√ルーシー:甘さ炸裂
ああ、気づきませんでしたわ。
嫉妬でしたのね、コレ。
自分だけが特別でありたい。ハルが命を賭けてでも助けたいと思えるのは自分だけであって欲しい。
つまり。私、ルシアーナ・オクシスィース・テオドロ・デ・モンテフィーノは、ハルに自分だけ見ててほしいと願うような、間違いばかりで独占欲だらけのクソ女───
「間違ってない!絶対!!」
ヘルメットごと頭を掴まれ、ハルの胸元に顔が寄せられる。抵抗する力もなかった。涙がハルの執事服に溶け始める。耳に直接伝わる、ハルの心臓の鼓動。残酷なほどに、温かい。
「今、自分が悪いって、思っただろ!!それだけは違う!傷ついてほしくないって思うのは、正常な感情だから」
珍しく、ハルの声が荒れている。その言葉には明確なパワーがあって、その一音一音が心臓をドラムにする。
「これからも、迷惑かけちゃうかもしれないけど、それはルーシーのせいじゃない。誰のせいでもないんだよ。……人のために泣ける女の子が最低最悪の人間な訳、無いんだから」
優しい手つきで顔を上げさせられる。液体で潰れかけの視界を拭い、前を観る。
「優しすぎるよ、ルーシー」
涙を我慢していることが分かるほどに鏡面反射するハルの瞳。しかしその瞳は黄金色で、その明確な光が、熱を持ってルーシーに伝わる。
ぎこちない笑顔を、ハルが浮かべる。
「ヘッタクソな、笑顔ですわ」
声が震える。嗚咽を漏らしすぎた。優しくハルの抱擁から離れる。
「やっと貴方の武器は笑顔だって理解しやがりましたの?」
ぐ、と涙を一気に拭く。ああ。今なら行ける。むしろ、今しかない。この持ち上がったボルテージを、言葉に乗せるだけ。
「ハル」
ああ、言える。言ってしまう。この十数秒後には、自分の今までの想いの結末が描かれているはずだ。どうなるか、予想できない。ああ、本当に、言っていいのか…?
でも、今じゃないと自分が素直になれない。今言うしかない。
たった二文字。たった二音。「す」と「き」をつなげて言うだけ。たったそれだけ。発音という通常作業を行うだけ。
だってやっぱり、何度考えても、ルシアーナ・オクシスィース・テオドロ・モンテフィーノはハルの事が好きだ。恋愛的に好きだ。
考えても考えても。ハルを自分のものにしたいと思う。
自分の惚れたあの笑顔を他の人に見て欲しくない。自分にだけ向けていてほしい。
鮮やかな青色も、吸い込まれるような黄金の瞳も。例え自分が今のように、ハルが死に戻ることで泣いてしまうことがあっても。それでも、ハルのことを嫌いになることは、きっとできない。
そう思えるほどに、私は、ハルに心を奪われてしまったのですわ。
「…好き、ですわ」
声が震えた気がする。心臓の拍動が一気に加速する。自分の顔がどれほど赤いかなんて、考えたくもない。
心の臓に熱が吹き込まれる。
「……っ」
数瞬、ポカンとした表情だったハルの顔が、一気に赤くなる。ぶわあ、と顔全体が紅潮する。
ここまで赤くなったハルを見るのは初めてだ。
ぴしり、と動かなくなったハル。ああもう、情けないですわね。普段から私のことをそんな風にさせている癖に。
「返事くらい、…したらどうなんですの」
目を合わせられない。手汗が酷い。この緊張に耐えられない。心筋梗塞でも起こしそうなほど、心臓の音が大きくなっていく。息ができない。
「……えっと、さ。一応、何でか、って聞いてもいい…?」
「…き、聞くまでもありませんわ。……貴方の笑顔も、優しさも、見た目も発言も行動も……全部っ、好きだったから、ですわ」
酷い男ですわ、こんな、辱めを受けさせるなんて。
「ルーシー!居るか!?」
沈黙を打ち破る、ドアの勢いのある開閉音。しかしシーザーですら、2人の間にある見た目以上の距離に気づく。
「…どうしたんだよ、ハルにルーシー。…オレ、タイミング間違えたか?」
ルーシーには時間が来た。もう、ルーシーには待つことしかできない。であれば、言うべきは。
「あの!!…ハル!…返事、いつまでも待ちますわ!!」
こくり、と頷きながらも目の合わない、口を手元で隠すハル。ルーシーは少しだけ、嬉しくなった。あそこまでハルが動揺しているのを見たことがない。
くるり、と踵を返し、「行きますわよ、シーザー」とドアを開ける。
「ルーシー!」
後ろから降りかかる、ハルの明るい声。これ以上何の用が───
「良いよ、これからよろしくね!!」
ちょっとだけヤケになったような、それでも明確な意味を持った返答。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!」
ルーシーの脳内を「嬉しい」の感情だけが埋め尽くす。
意識せずとも口角が上がる。嬉しくてたまらない。嬉しすぎてハルの顔を見られない。
現実感がないのに、現実でしかない。言語化不可能な全身を埋め尽くす喜び。
「な、何が良いんだよ?」
シーザーの的を射ていない問い。それを叩き潰すように、しかし今までの人生でぶっちぎりの明るさを兼ね備えた声で…
「うっさいですわね、シーザー!!行きますわよ!!私は今、世界一幸せな女の子ですわ!!」
抱えきれない感情を爆発させるように走り出すルーシー。
「ちょっ、ちょっと待てよ、ルーシー!!」
唐突な加速に驚きつつ、追いつけるように走り出すシーザー。鳴り響くドアの閉まる音。
部屋には1人、ハルだけが頭を抱えるように、しゃがむようにして、残っていた。
「うー……言っちゃった……」
頭が回らない。先ほどの情景が脳を回り続ける。ぐるぐるぐるぐる。
「ルーシーって、あんな、可愛かったっけ…」
ハルが告白を許諾した理由は、半分が勢いである。他人が見れば危ういとすら取れるような。
それでもハルは、ルーシーに好意に近いものを、無意識的に抱いていたはずなのだ。
そうでもなければ普段から食事など一緒に摂らないし、自分の秘密を話すこともない。
承諾してしまったので、自分もまた、ルーシーの事をもっと好きになるべきだ。そう考えたハルは、ルーシーの好きなところを挙げてみる。
そもそも見た目は美人だ。チャットのアイコンを見れば分かるが、相当美容に気を遣っている。
自分に自信がある。ちょっとだけ素直じゃない。人情に厚い。自分のことを自分で決められる。
「…もしかして、僕って、ルーシーのことかなり好きだったのか…?」
気づけば、予想以上にルーシーの良いところを挙げられる。
しかし、先ほどの僕は完全に不意をつかれた。リンの時はこんなに照れなかったのに、何でだ。やっぱり、自分が思う以上にルーシーが好きだったのかな。
くそ、こうやってルーシーの事ばかり考えている時点で、もう掌の上だ。
「…頭痛い……」
顔が熱い。まだ動揺が収まらない。
これが現実で起きた事だなんて、まだ、信じられない。
ああ。誰か。このドラムを止めてくれ。
「頭、さっさと、撫でなさい。ですわ」
上目遣いで、帽子を外しながら距離を詰めてくるルーシー。真っ赤な瞳が僕を追い詰める。
何でこんなことになってんだ。
結局あの場所から動き出せず、ソファに座ってぼーっと考えを巡らせていれば、ルーシーが入室してくる。そもそも僕はツール・ド・インフェルノの応援に来ただけなんだけど?
「…やっぱり居ますわね」
「…ずるいよルーシー」
引き締められる心の臓。自分の体から飛び出してしまいそうで、行儀のことなど考えず、ハルは足をソファの上で畳む。所謂体育座りのような。
ルーシーは思った。乙女すぎる。何だこいつ。私より可愛いかもしれない。
同時に、ルーシーは、「自分がハルをこの状態にした」という事実から独占欲を満たされる。
ふい、と視線をずらすハル。自分だって瞳を合わせることで精一杯だと言うのに、ハルの方から視線がずれる。
それはちょっと、と思い、同時に嗜虐心が刺激されたルーシーは、ハルとの距離を詰めようとする。ソファまであと1メートルかといったところで、ルーシーが躓く。
「え」
「───っ」
足を畳んだ状態から伸ばし、咄嗟に両手でルーシーを抱きかかえる。両者の距離は、メートルからセンチへと変化した。目と目が合う。
「大丈夫…?」
本心から心配するような表情で、ハルの瞳がルーシーを射抜く。あまりに近すぎる距離に、ルーシーの思考が停止する。こうなる事を望んでおいて、実際になってしまうとむしろ何もできないのはルーシーの方だった。
その表情を見て、現在の自身の状況を知覚するハル。手はルーシーの方に回っていて、助けようとしたという要素がなければただのハグにしか見えないような、心臓の音すら聞こえる距離。
ルーシーの手もまた、ハルの首元に回っていて、あと数cm近いだけでハグから口づけへと移行するような。
そこまで考えて、意図せず、両者が同時に、手を離して距離を取る。
(あっっっぶねぇですわ…!!これ以上は、私が耐えられませんの…!)
(……無理だ、ルーシーが可愛すぎる…あれ以上距離が縮まったら、ヤバかった…!)
結局2人は、その日はこれ以上、会話することが出来なかった。
さて、ルーシーは、破裂しそうな恋心に耐えられない時、それから距離を取ったり、或いは別の感情へと変換したりすることで対策をとってきた。ハルと会話ができなかった時は会話を避け、ハルにとんでもないセリフ*1を言われたときは、怒りへと変わったように。
では、ハルは。
「慣れるまで、頑張るしかないか…」
慣れるために、さらに距離を詰めようとする派閥である。言わずもがな、相性は最悪…!
「ルーシー。今日も可愛いね」
「はあっっっっ???」
顔を真っ赤にさせながら、ハルを見直すルーシー。バットを構え、ハルに対して臨戦体勢を取る。眠気覚ましとしては完璧、ルーシーの心としては気が気でないセリフ。
しかも、ルーシーは知っている。ハルは思ってもないことを言うタチの人間ではない。つまり、このセリフは、少なからずハルが本当に思っていることのはず。
「あ、貴方の方も…っ…やっぱり何でもないですわ…!!」
少々怒りを含ませながら、ルーシーは部屋を抜ける。そろそろツール・ド・インフェルノだと言うのに、精神がブレる最大の原因ができてしまった。嬉しくてたまらないはずなのに。
「…っはあ、危なかった…これ、結構恥ずかしいな」
しかしルーシーにとって予想外であるのは、ハルもまた、かなりギリギリだった、と言うことだろう。普段からこのような
「…あいつも素直じゃないよな〜。ハルがこんなに勇気出してるのによ〜」
後方から降りかかる、想定外のボイス。
「パイパー!?いつからいた…?」
ソファの上でだらしなく横になりながらも、ニヤニヤしながらこちらを見るパイパー。
「最初から。お二人さん、いくら何でもお互いに夢中すぎるぜ〜?アツいね〜」
「…この際ルーシーとの関係がバレたのは良いけどさ。…バラさないでね?」
「どうだろうな〜バラしちゃうかもな〜」
「信じるからいいよ。パイパーはそんなことしないって知ってるよ、僕はさ」
僕の声を聞き、一瞬動きを止めるパイパー。
「…あんた、そういうところだと思うぜ〜…刺されるなよ〜?」
刺される!?…刺されないよ流石に。そういうところ、ってのもよく分かんないしさ。
僕が自由に郊外を彷徨いている間に、どうやらパエトーンの2人がツール・ド・インフェルノを手伝うことに決めたらしい。僕は観客だから、何か手伝うことがあるわけでもないのだが。
異様なことに、僕はカリュドーンの皆の一員かのように扱われる。同じ食卓を共にしているという点でも異質だが、その他の人々からも同じ扱い、というのも不思議だ。一体いつ、囲われたのだろうか。
「ハル。またお前、男を磨いたな?勝負を仕掛けさせてもらうぜ」
グラサンをずらしながら、拳を構えるライト。一度普通の模擬戦をやった時にギリギリで勝利した仲だ。ちなみに普通にボクシングで勝負したらボコボコにされると思う。未だに。
「別に良いけど…僕が来る度やってない?」
「俺の、赤いマフラーに賭けて『負けっぱなし』は許されない。あんたから勝利をもぎ取るのが今の所の俺の目標だ」
剣を抜き、軽く振って構える。道端の見せ物になってしまうが、しょうがない。
「俺はニトロフューエル一杯を賭けるぜ」
「…どーしよ。じゃあ僕は、ライトのお願いを一個聞く、で」
ライトと戦う時は必ず必要になる、何かを賭ける行為。迷った時は大体この権利を賭けている気がする。
「上等。胸を借りるぜ、ハルさんよ!!」
拳を合わせ、ファイティングポーズを取るライト。僕は初手から、雷撃を剣に纏う。
「…あんた、強くなりすぎじゃないか。何があったんだ」
ハルの纏う覇気を見て、ライトは一瞬驚く。前とは最早別人だ。エーテルの形状がくるくると変化を起こし、雷へと変わっていく。
「勝ったら教えてやるよ」
ライトは「来た」と思う。この、戦闘中のハルにしか見られない、野蛮な部分。いつも優しい口調でしか喋らないハルが見せる獰猛のカケラ。一気に増す威圧感。
やはりこの人には何かがあった。やっぱりあの、左手の数字が関係あるのか。
「行くぜ!」
一気に加速し、拳を叩き込もうとするライト。拳は空を切る。自分の体に刺さる、エーテル質の電撃。ハルは既に、斬撃を入れていた。
「うおっ……いくら何でも、強くなりすぎだぜ、アンタ…」
体が痺れるのを耐えながら、振り返れば、無表情でこちらを威圧するハル。切れた服の位置は全て関節。相変わらず、合理的な闘い方だ。
「蝕め」
指を構え、こちらに向けてくるハル。死を感じ取り、咄嗟に横に飛ぶ。自分のいた場所には、エーテルの塊が…無い。
自身の目の前には、ハルが居合の構えをとった状態で、距離をいつの間にか詰めていた。
今の「蝕め」は、ブラフだ。それを認識した頃には既に、ライトの目の前には剣が迫っていた。
咄嗟に拳を繰り出し、叩き飛ばされるハル。経験値が思考よりも先に繰り出した拳だった。
「重」
「よく言うぜ…受け身を綺麗に取っておいてよ」
「ところでさ、ライト」
「何だ」
「拳の先、気をつけた方がいいよ」
指示通り、拳を視認する。先ほどハルを殴り飛ばしたものだが、その表面には、小さな、黒い、渦巻くエーテルが───
「蝕め」
先ほど殴り飛ばした瞬間に、胸元からブラックホールを付着させた。そう気付けても、こんなもの、避けられる訳がない。
巨大化するブラックホール。
そのブラックホールはライトを飲み込むことなく、その場で霧散した。
「…アンタの勝ちだ、ハル。また、目標が遠くなっちまったな…」
情けを掛けられた、と思いながら笑うライト。
「いやあ、受け身ミスったら折れてたかも」
ハルもまた、手を握り、立ち上がる。2人の気付かぬ間に、2人の周りを見物人が囲っていた。
鳴り響く拍手。
「…ハル。行くぜ、奢らせてくれよ」
「ご馳走になります!ライトさん!」
はは、と笑いながらライトはバーニスの店までハルを連れて行った。
ライトの視線は、ハルの左手の甲へと移っていた。
「700オーバー、ねぇ…何の数字なんだか」
ライトは知らない。その記憶は、ハルにとっての地獄そのもの…後悔と責任の混ざった、グロテスクな、それでいて彼の強さを保証する、勲章であると言うことを。
あっっっっま。書きながら砂糖吐くかと思いました。さっさと籍入れやがれ。
アンケート、綺麗に割れすぎて筆者も驚いています。もうちょっと置きますが、どうしたものか。
ルート分岐する、と言うことは今話のように遅かれ早かれ恋愛関係になるということである、と言うことを理解した上でまたご一考ください。ルーシールートを書き終わったらまたアンケートを実装しますね。