ゼロ・トゥ・ゼロ   作:しづごころなく

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真面目に書き出すと急にタイトルを凝り出しがち。


“孤立賛歌とタキシード“

 「朱鳶先輩に、青衣先輩、おはようございます!!今日も頑張っていき…ま、しょ…」

 

 ロードの遅い機械のように、声に揺らぎが発生するセス。ドアを開けて明るい挨拶をかましたは良いものの、2人の間には暗い沈黙が流れていた。

 

 「え、どうしたんですか、何かあったんですか?」

 

 綻びのある焦りを抑えながら、事実確認を行おうと2人が対面している机に向かう。その中心には、既に開封済みの「辞表」と書かれた白い封筒。

 

 「…!これ、え、いや……そんなわけ」

 

 セスは知っている。自分の尊敬する先輩の中に、見た目に反してポップな字を書く先輩がいるのだ。その文字は自分へのメモやホワイトボードへの書き込みなどで見慣れている文字だった。

 

 それでも、脳が否定する。「辞める理由なんて無かったじゃないか、成績も良くて、尊敬できる正義を持った先輩だったはずで、あれだけ楽しそうに生活していたのに…」と。

 

 それでも、脳が否定する。「俺を誰も置いて行かないでくれ、あんたも、俺の兄みたいに、俺を…」と。

 

 それでも、脳は状況を受け入れ、理解する。これは、ハルの封筒だと。

 

 「何でですか!!あの人ほど真っ当な治安官はそういないはずです!!」

 

 「すまぬな、セス坊。既に抗議はしたが、本人も認めている事実らしい。我は少々、罰が重すぎると考えたが、規則は規則だ…」

 

 辞表の中には手続き書類と共に諸々の事が書いてある、報告書兼手紙があった。前半部分の内容は何故辞めたかの簡単な説明。「ホロウレイダーに手を貸したため」、がその全てであった。

 

 後半部分は、完全なる個人的な手紙だった。

 

 『特捜班の皆様。今まで本当にお世話になりました。僕のような居場所のない人間を引き抜いて、受け入れてくれたことに感謝しても仕切れません。僕はここで治安官としての仕事を終えることになりますが、未だに正義は心の中にあります。それに従い、いつものように、正しいと思うことをします。

 きっと特捜班の皆なら僕がいなくてもやっていける。それくらい優秀な人しかいない。僕の不在なんか気にせず、使命を全うして欲しい。……』

 

 そこからは何と、特捜班に所属する職員全員への個別の手紙だった。

 

 「あの人、本当に……人が良すぎるったらありゃしない…!!!」

 

 暖かさと寂しさによる冷たさをかき混ぜられた感覚を耐えながら、朱鳶を見た。

 

 「『居なくても問題ない』とか、そういう問題では無いんですよ、ハル君…」

 

 ため息のように漏れた声は、その場にいる全員の思いを代弁していた。

 

 

 

 さて。家がないなった。根無草にも程がある。これからも僕はこの世界で生活する必要がある。であれば、一番欲しいのは、収入だ。

 

 お金があれば家を借りられる。家を借りられればそこを居場所にできる。その後のことは全く決めていないけれど、一旦はそこを目標にするのが良さそうだ。

 

 「で、どうやってお金を集めるかな…」

 

 一番最初に考えたのは邪兎屋への所属だった。しかし、数秒後に自分で却下した。僕はデッドエンドホロウでの一件で邪兎屋との関わりが目撃されている。居場所を置くくらい距離を詰めたら、治安局の方から追手が飛んできたりして、きっと僕のせいで邪兎屋に迷惑がかかる。

 

 「それに、収入も安定するとは思えないなぁ…悪いけど」

 

 邪兎屋がRandom Playの2人に対して多額の借金を背負っているのは知っている。経営困難な場所に行っても僕の自由は得られない。

 僕としては、お金を集めながら自分のやりたいことをやれる環境が欲しいのだ。僕のやりたいことは、大体が人助け。特にホロウ内の。僕1人で動きたい場面もあるだろうし、一蓮托生なのは辞めてほしい。

 

 「郊外…は遠いな、流石に都心がいい…」

 

 郊外の収入はある程度安定するだろうが、何にせよ世俗から離れすぎだ。僕が郊外でのんびり店を開いたりしたとして、その間に大きな事件が起きて気付かぬうちに大切な人が死んでいる、なんてのは最悪の未来だ。

 

 「終わった、条件に合致する働き場所が皆無…」

 

 纏めると僕の要望はこうだ。高給で、ある程度自由に動けて、都に近い、出来れば自分の強みであるホロウ活動を生かした動きができる所。

 ちなみにホロウ調査員は無理だ。僕が治安局のルールを破って抜けてきたことくらい情報として流れている。

 

 「どーっすっかなあ…」

 

 そもそも只でさえコネが無いのだ。僕の知り合いは大体治安局の人間だし、それ以外だと邪兎屋、パエトーン…

 

 「あ」

 

 いた。ちょっとだけ躊躇う気持ちはあるけど、形振り構っていられない。そういえば僕は、あの人の名刺を持っている。あの時の、サメ少女の言葉を信じるならば……

 

 「ライカンさん、ヴィクトリア家政ってどうやったら入れる?」

 

 聞かなくても分かる。多分高給だよね、ココ。

 

 

 

 「おお、ゴツいけどお洒落ですね」

 

 赤い花の模様の装飾が入った、黒トーンのタキシード的な服を着る。服の種類には詳しく無いのでこれが何なのかは知らない。パンツは礼儀正しさを感じさせる無地の黒。それでもとても着やすく、戦闘についても考えられているのだろうな、と理解できる。

 

 「よくお似合いですわ。その青い髪に対して赤の装飾を付けるだけで、一気に魅力が増しておりますの」

 

 ヴィクトリア家政の面接は受けた事がないタイプのものだった。戦闘に関しては僕はすっ飛ばされたのだが、礼儀指導は意外に大変。最終的にリナさんから、「自然体の貴方が一番味がしますわね」との総評を貰った。何だよ味って。

 

 「そういえば聞いてなかった…というか聞きにくいんですけど、ここのお給料って幾らくらいなんですかね…?」

 

 「■■■■■■ディニーは硬いですわ」

 

 「ひゅっっっ」

 

 変な声出た。すげえなヴィクトリア。ともかく、それだけ貰えるなら、むしろ余るくらいだし、きっとやっていけそうだ。

 

 

 

 「そういうわけで、執事なのかメイドなのか分かりませんが、ヴィクトリア家政に入ることになりました。ハルです。これからよろしくお願いしまーす!」

 

 目の前で全力で拍手を行うカリンと、対照的に適当に拍手しているエレン。メイドをやれると言ったのはエレンであるはずなのだが、面倒くさそうな顔をしている。

 

 「人の命を救うことと、エーテリアスを倒すことは得意です。何でもやる所存なので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

 

 ハル。戦闘の試験をすっ飛ばし、礼儀指導では「ガラスが割れてご主人様が傷ついたときの対応」において

 

 「よかったぁ…」

 

 と言った時に見せた笑顔一つでリナとライカンから満点を繰り出された元治安官。一度4対1にも関わらず敗北しかけた脅威の相手でもある。いや、実際は敗北しているも同義だった。

 

 「これからハル、貴方は私の部下ですから、基本的に私の指示をもとに動いてください。そう言ったことには治安局で随分慣れていると思いますが」

 

 ヴィクトリア家政は採用する人間の裏事情は大抵リサーチ済みである。ハルが何故治安局を辞めたのかは大凡理解しているし、ハルもその事を知っている。その上で、ヴィクトリア家政の今までの依頼の達成内容は彼の中の正義に大体は反していなかったので、採用へと至った。

 

 「えへへ、カリン、先輩になっちゃいました…!」

 

 「カリン先輩、って呼んだ方がいいですか?」

 

 「い、いえいえ、いいんです…!!私なんかに、そんな高尚な称号…!!敬語も外してください!!」

 

 「…なら外すけど、後輩として教えて欲しい場面はきっと一杯あるから、その時になったら頼らせてほしい」

 

 「ま、任せてください!」

 

 自信を持ってきたカリンは、勢い余ってチェーンソーを持ち直す。

 

 「殺さないでね…?」

 

 「す、すみません…!!こんなつもりじゃ…!!」

 

 

 

 ヴィクトリア家政は思ったより居心地がいい。リナさんが料理を繰り出してきたときは生きている心地はしなかったが、その他に関してはとても居やすい。一時的にアジトも寝床として貸し出してくれるどころか、キッチンまで貸してくれる。

 

 「調子はどうですか、ハル」

 

 「ホワイト過ぎてびっくりしてます。六課よりマトモなんじゃないですか」

 

 「…そのようなことは」

 

 ライカンさんは部下のケアまで完璧である。朱鳶さんも部下のケアは上手いが、気遣いという点に於いてやはりレベルが違う。分からない事があればこの人に聞けばいいんじゃないか、と思うくらい何でもできる人間ブラウザだ。

 

 『私はこの分野にはあまり造詣は深くありませんが…』

 

 とか言いながら完璧な解説・お手伝いをしてくれるのだから恐ろしい話だ。

 

 「ヴィクトリア家政としても、貴方を迎え入れられて嬉しく思っています。貴方のホロウ内での決断速度と手際は私すら凌駕しているように見えます」

 

 「いえいえ。一秒失うだけで大きなミスに繋がることは散々経験してましてね」

 

 「……ハル。やはり貴方はいつか、ヴィクトリア家政を辞めることになるでしょう」

 

 ライカンさんは読んでいたアンティークな装丁の本を机に置き、目を合わせて話し出す。

 

 「?僕今デラシネなんですけど」

 

 「治安局に戻るかは…分かりませんが、ホロウレイダーなどという違法の道へ落ちるべき人間ではありませんよ、貴方は」

 

 紅茶を飲む姿すら絵になる。

 

 「1人で色々やりたいこともあるでしょう。定期的に貴方には「目的のない依頼」をお渡しすることにします」

 

 …もう少し時間が経ったら自分から提案しようと思っていた、自分の自由行動権の話だ。ヴィクトリア家政だけだとやはりホロウ内での作業には限界がある。それが嫌だったので、自由に行動したかったのだが、先をいかれた。

 まさか、バレてるとは。

 

 「……ありがとうございます。いつまで居るかは分かりませんし、何ならここで骨を埋める可能性もあり得ますが、ボーナスと思って受け取っておきます」

 

 返事は無かったが、仕草で分かる。許可が出たのだろう。

 

 

 

 「に、似合いすぎですわ……」

 

 ルーシーがハルにばったり出会ったはいいものの、最初の言葉はこれだった。ハルが何故こんな服かよりも、その容姿に注目している。ハルが執事をやってくれるなら自分の家に戻ってもいいかもしれない、と僅かでも思うくらいには、ルーシーは釘付けだった。

 

 「…ありがとう。意外に着やすいよ、これ」

 

 赤い花の装飾に、金糸のラインが黒地の布を引き立たせる。赤、黒、金という統一感バッチリの高級感ある組み合わせを吹き飛ばすように、鮮やかな青髪が存在感を発揮する。鋼色のホルスターと刷かれた剣もよく似合っていた。

 

 「もうこれは私のものってことでいいんですの??」

 

 ルーシーの中の論理が飛躍する。「ルーシーはお嬢様である」→「しかも服がカリュドーンカラー」→「私の隣に立つために作られたような組み合わせ!」→「私の所有物にしていいのでは??」

 そんな訳がない、普段のルーシーではあり得ない飛躍したロジック。しかしそれに気づけないほど、今のハルはルーシーにとってドンピシャだった。

 

 「どゆこと、僕は僕のだ」

 

 「いや、今日の貴方は少なくとも私の執事ですわ」

 

 「????」

 

 ネジが飛んでいる、とハルは思った。いつもなら「治安官は辞めたんですの?」とかそういうセリフを申し訳なさげに聞いてくるはずなのだ。これは、満足するまで付き合ってやるしかないのかもしれない。

 

 「…分かりましたよ、お嬢様。今日だけ、ですからね」

 

 人差し指を立て、口に当てるような仕草。このセリフだけで、ルーシーの中のタガがぶっ壊れた。

 

 「……やっっっばいですわ」

 

 突如ルーシーの脳内で発生する理性との格闘。

 

 (こんなの全年齢の訳がありませんわ…!!)

 

 自分の中の体温が急激にぶち上がるのを感じつつも、体はその熱を処理しきれず、次、何を喋るべきなのかが全て吹っ飛ぶ。

 脳にエラーメッセージが何百枚と表示されるような感覚を享受しつつも、ルーシーは動けなくなってしまった。

 

 とりあえずコイツをこのまま放っておけば、誰が今のコイツを魅力的だと思うか分からないので、手を引いてカフェに突撃する。

 

 何も考えられない頭で適当に2人分のドリンクを購入。席に座り、ドリンクを一気に完飲することで、ようやく心に落ち着きが出てきた。

 

 「……危なかったですわ、本当に…」

 

 「お身体の具合は大丈夫ですか、お嬢様?もし何かあれば、僕がお助けいたしますよ」

 

 ふわ、と笑みを浮かべるハル。とんでもない追撃を喰らい、その処理のために五分ほどを無言で費やした後、やっと平常心が戻ってきた。

 

 「……危なかったですわ、本当に…」

 

 「ご無事で何よ……」

 

 「ちょっと黙りなさい、ですわ」

 

 口を無理やり手で塞ぎ、自分へのダメージを事前に防ぐ。このままでは心臓がもたない、そういう直感があった。

 

 「口調は普段のものに戻していただけます?……少々勿体無いような気がしますけれど、私の精神健康を考えれば必要ですわ」

 

 鏡なんざ見たくない、今の自分の顔なんて赤以外の何者でもないだろう。

 

 「分かったよ。……僕だけのお嬢様」

 

 「…………あっっっっっっり得ねえですわ!!!!」

 

 史上最速に思える速度で、バットがハルの体に直撃する(クリーンヒット)。座っていた椅子から振り子運動のように地面に倒れ込むハル。

 

 「まじか、反応できなかった…というか見えなかった…でもって痛い…」

 

 ぜぇぜぇ、と息を整えながら二杯目のドリンクを購入し座り直すルーシー。「もしかしたら自分の気持ちがバレていて、それを揶揄われているのでは?」と思うが、椅子に座り直してポケーっとしているハルの顔を見れば、その考えはあり得ないものだと分かった。

 コイツ、ただの冗談の一部でこういうことをする人種か、とルーシーは結論付けた。

 

 「……で、ですわ。治安局の制服が急にデザイン変更になったなんてニュースは、私聞いておりませんのよ」

 

 「ああ、それね。……話すと長くなるんだけど、聞く?」

 

 

 事のあらましを纏めると、ホロウレイダーと協力したので治安局を追い出され、収入の安定する都心の職を探したら、執事をやることになった、と。

 

 「…とりあえず、服飾のデザイナーには感謝しておきますわ」

 

 「いやあ、いいデザインだよね、この服」

 

 一瞬考える、ハルを今からでもカリュドーンの子に引き込めないか、と。

 

 (……無理そう、ですわね)

 

 これはハルにとっての助けたい人の母数の話だ。当然ながら郊外は都心に比べると人口が少ない。ましてや移動距離のことを考えると、郊外とここを行ったり来たりするのは現実的ではない。

 

 これは完全に私情だったが、今のこの制服を見れなくなるのはルーシーにとっても少し嫌だった。

 

 「……ハル。いつでも1人になったら郊外へ来なさいな。カリュドーンの子は、いつでも貴方のために、門戸を開けておきますわ」

 

 「ありがとう。頼りにさせてもらうね」

 

 

 

 「お会いできて光栄の至り!我は治安官の青衣と申す者!治安局戸別訪問サービスに、如何なる御用がお有りか!?」

 

 「うっそだろ、キャラじゃない……」

 

 何でこの人、こんなに明るいんだ。それと、何で僕の新居に他人行儀で訪問に来てやがる。




ハル君がたらしムーブしてるシーンを書いている時が一番楽しい。
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