東京ユグドラシル ~仲根綾音のロボット冒険譚~ 作:ヌルポ撲滅の使徒
突然何かに突き飛ばされた勢いのまま、窓側の壁にぶつかった綾音は、突然の襲撃に混乱しながらも、すぐさま起き上がることに成功した。
今までリスクが大きすぎて試せなかったが、どうやらロボの体では痛みを感じないらしい。
そのため、半ば反射的にだが、追撃される前に起き上がることができたのだ。
『わわわわ!?』
わたわたとベッドの足を盾にしながら、襲撃者を改めて観察する綾音。
なお、その見た目はゴツくて渋いロボットが、内股でベッドの足からちょっと顔をのぞかせているという、誰得な絵面である。
『こ、こいつネズミ……ネズ、ミ……?』
そしてその視界に改めて入れた襲撃者の姿は一見するとネズミのように見えた。
ただし、何故か足が六本あり、その上昆虫の触腕みたいなものが一対首元から生えている。
それは明らかに、現代日本にはいてはならない類の生き物だった。
『え、えっと……うわぁ!?』
どう擁護してもJK的に生理的な嫌悪感を抱く生き物との唐突な遭遇に、せっかく色々と考えていた戦闘方法を思い出すこともできていない綾音。
そんな隙だらけな状態を野生動物が放って置くはずもなく、急接近してきたネズミもどきに、ベッドの足越しに触腕で殴られる。
『ちょ、痛い痛……くないけど、鬱陶しい!』
ぱっと見軽そうなジャブに見える触腕でのパンチの連打だが、実際は普通に壁際に押し付けられて脱出不能になるくらいにはノックバック性能が高かった。
もしもロボに痛覚があったら、間違いなく綾音は痛みで悶絶したまま、ネズミに嬲り殺しにされていただろう。
『ってそうだ、痛くない』
と、ここに至ってようやく綾音は悟った。
あれ、これもしかして死なないんじゃ……と。
だって痛くないんだもん。
『こんの……いい加減にしろ────!』
そうとわかればもはや怖いものなし。
緊張から大量に分泌された興奮物質の赴くままに、お手入れハサミを触腕に叩きつける!
「!?」
『この! この! こんのお!』
それまでほぼ無抵抗だった相手が突然反撃してきたことで、一瞬怯んだネズミに対して、夢中でハサミを叩きつける。
刃で挟む。
引いて切る!
『ってうわ!』
が、悲しいかな、所詮は安全設計のお手入れハサミである。
明らかに不自然な生き物なのに無駄に獣らしい体毛に覆われた触腕は、綾音が思っているよりもずっと頑丈だったようで、ちょと切り傷をつけることに成功したが、成果はそれだけ。
大した脅威じゃないと見抜いたネズミが、触腕で綾音の両肩を押さえつけてくる。
慌てて振りほどこうとするも、無駄に角張った肩アーマーをガッチリホールドされているため、完全に脱出不可能になっていた。
獲物に抵抗手段がなくなったとみて、ネズミらしく発達した前歯で噛み殺そうとしてくるネズミもどき。
が、それこそがこのネズミ最大の失策だった。
これが普通の人間、あるいは本物のロボだったなら、全身の筋肉や関節といった駆動系が連動しているため、両肩を完全にホールドされれば、腕もまともに動かせないだろう。
だが、今の綾音の体はプラモなのだ。
『うりゃー!』
全身のパーツはポリキャップでつながっているだけなので、肩アーマーを抑えられていようと、お手入れハサミを大口開けたネズミに突っ込むくらいのことはできるのだ!
「!?!?!?」
『こ、ん、ちょあ!』
流石にこれには危機感を抱いたのか、ネズミが触腕を振り回しながら、綾音を振りほどこうとする。
が、このチャンスを逃したらもう後がないのを悟っている綾音も必死だ。
お手入れハサミをさらに奥に押し込みつつ、壁際から徐々に離れていく。
『早く、たお、れて!』
だがやはりここでも武器の貧弱さが足を引っ張る。
先端の丸められているお手入れハサミでは致命傷にはならないようで、だんだんネズミの抵抗から必死感が薄れ、代わりにむやみに暴れるのではなく、的確に腕を押し返そうとする動きが増えてくる。
『ぐっ、この、ままじゃ!』
ついにベッドの足に押し付けることに成功するが、このままではジリ貧であることに綾音も気づいている。
だが、現状これ以上の攻撃手段はない。
むしろ、下手に状況を動かせば不利になるのは綾音の方だ。
『何か、何か武器は!?』
言ってから、ロボアニメっぽいなと、一瞬冷静になってしまった。
直後、連想されたのはロボットアニメおなじみのビームブレード。
フェニックスシリーズでも皆勤賞の装備である。
『もうなんでもいいから出ろ────!』
その叫びに呼応するかのように、突然、ネズミもどきの抵抗が再度激しくなった。
呼吸が荒々しくなり、目は涙を流し、触腕は完全に明後日の方向に振り回される。
さらには六本の足で綾音に組み付き、ごろごろと転がりまわる。
が、その動きが唐突に止まった。
同時に、ネズミの首の背中側、ちょうど口の反対側から、ハサミの先端が飛び出した。
『……え?』
唐突に消えた抵抗感に唖然としつつ、奇妙にきれいなままのハサミを見る。
『なにこれ?』
いや、正確には、ハサミの先端を覆うように存在する、透明な刃を。
それはよく見ないと分からないくらい透明度が高かったが、どうやら緑色の鉱石のように見えた。
『あ、消えた』
が、見ている間にその刃は空気に溶けるように消えてしまった。
後には、傷口から緑色の血を流すネズミもどきと、お手入れハサミ、そして、これだけの死闘にもかかわらず、傷はついていてもパーツが一度もハズレなかったプラモだけだった。