妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜 作:ひざぎ
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熱に絆されて、時間の感覚をつかむことができないでいる。隣に温もりを感じる。
いつの間にか俺の腕を枕とした皐の姿。
俺はもう片方の腕で、彼女にかかっていない布団をかけた。
いつの間に眠っていたのだろう。未だに気だるさは拭えない感覚はするけれど、それでも昼間よりかはマシな感覚がする。
皐の寝息が耳元に反響した。静かに彼女は呼吸を重ねていて、確かな温もりと確かな鼓動がそこにあることを自分の心の中に閉じ込めたくなった。
心地のいい感覚。心地のいい感覚。こんな毎日が続けばいい。いっそ、すべての生活を捨てて、彼女と過ごすことができればそれでいい。
でも、それは夢のような話だ。
夢のような話だからこそ、現実感はない。
俺たちは解け落ちた氷だ。集団に属することを一度は嫌った人間だ。一度は温度感の差に逃げた人間だ。
だが、そんな人間であっても、解け落ちた氷のその先にある雫たちのなかで生きていかなければいけない。
どんなに嫌なことでも、どんなに辛いことでも、受け入れることが大事なのだから、そうするしかない。
……駄目だ、無駄な思考しか働かない。
現実を考えれば眩暈がする。眩暈のする感覚は心地が悪い。
もう一度、夢の中に浸りたい感覚もする。先ほどまで見ていた夢の内容は思い出せないけれど、それでも幸せな感覚はあった気がする。
だが、目は覚めてしまった。二度寝はできそうになかった。
皐に対しての腕枕で、少し血が回らなくなっている腕が重たくて冷たい。
俺はそうっと彼女を起こさないように、俺が枕にしていたものを腕枕と差し替えた。痺れる感覚を腕に感じながら、彼女の寝る様子を見つめてみる。
……寝息は続いている。
安心感を覚えて、俺は物音を立てないように起き上がった。
傍らにおいていた充電されていない携帯を持ち出しながら、静かに外の空気を浴びることにした。
◆
『今日はごめんな』と携帯に打ち込んだ。
伊万里から特に連絡はなかったが、それでも礼儀として彼女に伝えなければいけない謝罪の言葉。だから端的に、率直に、そう言葉を打ち込んだ。……既読はつかなかった。
時間帯はまだ八時ごろ。俺たちがズルで休んでしまった学校はまだ稼働している。伊万里の返信が来ないということは、それだけ彼女が真剣に学業に向き合っている証拠なのだろう。
煙草を吸いたくなって。俺はポケットに入れていたケースを取り出した。ケースはひしゃげている。寝相が悪かったのかもしれない。どうだろう、わからない。
ケースはひしゃげていたけれど、中身については無事だった。少し紙の巻いている部分に皴は残っているが、気にするほどでもない。
俺は煙草を咥えると、そうっと火種を起こす。かちり、というライターの物音が鳴った。
◆
煙草を吸うことは、悪いことだ。
別に、成人している人間が吸うことについてはどうでもいい。でも、それに達していない人間が手を出すことは悪だ。そして、それを更に達していない人間に渡すことも悪だと思う。だから、俺は悪だ。そんなことを仕向けた恭平も悪に違いない。
そんなことを考えて、脳裏に過るのは、皐が煙草を吸う姿。
皐は俺の罪を共有しようとする。
皐は、俺の前だけ煙草を吸う。別に、彼女は吸いたくないだろうに、俺が吸っているときに煙を共有するように彼女は吸ってくれている。
彼女自身から吸おうとする場面を俺は見たことがない。俺が吸っているとき、同調するように皐は煙草を吸うのだ。
だから、申し訳なく感じる。
彼女はいつだって俺のことを思ってくれている。その信頼を肌でも、心でも感じることができる。
それでも、彼女が近親愛から逃げてしまうことをいつだって頭の片隅に考えてしまう。疑いが抜けきれない。罪悪感がいつまでも拭えない。反芻を繰り返している。抜け出すことができないままだ。
そう思うのは、俺が弱いからだろう。もしくは俺が流されそうだと思っているからかもしれない。
わからない。わからない。わからない。
煙を直に勢いよく吸い込んだ。直接肺に吸い込んだ煙は熱となって、すべてを攻撃してくる。
咳き込んで、くらくらとする感覚。
彼女に俺の咳は、喘鳴は届いてしまわないだろうか。
不安に思って、静かにベランダの戸を閉じる。そうっと深呼吸を繰り返して、ベランダの戸を通して彼女の寝ている姿を視界に入れる。
……頭を冷やそう。そうすれば、きっと思考もまとまるかもしれない。
◆
朝に目覚めても、やはり気だるさは拭えなかった。アラームが鳴る前に目を覚ましてしまって、俺はどうするべきか迷ってしまった。
仕事に行きたくない、毎朝反芻してしまう感情。毎日反芻しているのだから、いい加減に慣れなきゃいけないのだけれど、それでも慣れることはない憂鬱に近いものが心にこびりついている。
とりあえず携帯を取り出して、これから鳴る予定のアラームをオフにする。そうすることで皐の睡眠は安定して繰り返されるはずだ。
俺は煙草と携帯を持ち出して、そうしてベランダに出た。昨日と同じ過ちを繰り返さないように、静かにベランダの戸を閉め切って、そうして彼女に音が聞こえないようにした。
携帯の通知欄を覗けば、『だいじょうぶですか』という伊万里からの返信が来ている。
俺はそれに対して『少し風邪っぽいから休んだ。皐も同じような感じ』と返信をする。……既読はすぐにはつかなかった。
煙草に火をつけながら、俺は適当な思索に耽る。
──日曜日はどこかに出かけたい。どこかに出かけて、一瞬でもいいから現実を忘れたい感覚。
でも、今日働いてしまえば、明日の自分は出かけることを選べるだろうか。
疲れはどうしようもなく体を重たくする。そもそもが風邪っぽいのに、その状況で働けば、昨日の皐の配慮も無駄になるような気がした。
はあ、と煙草の煙を吸い込んで、深呼吸を繰り返す。頭の中に過った思い付きが心を支配して、行動することを選択する。
後ろめたい感覚は拭えない。だが、それでも俺は携帯の中の電話帳をタップして、そうして恭平の名前を呼び出した。
まだ、起きているかわからない時間帯。……いや、どうせ起きているだろう。いつも八時には寝ているとか、そう呟いていた気がするから。
通話のボタンを押して、しばらくのコール音。五回目あたりで時間帯を改めた方がいいかもしれないという考えに至りそうになる。そんな考えをかき消すように六回目でつながった。
『……もしもし。……どうした?』
眠たげな恭平の声がスピーカーから聞こえてきた。俺はそれに対し申し訳なさを反復した。
「……風邪っぽくて」
単刀直入な台詞。これだけで意味合いは伝わるだろう。一応声色を低くして、それっぽさを演出する。実際に体調は悪いけれど、なんとなく過る罪悪感が消えることはない。
『……まあ、昨日からそんな雰囲気はあったしな。いいよ、休みな。今までお前が休むなんてそんなになかったし、こっちは何とかするわ』
「……すいません、ありがとうございます」
おうよ、と恭平は返して電話は切れた。電話が切れた後にショートメッセージの通知音が響く。
『月曜まで休み、火曜までに治しとけ』
俺は彼の配慮に感謝をしながら、ほぼ吸いがらだけになった煙草を吸う。
フィルターが焦げ付く味がした。
罪悪感とどこか似ている気がする。