東京ユグドラシル ~仲根綾音のロボット冒険譚~ 作:ヌルポ撲滅の使徒
たっぷり数分は混乱した綾音だが、左手に触れた硬質の感触をきっかけに、とりあえず落ち着きを取り戻した。
指先で手のひらの下まで引き寄せて握れば、予想通りそれはさっきサイドテーブルから左手のそばに移動させたスマホだった。
昨日、サイドテーブルにスマホを置いてもらったことはちゃんと覚えているし、点滴の前に、自分で触って確かめもした。
位置的に、地震などで移動する可能性もない。
つまり、さっきまでの体験は夢でもなんでもなく、現実にあったことのはずだと、綾音は確信した。
とはいえ、状況証拠ではなく、もっとわかりやすい証拠も欲しい。
要するに、もう一度人形の体に入りたい。
もはや完全に五体満足の状態でないと満足できなくなった綾音である。
大抵の人間がそうだと言えば身も蓋もないが。
「すう……はあ……よし!」
一度深呼吸して心を落ち着かせ、精神を集中する。
思い出すのは、目が見えるようになった直前、鐘の音のような音が聞こえた時。
もしあれが夢や幻覚ではなく、人形に乗り移る現象、あるいは能力の引き金だとしたら、同じ感覚をイメージすることで再現できるかもしれないと、綾音は考えた。
そうやって何度かイメージと集中を繰り返すと、ふと何かが安定したような感覚を覚えた。
例えるなら、自転車に乗ることに成功した瞬間の感覚。
あるいは、リズムゲームで安定してクリアできるようなった感覚。
そういった、なぜさっきまでできなかったのかがわからなくなるほど、「できて当然」という感覚。
その感覚を覚えた瞬間、綾音は再びプラモの体で、ベッドの感触を背中に感じて寝ていた。
『……うん?』
違和感に困惑しながら、起き上がり、周りを見渡す。
目に映る景色は、間違いなく、さっきまんねんくんに乗り移る直前の、プラモからの視点だ。
だが、同時に全身にベッドと布団の柔らかな感触を感じている。
『あー』
「いー」
『うー』
「えー」
『おー』
声を出すと、ロボと本体から順番に声が聞こえる。
本体の耳が悪いので、主にロボが聞いている形だ。
『なるほど、つまり……ドローンか!』
綾音にとって、遠隔操作できるものは全部ドローンだった。
兎にも角にも、怪我の功名というべきか、どうやらさっきまでと違って、本体に意識を残したまま、プラモを遠隔操作できるようになったらしい。
これが能力(?)の成熟によるものか、あるいは別の要因によるものかはわからないが、一つ懸念がなくなったのは確かだ。
最悪、一生人形の体で生きていくことも覚悟し始めていた綾音にとって、元の肉体に戻れる、元の肉体を自力で動かせるだけでもだいぶ違う。
さらに、しばらく色々と試すうちに、この人形に乗り移る能力についてもいくつかのことがわかった。
まず1つ目。
先程自分の体に戻ることに成功したからか、いつでも人形への乗り移りをON・OFFできるようになった。
未だに、人形が受けたダメージが本体にフィードバックするかどうか不明な現状、最悪乗り移りを解除する選択ができるのは大きな安心材料だ。
次に2つ目。
人形に乗り移っていると、体力や精神力のような「なにか」を消耗しているらしい。
これは私物入れに入っていた大小様々な人形に、何度も乗り移ることで気づいた。
先程強制的に乗り移りが解除されたが、どうも乗り移る人形が大きいほど、解除されるまでの時間が短いようなのだ。
特に、ほぼ綾音と同サイズのまんねんくんは、十秒も立たずに乗り移りが解除されてしまう。
さらに、一度強制的に乗り移りが解除されると、一番小さいプラモ以外の人形は乗り移ってもすぐに解除されてしまう。
乗り移らずに少し休憩するか、プラモに乗り移っている状態だと、少しずつ自分の中の「なにか」が回復しているような感覚を覚えるので、きっとゲームのMP的ななにかがあるのだろうと、綾音は考えた。
また、プラモに乗り移っている状態だと、なんとなく回復が遅い気がするので、消耗が0というわけでもないらしい。
とにかく、今後はプラモに乗り移っている状態をデフォルトにするべきだと綾音は決めた。
いざという時に乗り移りが解除されてしまうリスクのほうが、プラモの小ささによる不便さを上回っていると感じたためだ。
『よし、なんかうまくいく気がしてきた。やったるぞー!』
お手入れにハサミを片手に気炎を上げる綾音。
『よし、じゃあ次は』
がたり、と、入口から音がした。
ふえ? と振り返った綾音の視界いっぱいに映る、ネズミのような顔のドアップ。
『はあ────!?』
こうして、唐突に、綾音の初めての戦闘が幕を開けた。