敗すれば契約金を返さない。この原理で成り立っている《ハンターズギルド》は言うなれば仲介役が正しい。
名の通り、集会浴場には混浴の温泉があり、誰もが使用できる。他にも食事場や道具屋も設けられ、ハンターにとっては欠かせない建物である。
相変わらず真っ赤な建物は暖かみを纏いながら来訪者を待ち構えていた。暖簾を潜って入れば直ぐ右手に温泉がある。今は用が無いので通り過ぎ、適当に見繕って席に腰掛けた。
《ミナガルデ》とは打って変わって集会浴場は受付嬢とギルドマスター、村の住民が数名と従業員の《アイルー》が数匹いるのみ。喧噪と煙草の煙と食事の香りが充満するあの集会所とは大違いである。
考える事も無く呆然としていると以前に思い返した自分の過去が再び蘇る。
幼少の頃に夢見た無双のハンターを目指して長い年月が流れたが、依然として先は見えない。現在、メルの周りで一番、無双のハンターに近い者でもあるエリーに教わった示唆は昨夜、思考に思考を重ねたが全く掴めていない。こればかりは狩りで得るしか無いのだろう。
何度も頭の中で繰り返した狩りの『何か』は考えれば考えるほど深いものだった。
先ずは狩人の原点から探った。狩人たる所以は獰猛で強大な竜や獣を狩猟することからなり、己の力量や知恵を駆使して戦ってきた。正常ではなく異常な職業であるが、遍く知られた典型の職業でもある。
狩場へと踏み出せば、一挙手一投足が生死に関わり、一秒一秒が常軌を逸した瞬間となる。
しかし、彼らは狩場へと赴く。頂点を目指そうと、螺旋の階段を必死に駆け上がる。そんな彼らに憧れて狩猟の世界へと踏み出した者は数多に及び野垂れ死にした者もまた数知れず。
狩りの『何か』とは恐らく、死を恐れない愚か者を創り出す源。狩猟の時に溢れ出る激情や狩った際に生まれる達成感、それとも報酬となる富や名声か。
結局、全て該当する様で、実は物足りないという歯痒さだけが残った。
思考が次々と繋がり続く中、急にそれは断たれた。
集会浴場の雰囲気が微かに変わったのを感じ取り、メルは皆が向ける視線へと首を捻る。
村に着いた時から今までに見慣れない顔だ。辺りの住民や受付嬢の視線は来訪者へと釘付けになった。不思議でもない、興味を惹かれる訳でもない。皆が彼を、知っているから、だ。
深緑の鎧は黎明の狩人達の誰もが憧れる代物である。強靭な脚力を誇り、地上を中心に狩りを行う自然界の頂点に君臨する竜、《リオレイア》。その戦法から陸の女王と謳われ、飛竜の原点という噂も聞く。
羅列された牙を晒し、大地を裂く様な尻尾で薙ぎ、大空を雄々しく舞い、紅蓮の業火を煌めかせる夢の脅威。
そんな飛竜の中の飛竜を意味する雌火竜の防具を身に付けている彼は奴を打ち負かしたというのか。気付けば温くなった血が滾っていた。
右の肩から見えるあの長刀は太刀か、それも相當な逸品だ。
村の住民とは違う面持ちで視線を向ける。彼は洋紙を受付嬢に渡し、多額の報酬金を受け取った。
興味が沸く。彼は報酬金を小袋に詰め込み、そのままカウンターを離れる。まるで、こちらへと歩み寄るように出口へと足を運ぶ。
まるで、全てを見下す様な冷酷の眼。一瞬、視線が絡まったのを感じ取り、慌てて目を伏せる。近づく足音を聞きながら…足音が止まる。
傍で聞こえなくなった足音に少なからず驚き、気配を感じると共に頭を上げる。
王様が下人を見下す様な冷たい視線。醜態を晒す凶徒を見る様に嗤う態度。明らかに嘲笑し、侮蔑していた。
通り過ぎながら鼻で笑い、集会浴場から姿を消した。招かれた不興を抑え込み、揺れる暖簾を貪り見る。執拗に見た後、机にもう一度、向き直した。
苛立ちが薄れ、落ち着き始めた頃、浴場から湯上りの上気した顔で出てきた。濃く堪能した様子で彼女は満面に笑みを浮かべていた。
「お待たせしました。お二人はまだですか?」
隣に座り、問い掛けられる。二人とは元からこの村に居据わっているハンターの事を示している。
首を横に振って分からない、と示した。
隣で楽しそうに揺れるエリーの身体が止まったのは数分後だ。
遅れて来た二人は詫び言を入れた後、向かい側の席に着いた。少し視線を交じらせる間を置いた後、エリーが掌を一叩きして話を切り出す。
「改めて…私は
「メルだ。双剣を使う」
「俺はラグッド。大剣使いだ」
「ルークです。会った時は弓を使っていたけど、本命は片手剣使いだよ」
一通り皆が名を名乗った。次に慣れた様子でルークが従業員を呼び寄せ、注文を終える。続いてラグッドが注文を終え、メルとエリーが其々の注文を終える。注文を受けた従業員は小走りで厨房へと向かい、凛々しい声を響かせた。
料理が運ばれてくるまでに四人は驚くほどに打ち解け、周囲から見れば長年付き合ってきた親友達の戯れにしか見えない。滑稽な話から真摯な話まで話し尽くした頃合いに料理が運ばれる。ルークは珈琲だけを頼んでいた為に以前から飲んでいる。
食事の傍らで親友達の会話は続いた。
「成る程ね。じゃあ、メルは誤報で此処に来ちゃった訳だ」
「そういう事になる」
「私、まだお二人が義兄弟だと信じられません」
「決まって言われるんだ、その言葉」
会話は盛り上がり、多くの事を語り合った。この会話には隠された理由があって、単に戯れている訳ではない。仕事に繋がる大事である。互いを知る事で生まれる仲間の意識が高まり、その連携は向上する。常日頃にハンターは仕事をしているのだ。
一度、集めた情報を整理する。
先ずは兄のルーク、彼は元々片手剣使いだったのだが、ラグッドと組む際に弓を使い始めたらしい。それは相性の問題で遠距離の戦法が欲しかったのだろう。そうして、彼は弓使いを目指したが、この機会を得て片手剣に転身する様だ。比較的に寛容さと大人しさを兼ね備えた頼れる兄の様な雰囲気を持つ。背も高く、主に支援と小回りが得意らしい。
次に弟のラグッドは大剣使いである。見た通り体格は優れもので、身長もメルより一回り大きい。筋骨は恵まれており、少々荒い性格がこの先に目立つ事だろう。主に攻撃を重視し、敵の体力を大いに削る役目だ。
一通り情報を整理し終えた所で弾んでいた会話にも区切りが生まれる。
丁度、
「そろそろ、病院へ行かないと」
「まだ治ってないんですか?」
「完治には少し掛かるらしいよ」
まだ癒えていない肩の傷を擦るルークを見てラグッドが不甲斐ない表情をする。彼は未だに兄の怪我について思い悩んでいるみたいだ。
ラグッドがルークを促し、二人は集会浴場を後にした。
取り残されたもう二人はメルの要望で加工屋へと足を運んだ。
加工屋とは主に武具生産及び武具の強化、補強ができる施設である。既製品のみを扱う武器屋にはない武具を生産できるのでハンターには欠かせない施設でもある。
谷の両側に建てられた施設の中、右側に位置し、水場を背後に建設された加工屋はメルにとって懐かしい金属音を響かせ、活気と熱を篭らせていた。金属音に混じって聞こえる野太い声もまた懐かしい。湯気が上へ上へと昇ってゆく。そのまま雲になってしまいそうな勢いで。
村に特定のハンターを置かなかったユクモ村にとって加工屋とは余り無価値な存在だったのだが、近来から大いに活躍するだろう、と建物の規模が大きくなったと聞く。しかし、特定のハンターを置く意味が村の住民や観光客、行商人達を恐怖に陥れる―――大型モンスターの目撃情報だと言う事もメルは知っていた。
現在のギルドの話、エリーを通じてだが、その正体は《牙竜種》だという。メルは聞いたことのない単語を耳にし、惹かれると共に話を真摯に聞いていた。近辺では本当に稀に見る程度の飛竜でその危険性は少なかった。
しかし、最近になって再々にその姿を晒すようになったらしい。ギルドはこれを放っておかず、エリーを派遣した。序でにメルも誤報で。
こうして訪れたユクモ村はこの《牙竜種》は本当に辺りを徘徊しているのか、という程の活気を保っていた。
事実、今日もユクモ村は平穏だった。
メル達が訪れた加工屋ではエリーが黒い猟銃を見て貰い、その精密さに竜人族の翁は驚いていた。メルは加工屋の内部を見物させてもらい、一虎刀【餓刃】―――恐らく、メルが朝方見たあの冷酷の狩人―――の造成の工程を見た。
時に手伝いながら見た太刀の完成品を是非、目に焼き付けたい所だがメルにも仕事が待っていた。
それから時間になったので一虎刀【餓刃】から視線を引き剥がして加工屋を後にした。
夕刻の頃、エリーの紹介で会った旅商人に幾つかの物資を安値で買い取り、二人は自宅へと戻った。
そして、今、メルは双剣を、エリーは軽銃の調整を行っている。外は真夜中、活気溢れた村は静謐で満ち、時折、聞こえる響きの鳴き声。恐らく、鳥の鳴き声だ―――渓谷より響いているのか、それは解らない、だが集中していた二人には聞こえてはいない。
双剣を研ぎ、二度三度振り回してから調整し直す。付着した粉を拭き取り、細かく研ぎ始める。柄を持ち、煌めく双剣を傾けて裏返し入念に視線を注ぎ込んで漸く調整の作業は落ち着いた。次に防具の手入れだ。
兜から籠手へと入念に手際よく調整していく。時に履いて足首を回し、違和感がないかを調べて防具の手入れを終えた。
備品も問題ない、奥の倉庫へと入って綺麗に並べ、腰に手を当てて一息入れる。
元いた部屋へ戻れば未だに灯りの下で目を凝らす少女の姿があった。
「時間、掛かりそうか?」
「…あと、もう少しです」
彼女は幾多の弾丸を造成していた。先程、旅商人から大量に買い取った《カラの実》の中身を取り出し、空いた空間に瓶から取り出した火薬を詰める。この作業を何度も繰り返し、出来上がった弾丸は百個ほど。羅列された弾丸を掻き集め、袋へと丁寧に押し込んだ。
続いて入れ物から細かい体毛で作られた箒で銃に付着する埃を払った。箒を入れ物に戻し、銃を通常時の場所へと置いてから大きく伸びをする。
「終わりましたぁ! さ、寝ましょう」
「…朝は早いからな」
「そうですよ、明日から忙しい仕事が始まるんです!」
初仕事、腕が鳴ると共にその言葉はメルの温くなった血を唸らせた。
明日からユクモ村を拠点とした仕事が始まるのだ。