妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜 作:ひざぎ
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「解け落ちた氷の話はどうだろう」
ピエロをかたどった色白の人形が目の前にある。それは一つの観劇であり、俺は観客だった。
色白に赤を着せた奇抜でもなさそうな服装をしているピエロの人形は、あくまで主演であるはずなのに、観客である俺に対して話しかけてくる。それを不快に思う気持ちもあるけれど、不審だと思う気持ちはない。それは一人劇だ。だから、何一つ不思議なことはないはずだった。
演劇者は演劇者らしく、観客は観客らしく、それぞれの立場をもって振舞をしなければならない。
それは一つのドラマツルギーであり、俺は今オーディエンスとして小劇場の中にいる。それは、社会として当たり前のことだった。
「氷塊とは一つの物質の固体的反応に過ぎない。俗に言う水と言える物質が温度の効果によって変化したものである。それ以上も以下もない」
懐かしいような言葉を人形は語りかけてくる。理科の勉強で習ったような気がする。その詳細を思い出すことは俺には難しかった。
「さて、ここで解け落ちた氷の話をしよう。氷から解け落ちた雫の話をしようじゃないか。
氷から解け落ちる作用は、社会のそれに似ている。社会からあぶれて、そうして外れてしまう姿によく似ている。それはもともと同一の存在であったはずなのに、一度解けてしまえば、つららのように垂れさがっている氷にはなることはできない。融解してしまった存在は、落ちてしまったところに雫として留まるか、もしくは忘れてしまった冷たさに浸ることしかできない。さて、お前はどうだろうか」
人形は俺の目をしっかりととらえて言葉を語りかけている。
ここには俺しかいない。この小劇場には俺しか観客はいない。
なんなら、演劇者は人形でしかない。人形には人の存在としての欠片を感じることもできやしない。それでさえ俺であることを認識することしかできない。
「お前は解け落ちた氷だ。お前はどこまでも解け落ちた氷だ。一度、氷塊から解けてしまったあぶれた雫の一つだ。おそらく、あいつも、あいつもそうだろう」
あいつ、と人形は言った。俺はその言葉で頭の中に皐と伊万里の顔を思い浮かべた。
「お前があいつらを助けようとする理由はなんだろうか。自罰感情が占有しているからだろうか。自分のことを棚に上げて、そうして人の幸せに仮初で埋まることをよしとしているからだろうか。それはひどく背徳的な行為ではないだろうか。お前のそれは、ただの慰め合いではないだろうか。あいつに対して行動することで、自分の無力感というものを忘れようとしているのではないだろうか。お前は禁忌を犯したことを忘れようとしているのではないだろうか。今日の夜でさえ禁忌を犯したことを忘れようとしているのではないだろうか。言い訳をするならすればいい。だが、そこに答えは存在しないはずだ。ここにはお前と俺しかいない。俺たちは解け落ちた氷だ。あいつも、あいつも、解け落ちた氷だ。解け落ちた氷は慰め合うことでしか生きていけない。そうすることで前を進んだ錯覚をして、人生を謳歌することしかできない。今の状況というのはひどい偶然とも言えるものであり、奇跡と言えるような幸福なのだ。お前はそのことを忘れようとしているのではないだろうか。それはひどく背徳的な行為であり、背反とも言える行為ではないだろうか。それは世間から許されるものだろうか」
人形は語り続けている。どこまでも、嘲るように笑いながら語り続けている。
人形がなぜ笑っているのかを理解することはできなかった。何が面白いのかを理解することはできなかった。俺は客席から立ち上がることにした。
「逃げるのか、そうやって逃げることで目を逸らすのか?」
「あ?」
俺は人形に視線を向けた。
視線を向ければ、そこは舞台の上だった。俺は最初から演者でしかなかった。
自分しかいない小劇場の中で、独り芝居を繰り返していた。
わかっている。忘れるはずなんてない。忘れることで生きていくはずなんてない。抱えることで生きることができている。禁忌を犯すことで、俺は彼女を愛すことができている。
「でも、愛に形はない。愛情に形はない。愛着に形はなく、恋愛にも形はない。どこまでも本当はわからない。偽物もわからない。真偽はない。理由はない。代償行為で埋めたとて、それはがらんどうのものにしかならない。それは正しいことなのだろうか」
嘲るように、人形はナレーションを繰り返す。
今日確かめた皐の身体を頭の中に投影しながら、俺はそのまま人形の言葉に耳を傾け続けた。
◇
携帯のアラーム音が布団の中から聞こえてきた。
湿気がまとわりつくような感覚が肌を包んでいる。生ぬるい感覚を拭うことができずに、俺はアラームの音に耳を浸して、布団の中で携帯を探す。
「……もう、時間?」
布団の中に身体を隠しながら、皐は欠伸を孕ませた声をあげた。それはどこか艶めかしい雰囲気を思わせた。
ああ、と俺は返事をして、布団の中をまさぐる。アラームの音は依然として止むことはない。布団の中から聞こえているはずなのに、それでも携帯を探すことができていない。
「ほいよっと」
俺がそうして布団をまさぐっている間に、皐は俺たちが枕にしていたものの下をまさぐって、数瞬と立たないうちに携帯を見つけ出す。そのままアラームを止めて、「なんか通知来てるよ」と俺に携帯を渡してくれた。
肌色が視界を包む中、俺は携帯の時間を確認するとともに、促された通知を引っ張り出して確認する。
伊万里から、『よろしくおねがいします』というメッセージ。俺と皐と伊万里が入っているグループに彼女からの連絡が来ている。
それを認識して、ようやく朝という感覚を覚える。
俺たちは、体を起こした。