東京ユグドラシル ~仲根綾音のロボット冒険譚~ 作:ヌルポ撲滅の使徒
一頻り落ち込んだ後、綾音の取った行動は、とりあえずナースコールを押すことだった。
正直すでに、押しても誰も来ない可能性が高いのは理解しているが、そこはとりあえずルールに従っておかないと座りの悪い日本人。
できないならともかく、できるならやっておきたいのだ。
というわけで、棚の天板の端に移動し、ナースコールのコードを掴む。
手のひらのパーツは相変わらず稼働しないが、何故か不思議な力でコードに吸い付くのがわかった。
先程のブドウのときのように、意識していないと生身の手で握ったときと区別がつかないのがちょっと怖い。
『よっ……と?』
そして、掴んだコードを頼りに、ベッドに向かって飛び降りる! ……つもりでいたが、プラモの体は想像以上に軽かったらしい。
太くて長いコードはプラモがぶら下がってもびくともせず、とても頼りがいのある存在感を放っていた。
これ幸いと、昔遊んだアスレチックのロープ渡りの要領で、ちょっとずつベッドに向かって降りてゆく。
プラモの関節が自重でもげないか、やり始めてから心配になったが、意外にも両腕を残して自由落下することはなく、無事にベッドの枕元、本来の肉体から見て右手側に到着した。
『10点満点!』
やり遂げた感が思わず体操っぽく口をついて出た。
なお、綾音は体操の採点方式をよく知らない。
オリンピックの個人種目にはとりあえず10点つければいいと思っているタイプのJKである。
『じゃあ、カチッと』
そして、ハイテンションからシームレスに本来の行動に移るタイプのJKでもある。
ナースコールにも色々種類はあるが、これはコードの先端に押しボタンがあるタイプだったので、コードを踏みつけて固定すれば普通に押せた。
『……お?』
と同時に、ドアの向こうからかすかに聞こえる呼び出し音、病室のナースコールも、音量こそ小さいが同じような音を出しているので、ちゃんと呼び出せたらしい。
もしかしたら停電しているかもと思っていた綾音もちょっと一安心。
と、思っていた耳(?)に届くバキリ、という不穏な音。
そして、同時に消えた呼び出し音。
再び静寂につつまれた病室と裏腹に、綾音の内心には全力で警報が鳴り響いていた。
『……やばい。やばいやばいやばい!』
何がやばいのかは全く持ってわからないが、とにかくやばい状況であることを綾音は急速に悟った。
これまでも十分やばい事態ではあったが、緊急性が一気に跳ね上がった。
今までの状況は、何が起きているのかすらわからないが、身の危険は感じなかった。
そもそも危険かどうかを判断できる材料自体がなかったのだから、不安はあってもいい意味でポジティブさを失わずに済んでいたのだ。
だが、今起きた状況から、明らかに何か、明確に自身の身を害する可能性のある存在が近くにいる可能性が高くなった。
しかも状況証拠から考えて、病棟内は無人か、人がいても安易に移動できないかのどちらかだと考えられる。
……もしも、今ナースコールを破壊したナニカが、病室に来たら?
何せ今の自分はおもちゃのプラモデルだ。
幼稚園児相手でも一方的にバラバラ殺人になる自信がある。
もちろん、バラバラになるのは弟の大切なコレクションだ。断じて幼稚園児の方ではない。
仮になんとかして元の肉体に戻れても同じこと。
むしろ両腕以外なにも抵抗できない分不利ですらある。
なんか怖そうな大人のおじさんにボコボコにされる自分を想像して、綾音は震え上がった。
ここでお化けや動物が出てこないあたりに、ちょっとすれた現代っ子のメンタルが垣間見える。
『と、とにかく武器を探そう!』
そして出した結論は、戦力強化と迎撃。
逃げるのは論外。
本体を放置して逃げて、本体が殺されたら意味がない。
本体に戻って逃げる? 両足が骨折した、目の見えない、耳も聞こえづらい状態で? 無理だ。
そもそも戻り方が相変わらずわからない。
じゃあバリケードとかで扉を封鎖するのは?
幸い病室の扉は引き戸なので、つっかえ棒になるものを見つければ可能だが、やっぱりプラモの体がネックになる。
なので、武器……というか、道具を探す。
何をするにしても、プラモの腕では話にならないのだ。
『例え針一本だろうと、急所を刺せば生き物は死ぬのだ』
綾音はネット広告で見た異世界転生暗殺者のセリフをつぶやいて、自分を鼓舞する。
プラモの見た目の安っぽさと、声の高さのせいでまったく説得力がなかったが、本人は大真面目だ。
というわけで武器探しである。
まずはベッドの上。
自分の体がある。以上!
なんとなく指差し確認して頷いた綾音は、自分の頭を迂回してベッドの逆側へ。
『じゃまだなこれ……』
自分の身体に対してひどい言い草だが、ちょっと心に余裕のない綾音にとって見れば、絶妙に乗り越えにくい障害物にしか見えていない。
しかも壊すと自傷ダメージとなって返ってくるタイプ。
果てしなく扱いに困る。
『あ、スマホ……』
と、そこで窓とベッドに挟まれる形で置かれたサイドテーブルが目に入る。
同時に、充電されているスマホも。
病院内なので電源は入っていないが、電池が満タンになっているのはわかる。
『そうだ110番!』
わーい、とスマホに駆け寄って、電源ON!
しゃらららん、とおしゃれな起動映像が流れて、ロックの解除画面が表示される。
なお、電源を切る前にマナーモードにしていたため、いつもちょっとビックリする起動音は鳴らなかった。
一瞬躊躇した綾音だが、先程思い込みで物をつかめる事実に気付けなかったことを教訓に、まずは指紋認証を試みる。
『やっぱだめか!』
が、予想通り失敗。
とはいえ、あるいみ想定通りなので、つづけて次へ。
暗証番号入力である。
『1,1,9,2……だめか』
が、これも失敗。
昨今のスマホは静電容量式……簡単に言えば、ただのプラスチックで触れても反応しない。
なお、綾音はタッチペンを使わない派だった。
仕方ないので、最後の手段。
『んしょ、んしょ』
スマホを本体の左手の下まで持っていって、本体の指で操作する作戦。
幸い、左手は点滴する関係上、布団から出ていたので、なんとか設置するところまではできた。
『よしできた!』
その後も、思ったよりも重い人間の指をえっちらおっちら動かして、なんとかロック解除に成功。
すぐに電話アプリを呼び出して、110番を押そうとするが、そこで一つ気づいた。
『ここ、圏外だ……』
ある意味当然というべきか、スマホに電波が来てなかった。
公共の無線LANにも繋がらない。
これでは110番どころか、救急車もよべないし、家族とメッセージのやりとりもできない。
『……武器、さがそう』
一気にテンションが氷点下まで下がったが、当初の目的を思い出して動き出す。
改めてサイドテーブルを確認するが、充電用のケーブル以外には目立ったものはなし。
目が見えない綾音が迂闊に触れて落とすの避けるため、スマホ以外は全部さっきまで乗っていた棚やカバン、私物入れに仕舞ったからだ。
ここまでは想定通り。
……スマホに関しては、意図して無視することにする。
『次はカバンを確認しよう』
だんだん独り言が増えてきたことに気づかず、床に降りるために綾音はベッドの側面づたいに、慎重に床へと降りるのだった。