滅相もない、この様に私は笑顔が素敵な一般ホロウ調査員で…… 作:マジキチスマイル
とある野原の中――リスや鳥達が見守る中、一人の赤髪の幼い少年と一人の獣のような黒い鎧を纏った大男が互いに向き合い、その手に大剣を握っていた。何度も剣をまじ合わせた後なのか、少年は土にまみれボロボロだ。
「ぐっ……」
反対に、大男の方は余裕そうに少年が両手でやっと腕を振るわせながら持ち上げる大剣を、片手で、まるて傘を持ち上げるように軽々と肩に掛けていた。
「……どうした?まだ来ないのか?」
大男の煽るような口調に、少年は眉を顰ませて……その口角を上げて悪鬼の様な歪んだ笑顔を見せながら笑ってやる。その笑顔を見たリスや鳥達は、一斉にその場から去っていく。
「……可愛い笑顔だ。」
「ははっ……!!舐めんな……直ぐにブチのめして――」
少年は、地面に跡が着くほど強くその大地を踏みしめると、思いっきり蹴りつけて……大剣をガリガリと引きずりながら、大男へと振り下ろす。
「……パワーは有るか。」
しかし、大男はそれを片方の大剣を防ぐ。ギリギリと違いの刃がぶつかり合う……少年はそのか細い体重を乗せて大剣ヲ打ち下ろすが、大男の体を少しもずらすことは出来ない。
「っ……クソッ、通らねぇ……!!」
「その程度で、俺を押し通せるものか。」
大男の煽りに、少年は目と瞳孔を開き猛り声を上げる。
「うるせぇ!通るんだよぉ!!チェェス―――」
「だから無理だって!!」
しかし、その声と決意虚しく少年の土手っ腹には次の瞬間、大男の丸太のような腕によるストレートパンチが打ち込まれた。
少年は口から何かしらの液体を撒いてから、大きく後ろにふっとばされ、その手から離れた大剣はぐるぐると回り回って地面に突き刺さる。
「がぁぁぁ………」
地面を引きずって倒れる少年、すると堪らずに少年は声を上げる。
「痛え!加減してくれよ
「強くなりたいと言っている奴相手に加減してなんになる。」
そう言って、師匠と呼ばれた大男は、兜越しに呆れた視線で少年を見る。少年は、大剣を撫でながら小声でボソボソとなにかを呟いていた。が、大男は一切聞く耳を持たない……敗者の泣き言になど耳を貸す気はないように。
「……そのまま泣き言言っているようなら、今日の稽古は終いにするぞ。」
「ッ!待てよ!誰がんな事言ったぁ!」
少年はブツブツと呟くのを辞めて、大剣を片手に握りしめて立ち上がる。それを見て大男は頷くと同時に、呆れたように肩をすぼめる。
「相変わらずその打たれ強さと意地は良し。だがなぁ、お前には足りない物が多すぎる。」
「んだと……?」
「そもそも一度戦うと決めた時点で剣からは絶対に手を離すな。意地でもその手に掴んでいろ、焼かれても掴め、砕かれても掴め、千切れても掴め、心変わりしても掴め、と言うか心変わりするな。」
「んな無茶なぁ!」
大男の言うあまりに無茶な難題に、少年は喚く……しかし、確かに少年は目の前の男が一度戦うと決めた時に、獲物から手を離した姿を見たことはなかった。どんな時もだ。
すると、大男は一つの問いかけを少年へと掛ける。
「大体、お前は何のために強くなる?」
「決まってんだろ、誰にも何も奪われない為だ!ホロウに入って、金稼いで、妹に楽させる為だ!」
「軽い理由だ。まぁ、この辺の治安じゃやむ無しか……」
「んだと!?」
怒りに燃える少年を見ながら、大男は呟く。
「そもそも強さや力に理由や意味を求めてる時点でお前はナンセンスなんだよ。」
「アンタが聞いたんだろうが!?」
「そこで『無い』とはっきり言えないからお前はナンセンスだと言っている。」
ズバリと言い切る大男……少年が言い淀めば、大男は言葉を続ける。
「……そもそもな、力や強さなんてのは所詮暴力って言う悪意を言い換えただけに過ぎない。力や強さを求めた時点で、そこにどんな理由があろうと、崇高な意志が有ろうと、それは暴力を欲した言い訳にしかならない。」
「んじゃあ、強くなろうとするのは悪で悪い事だったのかよ!」
「そうは言ってない、暴力を自分の目的を盾に正当化させるなって話だ。」
大男の言葉に少年は小首を傾げる。
「暴力を求めた自分に言い訳するな、暴力を求めたと自覚しろ、その上で力を使え、強くなろうとしろ。それがお前が強くなる第一歩だ。」
「な、何言ってるのか全然分かんねぇ……」
少年が頭をぐるぐると回していると、大男は肩を窄めて呆れ果てる。終いには頭を抱える始末だ……
「お前は何つーか、本当に馬鹿だな。」
「るっせぇな、どぉせ俺は孤児の学無しだよ。」
身に覚えがあるのか、目に見えていじけこむ少年……そんな少年に、大男は言葉を投げかけた。
「……ま、馬鹿も悪いもんじゃないさ。ただ、その開き直りはよくねぇ。それじゃあお前は唯の馬鹿だ。中途半端な馬鹿じゃない、馬鹿を極めろ。」
「訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇよ!訳分かんねぇだろうが!」
少年と大男は互いに言葉をかわし合う。少年は言葉の意味が分からなかった……喩えこの先青年になってもわからないという自信がある。
……すると、遠くの方から一人の少女が駆け寄ってくる。少年よりも数個幼い少女だ。
「お兄ちゃん!またこんなところに居て……!」
「んだよ、今俺忙しいんだけど……」
少年がぶっきらぼうに突っ返すと、少女はほおを膨らませながら声を上げる。
「そんな事言って……今日は村の仕事手伝ってくれるって約束でしょ?早く行こ?」
「いや、けどよぉ……」
少年はチラリと大男の方を見るが、大男は乱暴に少年の背中を蹴って押し出す。
「良いから行け、仕事くらいしろ。」
「ちぇ……わあったよ。」
「ほら、行こう?お兄ちゃん!」
少年は心底つまんなそうに、目の前の少女に手を引かれながらその野原を後にする。大男は、大剣を背負いそのまま何処か遠くを見つめていた。
なんて平和で、在り来りな日常なのだろう。
たった一人の家族である妹と、大剣の稽古をつけてくれる師匠……辛い事もあったが、家族となら乗り越えられると思っていた、乗り越えられてきた。
……本当につまらない夢だ。こんなつまらない夢なんか、もう見たくない……見たくなんか無い。
こんな、ちょっとのはずみで消える様な夢なんて、見ないほうがマシだ……野良のホロウ1個程度で消される日常なんて、無い方が良い。
夢の中で少年になっていたテルは、そっと目を覚ます……安アパートの一室、生活感に溢れた部屋で、頭をかきながら目を覚ます。
消えていった夢を朧気に後追いしながら、目を覚ます……自分がなんなのか自覚しながら、目を覚ます。
喉が渇いた、眩しい、腹が空いた、動きたくない。
そんな身体にムチを打って、テルは身体を起き上がらせる。
そして、思った言葉が不意に口から漏れ出ていた。
「……なんかさ、久々に良い夢見させてもらったな。」
……嗚呼、本当に良い夢だ。目覚めてこんなに虚しい気持ちになるのは久方ぶりだ。そんな夢ならいっそ見ないほうがマシと思えるほどに、良い夢だ。だが……
「……あれは夢だ、唯の夢なんだよな。」
……テルは心の中でそう割り切る。
そうだ、彼が暮らしていた場所はホロウに飲み込まれたし、妹はエーテリアスに殺された、エーテリアスに
師匠は俺をホロウから出した後にどっかに行ってしまった。
瞳には、あの青く肉づいたエーテリアスが目に浮かぶ。
夢の中にある物は、テルにはもう何も残って居ないのだ……あるとしたら、鍛えに鍛えた大剣くらいか。
……いつまでも惚けてる場合ではない。早く着替えて仕事に行かなければ……ホロウ調査局の仕事、今日は……確か零号ホロウでの試験の護衛だったはずだ。
まさかこんなにも早く合法的に零号ホロウへと向かえる機会が来るとは……つくづく運がいい男だと自分を褒め称えてやる。
……あの肉づいた青のエーテリアスを探す為に、結構苦労したものだ。
妹を失った孤児の状態から、腕っぷしを高めて、勉強して、ホロウ調査員になって……まだまだ下っ端だが、腕の良さは色んなところで知られるようになった。
散々にひどい目にも遭った、悲惨な場面にも遭遇した、罵られた事、死にかけた事も一度や二度ではない。
嗚呼、しかしそれでもあのエーテリアスは消さなければならない。妹を殺したエーテリアスは……トドメを刺してやらねばならない。
もし、たとえ、仮に……今までの行いが間違っていたとしても、無駄だったとしても、積み上げたものを全て失おうとも……あのエーテリアスだけは必ずに――。
「……っ!やべ、そろそろ時間か、早く支度しねぇと。」
テルは食べ物の在庫を確認するために、キッチンへと向かうのだった。