「リーダー、そろそろ作戦開始の時間だよ〜バシッと一言お願い!」
私は閉じていた目を開き、通信機からの副官の声に返事をする。
「……ああ」
周りを見渡し、不備がないかを再度確認する。通信機は全て感度良好、ドローンからの映像にノイズは無い。計画は全て頭の中に入っており、現時点まで全く滞りなく進んでいる。完璧だ。
私はマイクを手に取った。これから始まる闘争が待ちきれず口角が上がるのを感じる。
「貴様ら、今日こそは決戦の日、そしてエデン条約終わりの日である」
「やるべき事はただ一つ。我々はゲヘナ学園の生徒であると、連邦生徒会にも、トリニティにも、何にも縛られないと証明する事だ」
「このふざけた条約を作ろうとする超人と羽根付きどもに我々の力を見せつけようじゃないか」
「気に食わんやつは殴る、それが我々だろう?」
____ついにこの時が来た。私は逸る気持ちを抑え付け、大きく息を吸う。
「……作戦か
轟音
それと同時に視界が真っ白に染まり、凄まじい衝撃が体全体を襲う。つかの間の浮遊感の後、すぐに地面に叩きつけられ、空気が胸から一気に押し出される。強烈な痛みによって全身の感覚が一瞬にして奪われ、視界が痛みでチカチカする。
(私が……負けた……?情報戦で……この私が?)
薄れゆく意識の中思考を回す。場所が漏れていたのか?そんなことは起こりえない。セーフハウスの場所を知るのはごく一部の人間だけで、その中に情報を漏らす奴は居ないのだから。何より、今日私がこのセーフハウスに行くと決めたのはたまたまで、私がここにいると知るのは私だけだ。この作戦に置いて懸念であった百合園セイアが予知で未来を観測したとしても、私の居場所までは分からず指揮系統は絶対に崩されない、その筈だ。
(まさか……)
狂った聴覚が、集団でこちらに向かってくる足音らしきものを拾うも、私の体は一寸たりとも動かなかった。
意識が落ちる。その最後の瞬間、私はある恐ろしい考えに行きついた。
「確保しました!確かにあのグループのリーダーです!」
「お疲れ様、……にしてもここまで情報通りだと恐ろしいな」
____百合園セイアは、未来に留まらず、
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トリニティ学園の夜は静かだ。ここはトリニティ学園本館の近くのため、不良生徒も近寄らず、遠くからの爆発音すら聞こえない。私はそんなゲヘナとは全く異なる夜の雰囲気に少し薄気味悪さを感じつつ、建物の屋根の上で、ある人物が通りに来るのを待っていた。情報通りなら、その人物はこの時間にここを通るはずだった。それに、巡回もこの時間はここにいない。
そうして、いくらかの時間が経ち、眼下の通りをそれらしき中肉中背の男が歩いてくるのを見つけた。私は建物から地面へそっと降り立ち、背後からその男に声をかけた。
「あんたが先生だな?少し話があるんだが良いか?」
その男はゆっくりと振り返り、少し驚いた表情でこちらを見ると、すぐに答えを返した。
「もちろん」
その返答に私は少し面食らう。この男は何なんだ?なぜそんな返答ができる?時期と場所を考えれば警戒するべきだろう。まさか、この男は私が来るのを知っていたのか……?いや、それにしては驚いた顔をしていた。本当に何なんだこの男は。思わず疑問が口をつく。
「……あんたに危機感ってものはないのか?ここはゲヘナじゃなくトリニティで、私はこの通り角付きだぞ?」
するとその男はこちらの目を見ながら、当たり前のようにこう返答した。
「生徒の話を聞くのも先生の仕事だからね」
私はこれまで色々な人間と交渉や騙し合いをしてきた経験がある。その経験から見るに、この男は本気でそう思っている。こいつは筋金入りのお人よしだ。この男、先生は噂で聞いた通りの人間らしい。
まあいい、どんな人間であろうと私に関係はないのだから。私は本題について話すため、口を開いた。
「……噂通りのお人好しだな……まあいい、お喋りをしにわざわざこんなところまで来た訳じゃあない」
「私はあんたに警告しに来たんだ、百合園セイアの危険性についてな」
「セイアの?」
先生は首をかしげて聞き返す。やはり先生もあの女の危険性には気づいていないらしい。私は少し落胆しながらも続きを話す。
「まあ聞いてくれ……ひとつ、昔話をしよう」
「先生、あんたが来る前の話だ。そもそも、エデン条約のようなふざけた条約がなぜ形になれたのだと思う?」
私が先生に問うと、先生は少し考えてから考えを述べる。
「……連邦生徒会長が居たから?」
「そうだな、それが一番大きいだろう。連邦生徒会長、かの超人は両者をどうにか席に座らせた。それが無ければエデン条約のような平和条約が結ばれるのはもっと後になっていただろう」
「他にも要因はいくつかある。年月が経っていくにつれ、ゲヘナとトリニティの上層部の間で冷戦状態から抜け出そうとする動きがあった事、ゲヘナ学園において万魔殿はともかく風紀委員会が条約に前向きだった事もそうだろう」
「そうして、エデン条約は無事に形になった、と」
「でも先生、
先生の顔がいぶかしげになったのを見て、私は笑みを浮かべる。そうだ、私はお前の敵
「先生、私は知っているぞ。聖園ミカはゲヘナ憎さにアリウスと手を組んだらしいな。トリニティに聖園ミカは居た、じゃあゲヘナにも居たに決まっているだろう?むしろ、自由と混沌が校風たる我らがゲヘナ学園の生徒がなにもしないとでも?」
「気にくわない奴は殴るのが我々で、私だ。エデン条約なんて相容れないものだった」
最初の頃を思い出しながら、私は語り続ける。自然と手に力が入っていた。
「首輪付きのお嬢様しか居ないトリニティに比べ我々は自由なんでね、兵隊を集めるのは簡単だったさ。羽根付きどもと仲良しこよしするなんて嫌だって奴は沢山いた。形に成りかけていたエデン条約、それをぶっ壊すために我々は団結し、決戦に備えたんだ」
「そしてその日が来た、完璧な作戦。自慢の軍隊は気力十分。不確定要素も観測されずむしろこちらの想定通りに事は進む。あとは羽根付きどもをぶん殴るだけ……そしてついに作戦開始の合図を出そうとした、その時だ」
先生は黙って聞いている。私はこぶしを握り締め、出てくる冷や汗を止めようとした。周りの暗闇から視線を感じる気がして気持ちが悪い。私は口を開いた。
「……私は突然襲撃され意識を失った。その後、私という指揮官を失った部隊は壊滅したらしい」
「これだけ聞けば、ただ情報が漏れていた、そう考えるのが自然だ」
「だが私はその時セーフハウスに居た。そして、私がそこに居たのはたまたま私がそう決めたからで、私がそこに居るのは私以外知らなかった」
「もし情報が漏れていたとしても、私の居場所をピンポイントで当てられるはずがない」
「断言しよう。百合園セイアは恐ろしい化物だ。あの女は予言の大天使なんかじゃなく、全てを見透かす悪魔だ。もしかしたら、あいつは今もここを視ているかもしれない」
言った、言ってやったぞ。先生にこれを言ってやった。私は周りを確認する。誰もいない。
誰もいないにもかかわらず、視線を未だに感じる気がする。冷や汗をぬぐい、私は話を続ける。先生は心配そうにこちらを見ている。
「そんなものが居ていいはずが無い。それなのに……ああ、くそっ……この考えを抱くことすらもきっとあの女の予定通りだったのだろう」
「おそらくだが、ゲヘナ学園内のエデン条約反対派を集めるのに私が最適だったんだ。そうに違いない……!あの女はそう言うことをする……」
「……私の闘いは何も残せず終わった。ああ負けたよ。くそったれのエデン条約は来週調印さ」
私の闘いは、意思は、全て無駄だったのだ。それどころか、あの女を助けたと言ってもいいだろう。……恐ろしくてたまらない。こんな事、知りたくなかった。
……ふと、先生とは、生徒を導くものらしい事を思い出した。ならば先生は、この恐怖にどう答えるだろうか?そんな疑問が頭をよぎった。だから、つい余計な質問をしてしまった。
「なあ、先生、あんたは本当に自分が自分自身の意思で動いていると思うか?」
「ならば、その意思によって行われた行動は全て予定通りで、化け物の意思の元進められているとしたらどうだ?」
「意思も何もかもが全て予定通りならば、その意思にどれほどの価値がある……?奴は、そういう事が出来る存在だ」
先生が何かを答えようとする。冷静になった私はそれを打ち消すように声を上げ、話を続けた。私はもう何も聞きたくない。知りたくない。先生はやはり心配そうにこちらを見ていた。
「いや、やはり何でもない。今のは忘れてくれ……」
「本音を言えば、もうエデン条約なぞどうでも良い。私は負けたのだから」
「だが、あの女の思い通りに成るのだけは癪なんだ。奴は昏睡中と聞くが、奴の能力は予知夢だ、きっと何かを企んでいる」
「だから、先生、あの女には気をつけろ。全てを見通す者なんて、まともであるはずがない。」
全てを言い終え、私は目を瞑った。こうしている間は、少し安心できる。先生の声がした。
「……ひとつ、教えてほしい。君はトリニティを憎んでいるの?」
何を言うかと思っていたが、そんなことか。私は目を開き、これだけは違いない事を先生に言った。
「憎んでいる、か。愚問だな、先生。いいや私は、私の意思で、トリニティが嫌いなだけだ。だから作戦を立てた」
先生はこちらを見ていた。先生は少し笑い、「そっか……」と呟いた後、言葉を選ぶように、しかし毅然とこう言った。
「私は君の不安が正しくない事を証明できない」
「でも、セイアは、理解ができない恐ろしい化け物なんかじゃないと思うよ」
「怖いなら、いつか一緒に会いに行くのはどう?」
私は言葉に詰まってしまった。先生は私を見ている。沈黙があった。
(私は……)
何かが出てしまいそうになった私は、絞り出すように答えた。早くここから去りたい。
「……さっきの言葉を訂正しよう、あんたは噂以上のお人好しだ」
「だが断る。私は警告に来ただけだ。……ではな、先生。くれぐれも百合園セイアには気を付けることだ……もっとも、気を付けた所で何もかもが無意味かも知れないがね」
私は逃げるようにその場を後にした。事実、逃げたのだろう。その時、先生がどんな顔をしていたかは、分からない。
「……分かったよ、セイア。」
「……?」
「……見る必要が、あるのかい?」
「悲しいエンディングの後、そこに続くエピローグを見たところで悲哀が増すだけ。苦しみが連なるだけだ。」
「……それで?何が「分かった」と言うんだい?」
「この後のお話を確認するのは、怖かったよね。」
「何を……」
「だから夢の中に隠れて起きられず、ずっと彷徨ってたんだね。」
「わ、私は……」
「先生……君は一体、何を……?」
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気分が悪い。
今日はエデン条約が古聖堂にて調印される日である。歴史に刻まれるであろう日に、人々は皆高ぶり、街は活気に満ち溢れていた。カフェの窓から見える人込みを何気なく眺めていると、トリニティの街並みにゲヘナの生徒らしき人影が多く見えた。
(……やはり、私は負けたのだな)
目線を目の前のコーヒーに移す。どうにも気分が悪い。吐き気を飲み下すようにコーヒーを口に含む、それは苦い味がした。
私がぼうっとコーヒーの表面を見つめていると、周りでメンバーと騒がしく喋っていた副官が声をかけて来たので、そちらに目を向ける。
「ねえリーダー、今からでも調印式邪魔しに行こうよ~見届けるとかカッコつけてないでさ〜配信見てるけどもうそろそろ調印されちゃうよ~?」
「うるさい……もういいんだよ」
私がそう返すと、副官は「え~」と残念そうに言い、メロンソーダをストローでずずずと吸った。
そして、口からストローを離すと副官は急に真面目な顔になり、呟くように言った。
「……リーダー、気に食わない奴は殴る、それが私たちじゃないの?」
騒がしく喋っていたメンバー達が、おしゃべりを止めこちらを見つめている。その責めるというより悲しげな表情を見た私は、逃げるように窓の外に視線を外し、意味もなく空を見つめた。沈黙の間に、副官のスマホから流れるクロノスのキャスターの声が流れていた。
「今まさに、エデン条約が結ばれようとしています!!」
_________空に、一筋の光が通った
「は?」
耳を劈く爆発音が空間を揺らす
窓がガタガタと揺れた。人々の悲鳴が聞こえ、眼下の人々が逃げまどっている。
「わわわっ!何々~!?」
「なんですか!?トリニティの襲撃ですか!?」
「何が……!?」
「なんだなんだ!?」
「うわ……万魔殿の飛行船まで堕ちてるし……めんどくさくなりそう……」
メンバーが何かを騒いでいたが、それを聞く余裕は私になかった。私はカフェから急いで出て、歩道橋に入り、古聖堂のある方向を見る。古聖堂のある辺りからは噴煙が昇り、ミサイルが本当に古聖堂で爆発した事を示している。
私は茫然としながらも、考えをまとめようと思考を巡らす。
(古聖堂が爆発……?そんなわけがない!あの化け物は全てを視る事ができるはずだ!)
(これも計算の内か……?だが……エデン条約は完全に終わった。再起は不可能だろう。いやしかし……)
(本当に……百合園セイアはただ寝ていて……あの女は、化け物じゃないのか?)
何も分からなかった。何が正しいのだろう?正解は何だ?私は、どうすべきなのだろう……?考えることが、ひどく苦痛だった。答えを探しても、見つかる気配はない。
そんな事を思っている時、「リーダー!」という大きな声が後ろから聞こえた。少し躊躇いつつも後ろを振り向き、メンバー達の顔を見た。メンバー達は先ほどのような顔ではなく、目を輝かせ楽しそうな表情をしていて、大声で騒いでいた。悲観に暮れるでもなく、恐怖に怯えるでもなく、お祭りが始まったような顔で。
「混乱に乗じてトリニティぶっ潰しませんか!?私たちならいけますって!!」
「いやリーダー、悪は急げです。この隙にあそこの店の商品掻っ払いましょう」
「そんな事よりも!!ミサイルが打ち込まれた場所には憎っくき風紀委員会が多くいた筈です!!急いで戻ってこの隙にゲヘナに革命を!!!」
「リーダー、今のうちに逃げません……?なんかヤバイ感じしますし、多分ここら辺戦場になりますよ……?」
その楽しげで、欲望に忠実で、享楽的で、愚かで、とにかく自由な姿は、まさしくゲヘナの生徒だ。
(ああ……そうか、そうだったな)
自然と口角が上がっていくのを感じる。それを見たメンバー達は喋るのを止め、こちらを見つめる。私と同じく、笑いながら、楽しそうに。
(正解だと?何をすべきかだと?決まっているだろう!私はゲヘナの生徒だぞ?)
(答えはひとつ!
副官がにやにやと笑いつつ、どこか嬉しそうにこちらに話しかけてきた。
「リーダー、どうすんの〜?」
私は、目を瞑り思考を巡らす。今の状況を分析すると、この事態を万魔殿内のエデン条約反対派が仕掛けたと言う可能性がまず思い浮かぶ。しかし、そんな予定があるなら私に連絡が来るだろうし、この線は無い。後は万魔殿の主流派が仕掛けた可能性だが、先ほど議長が乗る飛行船が堕ちた以上、これもまた無いと考えていい。
更に思考する。ティーパーティーが仕掛けた可能性はまずありえない。聖園ミカは牢獄の中で、桐藤ナギサはそんなことできる玉じゃない、百合園セイアは……信じがたい事にただ眠っているようだ。ということは、エデン条約を、百合園セイアを倒したのは、何らかの第三勢力だろう。
(それなら、そいつらを倒したら百合園セイアに勝ったって事でいいな!なんかムカつくしぶん殴ろう!よし決定!!)
思考を終えた私は、目を開き、メンバー達に号令を出す。
「貴様ら!」
メンバー達が、ぴしりと姿勢を正した。いつも通り、それぞれ笑いながら。
「我々の悲願たるエデン条約破壊は見事成し遂げられた。我々の勝利である!」
「サーイエッサー!」
「闘いは終わった。事前の取り決め通りこのまま各自解散と行きたい所だが、また新たな愚か者が現れた!」
「サーイエッサー!」
「我々の獲物を掠め取り、恐れ知らずにも万魔殿の議長が乗る飛行船を落としゲヘナ学園に喧嘩を売るバカどもだ!まったく不快だ!だから私は貴様らに再度問おう!」
こいつらには待たせてしまったな、と頭の片隅で思いつつ、私は大きく息を吸った。
「気に食わん奴を殴りたくはないか!?」