妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜   作:ひざぎ

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 授業の学習というものが今日から本格的に始まってきた。昨日はそれぞれの強化を担当する教師の紹介だったり、授業の流れだったりした和やかな空気だったのだが、今日に関しては適切に学習ができる環境となっている。

 

 中学生の時に体験した教室の喧騒というものもない。誰かがふざけて会話をすることもない。

 

 静かな沈黙、まぎれているノートに書きこむ音、紙をめくる音。たまに書いていない人間もいるけれど、別になにかサボるというわけでもなく黒板を凝視している。皐については、書かれている黒板の内容をノートに適切に書き写している。俺も彼女を見習って書いていかなければならない。

 

 文字を書くのは苦手だ。どうしても手先が不器用だから、ミミズがのたくったような字を書くことしかできない。

 

 皐は教師が引いた赤い線なども適切にマーカーなどで記している。それを俺も真似するべきなのかもしれないけれど、それをするのはどこか億劫だ。マーカーを引くことでさえ慣れていないのだ。真っすぐに線というものを書くことができない。

 

 学習というものに距離を置いていたから、尚更に劣等感というか、学習というものに対しての距離感を意識してしまう。

 

 でも、今は距離を縮めることを考えなければいけない。

 

 皐と一緒に、笑顔で卒業するために。

 

 

 

 

「あのぉ……」

 

 休み時間、俺は先ほど食べることのできなかった握り飯を開封していると、前方から控えめな声が届いてくる。その声の方に視線を移した。

 

「ん?」

 

 俺が視線を移すと、そこには伊万里が立っていた。

 

 何もかもが控えめな様子、吐く息が震えている様も見受けられる。耳に近いわけではないのだけれど、彼女の呼吸の音が五月蠅いから聞こえてくる。

 

「さ、さっきはありがとうございました……」

 

 いつもよりも落ち着いた口調で、彼女は答えた。

 

 確かに、震えているけれど、吃りについてはひどくない。緊張をかみ殺している口調だとも思った。

 

「ああ、別に。俺が話しかけたのが悪いからさ」

 

「そ、そんなことないです。え、えと、先ほどは申し訳ありませんでした」

 

 彼女が頭を下げた。角度をきっちりと四十五度に。

 

「そんなに謝らなくていいと思うよ。翔也の配慮が足りなかっただけだと思うし」

 

 皐は少しばかり呆れるように溜息を吐いてから、そう声をかける。実際、そうなのだから、返すことも場もない。

 

「い、いえ。昨日、と、と、友達になったのに、逃げてしまったから」

 

「……まあ、気にすんなよ。そういうこともあるだろうさ」

 

 俺は握り飯を貪りながら、彼女の言葉に返す。

 

 伊万里は俺の言葉を聞き届けると、頭をあげる。勢いよく上げた頭、髪が靡いて、彼女が隠している目が一瞬覗けた。

 

 綺麗な目をしていると思う。目を隠しているから、勝手な顔の想像をしていたけれど、想像以上に綺麗な瞳をしている。

 

「なあ」

 

 俺は先ほど彼女に声をかけたように、言葉を出す。

 

「人は苦手なのか?」

 

 そうして、彼女の地雷をあえて踏むような発言をした。

 

 

 

 

 人との距離感をずっと考えている。

 

 皐との距離感についてを、家族との距離感についてを、恋人との距離感についてを。

 

 もしくは他人との距離感を考えている。どこまで踏み込めばいいのか、ずっと考えている。

 

 人には境界線がある。踏み込んでほしくない境界線が必ず存在する。

 

 俺と皐であれば、関係性についてを他人に踏み込まれることを警戒する。予防線を張る。

 

 昨日の彼女の行動はそういうことだ。あらかじめ宣言を挟んでおくことで、それ以上踏み込まれないと境界線を示した。

 

 踏み込んだと思った伊万里は、即座に謝罪の様子を見せた。

 

 それほどまでに、人に踏み込むということは難しい話であり、人の本質に触れてしまうことは禁忌に近い。

 

 ──でも、踏み込むことでしか、人との距離感を縮めることはできやしない。

 

 地雷でも、禁忌でも、それが罪に近いものであっても、踏み込むことでしか、人との関係を営むことはできない。

 

 のらりくらりと躱すことは悪いことではない。でも、それは悪いことではないだけで、正しいことではない。

 

 正しさには罪を内包する性質がある。だから、俺は正しさを振りかざす。

 

 せめて、俺たちの禁忌に、きちんと顔を向けることができるように。

 

 

 

 

 伊万里は絶句した。

 

 皐は、あーあ、と目を逸らすような仕草をした。

 

 俺は彼女の答えを待った。

 

 教室に沈黙が広がる。

 

 俺たち以外で会話を広げようとした輩も、その瞬間に沈黙をした。

 

 静寂は一瞬だった。

 

 正気に戻ったように、また少しだけ喧噪は再開した。

 

 伊万里は絶句していた。

 

 俺は踏み込み過ぎたのかを不安に覚えた。

 

 なにか言葉をかけるべきなのかと迷った。

 

 でも、ここで誤魔化してしまえば、彼女のためにはならない。俺のためにもならない。

 

 皐は傍らで溜息を吐いた。

 

「ちょっと、席外してみよっか」

 

 仕方ない、というように皐は言葉を吐いて立ち上がる。伊万里は固まったままの仕草を貫いたが、皐がちょんちょんと肩をたたくと、正気に戻って、皐に導かれるままに廊下の方に出ていった。

 

 俺は、それについていく。

 

 教室にある複数の視線が追いかけてくるが、面倒くさいから無視をすることにした。

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