ゼロ・トゥ・ゼロ   作:しづごころなく

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おひさ。しょーじき難しかった。


独占型ファーストキス

 

 ×717

 

 ツール・ド・インフェルノ当日。

 

 ハルは、1人の観客として観客席に座り込み、レースの開始を見送った。

 

 しかし、開始より数十分が経過し、ハルの目線はレースには出場していないパイパーやバーニスの方へ向いていた。

 

 いくら何でも慌てすぎなのだ。何か、アクシデントが起きているのを察知したハルは、会場を抜け、パイパーの方へ走って向かう。

 

 「ハル〜。お前に任せてもいいか〜?」

 

 「当然。全速力で行く」

 

 パイパーに任されたのは、あちらが戦闘になっている可能性が高いことから、そこへの参戦だった。治療薬を持っていったりすることを最優先にしていたために、本当は貨物班と援護班に分けたかったそうだが、人数が足らなかったところに、ハルが来た。

 

 ハルは、颯爽とバイクに乗って現場へと走り始めた。

 

 

 

 

 ボンペイの暴走は、想定以上の強さを持って持続していた。リーチと機動力を兼ね備えた動きは3人で対応するにはあまりに足りていなく、苦戦を強いられていた。

 

 「ッルーシー!!」

 

 シーザーが、ルーシーを躊躇なく突き飛ばす。

 

 そこに飛んで来ていた、キレのある鞭。力の伝達がうまくいけば素人でも音速を超えることがあるとされる鞭は、シーザーの肩を叩くと同時に、その力を伝達、壁へと一撃で吹き飛ばした。

 

 「シーザー!!!」

 

 

 

 

 

 

 ×717

 

バイクを置き、崖を軽やかに降りる。視界の隅で気を失い、壁にぐったりともたれかかっているシーザーを見つつ、ルーシーの目の前に飛んできていたムチのような武器を斬る。

 

 「た、助けてくれて嬉しいだなんて、思ってないですわよ!!勘違いの無いように!」

 

 「そう?僕はルーシーを助けられて凄く嬉しいよ」

 

 口をポカーンと開けたまま固まるルーシー。

 

 「アンタそれ素でやってるのか…」

 

 呆れるような、空気の溜まった声をかけてくるライト。素って何さ。僕はいつもこうだよ。

 

 

 

 鼻につく、焦げた溶岩の匂いが舞う。遠くから、チリチリと火の粉が飛ぶ音が聞こえる。

 ガス管から、排気ガス。エーテル製の煙を吹かしながら、グリップは勢いよく回転する。

 加速する二輪駆動。

 

 土埃が空中をステップしながら、バイクの速度を遡行的に証明する。二輪駆動の加速は、一目散にその青髪へと、ボルテージを上げた。

 

 「僕か」

 

 青髪の手元が、僅かにブレる。目の前には既に、蟷螂の斧とでも言おうか、切断の表象。

 

 鞘に剣が仕舞われる。キン、と心地よい音が鳴る。

 

 バイクに乗ったエーテリアスは、これといった思考もなく、その鮮明な音を聞いた。

 

 「さあ、消えてもらおう」

 

 バイクが金切り音を上げる。今の一撃で、二輪駆動の脆弱な部分を叩かれた。動きが鈍ったバイクを無理やり叩き起こし、もう一度走らせ、鞭を振るう。

 

 最早このエーテリアスは本来の限界を超え、大きく強化されていた。

 

 飛んできた鞭を最小限の動きで避け、弾丸を放つ。目眩し兼小手調べだ。しかし、弾丸は当たれど効果はなく、無惨に鎧に弾かれる。そのままハルの正面へと、高速物体が激突する刹那。

 

 右から飛来した拳が、大きくバイクを吹き飛ばす。その正拳を叩き込んだライトは、サングラスを掛け直しながら息を整える。

 

 「手伝わせてくれよ、ハル」

 

 「ありがと。でもシーザーが怪我してるし、速攻で仕留めさせてもらう」

 

 2人で横に並び、後ろから走ってくるルーシーを待ったのも数秒。ハルは超加速度を叩き出し、紫の雷撃を纏いながらエーテリアスへと疾走する。

 

 (初撃で仕留めるなら、エーテルブラックホール一択だろ)

 

 ハルが持つ、最大火力はそれだった。通常攻撃も当然、昔に比べれば威力を出すが、依然としてその黒い渦の威力は最強であった。次点としてエーテルを纏った抜刀であり、しかし今回は不十分であると判断した。

 

 黒い超重力の威力は、ニネヴェ戦を振り返れば明白である。体の8割ほどを鉱石に捧げ、溜めに溜めた一撃は、それだけでニネヴェを瀕死と言えるほど再起不能な状態へと追い込んだのだ。その分エーテリアス化のリスクも高いが、ハルは異常にも、今までその後遺症をほとんど負っていなかった。

 

 故に、ほとんど代償として払う物が無い、規模の小さい通常のブラックホールの威力は、威力という点のみで評価すれば、ハルの出せる1番の火力だった。

 

 

 (あと五秒は溜める)

 

 距離による威力減衰は存在するため、出来るだけ距離は詰めたい。しかし、距離が近くなれば撃たざるを得ないので、溜める時間も欲しい。常にそのトレードオフに話をつけながら、ハルは黒渦を放っている。

 

 (3…)

 

 目の前に迫った黒斑のメカメカしいエーテリアス。

 

 (2…)

 

 そこに向かって、指を構え、ぶっ放す意識をシミュレーション。

 

 (1…)

 

 後になってから思う。そこまで焦らなくても、良かったのではないだろうか。こんな風に、焦って倒そうとしなくても。

 そうしなければ、こんな、過ちを、犯すことは。

 

 「蝕め」

 

 指から突如出現する、周りの物体を吸収しながら肥大化する引力。発射された黒は、地面を軽く削りながら、エーテリアスに迫る。

 

 エーテリアスもまた、その黒渦に、本能から危機感を感じていた。「あれはまずい」。喰らうだけで大火力。死にはしなくとも、碌な目には合わない。そんな分かりやすい直感が、ボンペイだったものを襲った。

 

 だからそのエーテリアスは、前世の戦闘経験値からか、それともエーテリアスになって体が強化されたからか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、鞭という「点を捉えて威力を出す」武器だったから起きた偶然かもしれない。

 

 或いは、ボンペイがそういう技術を元々持っていたのかもしれない。いずれにせよ、ブラックホールと鞭がぶつかり合った瞬間、現象は起きた。

 

 

 エーテルの球体は、エーテリアスを折り返し地点として、反射した。

 

 

 その球体の速度は、そもそもが非常に速い。しかし、鞭によって加えられた運動エネルギーが、更なる速度を与え、ツバメをハヤブサにした。

 

 ハルは、その圧倒的「回避経験値」により、考えるより先に体が後ろにブラックホールを放ち、それに引き寄せられる形で黒い球体を避けた。

 実は、サイズの違う黒い球体の引力は一緒だ。違うのは、範囲と、そもそもの質量攻撃の強弱。

それをよく理解しているハルは、この方法で回避に成功する。

 

 

 否、回避に成功してしまった。

 

 

 この、加速した球体を、直前まで認識していなかった後方の人間が、避けられるはずがないというのに。

 

「ライトッ───!!」

 

 黒い渦が加速しながらライトを巻き込み、壁まで運ぶ。後ろにエーテリアスがいることなど置いて、ハルは急いでライトの元に走る。

 

 ハルの瞳が僅かに潤む。焦りと不安だけが心を埋め尽くし、「やってしまった」という意識だけが浮遊する。ハルは今まで、意図的でないとは言え、仲間を手にかけたことはなかった。

 見殺しにしたことはある。ハル自身の心の中にある不安や精神の磨耗がそうさせることは、あったのだ。しかし、決して、彼は仲間を「殺し」たりはしない。

 

 大切な人たち。ハルにとって、自分よりも或いは大事な皆。其の内の1人に、今、自分の攻撃が当たり、命の危機に瀕している。

 

 「…やめて…いやだ…死ぬな…!!」

 

 声が震え、瞳が潤み、転けそうになりながらもライトのそばに近寄る。エネルギーを使い切り、世界から消え去ったブラックホールを見届けながら、ライトを見た。

 

 意識を失い、体は擦り傷だらけ。皮膚が抉れたようになっている部分が、ハルに吐き気を催す。

 

 「ライトっっ……!ごめん…!!本当に…」

 

 遅れたおかげでハルのブラックホールから逃れられたルーシーが、ようやっと追いつく。

 

 「ライト…っ…死んじゃ嫌ですわ…!!」

 

 遠くからとは言え何が起きたのかを見ていたルーシーは、胸が詰まるようだった。

 

 ハルは間違いなく、自分を責めている。今のこの、死人のような顔を見ればそれは明らかであるし、同時にハルは悪くないのだ。それを察したルーシーは、言葉に詰まった。

 

 また、ライトがここまでの怪我を負ったことから、ルーシーの心も大きく荒む。

 

 「こんな未来…僕は…」

 

 腰にかかったホルダーに手をかけ、銃を引き抜くハル。その瞬間は、繰り返していないルーシーにとっては、初めての景色。だが、ルーシーは確信する。ハルはいつも、こうやって、自決を行なっているのだ。

 

 「ハルっっ……!!!」

 

 抱きつくような形で、銃身を掴んでハルのこめかみから外す。普段であれば、ここまで距離を詰めるなんて出来やしないのに、全くドキドキしない状況。

 

 

 そうすることでしかやり直せない。理解している。

 

 そうすることによってより良い未来に行ける。理解している。

 

 そうしたところで、私はその事実を覚えていない。理解している。

 

 

 「でも…ッッッ!!」

 

 ボロボロと涙が溢れるのも気にせずに、ハルを見る。

 

 「貴方だけ背負うなんて、狡いですわよ…!」

 

 ハルもまた、その動揺から、涙を流している。なんで自分たちは喧嘩をしているのだろう。

 

 「これ以外に方法なんて無いだろ…!」

 

 「分かってますわ…!分かってますわ……!でも、ハルが目の前で死ぬのはもっと嫌ですわ…!!」

 

 心の整理が、両者共に出来ていない。ハルはルーシーの気持ちを汲み取れておらず、ルーシーは理屈に感情が追いついていないのだ。

 

 「僕だってルーシーが目の前で死ぬのは嫌だ!!だから、だから、皆幸せな世界を見たいから…!!」

 

 銃口の奪い合い。両者が力を入れ、引きちぎるように銃を取り合う。

 

 「ルーシーっ!!」

 

 突如、ルーシーがハルの手によって突き飛ばされる。ハルの焦点の先は、ルーシーの奥。エーテリアスが、その斬撃を飛ばしてきていた。

 

 ルーシーの目の前で、ハルの両手が吹っ飛ぶ。鮮血が散る。

 ハルはその回避能力こそ分かりやすいが、同時にそれは、彼の耐久度の無さを証明する。強力なエーテリアスならば、斬撃一つで四肢が吹き飛ぶような、そんな脆い体。

 

 その悲劇は、ルーシーの心を壊すと同時に、壊れかけていた両者の、怒りを含んだ感情を一気に冷めさせた。

 

 (…痛い…くそお…僕のせいだ…)

 

 顔が歪むハル。久しぶりの四肢が飛ぶ感覚を噛み締めながら、ルーシーを見ようとする。

 

 「……は、ハル…わたく、私っ」

 

 口を手で塞ぎ、声のない慟哭を表情だけで表すルーシー。

 

 「怒ってごめん」

 

 ハルは時間稼ぎに成功した。ルーシーを吹き飛ばすコンマ数秒前、彼はその指から黒渦を放ち、エーテリアスにぶつけた。これによりエーテリアスは一時再起不能となり、相打ちの形を取る。

 

 「…謝らないでいいですのよ…私が悪かったんですわ。それしか、それしか無いんですわよね…?」

 

 ルーシーもまた、やっとその事実を受け止めた。ハルがここまで酷い状態になった時点で、たとえハルが死なずに生き残ったとして、この後幸せに生きられる可能性は低い。嫌で、本当に嫌で仕方ないが、ハルに頑張ってもらうしか無いと、心のどこかで気づいた。

 

 「…うん。やっぱり、それしか無いんだと思う。ルーシーはあっち向いててよ。地面に頭でも叩きつけて、脳震盪で自殺するからさ」

 

 四肢が無いため、これが最も合理的だと、ハルの理性は判断した。ルーシーの気持ちも考えず。

 

 「…サイッテーですわ。反省しませんわね、貴方」

 

 地面に座るハルに相対する形で、ルーシーも地面に座り込む。

 

 「決めましたわ。私が責任を負いますの」

 

 「うん???」

 

 地面に落ちた銃を拾い、しっかり握り直すルーシー。すっと距離を詰め、足を伸ばしたハルの太ももに、ルーシーが腰を落とす。

 

 「ち、近いよ…」

 

 ハルの視線が、自然にもギリギリを攻めた太ももに移動しかけ、理性がそれを修正する。長座の形となったハルの太ももに、ルーシーが乗っかっている。

 

 「恋人ですのよ??これくらい当たり前ですわ」

 

 「顔赤いよ」

 

 「…気のせいですわっ!!」

 

 両者の顔は目と鼻の先。ハルの足に座ったルーシーは、深呼吸をする。

 

 「これでやり直したら、あっちの私は今回の記憶を忘れますのよね?」

 

 「うん。そうなるよ」

 

 「でしたら…何をやっても良いってわけですわ。なんたって、覚えてねえんですもの」

 

 

 上に乗られたことで足を塞がれたハルは、動くことはできない。明確にそれを意図しながら、ルーシーはその腕をハルの首に回す。

 

 「え、ちょ、何」

 

 顔を赤くしながら、焦ったように口が回り出すハル。そのヘタレな様子にカチンと来たルーシー。

 

 「…ちょっと黙ってなさいですわ」

 

 「そんなこと言っ……〜〜〜〜〜!!」

 

 口と口が触れ、ハルの発言が差し止められる。ハルは珍しく、その目をぐるぐると、困惑だけで埋め尽くす。いつもはルーシーが一方的に照れさせられているが、この瞬間だけは、その関係は逆転。

 

 ハルの記憶に、その感触が鮮明に刻まれていく。無理矢理好きにさせられるような、異様な引力。

 

 

 

 一分ほどその状態を継続。

 

 

 このまま、舌が口内に侵入するかと思われた瞬間、ルーシーはその唇をふっと離す。

 

 「……こ、ここで辞めておいてあげますの。これ以上は、未来の私が可哀想で仕方ありませんわ」

 

 大きく照れながら、それでも明確に「並行世界の自分に勝った」というしたり顔を浮かべがながら、先ほどの感触を反芻する。

 

 何が起きたのか分からず、困惑する一方の、真っ赤な顔のハルを見ながら、ルーシーはため息をつく。

 

 「…ああ。………幸せで仕方が、ありませんのに。どうして私は、こんなことも覚えてられないんですの…?」

 

 ハルが困惑している間に、見えないように首の下から頸椎を狙う形で銃口を定める。

 

 「…こんなの、忘れたくありませんわ…本当に」

 

 ハルが最後に認識したのは、ルーシーの、今までで一番の悲しい顔。その表情に後悔を感じつつも、ハルもまた数秒後に起きることを察した。

 

 

 銃声。

 

 

 

×718

 

 「た、助けてくれて嬉しいだなんて、思ってないですわよ!!勘違いの無いように!」

 

 「う、うん。大丈夫だよ、ルーシー」

 

 先ほどの景色が鮮明に蘇る。体は覚えていないはずなのに、明確に唇に残っている、接吻の感触。

 

 「顔赤くしてどうした、ハル」

 

 飛んでくるライトの声。

 

 「…なんでもないよ。ちょっと、してやられただけ」

 

 頭を軽く振って、煩悩を消し去りながら剣を出す。同時にペンを取り出すと、ルーシーに恐ろしい目を向けられる。

 

 「…ちょっと待ちなさいな。ハル…!」

 

 気にせず手の甲の数字を書き換える。サーっとルーシーの顔が青ざめていくのを見て、申し訳ないと思った。

 

 「ごめんルーシー。何を言ってるのか分からないかもだけど、やってくれたね」

 

 自然と口角が上がる。あれだけの愛情をぶつけられて嬉しく無い人間はいない。

 

 ああ。なるほど。理解した。

 

 もうライトがいる事とかどうでもいい。今言わなきゃ忘れてしまう。

 

 少なくとも今の僕は、ルーシーが好きだ。

 

 

 

 

 

 「ルーシー。君が好きだ」

 

 にっ、と僕ができる最大限の笑顔を浮かべる。ルーシーは僕のこういうところを好きになってくれたらしいから。

 

 一気に顔を赤くしたかと思えば、一瞬ふらつき、そのまま地面に倒れそうになるルーシー。ちょっと待ってなんで。

 

 「危なっ」

 

 背中を押さえて、ひっくり返らないよう支柱を作る。顔を除けば、ルーシーは顔を真っ赤にしたまま焦点が上の空だ。言うところの、お目目ぐるぐる状態。

 

 「ハル…お前…いくら俺でも、それはナシだと思うぞ…?」

 

 「はぇ?」

 

 何がナシなんだろう。多分一生分からないんじゃないかな。

 

 

 「それじゃ、叩き潰しますか」

 

 バイクに乗ったエーテリアスは、先ほどとは打って変わってブラックホールを打ち返してこなくなった。さっきのは、やっぱり死の淵で繰り出した会心の一撃だったのかもしれない。

 

 目の前に飛んでくる鞭を切り落とし、単騎突撃。とても残酷な事実だが、恐らく、僕は1人の方が強いんだろう。

 

 だからと言って、もう、1人で戦いたいとは思えない気がする。ルーシーに悲しまれる。

 

 だが、重要な一線を何度も越えてきた僕なら、今なら恐らく、こういうことが可能だ。

 

 

 最早僕のエーテルは、普通のそれとは別物。

 

 電撃を纏い、バチバチと気味の良い音を鳴らしながら僕の周りを浮遊する。いつもはそのエネルギーを、総じて加速のために使ってきた。だから繰り出せた、星見雅にすら追いつき得る、異様なスピード。

 

 では、それらを含めたエネルギー全てを、斬撃に任せたらどうなるだろうか。

 

 引力を持つ物体、と言うのは言い換えれば圧倒的な質量を含むと言うことで、その元となるエーテルを斬撃に回せば、そのエネルギーは実体をとり、飛ぶ斬撃と化す。

 

 

 「斬」

 

 

 居合の姿勢から、助走もなしに、剣を振るう。あまりのエネルギー量に僕の制御下を離れようと、ガタガタと暴れる。それを無理やり力で抑えながら、一気に振り切る。

 

 

 出力されたのは。

 

 

 引力を持ちながら、楕円を描き、通過地点の物体を綺麗に切り落としていく、弧状の半月斬。

 

 

 「そこまでの物は求めてなかった…」

 

 

 威力はバッチリなのだが、これでは僕の制御が難しい。現に、大暴投と言う他ない挙動で、彼方へ消えていってしまった。

 

 ライトも、ルーシーを抱えながら「何やってんだお前」という目を向けてくる。

 

 恥ずかしかったので、走ってエーテリアスの方へ。戦闘で憂さ晴らしをすることにした。

 

 

 「連射してやるよ…!」

 

 コントロールが効かなくても、弾幕のように斬撃を無数に張って仕舞えば、どれか一個は当たる。腕にかなりの負担を強いることになるが、不可能ではない。

 

 

 前方でバイクを回すエーテリアス。エーテリアスの視界には、いつの間にか、一本の線があった。

 

 否。これは「線」ではない。細かい、弧状の曲線が、一直線に並んでいるだけ。

 

 シーザーとの戦闘で既にかなり疲弊しているボンペイは、己の運命を察する。

 

 それでも、自分の中にある、何か、後悔のような念が、偶然にもシーザーから奪うことに成功した四角い立方体と共に、溶岩へと踏み出させた。

 

 別の世界線で、死の淵が不可能を可能にしたように。

 

 この世界線では、エーテリアス化と言う抗えない意志の統制を、内側から何かが砕いた。

 

 

 どうせ死ぬならば。

 

 

 

 

 かくして、ハルの一撃に当たることなく、エーテリアスは自ずと溶岩へ向かっていった。

 

 気絶から舞い戻ったシーザーが「失くした!!!」と、溶岩の噴火を止める箱の所在を探そうとしたが、結局見つからず、噴火もなく、「なんだったんだ…?」と言いながら、本人は疑問を棚に上げた。

 

 

 

 「あー、ルーシー。とりあえず…結婚おめでとう、でいいのか?」

 

 「はっ!?!?ままママままだ結婚はしてねぇですわよ!!このバカ!!」

 

 「「まだ」って、ルーシーも言うようになったなぁ」

 

 「あ゛っ」

 

 ハルは現在、治安官としての職を失っているため、居場所がなく、折角ならということで郊外に引っ越してきた。

 

 本人も自覚しない内に、周りが囲っていたのである。

 

 ルーシーはと言うと、どうにか付き合い始めたハルと、より距離を縮められないかと試行錯誤していた。だからこそ、ハルの口から「別世界線」の話を聞くと、

 

 「ハルのファーストキスが……私に…奪われたんですの…!?!?!?」

 

 「うん。」

 

 ファーストキスを奪ったのは自分だが、正確には自分ではない。この矛盾が成立しているのだ。

 

 「はぁぁぁぁぁぁ!?!?!?ゆっ、許せねえですわ…!!!いくら私と言えど……!」

 

 「舌までは入ってないよ」

 

 「入れようとしてたんですの!?!?」

 

 「ハグもしたよ」

 

 「殺してやりますわ…」

 

 びっくりするぐらいブチギレ。ハルの初見の反応が見れないと言うのは、ルーシーにとって相当な屈辱だったらしい。

 

 

 この後に起きることは、特に変化がない。星見雅が捕まり、ハルの努力もあって正気を取り戻し、因縁は断ち切られる。

 

 「する?ハグ」

 

 「な」

 

 「僕はいつでも歓迎だよ」

 

 強いて変化があるとすれば、ハルの立ち位置。治安官に戻ったハルは、治安官だが、カリュドーンの子所属というよく分からない立ち位置に落ち着いた。取り繕わずに言えば、囲われたのだ。

 

 一応の大義名分は、「郊外の治安が悪いので少しずつでも改善していく」というもの。

 

 「あ、あと1週間は、待ってほしいですわ…こ、心の準備というものが…」

 

 本人のルーシーへの態度も、大きく変化していた。少なくとも()()ハルはルーシーが好きである。本人もその気持ちに正直であるため、めちゃくちゃデレる。

 

 

 「悪いけど待たないよ」

 

 ひょいと椅子から立ち上がり、後ろを向いているルーシーにゆっくり近寄る。振り返り際、首から手を回して抱き締める。

 

 「〜〜〜〜〜!!」

 

 発生する沈黙。ゼロ距離、両者が互いの心臓の音を感じ取る。どちらもバクバクだった。

 

 「て、照れ屋はお互い様の様ですわね...」

 

 「そーだね」

 

 

 「ところでさ、ルーシー」

 

 「……なんですの?」

 

 「前話したと思うけど、もうちょっと丈が長いボトムスを履いてくれないかな」

 

 「……………短くしてやりますわよ?」

 

 

 守るべきものが増えたハルの死に戻りは、ここを起点に、数字の減少傾向を見せる。いずれにせよ、ハルは1人ではなくなった。

 

 彼の孤独を埋めたのは、その笑顔に魅せられた、ただの恋する少女A。

 

 

 シーザーから、「ルーシーの惚気がすごい」という文句が飛んでくるのは、また別の話である。




√ルーシー、一旦完結。更新の可能性はありますが、日常回ばかりだと思われます。

ハル:死ぬことの痛みを早々に乗り越えてしまったやべーやつ。本ルートにおいてはルーシーのことが大好き。身長が166cmとゼンゼロ男性陣で最小。ちっちゃいが背中はでかい。

誰のルートが見たい?

  • √雅
  • √リン
  • √アンビー
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