妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜   作:ひざぎ

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 出た廊下の空気の冷たさを感じた。ひと気のない空間、塩ビで敷き詰められた廊下の無機質さを嫌に目に移してしまった。

 

 廊下から教室の時計を覗いてみる。次の授業までの時間の猶予は数分とないくらい。

 

「ええと、ごめんね?」

 

 俺たちが廊下に出た拍子に皐は口を開く。申し訳なさそうな態度を浮かべて、伊万里の存在を気遣うようにしている。

 

「翔也に悪気はないんだ。ただ、伊万里さんのことを知りたいって、そう言ってたからさ」

 

 あくまで俺をフォローするように皐は言葉を紡いでいく。俺はその言葉に合わせて、そうして一応というくらいに頭を下げた。

 

「……だ、大丈夫です。わかってますから……」

 

 伊万里は目を伏せながら、静かにそう答えた。俺はその声を耳に入れると、頭をあげて伊万里の顔を見る。

 

 ひどく怯えている顔をしている。身体の節々がすべて震えている。

 

 彼女のすべてが震えている。声も、体も、握る拳でさえも、すべてがすべて。

 

「じ、実際、人は苦手です……」

 

 伊万里は言葉を続ける。

 

「き、聞いていて分かると思いますが、ど、ど、どもってしまうんです。じ、自分でもそれを抑えようとしてるのですが、で、できなくて。ひ、人と会話をすることが苦手なんですぅ」

 

 最後の言葉には息を混じらせるように、力を抜いた声が彼女から聞こえてきた。

 

「きょ、今日もおにぎりは見ることしかで、できませんでした。い、いつもコンビニでなんとか買おうと頑張っていいるのですが、が、どうしても買うまでで、できなくて……」

 

 彼女の言葉には嗚咽があった。たまに伸ばされる語彙があった。でも、その言葉に彼女自身が苦しめられているようにも感じた。

 

 彼女の表情から、ひとつのしずくが零れ落ちた。目を詳細に見ることはできない。長い髪の毛で覆い隠されているから、それが本当は涙ではない可能性を疑った。

 

 でも、確実にこれは彼女が吐き出した本音のようなものだ。彼女が唯一吐き出せた本音のようなものだ。

 

「……それなら、いつも買い物とかはどうやって?」と俺が聞くと、彼女は呼吸を繰り返しながら答えた。

 

「い、いいいつもは、インターネットで注文してか、買い物をしてますぅ。きょ、極力人と関わらないようにアプリにお金を入れてぇ、そして買ってますぅ……」

 

 ぽろぽろと、雫は溢れて落ちていく。

 

 ……これは、俺が踏み込んだ結果だ。でも、踏み込まなければ、彼女について知ることはできなかった。

 

 彼女の発言しているすべてのことは、彼女の苦しさをそのままに表現している。あらゆることを人と関わらないことで何とかしようとしているけれど、それは一つの逃避にしかなりえない。それは彼女の苦しみを緩和することではなく、彼女が最終的に見つめるべき答えを苦しみに還元することしかできない行為だ。

 

 ──どこか、昔の自分に似ている。孤独を抱えようとして、そうして潰れようとしていた自分に。死という答えを選択肢の中に含めている自分に。皐に救われる前の自分に。

 

 だから、なんとかしなければいけない、という感情がわだかまった。ひどく傲慢な、そして独りよがりな感情。伊万里の感情を考えずに、俺が何とかしてやる、と、そんな独善的な感情が心の中に反芻する。

 

 踏み込んだのなら、踏み込んだなりの責任をとらなければいけない。皐のこともそうだ。彼女に踏み込ませたなら、俺自身も彼女に踏み込んだのなら、責任をとらなければいけない。

 

 どこまでも責任の請負だ。それから逃げることはどこまでもできない。

 

「なあ」と、何度目になるかわからない二文字を彼女に吐いた。

 

 皐はどこか呆れるような表情をしている。視界の片隅で見つめる彼女の姿は、本当にそれでいいのか、と言っているような、そんな態度だともとることができる。

 

 でも、これも一つの責任だ。だから。

 

「一緒に、頑張ってみないか」

 

 俺は、そう言葉を吐いた。

 

「もし、伊万里さんが別にこのままでいいって言うのなら、俺はそこまで干渉しないけれど、今の伊万里さんを見ていると、なんかひどく苦しそうなんだ。だから、俺は何とかしてあげたいって思うし、そのためならある程度は協力する。何もかもを協力することはできないけど、でも、会話の練習とか付き合うことはできると思うんだ」

 

 伊万里は、呼吸を薄くしながらも、それを頷いて聞いている。首の骨が安定していないのかと不安になるくらいに、ぐらぐらと頷いている。

 

「で、でも、それだと加登谷さんが……」

 

「俺のことは加登谷でいいよ。どうせ、同学年なんだし、敬語も必要ない。まあ、無理強いはしないけどさ。

 

 なんというか、俺が助けたくて仕方がないんだよ。勝手な思い上がりだとは思うんだけどさ。……ダメかな?」

 

 少しだけ縋るような表情で伊万里を見てみる。彼女の瞳は見えないけれど、確かにある場所に視線を移して、そうやって答えを待ってみる。

 

「か、加登谷さ……、くん、とた、た、高原さんがいいのなら」

 

 皐は「私も伊万里さんがいいなら大丈夫だよ」と返す。

 

 それと同時に授業の開始を知らせるチャイムが学校に響く。

 

 廊下の奥の職員室から、教師らしき人物が出てくる姿が視界に入る。

 

「もう授業も始まりだし、またあとで話そうか」

 

 俺のその言葉を合図にして、そうして俺たちは教室に入り込む。おずおずとした様子を崩さない伊万里の背中を席から眺めて、これから行うべき彼女への対応を思索する。

 

 これでいいのかはわからない。でも、ここで行動しなければ後悔が生まれるような気がするのだ。

 

 

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