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「あれ、春川じゃん」
「あ? なんでテメェが此処に居んだよ」
いつも通りの私服―――白いシャツの上に前を開けた黒いパーカー、グレーのメンズパンツ―――姿の木蔦に声を掛けられた赤い制服の少女―――春川フキは、あからさまに顔を顰めた。
DA所属のリコリスの一人であり、そのリコリスの中でも最も能力が高いランクである『ファースト』に位置するリコリスである。
かつてDA所属であった頃の千束のパートナーであり、彼女の腐れ縁でもある存在だ。
「春川さん、この方は?」
「ただのバカだ」
「は? バカじゃないが?」
「コイツは木蔦正耀だ。お前等も聞いた事ぐらいはあるだろ」
「木蔦正耀って、あの?」
「え、なになに? もしかして俺ってDAで噂になってる? やったぜ」
「リリベル随一のバカ、ですよね」
「あ゛ぁ!?」
紺色の制服―――ファーストに次いで『セカンド』と呼ばれるクラスの制服―――を着た黒髪に紫紺色の瞳を持つ少女の言葉に、木蔦はがなりを効かせて声を荒らげた。
リリベル随一のバカ。それが彼の異名だった。
あまりにもアレ過ぎて隊を乱す為に、厄介者扱いとして喫茶店リコリコに置いて行かれたリリベルとして、リコリスの間でも有名なのだ。
「何その不名誉な異名……錦木に反して俺くそ格好悪いじゃん」
「事実だからな」
「だからバカじゃねぇっつーの! 何度も言ってるが、バカじゃねぇから!」
「ふーん…なら今から一つ質問する。正直に答えろ」
「おう、何でも来いや!」
「まず、お前はリリベルだな?」
「おう」
「昨日は任務に行ったな?」
「おう、錦木と一緒に行ったぞ」
「その任務で忘れたものは?」
「銃」
真剣な表情でそう答える木蔦。
対して、リコリス達の反応は様々だった。
フキはやっぱバカだな…と呆れ、セカンドの蛇ノ目エリカはえぇ……と戸惑い、
「バカじゃないですか」
同じくセカンドのリコリス―――井ノ上たきなは、真顔でそう言った。
「何でだよッ!」
「よく言った、たきな。コイツはバカだ」
「仕方ねぇじゃんか! 一昨日の夜ラーメンだったんだから!」
「一昨日の晩飯と何の関係があるんですか?」
「美味しいもの食ったら頭回らないじゃん?」
「バカですね」
「はぁぁぁぁ?????」
何の躊躇もなく、物怖じする事もなく、シンプルにバカと直球に言うたきな。
ちょ、ちょっと、たきな…! と、エリカが窘めるが、フキは気にするな、何も間違ってないと言って憚らない。
「で、何で居るかだっけ?」
「この流れからその話題になるんですか!?」
これだけ言われれば、普通なら凹むか激昂するなの二択になりそうなものだが、しかし木蔦はまるで何事も無かったかの様に話の流れを変えた。
肩を落とすでも、顔を深紅に染めるでも無く。あっけらかんとした、間抜け顔。
何も気にしていない。先程までのリアクションが嘘であったかの様だ。
「珍しく非番でさ。だから適当にフラフラしてたんだよ」
「お前……それ、千束に言ったか?」
「え、なんで?」
心の底から疑問に思う様な顔に、フキは深く溜息を吐いた。
それは、お節介。或いは呆れだったのかもしれないし、ある種の憐れみだったかもしれない。
とにかく、フキは目の前の少年への言葉を飲み込んだ。
「何でって、それは……いや、何でもない。お前はそういう奴だったな」
「ちょちょ、なになに? 勝手に一人で納得すんなよ」
「相変わらずバカだって言ってるんだ!」
「なんで逆ギレすんだよ! つか、またバカっつったな!? この髪型コナー野郎が!」
「誰が髪型コナー野郎だ! 良いだろうが別に!」
「ふーんだ!」
「ガキかよ…」
「ガキだが?」
「そうだった…」
まだ子供だ。高校生活を満喫しているであろう子供でしかない。
バカだが、彼もリリベルだったのだ。それ相応の訓練は経ている。子供らしい事なんて、何一つして来なかった筈だ。
それでも尚、こうして平然と過ごすのはそれを受け入れる事が出来ているからだ。諦めているのではなく、そうであると受け入れてしまっているからなのだ。
それ以外の事を知らぬから。
まぁ、
「つか、春川達は任務か。内容は?」
「武器の取引現場だ。生かして捕らえろってよ」
「生け捕りか。面倒だよねー」
「お前が言うか?」
「それな。自分でもそう思う」
「まぁ、そもそもお前は使う場面が無いだけか。銃忘れるもんな」
「なんでか忘れちゃうんだよ。自分でも不思議に思う」
「バカだからじゃないですか?」
「おうコラてめぇ。後輩の癖に生意気な」
それから暫く―――と言っても数分程度だが―――会話をした後。
そろそろお暇するわ、と木蔦はスタスタと歩き出した。
が、まるで思い付いたかの様に、突如として足を止めた。
「えっとー、君! 初対面なのに俺をバカバカと連呼した君だ!」
「井ノ上たきなです」
「おっけー、井ノ上な! 名前覚えたからな! こんなんでも先輩だからな、偉そうなアドバイスをやろう!」
(こんなのって言う自覚あるんだ…)
「一応聞いておきます。なんでしょうか」
「―――常に自分がすべきだと思った事だけを成せ。自分の選択を決して後悔するなよ」
「…………肝に銘じておきます」
「じゃ、それだけだから! またなー! 春川も暇があればウチの喫茶店遊びに来いよー!」
「余計なお世話だっつーの!」
「余計なお世話はヒーローの本質よ〜」
「別にヒーローじゃないだろお前……」
それから暫くした後。
井ノ上たきなは―――左遷される事となったのだった。
❖
からん、からんっ……と、鈴の音が鳴り響く。
其処は、客がまだ誰も居ない時間帯の喫茶店。和服の様な仕事服を着た飲んだくれの女と黒人肌の男が、カウンターに立っている。
そして、同じく仕事服―――ではなく、私服を身に付けた少年が客が座るテーブルの席に着いている。
「あれ、井ノ上じゃん」
「……どうも、木蔦さん」
扉を開き、喫茶店リコリコに訪れたのは―――たきなだった。
まさかの客人に驚く木蔦。たきなの方に向き直り、よっと気軽に手を挙げた。
「はいはい、木蔦さんですよ。なになに、早速リコリコに遊びに来てくれたの?」
「違います」
「違うのかよ。てか、その頬っぺどうしたよ。もしかして春川に殴られた?」
「……知ってて聞くんですか?」
「え、当たった? やったぜ。いや、やったぜじゃないか、痛そうだもんな。流石に不謹慎だわ、ごめん」
「い、いえ。気にしてませんので」
「マジ? 良かったー」
安堵して胸を撫で下ろす。
たきなは何とも言えない感覚に陥っていった。
嫌味を言ったのかと思えばそうではなく、素直に謝罪され、許された事を嬉しそうにする。
ペースが飲み込まれている。もしくは、崩されていると言った所だろうか。
別に不快だとかそういう訳ではないのだが、如何せん彼女はそういった相手と出会った事がこれまで無かった為、新鮮なのだろう。
「んでんで? 遊びに来た訳じゃないなら、何しに来たんだ?」
「……本当に知らないんですか?」
「知らないって何を?」
首を傾げる木蔦を見て、たきなはつい溜息を吐いてしまった。
「え、溜息? なんで?」
「……本当にバカなんですね」
「またバカっつったな!? 何なのお前、失礼だな! 出会って二日目なのにバカバカって!」
「事実じゃないですか」
「違うわ!」
「いやバカだろ」
「おい独身てめぇ」
「あぁ!?」
「やんのか、あぁ?」
「止めないか、二人共」
女の店員―――中原ミズキと睨み合う木蔦を窘めるのは、店長であるミカだ。
そして、たきなが何故この喫茶店に来たのかを説明される。
たきなは命令違反で生け捕りする筈だった犯人を殺害した事。
人質になった仲間は助かったものの、得られる筈だった情報が無くなってしまった事。
それが理由で左遷され、このリコリコに流れ着いた事。
それらを聞いた木蔦は、あからさまに顔を顰めた。
「はー、やだやだDAって。感謝もなく左遷ですかそうですか、リコリスもリリベルも所詮は治安維持の為の武器でしかありませんってか? くたばれクソッタレ」
「正耀。気持ちは分かるが、抑えなさい」
「……うーい」
返事はするものの、しかしその表情は変わらない。
DAは組織だ。私情を持ち出す事はない、そんな事は彼でも理解している。だが、それで納得出来るかと言われればそうではない。
胸糞悪い話だ。決して良い気持ちになる様な話などではない。
リリベルである彼の感性は、しかし至って普通なのだ。
「そろそろ千束が帰ってくる頃だろう。正耀は店の支度を手伝ってくれ」
「あれ、今日は任務やんなくて良いの?」
「そもそもお前はリコリスじゃないからな。本来、千束の任務を手伝う必要もないんだぞ」
喫茶店に置いていかれたとは言え、彼はリリベルだ。
本来ならばリコリスの任務を手伝う必要などなく、手伝ったとしても報酬が用意される訳でもない。そもそも頭数に入って居ないのだから。
しかし、そんな事は承知の上だ。彼は彼の意思で、手伝っているのだ。
「あー、それもそっか。まぁ、だから何だって話ですけどもね」
「そう言うと思ったよ。さ、支度しなさい」
「りょーかい」
「あの……千束さんはその人ではないのですか?」
「え、私?」
驚いた様にミズキが顔を上げる。
どうやら、たきなはミズキの事を千束だと勘違いしているらしい。
「全然違う。ソイツは中原ミズキ、結婚願望強めの飲んだくれ」
「ソイツ言うな」
「錦木の方が断然且つ絶対且つ圧倒的に可愛いわな、うん」
「うるせぇ! 私には大人の魅力ってもんがあるのよ!」
「結婚実現してから言ってもろて」
「本当ムカつくこのガキっ…!」
「おぉ、怖い怖い。さっさと逃げねば―――あ、そうだ。井ノ上!」
「は、はい」
「多分錦木も言うだろうけど、先に言っとくわ。リコリコにようこそ!」
楽しそうに笑って、少年は