「こ.......これって」
「.......全く予想してなかったわ、コレちゃんとお母さんに話したのよね?」
「うん、反対されるどころか大賛成されたよ。 なのはちゃんそっくりの可愛い娘は大歓迎だそうだ」
「あのポヤポヤ天然合法ロリめ.......」
バニングス邸リビングにあるテーブルの上に一枚の紙が置いてあった。 それは昨日デビットさんが言っていた私の戸籍の件の書類だったのだが.......其処に書いてある一文が私とアリサちゃんに衝撃を与えていたのだ。
『ナノハ・バニングス』
私の新しい名前らしい。 らしい、というのは私がまだ現実を受け止めきれていないからだ。
『バニングス』説明するまでもなくその名字はデビットさんと同じ.......もっと言えばアリサちゃんと同じ名字だった。
ご丁寧に父親の欄にはデビット・バニングスの文字が、姉の欄にはアリサ・バニングスの文字が書いてある。
「.......お父さん、本気? これ冗談じゃすまない事よ、ナノハに確認だってとってなかったんでしょう?」
「冗談でこんな事をするほどガキに見えるかい? 見た目は若い方だと解ってはいるけどコレを冗談でやる程、精神的に子供じゃないよ」
「冗談じゃないならもっと質が悪いわよ! ナノハに確認もとらないでこんな事!」
「.......ナノハちゃんは嫌かい?」
書類に書いてある事が解らない位に私は馬鹿じゃない。 今デビットさんが私に聞いてきた質問の意味が解らない位、私は馬鹿じゃない。
これはきっと、私のただの想像じゃなければ、『家族』になろうと言う事だ。
私の事を信頼してくれた上にこの提案、目から涙が溢れそうになるのも仕方のない事だろう。
でも.......私は.......。
「私はっ.......今はこんななりですけど男だったんですよ?」
「うん、聞いてるよ」
「もう成人だってしてて.......元の世界には両親だっているんですよ.......?」
「うん、解ってる」
涙で前が見えづらい、ちょっと動いただけでもこぼれ落ちてしまいそうだ。
アリサちゃんの方を向く、涙でよく見えないがアリサちゃんはじっと私を見ていた。
「アリサちゃんは良いの........? 私、男だったんだよ? 気持ち悪くないの........?」
「........はぁ」
アリサちゃんは大きな溜め息をついて私に近寄ってくる。 ポケットからハンカチを取り出していつの間にかポロポロと流れ出ていた涙を拭いてくれた。
「そうね、もし私の姉だったら猛抗議してたわね」
涙を拭いてくれたお陰でアリサちゃんの顔がハッキリと見えた。
アリサちゃんは仕方ないなぁと言った感じで笑っていた。
「だってこんなに泣き虫なんだもの、姉になんて見えないわよ。 気持ち悪くないかですって? 気持ち悪く感じてたら一緒にお風呂なんて入らないしこうして―――」
アリサちゃんの顔がすぐ隣にある、腕を私の背中までまわしている。
........ちょっと間を置いて漸く、私がアリサちゃんに抱き締められているという事に気がついた。
「―――抱き締めたりなんかしないでしょ?」
お互いに傷つけるだけだった
「辛かったわよね、寂しかったわよね」
なのはとも
「よくがんばったわね。 もう、大丈夫だからね」
歯車はもう離さないと言わんばかりに強く噛み合い、ゆっくりと........やがては速く回り出す。
「私の........可愛い妹」
なのはでもなく
私は、やっとこの世界に産まれた気がした。
◇◇◇◇
≪私の........可愛い妹≫
「........っ」
それから少し経ち。
あのあとデビットさんは安心した様に仕事に向かった。 どうやら日本では日本の仕事が溜まっていたらしく二日経った今日も帰って来てない。 秘書さんからかかってきた電話を聞いたデビットさんの苦笑いは今でも覚えている。
≪私の........可愛い妹≫
「........っっ!」
私はと言うと、情けない事にまだ気持ちの整理がついていなかった。 デビットさんをお父さんと呼ぶには抵抗があるしアリサちゃんをお姉ちゃんと呼ぶのも抵抗がある。
鮫島さんから「ナノハお嬢様とお呼びした方がよろしいですね」と言われて戸惑ってしまう位だ。
≪私の........可愛い妹≫
「だぁぁぁ! もう! このポンコツーーーー!!」
そして今はそれどころじゃなかったりするのだ。
目の前にはアリサちゃんが、奇妙というかなんというか........とにかく普段のアリサちゃんならしないような奇行に走っていた。
私の杖を地面にぶつけたり、やたらめったらに振り回したり、とにかく激しく杖にあたっていた。
本来なら物にあたるアリサちゃんじゃない、でも今回は仕方のない事だと思う。
........だってアリサちゃんが怒っている原因はさっきから私の杖がからかっているからなんだから。
≪私は録音した『音』を再生しているだけですが、何か問題が?≫
「あ・る・に決まってんでしょうがぁぁあぁ!!」
顔を茹でダコのように真っ赤にしたアリサちゃんがレイジングハートを黙らせようと今度はタオルでグルグル巻きにし始めた。 布を通す事で僅かでも『音』を小さくしたいらしい。
≪私の........可愛い妹≫
「このっ........!!」
あまり意味がなかったようだが。アリサちゃんの顔は半泣き状態だ。
........というか私の顔も恐らく真っ赤になっているだろう。
レイジングハートはアリサちゃんをからかう為だけに再生しているのかも知れないが私だって今思い返せば大泣きしていたように思う。
中々に私へのダメージも大きかった。
「ふ........ふふふ........」
「アリサちゃん?」
≪私の........可愛い........やり過ぎましたかね?≫
「ふふふふふふふふ........」
笑っていた、アリサちゃんは笑っていた。 レイジングハートが若干引く位に笑っていた。
口が三日月の様に歪み、ギラギラと
「ナぁぁノぉぉハぁぁあぁぁあ?」
「わ、私!?」
がっしりと肩を掴まれ怒りの捌け口を見つけた様な........というか正しくソレな顔をアリサちゃんはしていた。
「ペットの不始末は飼い主の責任よね........?」
「え? うん? え!?」
「私ばっかり恥ずかしいのは可笑しいと思わない........?」
「いや、私もけっこう........」
「ふふ........ふふふふふふふふ」
あ、これは駄目だ。 正気じゃないっていうかアニメか何かの悪役が良くない事を思い付いちゃった時と似たような表情をしている。
「鮫島、外に出るわよ」
「はい、お嬢さま」
右手にはレイジングハート、左手にはアリサちゃんの手が半強制的に握らされ外に引こずられていく私。
ドナドナと音楽が聞こえてくる様な気がした。
「アリサちゃん恥ずかしいよ........」
「何これくらいで恥ずかしがってるのよ、これくらいは普段着でしょ普段着........それにさっきまで私の服着てたじゃない」
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいよ、ズボンとか男物じゃ駄目なの........?」
アリサちゃんに連れられてやって来たのは隣町のデパートだった。 私的には彼女はもっとこう高級感溢れる場所で洋服を買うものだとばかり思っていたのだがどうやら違ったらしい。
だが助かったと言えば助かったのだろう、彼女の服を貸して貰っている時は高級そうな洋服が汚れないように細心の注意を払っていたのだ。
デビットさんの娘になった今でも正直買ってもらうのは気が進まない。 ついこの間までは他人だったのだ、それで直ぐに好意に甘えきってしまうような私ではなかった。
でも、アリサちゃんは私の考えなど知ったことかと言わんばかりに高そうな........なんかヒラヒラとか沢山ついた物を持ってくるのは何故なのだろうか。
「そんなの駄目に決まってるでしょ、全く。 ナノハに任せたら男の子向けの地味な奴を選びそうね」
「だって、女の子の服ってなんだか恥ずかしいし........見るからに高そうで」
「値段なんてナノハは気にしなくて良いの! 遠慮し過ぎなのよナノハは.......はい、これ着てみて」
渡されたのは黒を基調とした先程の物に比べればおとなしめの服、手触りはとても良いがヒラヒラ程高そうにも見えなかった。
ヒラヒラやキラキラした服よりも私の好みに合っていたし、それに少し安そうだ。
私は試着室のカーテンを閉めて着替え始める。
女性物の服を着るというのは未だに勇気がいる作業だ、まるで女装をしているような感覚に陥ってしまう。 なるべく鏡は見ないように服を脱ぎ服を着てアリサちゃんに見せようとカーテンに手をかけて止まってしまった。
視界の端に映った女の子があまりにも.......そう、可愛かったから。
将来を約束された整った顔立ち、髪も可愛らしくおさげに、表情は自信なさげでまるで小動物のような愛らしさを持っていた。 守ってあげたくなるようなそんな雰囲気を出している。
「かわいい.......」
鏡に映った自分の姿だという事は解ってはいる、ナルシストという性癖に分類されそうな事をしているという事も解っている。 でも可愛かった。
暫く見惚れていたのかも知れない。 頭を振って正気に戻り恥ずかしくなる。
自分で自分に見惚れるなんて.......オマケに私の姿は小さな女の子、ロリコンの気は私にはなかったはずなんだけど。
≪録画中、録画中.......≫
「何をしてるのかとおもったら.......」
慌てて後ろを振り向き背後を確認する。 カーテンは僅かに開かれアリサちゃんとレイジングハートが隙間から此方を覗いていた。
「い.......いつから.......?」
≪私は始めからバッチリと≫
「私はナノハの『かわいい.......』宣言を聞いてからかしら」
アリサちゃんはニヤニヤと意地悪気に笑みを浮かべ、レイジングハートも顔があるならば同じ様な表情をしている事だろう。
「にゃ.......」
頭が沸騰しそうと言うのはこういう事を言うのかも知れない。 思考が停止しかけて心の声はずっと「見られた聞かれた」と繰り返している。
「にゃぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁああ!?」
思わず店の中なのに叫んでしまう程正常な判断が出来なくなったのはきっと、私のせいではない筈だ。
.......うん。
◇◇◇
「顔を真っ赤にして.......くふふ、にゃあって.......あははは!」
「あうぅぅ.......」
≪後でビデオに移しましょう、顔を真っ赤にしたマスター.......なにかこう機械の私でもクるものがあります≫
「あうぅぅうぅ.......」
高そうな車に揺られる私達。 私の膝とアリサちゃんの横の席には洋服の入った袋が一つずつ、車のトランクにもきっと幾つか入って入る筈だ。
結局、アリサちゃんは私に勧めた服は全部買ってしまっていた。 レジの値段は見えなかったが店員さんのひきつった笑顔を見るに大変な額だと言うのは間違いないだろう。 高い服なんて就職で使った35000円のスーツ一式位しか買った事のない私は気が気ではなかった。
「.......しっかし大成功だったわね、レイジングハート?」
≪そうですね、まぁあんな方法じゃなくてもとは思いましたが。 最後の方なんて本気で振り回してたでしょうアリサ?≫
「まさか録音してるなんて思わないでしょ、無断で録音してた罰よ罰」
「.......?」
なんの話だろうか? 解らずにアリサちゃんを見つめていると何処か得意気にアリサちゃんは話始めた。
「ああ、私とレイジングハートが喧嘩して八つ当たり気味にナノハを買い物に誘ったじゃない?」
「うん」
≪あれは演技ですよ、私達二人共≫
「.......え?」
演技とはどういう事かとアリサちゃんに抗議の視線を向けた、あの時はちょっと恐かったしそれくらいは許される筈だと思う。
「そんな顔しないの、だってそれくらい強引に連れ出さないと遠慮して自分の物なんて買いに着いて来ないでしょ」
「一人でいけるもん.......」
「ナノハ一人だと安い男の子用を買うのは目に見えてるのよ」
≪それで相談を受けた私が今回の作戦を考えた訳です≫
「実際助かったでしょ? 下着ばっかりは男物を着るわけにはいかないんだし」
「それはそうだけど.......」
確かに助かったのは事実だった。 私ではそう言った物の事は解らない、
要するに別々の記憶50%と記憶50%を無理矢理混ぜた様な状況だ、実際は
「はいはい、拗ねないでよ? それにナノハ一人だとなのはと鉢合わせになった時にパニックになっていたかも知れないしね」
「私と鉢合わせ?」
「あーえっと、ナノハじゃなくてなのはで.......ややこしい。 あなたの元になった方よ」
「.......確かに危なかったかも」
「なんの為にわざわざ遠くのお店に行ったと.......普通は真っ先に考え付くと思うんだけど」
「にゃはは.......」
首を左右に振りながら溜め息をつくアリサちゃん。 私、アリサちゃんを呆れさせてばっかりかも知れない。
それから暫く他愛もない会話をしてアリサちゃんは家に着く前に車を止めた。
車の外に手を振るアリサちゃんの視線を追いかけてみると外にいたのはすずかちゃんだった。 見られないよう袋で顔を隠し急いで身を屈める私。
アリサちゃんはなんでもすずかちゃんと一緒に遊ぶ約束があったらしい。 約束があったにも関わらず付き合わせてしまった事を申し訳なく思いながらアリサちゃんとは其所で別れた。
家に着くと洋服を鮫島さんと一緒に運びだし、昨日決まった私の部屋に持って行った。 因みにアリサちゃんの部屋の隣だ。
運び終えて時計を見ると午後四時、着せ替え人形にされて意外と疲れてしまったのか私はいつの間にかリビングで眠ってしまっていた.......。
◇◇◇
「ああ、久し振り。 といってもこの間店に行ったんだが」
誰かの声で目が覚めた。 目の前に見えたのはテーブルの脚、どうやらソファーで眠ってしまい落っこちてしまったみたいだ。
「留守にしていた君が悪いんだろう? .......はは、折角の誘いだけどまた今度。今日はそれどころじゃないんだ」
声はデビットさんのようだった、何時の間に帰って来たのだろうか? 立ち上がりお帰りなさいと言おうとして止めた。
「君の所から一人行ってるみたいなんだけど、正直心配なんだ。 .......君に言ってないのか、あのガキ」
ビクリと身体を震わせる、デビットさんの口調は信じられない位荒々しくなっていて恐かった。
「すまない少しイライラしていた。 場所は解ってはいるんだ、ただバレてしまえば........考えたくもない。 僕も直ぐに行く、依頼を受けてくれないか?」
―――アリサを誘拐犯から救出して欲しいんだ。
『No.0』