沖天する陽が真上に差し掛かる頃、生物による命を賭けた競争が絶海の孤島を舞台に行われていた。
海中から見上げられる蒼天を一瞬、横切る細長い影像。音無くして横切った影像は次第にその数を増やし、目測で十体を超える数にまで達した。
一方で無音の海中とは裏腹に地上は緊迫感が弾け、騒々しく荒れていた。左側を岩壁に崖を一心に駆け抜ける白と黒の群れ。慌ただしい事態に群れは混乱を極めていた。
乱脈とした群体の原因ともいえる小型の肉食竜、統率者のドスジャギィと子分のジャギィが直ぐ後を追っていた。そんな狩人達はその巧みな戦略と強靭な牙で群れを脅威に陥れていた。
群れの合間へと突っ込んだジャギィが一頭の獲物に飛び掛かったり、上から常に見張っていった一頭のジャギィが群れの中へと飛び込んだりして場は一層に荒々しさを増した。次々に群れに綻びを作り出す狩人達に対抗し、その巨体を活かした体当たりを見せ付ける《アプトノス》達。
巻き上がる土煙の最中から押し出された一頭のジャギィが海原へと落ちた、瞬間、零れ落ちた獲物に細長い影像――水生獣《ルドロス》――が次々と零れ落ちる狩人達を食い荒らす。
このように荒々しい生物達の競争はこの世界で常に起きており、これは一部に過ぎない。
弱い者は淘汰され、強い者が生き残る。植物はお互いに助け合いながら生命を維持している。その為に様々な植物が芽生える森は豊かなのである。森に昆虫が住み、昆虫を食べる鳥がいて、小動物がいて、それを食らう獣や竜がいて、こうして、初めて食物連鎖が完成する。
自然界の様々な生き物が織り成す生態系の法則―――これが自然の摂理だ。
時に残酷で、美しい自然界の掟を破る猛者が現れた。自然界の頂点に君臨し、不敗の凶悪な飛竜は突然、この生物達の競争へと舞い降りた。
その身体は紅蓮の鎧を纏った、全てを支配する雄火竜《リオレウス》が現れた。
蒼天から急降下し、巨大な影はジャギィ諸共吹き飛ばし、《アプトノス》を強靭な牙に捕らえた。翼が直撃し、倒れ込んだ《アプトノス》を《ルドロス》達が海へと引き摺り込む。遅れてジャギィも海へと引き摺り込まれた。
脚の下に獲物を置き、獰猛な咆哮で狩人達を圧倒する。負けまい、と吼え上げるドスジャギィも虚しく兇悪な貌が持ち上げられる。
狩人の群れが死を悟った直後、業火が煌めき、数瞬の後、辺りの狩人達が熱風に飛ばされる。瞬間的に狩人達を強剛な尾で薙ぎ払い、足下の獲物を常に庇いながら狩人達の撃退を成し遂げた。これを機に《アプトノス》達もその姿を消した。
蒼天へと飛び上がった雄火竜は凄まじい咆哮と共に雄大な翼を羽撃かせ、孤島の象徴とも見える一山を超えて往った。
生き物達による競争の跡地。大海原へと視点を変えれば僅かな黒い点―――ハンターを乗せた舟艇が近づいていた。
◆◇◆◇◆◇
銀色の脚が駆け回り、青く透き通った水飛沫が弾け飛ぶ。
海綿質の外皮を双剣が切り裂き、吹き出る鮮血が水辺を赤に染める。奮起した狩人は続け様に右の剣を振り下ろし、《ルドロス》の鳴きが絶するのを聞き、素早くその場から退避する。
警戒を怠らずに短い息継ぎを挟んで次に構える。
狩人が相手取るモンスター、水生獣《ルドロス》は今回の依頼の対象だ。弾性に富んだ海綿質の外皮で身体を覆い、水辺や海原を生息域とする海竜種である。主に群れで生活する水棲生物で攻撃的な性格を持つ為に厄介な特徴だ。加えて刃が弾性の皮には通らない事が多い。無論、刃の鋭さが鈍ければの話だ。
何度も入念に磨き上げたメルの双剣に少しの不確かも無い。故に容易く刃は通る。
しかし。
「数が…多いな」
辺りに視線を巡らし、取り囲まれた事を悟る。狩人とさえ呼ばれる鳥竜種ほどではないものの、連携も取る様だ。
軽い舌打ちを零し、エリーの位置を確認して走り出す。先ずは敵の包囲網を脱することを優先とした。次々と撃ち抜かれ、悲鳴を上げる敵を背後に前方の敵を切り伏せて反転する。
数は未だ減ったような気がしない。いや、増えただろうか。
足が重い。水が防具の中まで入り込み、足の不安定さと重みを倍加させていた。水辺では戦い難いと判断を下し、徐々に後退を繰り返した。
鳴り響く発砲音が止む。装填し直す音と共に再び鳴り響く。弾丸を厄介だと決め付けた《ルドロス》達が標的を変えた。
「
見逃すまい、と駈け出したメルが両の剣を振り翳して飛び掛かる。突然の剣戟に対処のしようもなく安易に力尽きる。
素早く剣を構え、その場に留まることなく次の標的へと。大雑把な動きを見せず、常に冷静を保ちつつ僅かな激情を孕んだ一閃の数々は彼の気風を物語る。
上段から振り下ろし、手首を返して計二回、斬り付ける。突き刺し、身体の奥まで尖鋭な刃を貫き通し、寂滅を見届ける暇もなく次の標的へと。
頭の中で数えながらもメルは止まらない。常に無情な凶器を打ち振るい、光跡を見る間に増やしていく。
相変わらず次の標的へと距離を詰める、が。
黄色い影がメルの腰を打ち付ける。
「…っ」
急襲の効果は既に切れていた、幾つかの数は既に標的をメルへと変えている。
腰の痛みに耐え切れず、思わず足が竦む。失敗を悟った時には遅過ぎて、三頭からの視線が周りより向けられる。
エリーの支援を求めたいが、事は運良く進まない。既に彼女は近接戦に持ち込まれている筈だ。それに今回の狩りは頼ってばかりはいられない。依頼を受けたのはメルが狩りの経験を積むためなのだ。ここで困り果てて助けを請う様じゃこれから先、強者を求めて止まない飛竜達の前に立つ事も不可能だ。
(これは試練だ)
今、自分にできる最善の選択。この力量じゃ先陣を切る敵を見極めるのは不可能、判断力と洞察力が不足。
ならば―――仕掛けるのみ。
「行くぞ」
自らを鼓舞する鬨の声。
両手に握られた双剣を一度、かちっと鳴らし、飛び出す。三体一より一対一にすれば良い、簡単に言えば三つの壁を同時に壊すより、一つの壁に風穴を空ければいい。
一頭目。急激な接近戦に驚愕したのか、反応が遅れた瞬間に死没。頭を刃が貫いていた。
二頭目。脚に力を込め、飛び掛かって噛み付く手筈だったが、僅かに届かず。メルに黙認され、苦しげな悲鳴を上げるルドロスを尻目にメルは壁を切り抜けた。
浅く続けていた呼吸を止め、息を大きく吸い込んで吐く。
残りの二頭目は奮起の一風変わった声を上げて、メルを追い掛ける。そのあとを三頭目が追った。
避けて攻撃。または仕掛けて攻撃ばかりでは限られた定型でしか攻撃できない。もっと多彩な攻撃をしなければ動きを読まれる。
二頭目のルドロスが死に物狂いでメルへと噛み付いてくる。
多少の無理承知で受けるか、決められた定型で倒すか。どうする、覚悟を決めろ―――迷いが生じ、思考が遅れた。
左の剣を敢えて突き出し、噛み付かせる。捕まえた喜びを感じるのも一瞬、その異様な硬さに噛み付いたルドロスの眼が見開く。
当たり前だ。噛み付かれたのは人間の生身ではない。知恵を振り絞って作られた――怪鳥の甲殻なのだから。
後は頭を突き刺してこれを好機と捉えた三頭目に驚きの反撃を食らわせる……瞬間、メルが愕然とする。
「……ブレス!?」
理解には遅れたが、確実に奴は首を持ち上げる。溜め込んだ身体の水分を盛大に利用した水を口に含んだ。
左腕は塞がっている。避ける手段は持ち合わせておらず、左腕を解放させるにはそれなりの時間があり、間に合わない。
刹那。三頭目のルドロスの頭が吹き飛んだように錯覚する。数秒後、頭が撃ち抜かれたのだと、理解すると左腕の重みが消えた。
同じくして二頭目も撃ち抜かれた。精確な射撃によって最もな弱点である頭を撃ち抜かれた黄色い影が倒れ伏す。
仲間に当ててはならないという緊張感の最中、動く的を正確に捉え、無情さを合わせて弾丸を放つ主、エリーは叫んだ。
「メル君、大丈夫ですか!?」
「…あ」
助けられた。膝を折ると共に感じる冷たい水。
試練だった筈だろう、何故失敗した。乗り越えられなかった――悔しい。
涙は零れずとも溢れ出した後悔に体は動かなかった。次に我に返る頃には目の前に彼女がいた。
「メル君! 急いでください!」
「…え?」
「《ロアルドロス》が来ます!!」
首が無意識に振られる、一際大きくなった黄色い影が咆哮を炸裂させた。
迫る巨体。辺りに転がる屍とは似ても似つかないその体躯は正に長の印であった。八頭の配下を引き連れ、ここ
頭部に生えた五本の角の様なものが左右に振れる。あれは威嚇や興奮の時を示す。このことから奴は縄張りを荒らす外敵を排除に来たようだ。
正気に戻ったメルにエリーが述べる
「どうします?」
敵は子分の八頭と統率者の一頭、数が多すぎる。地図上では背後には海があり、陸地までには程遠い。海へと出れば確実に死は免れない、何せ奴らは水棲生物、勝ち目はないだろう。
背水の陣に立たされた。
数が増え過ぎたため、と聞いてはいたが《ロアルドロス》の情報など無かった筈―――悪態を突くのも一瞬、思考を切り替えた。生き残る方法をひたすらに模索する。
彼女は敵との距離を把握しながら言い添える。
「狩りますか? 逃げますか?」
これは試練だ。何時しかの言葉が頭に響く。
メルの知恵ではこの判断は重過ぎる。加えて心情が乱れている今なら尚更の事。
汗が垂れ、奴が迫る。考える暇は無くなった。
選択肢は二つ。「逃げる」か「狩る」か。
あの数を相手に勝てる自信は無い。あの数から逃げ切れる自信は無い。「逃げる」と「狩る」の相対する行動のどちらもが不可能と言える最悪の戦況を覆す方法は無い。
握られた耀く双剣に映る己を見、―――何が為の剣だと脳裏で叫んだ。
「奴を、狩る」
「了解です」
距離は既に詰められた。辺りに転がる屍を見た水獣が憤怒の声を叫び散らす。統率を持った配下のルドロス達の攻撃は一段と危険度が増す。
銃に弾が装填される音が後方から聞こえ、後に変わらない事務的な声が聞こえる。
「任務開始します」
身が引締められる。汗で防具の内は甚だしく濡れている。
ロアルドロスがメル目掛けて突進してくる。その速度は先刻狩った配下の奴らより確実に速い。足が水に取られる為に走り出しは早く、突進の進路外へと抜け出す。
エリーが射撃の為の一直線を確保するべく走り出したのを確認し、突進を制止したロアルドロスへと向き直る。出来る限り配下のルドロス達は気に留めない。最大の脅威だけを睨み付け、大勢を決する。
地面を的確に踏み締めるような動作を認め、距離を把握してから飛び退く。直後、水を弾かせて跳んで来たロアルドロスの着地点へと駈け出す。
無防備な身体を斬り付ける―――刃が確実に身体を切り裂ける。何度も斬り付け、走り回って時に突き刺し、引き裂くが致命的には成り得ていない。
攻撃の有効性の低さを察したメルは一度、距離を置いて息を吸って吐く。
休む暇は無い。右方、迫る黄色い影を察知し、紙一重で突進を避ける。背後で聞こえる鳴き声を無視し、再び駆けだす。先程までいた場所に黄色い影が飛来した事さえも気に留めない。
黄色い巨体と直面したメルは脚を止め、身構える。急激に頭を持ち上げた動作から警戒心を剥き出しにして凝視する。前進してくる巨体から離れる様にして後ろに跳ぶ。直後、歯と歯が打ち鳴らされ、空気へと噛み付いた。
側面が空いている。素早く駆け込んで―――危険を悟る。
斬りかかった筈が空を切る。巨体が持ち上がった、瞬間、巨体が地面を叩く。
大量の水飛沫が弾け、地面が浅く没す。大量の水が身体に打ち付け、目の前が真っ黒に染まる。
何も見えない恐怖は底知れず、兜の内を手で擦る事も叶わず、夢中で後ろに跳んで距離を取ろうとする。しかし、地面の際を薙いだ尻尾がメルの足首を捉え、大いに転倒させる。
「…っか」
声にならない唸りと共に視界がぶれる。直後、地面に身体が打ち付けられ、身体の内部まで押し潰されるような重圧が伝わった。
立ち上がる事も叶わず、息をする事も難しい。
兇悪な顔が眼前に迫る。目と鼻の先に淡い青の眼が光る。メルを食うべく開かれた口内で人の身体を容易く噛み砕く歯が死を宣告する。喉の奥が冥府の門にも見えた、その瞬間。
目の前のそれは脈打ち、意識を持ち、今も尚、死を宣告する。涎に塗れた
それはメルが死を悟り、走馬灯さえ目にし、儚い生命を守るべく実効性の持たない双剣を振るった瞬間の出来事。
爆破の衝撃波が、水辺に波紋を創った。
見える全てが右に逸れ、反射的に顔を腕で覆う。熱風に吹かれながらも本能的に身体を酷使してその場を離れる。なるべく遠くへ、途中、飛び掛かって来るルドロス達をやり過ごし、制止を掛けて反転する。
息遣いは荒い。景色を映し、未だ完全に機能しない脳で戦況を理解しようと試みる。
「…あ」
理解した同時に湧き上がる不甲斐なさ。また、助けられた。
弾丸を装填し、恐ろしい巨体の怒りを誘う彼女は己を窮地へと追い込んでいる、自分の為に。
無力さに嘆き、歯を食いしばる。なんて、情けない。彼女にばかり重荷を負わせ、自分は貢献すらしていない。これを試練だ、と自らを鼓舞して何を得たのだ。結局、偽りの実力を過信して仲間を窮地へと追い込む厄介者へと成り下がっただけだ。
そんな自分の罪が赦せない。
「今、行く」
双剣を握り直し、突貫。兜の内に秘めた形相は自分への憤りと熱誠によってより神妙になる。
駆けながら戦況を把握する。残りのルドロスは三頭で二頭はエリーと交戦中、一頭はこちらに視線を刺してくる。長である水獣は苦しげな叫喚を撒き散らし、未だ困惑の最中―――何が原因だ。
(爆発……火?)
ある一つの仮説を立てる。彼らが水辺に住まう尤もな理由、保湿しなければ或いは乾燥すれば彼らには不利益となるに違いない。そこを突けば。
思考を戦闘へと引き戻す。先ずは目の前の処理からだ。
前方から切迫する黄色い影との距離を確認し、走る速度を上げる。敵の体勢が僅かに沈んだ事を見て、進路を左へと逸らす。地面を離れ、宙へと跳んだルドロスの頭へと烈々たる一閃。続けて猛攻を見せ、悲鳴を背後に駆け出す。
頭を振って思惑の最中にいるロアルドロスの尻尾へと駆け寄り、斬り付け、跳ぶように退いてからエリーの許へと走り寄る。
接近戦を挑まれたエリーは些か苦戦していた様だが、メルの増援により難なくルドロス達を撃沈する。
撃沈したルドロスを飛び越え、メルが双剣を腰に差しながら言う。
「考えがある。一度、退く」
「………解りました」
暫く考えたのち、メルの指揮の下、二人は
メルの苦し紛れの提案が吉と出るか凶と出るか。それは知る由もない。