東京ユグドラシル ~仲根綾音のロボット冒険譚~ 作:ヌルポ撲滅の使徒
「防衛戦機 プラネット・フェニックス」
ゲームとアニメのマルチ展開で一定の人気を博している、ロボットアニメシリーズの最新作である。
某玩具会社の代表的なロボットアニメのような、誰でも知っている国民的ロボットアニメには流石に及ばないが、ロボアニメ・ロボゲー好きなら一度は耳にする程度には人気のシリーズだ。
シリーズコンセプトは「守る」こと。
主人公は伝統的に、フェニックスを冠する人型ロボットに乗って、理不尽な敵から大切な何かを守るために戦い抜く。
そしてそのコンセプトは、一部の敵キャラを除いて、主要な登場人物達全てに共通している。
誰もが守りたい何かのために戦い、傷つき、死んで、そして守られた何かが希望につながってゆく、というストーリーを、毎回異なるシナリオライターが魅力的に描くことで好評だ。
綾音の病室にあったプラモは、そのアニメの味方キャラの一人、ナイスミドルな隊長の愛機である。
「PC313C ネイビーエッジ」
量産型であるグリーンエッジの指揮官用カスタム機であり、頭部を含めた一部のパーツがネイビーブルーになっているのが特徴。
ゲーム・アニメ双方で、序盤から最終決戦までいぶし銀な活躍をした名機体だった。
なお、どのルートを通っても、パイロットは途中で変わる。
『でもそれって、ゲームやアニメの話なんだよね』
ちなみに、ここまでの説明は全て綾音の弟の受け売りである。
綾音自身は人形集めが趣味なだけの一般女子高生であり、お見舞い品に含まれていたのも、姉弟の趣味で共通する部分ということで、弟が自身のコレクションの一部を持ってきたのだ。
……なお、弟は目が見えない人間の見舞いとしてプラモを飾ることの虚しさに気づいていなかった。姉も指摘しなった。
更に言えば、綾音自身、いくつかの人形やぬいぐるみを持ってきて貰って、私物入れの中に入れて貰っている。抱き枕にすら使えない事には就寝時に初めて気づいた。
『でもまあ、動かせる体があるのはいいことかな。所謂怪我の功名?』
だがしかし、その無駄がなんの因果か、綾音にある種の救いをもたらしている。
原理は不明だが、今の綾音はプラスチック製のロボット1/144スケールに意識を移して、病室の状況を見聞きできている。ただそれだけのことが何もよりも嬉しいのだ。
『あ、声も出てる……スピーカーもないのに、どこから出てるんだろう……』
今頃になってそんな感想をのんびり呟ける位には、綾音の精神状態は安定してきている。
なお、カメラもマイクもないのに五感が機能していることについてはまだ気づいていない。
『それにしても、なんかちょっと散らかってない?』
余裕が出てきたことで、大きく変わった縮尺以外の変化についても目についてきた。
まず最初に感じた違和感は、床に散らばっている見舞い品だ。
見舞い品がまとめて置かれている棚の上から、半数近くの品が落ちてしまっている。
幸い果物などの傷みやすいものは落ちていないようだが、それらも明らかに本来の位置からずれていると分かるくらいには棚の上も散らばっている。
『寝ている間に地震でも起きたのかな?』
とは言え、そこは地震大国日本の女子高生。この程度の事では動揺しない。むしろりんごが無事でよかった~などと呑気に構えているくらいである。
次に気づいたのは、時間と明るさだ。
壁掛け時計の時刻が正しければ、すでに午前8時を過ぎている。
にも関わらず、看護師や医師が起こしに来たり、部屋を片付けた形跡がない。
それに、窓のカーテンの隙間からに部屋に差し込む光もやけに薄暗い。
照明が点いていないのは、目が見えない人間の部屋だからまだだれも点けていないで通るが、日光に関しては曇り空で済ませられない程の薄暗さだ。
このあたりで、綾音はだんだん嫌な予感がしてきた。
失った五感を取り戻したことによるプラス方向のテンションが、徐々にマイナスに傾こうとしている。
『そういえば、なんかやけに静かなような……』
無意識に安心できる要素を求めて耳を澄ますが、しん、とした静寂だけが広がるのみ。
この時間になれば、入院病棟内はそれなりの人数の職員や患者が活動しているはずだし、そもそもここは東京都心のど真ん中、新宿区の病院だ。
例え深夜であろうと何らかの生活音が聞こえていなければおかしいことに、ようやく綾音は気付いた。
『と、とにかく、誰か呼ぼう!』
慌ててナースコールを探せば、すぐに見つかった。幸い棚の高さが低めだったおかげで、プラモの短い手足でも、コードの一部にギリギリ手が届きそうだ。
『って、この手でどうやって掴めと!?』
ただしそれは、ちゃんと物を掴めればの話である。
プラモの種類にもよるが、多くの場合、ロボットのプラモデルは物をつかめるようにできていない。大抵は何も持っていない手のひらパーツと、武器を接続できる拳のパーツとの差し替えで対応するのだ。
ネイビーエッジも例に漏れず、現在は手首が動くだけの手のひらパーツ。
できてせいぜい、押し出すか腕で抱えるように引き込むかだろう。
『やばい、考えれば考えるほど詰んでない?』
そもそも現状、移動すらままならない。
現在位置はベッドよりちょとだけ高い棚の上。ただし、ベッドからはサイドテーブルひとつ分離れている。
よって、ベッドをクッション代わり飛び降りるのは不可。
ましてや、直接床に飛び降りるのは論外だ。
今、綾音が操っている体は、一見すると頑丈そうなロボットに見えるが、実際はそのへんの量販店で売っている、素人が素組したプラモデル。
低めの棚とは言え、落下すれば間違いなく手足のどれかはもげる。
自分の肉体ではないとは言え、万が一痛覚や怪我が本来の肉体にフィードバックしてしまったら、ただでさえ満身創痍なのに、下手したら死んでしまう。
普通に考えればそんなことありえないはずだが、現状がすでにありえない現象の真っ最中なので、迂闊に試せないのだ。
ついでに、仮にも弟のコレクションなので、むやみに傷つけるのは流石に気が引ける。
『ってそうだ、自分の身体に戻ればいいんじゃん』
と、ここで普通真っ先に考えつくはずの解決策にようやく気づくいて、うなだれる綾音。
マイナス方向に思考が回転しだした人間は、こんな簡単なことすら中々思いつかないのも珍しくはないのだが、それを指摘して慰めてくれる人間は、残念ながらこの病室にはいない。
もしかしたら病院内にもいないかもしれない。
『……で、どうやって?』
なお、思いついたところで方法がわからないので更に落ち込むことになる。
とりあえずもどれ~と念じたり、見舞い品をベッドに見立てて寝てみたり、それっぽい呪文を唱えたり、神様仏様に頼んでみたりと色々試した。
最終的に、見舞い品の箱を祭壇っぽく思い込みつつ、果物籠からブドウを一粒もいで生贄を捧げるように置いて、謎の儀式を実行するに至る。
ぱっと見、ロボがブドウを崇めているようにしか見えない狂気の景色は、幸いなことに実行者の肉体含め、誰の目にも映らずに終わった。もちろん効果はなかった。
『ちくしょう、一体どうしろと!?』
大体一時間近い試行錯誤が全て空振りに終わった綾音 in ロボットがブドウを天板に叩きつけようと振りかぶり、食べ物を粗末にしてはならないと思い直した。
さっきまで行っていた、ブドウに対する冒涜的儀式はノーカウント。まだ食える。
『ホントどうし……』
一時的狂気から立ち直った代わりにモチベーション下げつつ、果物籠にブドウを戻そうとした手をふと見る。
『あれ?』
その指の一本も動かない、というか指同士が分かれてすらいない、掌状に整形されたプラスチックが、ブドウを、持っている。
『い、今までの苦労は一体!』
間違いなく状況は改善したが、喜びよりも徒労感が勝ったのはむべなるかな。