これからもゆったりやっていきます、よろしくお願いします。
絶望的な言葉選び
儀玄は目を疑った。己の目は正しいのか。こんなことがあっていいのか。何度目をこすろうが、周りを見ようが、自分ではなく、目の前の、鮮やかな青い髪の青年が通常であることを証明できない。
圧倒的なまでの邪気。死の香りともいえるそれ。背中から生えるように、包み込むように溢れる、膨大で、凝縮された、黒くどろどろとしたオーラ。今まで見てきた邪気の中でも突き抜けて密度が高く、見ているだけで眉をしかめるような、おぞましいなにか。
それと対照的に、違和感があるほどに、青年は優しそうな笑顔を浮かべていた。
気色が悪い。
シンプルに儀玄はそう思った。彼の背後にあるナニカは、黒すぎる。どこが底なのかが分からない。何をしたら、こんなことになるのだろうか。自然と儀玄は、体を半身にし、分からない程度に戦闘態勢を取っていた。
「こんにちは。僕は治安官をしているハルといいます」
「……あ、ああ。私は儀玄だ」
取り繕わずに言うのであれば、「治安官でこれかよ」が儀玄の感想だった。正義側の人間にこんな黒々としたなにかがあっていいのかと、未だなお己を疑っていた。
眩しいほどに鮮やかで青い髪の毛と、黄金の瞳。それと矛盾する、黒よりも黒い背中。
しかしこれは、死に戻りに裏打ちされたものであり、数々の「死亡体験」がこのオーラを作り出していた。左手の甲には717という数字があり、儀玄には何を指すのかは分からなかった。
メイフラワー家の依頼でヤヌス区に出かけてみたはいいものの、とんでもない虎を起こしてしまったらしい。ハル、という人間の噂は儀玄にも及んでいる。ニネヴェの討伐からというもの、ちょこちょこ「裏の世界」で名前を聞くくらいのものだ。だが、まさか、こんなのが出てくるとは思っていなかったのだ。
「まあ、話は後です。この辺のエーテリアスを全部蹴散らしてからにしましょう」
気圧されながらも、スムーズに戦闘は進む。ハルと名乗った青年の戦闘は機械のようで、まるで未来が見えているかのように華麗で無駄がない。敵の合間をするすると抜け、それでいて周囲のものをうまく使い、敵同士に殴らせ合う。
「自分が非力である」という信念が根底にあるかのようだ。いや、「非力だった」のかもしれないが。
パイプを投げてエーテリアスの顔面に刺し、怯んだところに首を一閃。儀玄はその動きだけで和的な流派の背景を見た。
「お前さん、星見の血統なのか?」
「いいえ?お友達ではありますけど。どうしてそう思われたんですか?」
会話をしながらノールックで敵を処理してゆくハル。次にやる行動が全て決まっているようにも見える。
「お前さんの、剣の振り方が星見のソレだと思ったからだ。それは、どこで…?」
「ああ。成程。目がいいですね。これは雅…星見家の方の技を見様見真似でコピーしただけなんですよ」
「…素晴らしい精度だな」
儀玄は素直に感嘆した。教えてもらうわけでもなく、盗んだ技術でここまでの完成度。
「僕自身の闘い方も混ざってますけどね」
蹴りから投擲、銃まで出てくる。本当に何の武器が使えないのか、というほど手札が多い。
「というかお強いですね、儀玄さん…貴女こそ何者なんですか?」
「雲獄山という修行場の第十三代宗主をやっている。…高尚な人間というわけでもないがな」
「ヤヌス区の出身ではないでしょうけど、そんな方が何故ここまで?」
会話を続けながらもエーテリアスの数は減り続ける。両者ともに、相手の底が見えないと感じていた。
「友人に助けを求められてな。お前さんも一度、衛非地区に来てみるといい」
せっかくなのでハルは儀玄についていくことにした。それが見ず知らずの人であれど、儀玄が「助けを求められた」ということは助けを求めている人がいるということ。治安官としてこれは見逃せなかった。
「…お前さんが来たところで、お前さんが捕まえるべき人間しかいないはずだが」
「ま~僕が正しいと思ってることをしてる人は捕まえない主義でやらせてもらってるんで、行ってから決めますかね」
「ところでお前さん、何のためにホロウに…」
「いた」
話の途中でハルの瞳孔が見開く。獲物を視界に捉えたと言わんばかりに。
視線の先には、金髪の、ゴシックな服装を纏った男がホロウを駆けていた。
「モッキンバード。今なら一応現行犯ですからね、捕まえなきゃ」
ピリ、と肌に静電気が走るような感覚を儀玄は覚えた。コンマ数秒後、そこには赤紫に迸る電撃の跡だけが残り、ハルの姿は消え去った。
後から発生した風を正面から受けつつハルの背中を目で追えば、先ほどの黒い怪盗服を纏った男をハルが追いかけていた。
「そう急ぐこともないだろう。私はゆっくり追うさ」
「ハル!!やはり貴公に治安官は似合わない!!俺の正義は貴方の好みには沿わなかったかな!」
壁を走り、別の足場に飛び移り、どんどん距離を詰めていく。ハルが近づくたび、モッキンバードで怪盗行為を行うヒューゴには焦りの顔が浮かぶ。
怪盗たるもの、逃走中でもスタイリッシュに。余裕を忘れず、プライドを持っているべきである。…という理念こそあるものの。
(にしたって彼は少々…速すぎる!)
先ほどまでかなりのリードを作っていたはずだというのに、今では声が届いているかもしれないほどの距離感まで縮められている。再び先ほどのように、都合のいい場所で姿を眩ませるしかない。
「ッッ!!」
嫌な予感がして、反射で横に跳ぶ。そこを通過したのは、小さなボールほどの大きさの黒い渦。
あれは確か、彼が飛び道具として使うエーテルの塊。最早実力行使も厭わない、ということだろう。
ヒューゴも、逃げ足には相当な自信がある。だからこそ、いまだに追いつかれずに逃走し続けていられるのだが、それでも距離はじわじわと縮まっていく。
「だが…そう簡単に捕まえられるほど、我らモッキンバードは甘くない」
立ち止まり、振り返り。ハルを視界に捉えながら、軽く息を吸う。
「だろう?ビビアン嬢」
「実際は結構ギリギリなのです」
ヒューゴの背後から、エーテル状のエネルギー弾幕が降り注ぐ。ヒューゴを避けつつも、ハルにとっては脅威となる形で。
しかし、ヒューゴの予想に反し、ハルはそのエネルギー弾全てを、極めて効率的な形で回避する。
「…モッキンバードに、是非欲しい人材だな」
若干諦めに近い言葉を吐きつつも、ヒューゴは降参した。
勢いよく首元に寄せられた銀色の剣。完全なる詰み、である。
「投降しろ。武器を床に置いて、………って、ビビアン?」
空中からふわふわと落下し、ヒューゴの隣に立った紫の服がよく似合う少女。それを見たハルは、急に先ほどまで詰め込んでいた気迫を収め、驚きの表情を浮かべる。
「…ハル?貴方、治安官だったのです?」
「あー…あの時は、まあ身分も隠してたしね?」
懐かしい、とハルが思い返すのは、ブリンガーの指摘で治安官を辞め、ヴィクトリア家政所属として依頼をこなしていた頃。流石に全てをヴィクトリア家政での臨時収入に頼ることはしたくないと考えたハルは、自発的にバイトをしていたのだ。
そのバイト先…具体的にはラーメン屋の裏方であるが…で、遭遇したのがバイト戦士ビビアンだった、というわけである。
「…それは私も同じなのです。まさか貴方が、治安官だなんて…」
「お二人とも、顔見知りか。であれば改めて自己紹介といこうじゃないか。俺はヒューゴ・ヴラド。この世の悪を裁く義賊さ」
未だに首元には刃物があるというのに、気にもせずに自己紹介を行うヒューゴ。そうして軽く話し込んでいると、
「…お前さんらは、確か「モッキンバード」とかいう…」
「おや、これはこれは。雲嶽山の宗主様ではないか。折角だ。彼を説得してくれないだろうか」
「説得?」
ハルが聞き返す。彼女に僕を説得する義理はないはずだ。
「……こいつらは、メイフラワー市長の直属の遊撃部隊だ。裏の顔がそもそも悪だが、裏の裏の顔は正義側…というわけだ。私も市長には世話になっているしな。見逃してやってくれ」
困惑しつつも、剣を収めるハル。しかし儀玄にとって重要だったのは、ハルが追っていた対象ではなく、その行為にあった。
「ところでお前さん。先ほど周囲のエーテルを取り込んだな?あれはどういうことか、説明してもらおう」
「おお、よくわかりましたね、周囲のエーテルを一時的に体内にながして、それを練り上げて球状にするんです。ある程度指向性を持たせると、周囲を巻き込む渦と化すんですよ」
僅かに目を見開き、一瞬の逡巡を経て、儀玄が顔を上げる。
「雲嶽山の弟子になれ、ハル」
「はい???」
衛非地区。新エリー都の標準語とは少し違った方言が日常的に飛び交う工業地区。
ハルは儀玄の言うがままに、ここに来ていた。
雲嶽山の術法は、エーテル状の物体を捉え、出現させたり、させなかったり。或いは特殊なエーテルの形態である「ミアズマ」を浄化したりと、結構なんでもありである。
儀玄が目を付けたのは、「エーテルを取り込む」という雲嶽山の術法にも存在しない独自技術。そして、ニネヴェの撃退という偉業。
この青年には何かがある。
その確信が、彼女にはあった。
身一つで船に乗り、港に着く。儀玄さんは忙しいため、弟子に迎えをさせる、とのことだった。小舟から降り、軽く息を吸ったところで、
「えっ、ハル!?」
「…リン!え、なんで…?」
ぶ厚そうな,ぶかぶかとした中華風の修行服?を身につけたリン。軽くここにきた経緯を話せば、どうやら「弟子」というのは彼女のようで。
「は、ハルが雲嶽山の弟子!?」
しかし、深くは語ってくれないがリン自体もいろいろと事情が絡まってここにいるようだ。リンの手ほどきを受け、いくつか衛非地区の名物紹介してもらい、漸く本題のお寺にたどりついた。
「あ!貴方が私の二人目の弟弟子、ハルくんですね!私は橘福福です!適当観のことならなんでも私に聞いてくださいね!」
門の前で耳らしき部分を毛繕いしながら待っていたのは、希少種であるトラのシリオン、橘福福。確かにしっぽが揺れていて、珍しい耳の形をしている。
「よろしくお願いします、姉弟子」
「あ、アネデシ……!!」
青天の霹靂、雷が降ったかのような驚き方をする姉弟子。綺麗な毛並みはきっともふもふなんだろうな、とか適当なことを考えながらこれから僕が宿泊することになる適当観を見る。
とは言っても、リンとは違いかなり自由に動けそうなので、ここにずっといるというわけでもないけれど。
リンはその立場を考えれば、ここに呼ばれた理由は十中八九プロキシ関係だ。何か特定の問題を解決するために呼ばれたのだろうし、僕と違ってそこまでの自由はおそらくない。
どうやら他にも兄弟子がいるそうだが、彼らは今は留守らしい。そういうわけで僕も衛非地区を探索すべく、街へと繰り出した。
「ああーーーーーっっっ!!」
突然の大声に、自分に対して向けられたものでないことを祈りつつ、後ろを振り返る。
「君、もしかしてあの…!!!」
ずんずんと足を進めながらこちらに向かってくる少女。フートまでつながっている服に、青みがかった髪がよく似合う。
だが、問題は…
「誰だお前」
僕に彼女の思い当たりがないことだ。
「ひ、酷いよ!あたしのこと、あんなにいじめたのに…!」
「!?」
本当に思い当たりがない。なんか全然関係ない誰かと勘違いしてないか。このままだと僕がいじめ役になってしまう…!
「あんなに激しく…私と分かり合ったっていうのに…!」
「ちょ待ってそれは語弊しかないだろ絶対!!」
「ハル…?」
後ろにあった建物で隠れていたリンがひょこ、と顔を出して近寄ってくる。だれか見てるな、とは思ってたけど、リンか。
待てよ。
この状況、だいぶ、まずくないか…?
「二人って、そういう関係なの…?」
「違うよーーーーーー!!!」
ハルの悲鳴がこだまする。多分ハルは悪くないパターンの勘違いだとリンも気づいている。
が、リンはその状況に無意識ながらもずきりと胸を痛める。
「あたし、君のドッペルゲンガーにホロウで会ったんだー。それはもう凄くて…」
なるほどな、とハルは理解しつつも、言葉選びに絶望する。リュシア、と名乗った彼女はどうやらハルのドッペルゲンガーと戦闘したことがあるらしく、たしかに彼女のメモに書かれている事細かな戦闘の癖は、完全にハルのそれだった。
「だからつい興奮しちゃって…ごめんねー」
えへへ、と自分の頭をなでるリュシア。リンはそれにほっと一息ついた。
その様子を見たリュシアは、ハルにバレないように、去り際にリンに耳打ちする。
「応援してるよ」
リンは理解しない。それが、何を意味しているのか。しかし何か、致命的な指摘をされたような感覚だけが残り、心臓の音が強くこだましていた。
(なに…?これ)
その夜。夢を見た気がした。砂嵐のような音が、その夢には漂っていて、なんなのかよく思い出せなかった。
覚感の術による、エーテルへの干渉。及び、彼女の目に埋められた、特殊な眼球。この二つによって僅かに行われた、
記憶の共有。
「…まあ、でも…リンは美人だしなぁ…はは、僕がここを抜けて、生き残っても、それでも好きだったら、考えてあげるよ」
「…私、絶対、覚えてるから!!忘れないから!!」
目が覚める。何か大事な夢を見た気がしたけれど、よく覚えていない。
まあ、覚えてないってことはそこまで重要でもないよね!
ストーリーを追いなおすのも結構大変でしたね。そういうわけで、半分くらい現状整理のお話でした。
正直な話ストーリーベースの物語は筆が乗らないんですが、こうでもしないといざ原作改変したときに酷い目に合うので…仕方ありません。