ホシノの同期になって滅茶苦茶になりたいだけのSS 作:watazakana
冬を、覚えている。
曇りが勝った青空の下、全ての彩度が落ちた砂被りの街で、こそこそと、私たちの後ろをつける人影を。
危害を加えるつもりはないおどおどとした視線に、ホシノが最初に気付いた。
「尾行している人が居る」
「何人?」
「一人」
「どこ?」
「5時方向47m電柱の陰」
「……小心者。泳がせておこう。学校まで誘導すれば逃がす可能性はない」
ささくれ立った心に、曲者の存在が爪を立てる。その日の登校は、どうしようもない苛々でよく覚えていた。校門も、校舎も重苦しい。一人の沈黙よりも二人の沈黙の方が重い。重いことには慣れていたけれど、偶に来る無法者はそれを茶化しに来ているように見えて、苛つくのだ。
「何か、視線が……」
校庭の真ん中で、ホシノが振り返る。
「止まった?」
「うん」
「じゃ、私が対応するよ。先行ってて」
「対応?しなくていいよ。この程度」
ホシノがため息を吐くと、とん、とひと跳びする。音もなく校門の塀を越えて、尾行する影の隣へ行った。
幾らか会話……という名の威嚇をしたようで、最後は尾行していたであろう長髪の生徒が逃げ帰っていった。戻って来たホシノは少し困っているようだった。
「……逃がしたの?」
「ちょっと言ったら逃げちゃった。敵意はなかったみたいだし、言いすぎちゃったかな」
「あの子は結局何だったの?」
「私立ネフティス中学校の子」
私立ネフティス中学。かなり前にアビドスで散々好きにやって、少し具合が悪くなったら撤退する有力企業の中学校……と言えば、少し意地が悪いかもしれない。向こうだって滅茶苦茶にしたくてしたわけではないだろうから。
とはいえ、そんな身分の人間がこの土地に、わざわざホシノと私をつけて来るだなんて気分が悪い。
「廃校になってなかったんだ。……冷やかし?」
「いや、そういうのじゃないと思う。思ってもない勘繰りをされたって感じの顔だったから」
ふーん、と返して、ふと気付いた。
「そういえば、撃ってなかったね」
「え?」
「いつもなら背中を撃ってた」
「……私はそんなに短気じゃない」
そう、あの日を覚えている。初めて、あれからのホシノに表情と呼べるものができた日。淡々と敵を仕留めるだけに集中していたホシノが、少しだけ前に進んだ日。
そのきっかけが私じゃないことに、やるせなさを覚えた日。
「──そのネフティスが、債権を買ったのよね?」
その具体的な問題がどこにあるのかわかりかねているセリカ。多分、セリカはノノミの狼狽えに気付いていない。そういえば1年生の前で明言はしていなかったか。私が説明することにした。
「セイント・ネフティスカンパニーは、アビドスの土着企業だった会社だよ。元々アビドスは最大最強の学園。その土着企業もキヴォトスの大企業達と肩を並べるほどの存在感を持ってたんだ。持ってたんだけど……砂漠化のせいで鉄道事業も暗礁に乗り上げちゃってね。その損失を取り返そうとしてむしろ破産寸前まで行った。鉄道事業は中断、アビドスに取り返しのつかない損害を与えて、アビドスから撤退した。そんな会社」
「その損害を何とかするために、アビドス生徒会も借金したのですが……」
「そんなところだね。おじさんたちが1年生のころには、もうネフティスなんて殆ど見なくなっちゃった」
その話を聞いて、やはり噴き上がったのはセリカだ。
「何それ、つまりネフティスのせいで私たちの自治区がこんなことになったってわけ!?」
「いやぁ、それは言い過ぎセリカちゃんだね」
「えっと先輩、今なんて?」
「ま~ネフティスはアビドス没落の理由の一つでしかないから。砂漠化の直接的な原因でもないしね」
私とホシノのフォローにノノミが割って入る。
「ですが、ネフティスの失敗がなければ、アビドスに復興のチャンスはまだあったはずです」
事実、アビドス復興の目にとどめを刺したのはネフティスだとノノミは主張する。「ネフティスでも駄目なら」「あのネフティスが見捨てたから」……地元の大企業が去って、加速度的に住民の流出が進んだのは、否定できない事実だ。ネフティスは加害者というノノミの言葉を、そんなことないとは言えない。
「そして───ネフティスは」
「ノノミちゃん、それは……」
私の声に、ノノミは「良いんです」と言わんばかりの苦笑をした。セリカは何の話をするのか見えていないようで、沈黙に「な、何よこの空気……」とこぼす。
「ネフティスは、私の家が運営する会社です」
───ノノミは開示した。自分自身にとって核心的な部分を。言い出すまで相当の葛藤があったはず。私もホシノも、それを知っているから決して口に出さなかったことを。
この場で知っているのは、私とホシノだけだ。察しているのを含めると、アヤネと先生も、だろうか。シロコは知ってるかな、おそらくこれまで興味がなかったから知らないだろう。
鳴り響くセリカショック。なぜ今まで隠していたのか、なんて話は本筋ではないことを彼女は理解している。
「ネフティスからすれば、これは事業の買い戻し。採算が取れる何かがあるはず……ホシノ、心当たりある?」
「いやぁ、ないない。君に心当たりがなかったらおじさんにもないよ」
それはそうだ。私たちが目を皿にして金目のものを探した三年間、めぼしい結果なんてものはなかった。いくら砂漠広しと言えど、石油なり希少鉱石なりがあれば見逃すはずがない。情報はいつでも共有してきた。それでないということは、ないのだ。
「じゃあ、一体どうして……」
私の言葉で今の現象が誰にとっても「不可解」だとわかる。
ネフティスはなぜ、アビドスへ舞い戻ってきたのか?それも、借金額を大幅に超えるお金を払ってまで……
ここでの支払いが投資と言い切れるほどの何かが、まだアビドスに眠っているのか。私たちも知らない、何かが。
……勘弁してほしい。もう面倒事でホシノが何処かへ行くのも、私に突き付けられる自分自身の愚かさも。
大きくため息を吐いた、その時である。侵入者を知らせる警報が鳴った。出現箇所ごとに警報音を変えているけれど、今回は線路地帯。色彩戦で派手に吹き飛んだ線路の近くだ。私は聞くや否やライフルを担いで、廊下へ飛び出す。
「ちょっ、先輩!どこ行くの!?」
「こういうのは私の仕事。先生、皆の指揮お願いします、アヤネちゃんはナビしつつ侵入者の所属特定を急いで!」
「は、はい!」
どこか、嫌な予感がした。