ゼロ・トゥ・ゼロ   作:しづごころなく

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何度だってやり直す。

今話で描かれる話は、今話の描写が限りなくそのままエージェント秘話にて放映されていると考えてください。


“エージェント秘話「Re:ゼロから始めるスプリングタイムレンダ」“

 

記憶が矛盾する。デジャヴを感じても、それは本当はデジャヴではないはずのもの。

 

記憶が矛盾する。齟齬を修正することは許されない。怖がられたくはない。

 

記憶が適応する。現状を把握し、話を合わせる。

 

記憶が蘇る。皮膚が破け、血が流れ、生命が死を訴えるあの感覚。全ての思考を跳ね飛ばし、痛覚だけを享受する。

 

ああ、一体、いつまで、これをやっていればいいんだろう?

 

/記憶錯綜とダ・カーポ

 

 

 

 「お兄ちゃん、お客さん来たよ!私が出ちゃってイイよね!」

 

 「ああ、任せた」

 

 リンは明るく扉を開ける。「いらっしゃいませー!」…扉の先にいたのは、知り合いだった。

 

 「あれ、ハル?今はあなたにはビデオを貸してないはずなんだけど…」

 

 「うん、借りてない。今日はホロウ関係のビデオが見たくて」

 

 「おや、流石いつもホロウに潜ってるだけはあるね…えっとね、ジャンル別になってるから…」

 

 棚まで小走りで向かい、内容を物色し始めるリンを、ハルが止める。

 

 「そうじゃなくて。ホロウに行ってみたいんだよ。高いけど、出来るはずだよね」

 

 リンは気がつかない。ハルが態々他の客に配慮して、遠回しな表現を用いていることを。

 

 「…?ホロウなんて、いつも行ってるでしょ」

 

 「折角だし、こんな感じのボンプを連れて行きたいな」

 

 足元にいたオレンジのスカーフを巻いたボンプを持ち上げる。ようやく意図が伝わったのか、リンは声色を変える。

 

 「分かったよ。じゃあ、中に入っちゃって」

 

 スタッフ以外立ち入り禁止のはずのドアを開け、中にハルを迎え入れる。

 

 「…おかえり、リン。初めてかな、ハルがこっち側を頼るのは」

 

 中でコーヒーを飲んでいたアキラは動揺もなくコーヒーをテーブルに置き直す。

 

 「そうなる。急に必要になってね」

 

 「で、依頼は?」

 

 リンが話を先に進ませる。

 

 「話が早くて助かる。今回依頼したいのは、零号ホロウの奥にある、治安局が見つけた特殊エリアへの誘導と戦闘の補助。途中までのルートはある程度しか覚えてなくてね。助けて欲しいんだ」

 

 「正直、ウチの依頼料は安いとは言えないんだけど…それでも?」

 

 「お金ならあるよ。ヴィクトリア家政で働き詰めだからね」

 

 ハルの発言通り、ハルの着ている服は執事服で、あそこで毎日働いていればお金に困ることはないだろう。

 

 「ちなみに、目的は?」

 

 「…そのエリアの最奥に、昔から封印してある刀があるらしくてね。それが欲しいんだ」

 

 「分かったよ。じゃあ、契約成立だ。パエトーンに任せてほしい」

 

 「頼りになるねぇ」

 

 流れるように握手を交わす。リン達にとっても治安官と手を結ぶのは初めてではないので、慣れた手続だった。

 

 

 

 零号ホロウに突入してさほど時間も経っていないのに、パエトーンの探索技術によって例のエリアを捕捉することに成功した。

 

 「さて、ここからの内容は覚えてる。ここは刀を守るために作られた施設でね。ダンジョンみたいな、階層形式になってるんだよ。ちなみに3階層まで行ったことがあって、3階層の敵はトラキアン3体。馬鹿だと思うよね」

 

 「3体!?そ、そんなに…!?」

 

 1、2層の難易度はそこまで高くない。急にここから難易度が上がるのだ。リンが驚いていると、fairyが口を出してくる。

 

 『解析が終了しました。幸運な知らせです。このエリアの階層の最奥は4層…つまりトラキアン3体ともう一層で終了になります』

 

 「おや、お手伝いAIさん。優秀だね。あと1層分しかないなら、話は早いね」

 

 ハルの言葉に乗せられ、fairyは調子に乗り始める。

 

 『エージェント:ハルは見る目のある人物です。fairyのことをよく理解しています』

 

 「ちょっと、ハル!あんまり調子に乗せないでよね!」

 

 1、2層をサクッとクリアし、3層に突入する。ハルの戦闘が開始する。

 

 

×363

 目の前に迫る槍を避け、剣で斬る。上から飛んでくる矢も見切って、銃を後方に発砲。

 

 僕1人の火力では何十分かかるか分からないので、トラキアンの攻撃を誘導する。ほら、今にも迫る攻撃を、後ろで突っ立っている別のトラキアンに…

 

 「ヒット」

 

 彼らは種として群体を成すが、協力関係というわけでもない。胸を突き刺すトラキアン。刺されているのは僕じゃないが。

 その上そいつの体には電気が流れ、一気にダメージを食らったようだ。

 

 「やべ」

 

 命中を確認していたら、後ろから迫る3体目の落下槍攻撃。間に合え…!

 

 

×364

 

 ミスった。もうやらない。

 

 同様に攻撃を誘導し、今度こそ3体目の攻撃を避ける。そのまま胸を突き刺されたトラキアンに追撃。これには流石に応えたか、動かなくなるトラキアン。

 後ろから迫る刺突攻撃。おいおい、お前僕が避けたらどうなるとか考えてないな?

 

 「やっぱり仲間ってわけじゃないんだな…」

 

 側転を使って槍を避けてみれば、槍の先端は動かなくなったトラキアンの顔面に刺さる。

 

 2回分の僕であれば即死級の攻撃を喰らったトラキアンは、1体消えた。

 

 「残り2体」

 

 上から降ってくる電撃矢を空中で掴み取り、僅かに痺れる腕を振るって近くにいたトラキアンの体の隙間に刺す。

 僕が丁度刺したタイミングで放電。大きな隙を晒してくれてありがとう。

 

 「蝕め」

 

 指から侵蝕を放ち、大ダメージを与える。ついでに何回か斬った。

 ブラックホールによって寄せられるもう一体のトラキアン。彼らは僕が近くに来るだけで「殺す」と考えて槍を振ってくれる。

 つまり。

 

 一瞬だけブラックホールを解除、近寄って槍を振るわせる。僕はリンボーダンスの要領でスレスレで避け、

 

 「すごい、『マトリクス』みたい!」

 

 というリンからの褒め言葉を受けつつ、槍を振るうトラキアンを下から剣を串刺しにした。ウチだとマトリックスなんだけどな…。

 

 これにより、片方は僕に刺され、片方は味方から刺されたことになる。

 

 「ふー、そこそこの成績?」

 

 理想はノーデスだが、ここまで上手く環境を使えれば弱者でも戦える。こいつらが味方同士で攻撃できなかったら普通にもっとやり直してるし、ジリ貧だっただろう。

 

 「お疲れ様、ハル!この調子なら、4層もすぐだね!」

 

 「かもね」

 

 噂の名刀「黒霧」、案外すぐに手に入れられそうだ。

 

 「じゃ、行こっか!」

 

 またしても響くAiの声。

 

 『…解析が終わりました。どうやら、この施設の統括はfairyと同じAIが行っているようです。性能はfairyの足にも及びませんが』

 

 これは意外だ。相手はAIらしい。しかし、確かにそう考えれば、同時に敵を出したり、かなり性格の悪い攻撃をして来ている。

 

 「…まあ、この調子なら行けると思う」

 

 「さっすがハル!頑張ってね!」

 

 激励に返事をしつつ、ドアを開ける。

 しかし僕は知らなかった。ここから、僕の死亡数は700へと跳ね上がる。

 

 

 「最悪だ」

 

 相手のAIの目的は、常に「相手を諦めさせること」。見た瞬間に諦めるような絶望感ある配置を統計に基づき行う。そんなAIが、敵を排除し続けるうちに気づいた「最適解」。

 

 「偽物が…20体?」

 

 「これ、全部……ハル!?」

 

 ボンプから響く叫び声。ハルとパエトーンの目の前には、黒で埋め尽くされたドッペルゲンガー・ハルが20体ほど、その剣を構えながら待機していた。

 

 彼らの左手には『∞』のマーク。「常に最適解を選び続ける存在である」ことの証明だろう。

 

 地獄が今、始まる。

 

×365

 小手調に攻撃してみたら10体くらいから同時に発砲されて死んだ。無理だろこれ。

 

 「さっすがハル!頑張ってね!」

 

 全く、絶対に避けきって見せるからな。

 

×366

 

 早々に気づいた、これはクソゲーだ。そもそもタダでさえタイマンでは倒しにくい相手だ。だって、相手も僕も常に未来が見えている。前ルーシーと一緒にいた時に勝てたのは2対1だったからだ。

 ホロウが計測してきた僕のデータの中で最上のものが使われている、つまり調子がいい時の僕。

 それに勝つためには、タイマンですら「僕が普段の動きよりも良いものをどこかで見せて差をつける」しか勝ち目がないというのに、数の不利はこちらにある。

 

 多少は容赦してくれよ、僕。

 

×400

 

 段々対応できるようになってきた。一体もまだ倒せていないが、ダメージを与えることには成功した。あとは精神力との戦いだろう。

 

×411

 

 1人倒した。あと19体…マジか、地獄だろこれ。…頑張るしかないか

 

×474

 

 100回分くらいを費やして5人を倒すことに成功した。人数が減れば負担が減るかと思えばそういうわけでもない。彼らは僕が利用する「同爆作戦」…即ち相打ちさせる形を許さない。

 それは既に見たと言わんばかりに避けてくる。…キツくなってきた。

 

×522

 

 死にたい。いや。死にたくない。ここで死んだらパエトーンは殺される。

 

×576

 

 ……

 

×611

 

 「…なあ、ハル」

 

 ボンプから響く男の声。こんなのは今まで無かったはずなんだけど、どうしたのだろう?

 

 「君、何か僕達に隠していないか」

 

 「?」

 

 「やつれすぎなんだよ、顔が」

 

 自分でも気づけない体の不調と表情に現れる精神の摩耗。本人が思う以上に、ハルの精神は不健康になっていた。

 

 「…これ以上は、契約の内容にも関わる。君の秘密を教えてくれないと、僕らは君と協力ができない」

 

 ああ、そうか。言わなきゃダメか。協力関係を打ち切られるのは困る、帰れない。

 

 「信じるなら、いいよ」

 

 ハルはポツリポツリと語り出す。無機質な床に目を向けながら、左手を翳す。

 

 死に戻りについて。その法則性について。左手の、「数字」について。

 

 「そういうわけで、僕は、死んだらやり直す」

 

 「嘘、でしょ…」

 

 リンの心配そうな声が響く。ボンプ越しであるというのに、不安そうな顔をしていることが分かる。

 

 「じゃあ、ハル。君は、既に今まで、611回も…」

 

 先を言うのが憚られ、アキラは口を回せなくなる。喉の奥に言葉が詰まる。詰まりすぎて炎症を起こしそうだ。

 

 「うん。最初に会った時も、そうだったでしょ。あの時は二桁だったけどさ」

 

 語るハルの目は、諦念を含んだ先を見る目。画面越しであると言うのに、リンは口を手で押さえている。

 

 「いいんだ。これのおかげで君達にも会えたし、沢山守りたい人が出来た」

 

 薄らと笑みを浮かべるハルの顔は、後悔はあれど喜びの方が強く出ていた。

 

 「…リン。今言っても意味がない。説教は後にしよう」

 

 「分かったよ、お兄ちゃん。でも、これだけ聞かせて。それを知ってるのって、誰?」

 

 「青衣と、あとルーシーっていう、郊外にいる子が1人だけ。あんまり大っぴらに言うものじゃないんだよ」

 

 ため息をつくボンプ。今のため息は一体、リンとアキラのどちらのものなのか、ハルには判別できなかった。

 

 「私には応援することしかできないから、お願いだから、無理だけはしないでね」

 

 

 ドアが開く。ハルが前に進む。

 

(ハルって、いつも、あんなに優しい顔してたっけ…?)

 

 リンの空な思考だけが、世界に漂う。

 

×612

 

 『警告。エージェント:ハルの死に戻りカウンターが増えました』

 

 「…本当だ、ハル、さっきと比較して1回増えてるってことは、一回死んじゃったんだね…」

 

 「目ざといね。当たりだよ。じゃ、また行ってくる」

 

 ハルを止めることすら叶わず、ハルは扉を開ける。リンにとってもこの状況は、とても辛いものだった。助けることもできず、扉の奥からハルの戦闘を見ていることしかできない。

 

 覚えていないが、きっと私は、何度もハルの死ぬ瞬間を目撃しているんだろう。

 

 

×629

 

 「カウンター増えたよ」

 

 「自己申告…私たちが驚くリアクションにも飽きちゃった…?ごめんね、…っていうかこのセリフも、聞き飽きてるよね」

 

 「いや、謝らなくていいよ。今のは初めてだった」

 

 「そっか…」

 

 かける言葉が見つからない。この爽やかな青年は、どうやったら止まってくれるのだろう。

 ハルが扉を開け、戦闘を始める。

 

 やっぱり知っているからか、全ての攻撃を見ずに避けていき、1人倒す。偽物のハルの攻撃は決して甘くない。それらを利用し、避け、次に繋げ、また倒す。

 

 「すごいなぁ…」

 

 「ああ、本当に、凄い。これだけやり直したら、僕でも諦める…」

 

 極めて冷静に敵を処理し、無言で斬り伏せる。リズミカルに処理される様はまるでダンス。音楽が流れているかと錯覚させるほど高速で敵が斬られる。

 

 5人ほどドッペルゲンガーが消えたかと思ったタイミングで、明確に、ラインが。

 

 「ぁ」

 

 ハルの口から。リンの口から。同時に、同じ発声。完全に不意をつかれるような、虚の声。

 

 ハルの左足が、切断されていた

 

 ぐちゃり、と生々しい血が弾け飛ぶ音と共にハルは地面に倒れ込む。偽物のハルは本物と同じように隙を見逃さない。直前に腕で無理やり転がったはいいものの、左腕に剣が突き刺さる。

 

 「ア゛あ、い゛、だい」

 

 ハルの脳内をスパークする危険信号。ああ、くそ。この回はもうやり直しか。そう考えた瞬間。

 

 「おーーーい!!エーテリアス!!こっちだよ!!」

 

 小さな体で室内に侵入、手を振って声を上げ、息を荒くしながらもターゲットになるボンプ。

 

 「り、ん」

 

 音声機能から鼻を啜るような音が聞こえる。泣いているらしい。ハルは直感する。ああ、同じ人種だ。例えやり直せるとしても、そんなことはどうでも良く、目の前の人を助けたいと思う。

 

 「押し付け、合い、だね」

 

 善意をどちらが突き通せるか。ハルはボンプが散るシーンなど見たくはない。ましてや、このボンプはリンと感覚を同期させている。ここで殺されてしまえば、脳に障害が残ったりするかもしれない。

 

 何より、自分の姿をした影が、友人を傷つける瞬間を見たくない。

 

 最短距離で偽物はボンプまで走ってくる。止めなければ。

 

 「え、はる……!!」

 

 上から突き刺そうとする剣を背中で受け、ボンプを抱き抱えて守る。

 

 「がふ」

 

 血がボンプに飛び散る。「はは、」と悲しそうな声で笑ったハルは黒い執事服でその赤を拭う。

 

 「ごめん、ね。飛び散っちゃっ、た」

 

 左足という支えが無くなり立っていられず、つい床に転がり込む。ボンプは抱き枕にされ、フルフルと震えている。

 

 「グロテスクだから。みちゃ、だめ、だよ」

 

 視覚情報を司る部分を胸に当て、視界を塞ぐ。抱擁する力が僅かに強くなる。

 

 「…ぐすっ、ハル、お願い、死なないで…!」

 

 「……」

 

 返事はできない。叶えられない願いだ。

 

 「大丈、ぶ。絶対、助ける」

 

 

 「…ハル、私、あのさ、………ハルのこと、すきだよ」

 

 痛みに耐えながらも、クスリと笑う。まさかボンプから告白されるなんて、思っても見なかった。今の告白の仕方が、「友達として」な訳がない。無粋な質問はナシだ。

 

 「ダメだよ、リン。ちゃんと選ぶんだ」

 

 「…選んでるよ、本気だよ……」

 

 胸元で籠る声。…嬉しい話だ。

 

 「ううん。君が僕を好きになった理由は、きっと、何を犠牲にしても自分を優先してくれるからだ。…吊り橋効果の、延長だよ。そんな訳ない、って思うでしょ。でも、そういうものなんだ」

 

 誰でも、目の前にいる人が命をかけて自分を助けてくれれば、多少なりとも好意的な感情を持つ。ちょっとした精神的ショックがきっかけになって、自分の中にある「あり得た可能性」に引っ張られる。その思いに寄りかかってしまう。

 

 嫌いな食べ物でも、「今なら食べれるよ」とか、「めっちゃ美味しい!」とか言われてるだけで、本当に好きになってしまったりするように。

 

 「…まあ、でも…リンは美人だしなぁ…はは、僕がここを抜けて、生き残っても、それでも好きだったら、考えてあげるよ」

 

 「…私、絶対、覚えてるから!!忘れないから!!」

 

 「人の夢と書いて儚い、かぁ…センスあるなぁ」

 

 そうとだけ呟き、僕は頚椎に銃弾を貫通させた。

 

 

×630

 

 「…本当に、リンは嬉しいこと言ってくれるよねぇ!」

 

 あそこまで言われて嬉しくならない奴はいない。僕は高揚する感情に耐えきれず、ボンプを持ち上げる。

 

 「な、何!?急に何!?」

 

 「いや?絶対ハッピーエンドにしようって、思っただけだよ」

 

 

×700

 

 手に書かれた数字を特殊な液体で消し、三桁の数字を書き込む。書き込む手には躊躇いがあったが、機械的に腕を横にスライドさせた。

 

 「大台、乗っちゃったな」

 

 吐息が漏れる。吐息には熱が篭っているはずなのに、どこか冷たく、表情は申し訳なさそうだった。

 隣で心配そうな顔を浮かべるボンプ。それを軽く撫でながら、僕は剣を握り直す。ここまでやる必要があるのかは分からない。でも、これからの危険を考えると、僕はもっと強くあらなければならない。

 

 剣を握る手が僅かに震える。いい加減、精神の限界が来ている。いややめろ。自覚するな。それ以上はだめだ。ここで正気になったら、戻ってこれない。

 

 「まだ行ける」と錯覚しろ。まだ体は正常だと錯覚しろ。体が異常を知覚し、これ以上の摩耗を防ぐために痛覚をシャットダウンしないように。

 

 僕は今は1人なんだ。1人で脅威たり得なければ、やっていけない。

 

 

 リンは、繰り返してからと言うもの、僕の予想通りいつものリンに戻った。…ちょっとだけ悲しいけれど、こういうものだ。

 ほら、やっぱり、こんな事があるから死に戻りは嫌いなんだ。リンの気持ちを僕だけが独り占めしている。

 「君は前回で僕に告白してるんだよ!!」

 なんて言ったところで何の意味もない。異常者だ。ましてや、自分の好意を相手に知られているなど怖気どころの話ではない。

 

 僕しか覚えていない、会話の数々。ああ、たくさん繰り返していると、この辺りがやっぱり辛いな。

 

 

×717

 

 ここまで繰り返せば、偽物の動きもかなり覚えてきた。たくさんミスしたし、たくさんのドラマを乗り越えてきた訳だけれど。

 

 「今回で、倒し切る」

 

 

 流れるように人を斬る。1人2人3人。飛んでくるブラックホールを避けて別の敵に当てる。また斬る。

 斬る、避ける、殴る、蹴る、放つ、当てさせる、叩き落とす───

 

 人生最高記録を更新させられたこのカスダンジョンも、もうすぐ終わりが見えてきた。

 

 「ラスト、6人」

 

 ここで、敵のAIは、最終手段に出る。

 戦闘力の高すぎる侵入者が出て来た時、どうやって退散させるか。力押しは意味がない。同じものをぶつけても偽物は戦闘力で本物に勝てない。

 ではどうするか。

 

 「ぁ……」

 

 目の前に出現するホログラム。長時間戦っているハルの脳を解析したことによって生み出された、彼にしかない記憶。

 

 「青衣、ルーシー…」

 

 限りなくそのままの2人が、青白い光と共に出現する。そして彼女らは…

 

 「…」

 

 後ろに立っていた偽物のハルによって、抵抗の末、首を飛ばされて消えた。

 

 AIが見つけ出した、強い相手を倒すための最終手段。

 心を、折る。

 

『否定。エージェント:ハルに対しこの手法は非合理的です。死に戻りを考慮するのであれば、精神への攻撃は挑発にしかなりません』

 

『このAIは理解していません。人が、自分の記憶を汚されたときに感じる、エネルギーの増幅を』

 

「最低だよ、コレ…」

 

「悪趣味だね…」

 

『肯定。同じAIとして軽蔑します』

 

 fairyは先ほどから読み取っている。ハルの周囲に漂うエーテル活性の急激な上昇を。

 fairyは先ほどから読み取っている。ハルの体温が上がり、熱を持っていることを。

 

 fairyは先ほどから読み取っている。ハルの、怒りを。

 

 「……叩き潰すか、こいつら」

 

 ハルが言い放った鮮明なセリフは、空気を凍らせた。

 

 「さっきから、許せないんだよ…自分の姿をしたやつが、ボンプを殺そうとして、青衣を殺そうとして、ルーシーを殺そうとして…しかも、その死に方は、僕が見てきた死に方のオンパレードだろ」

 

 「人の記憶を勝手に引っ張ってきてんじゃねえよ」

 

 怒号ではない。叫びでもない。ただ、静かに。ハルは、人間倫理をAIに叩きつけた。

 

 

 ハルの中にあった、一線が、踏み越えられる。怒りは最早、ただの鍵でしかなかった。ちょっとだけ前に進むための、他と何ら変わりないピース。

 それでも、その、明確に足りなかった「怒り」という要素が、ハルのポテンシャルを一気に引き上げ、「相手も人だ」という無意識下のリミッターが千切れる。

 

 「一分もかからないな、今なら」

 

 何の根拠もないはずなのに、確信だけがある。ハルは構える。その体を最適な形へと。

 

 「もっと速く」

 

 欲しいのは、スピード。雅にすら追いつけるかのような、絶対的で圧倒的な、速度圧。

 

 足を踏み出すと同時に、想像力は、ハルにエーテルカラーの翼を与えた。

 

 エーテルがハルの体を纏い、それが形状を変化させ、電撃のようになる。その電撃はハルに推進力を与え、異次元の速度で距離を詰めさせる。

 

 「速いけど、見えるな」

 

 速さとはエネルギーだ。その力をそのまま敵に流すだけで、敵は弾け飛ぶ。速度の乗った斬撃に、脆いハルの偽物が耐えられる訳がなかった。

 

 ブラックホールを放つ。吸われる。斬る。距離が縮まる。また斬る。

 

 一秒が無限にも感じられる感覚。何でもできるような無敵感。

 

 ハルが敵を殲滅するのに、一分どころか三十秒もかからなかった。

 

 

 「…ハッピーエンドだね、これで」

 

 「ハル〜!!おめでとう!!何度褒めても褒め足りないくらい、頑張ってたよ!」

 

 「…ありがとう。350回くらい、繰り返したけどね」

 

 「それに関しては後でハルは説教だ。でも、今だけは体を休めてくれ」

 

 『報告:多くの時間をかけて、この施設のAIを無力化することに成功しました。最奥に入ることができます』

 

 ボロボロの体に鞭を打ち、ハルは奥へ進んだ。

 

 最奥には、極めて簡素な形で、箱がテーブルの上に置いてあった。箱を開ければ、出てきたのは、一振りの西洋剣。

 

 「…日本刀じゃない…!?」

 

 銘は黒霧。どうやら、日本刀なんていうのはただの早とちりだったようだ。振ってみたが、特に特別な力があるわけでもなかった。まあ、名剣なんてそんなものだろう。ただ、切れ味が他より優れているだけ。雅の無尾がすごいだけだ。

 

 「さて、帰るか」

 

 

 結局剣のおかげですごい力を手に入れた訳じゃないけれど、結果論として、僕は単体で脅威と見られそうなくらいまで強くなれた。これで皆を守れるなら、必要経費だろう。

 僕だけが持つ記憶。それは何度だってフラッシュバックする。

 

 辛い、と思うかもしれないが、僕だけが誰かの秘密を知っていることがある、というのも、意外に楽しいものだ。

 僕はハッピーエンド主義者だ。その目的を達成するためなら、何度だってやり直す。

 

 辛い記憶もあるけれど、それもまた、僕の勲章である。




一番最初に告白するのはまさかのリン。リンちゃんって絶対アタック強いよね。
ちなみに最初のやつは「空の境界」のパロディです。

首が飛んだり足が飛んだり、この作品が本当に小説で良かったと思っています。推しが傷つく瞬間なんて、誰も耐えられないでしょうから。
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