妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜 作:ひざぎ
◇
「加登谷《かとや》、高校の入学式はどうだったよ?」
恭平は、仕事の休憩中、煙草を俺に渡しながらそう聞いてきた。
「なんというか、今まで経験してきた入学式とは違う感覚がしましたね。なんか、卒業式って感じでした」
「なんだよそれ」
恭平は煙草を加えながら苦笑した。
「ほら、入学式っていろいろあるだろう? 可愛い女の子がいるとか、先生が可愛いだとか、保護者が可愛いだとかよ」
「女にしか目がないんすか」
俺は呆れるような口調でそう答えた。恭平は豪快に、がはは、と笑みを漏らした。
もらった煙草に火をつける。ライターは恭平から以前もらったジェット式のライター。高所で風が強く吹いている場所であっても、適切に煙草を吸うことができる希少なアイテムだ。まあ、味については少し焦げ付くところはあるけれど。
「いやあ、でもお前も煙草がなじんできたよな」
恭平はそんな俺の様を見て、うんうんと感慨深そうにつぶやく。
「だって、恭平さんが吸わないと大人にはなれねえぞ、って言うから……」
「別に、煙草を吸ったからって大人になるわけでもねえけどな。俺が言いたいことはそうじゃねえ」
恭平は言葉を紡ぐ。
「俺は空気を読め、ってことを言いたかったんだよ。未成年だとか、もしくは女だとかは関係ねえ。求められている場所で求められている行動をしろって。ほら、お前、あの時空気が悪かっただろう? ノリが悪いというか、なんか死んでいる空気というか」
「……」
失礼な、という言葉を出しそうになったが、それは心の中で押さえておいた。
「でも、今のお前を見ていると立派だよ。ほら、彼女も養いながら、それで高校に通ってなぁ」
「まあ、まだ入学式しか登校してませんけどね」
「今日の夜からなんだろ? 頑張れよ」
恭平は俺の肩をたたきながら、違う場所に歩いて行った。俺は、自分が吸っている煙草を見つめる。
「俺自身、吸うことになるとは思わなかったな」
煙草は嫌いだ。匂いがきついし、何より身体に対する影響の悪さがどうしても拭えない。
それでも、なんとなく吸っている。今となっては日常だ。今さら気にしても仕方がないところもある。
去年の五月くらいだっただろうか。
今の会社に勤めて、そんな会社になじむこともできなくて、身体も疲弊して、その上で死ぬことをぼんやりと考えていた時期、恭平が俺に煙草を勧めてきたのは。
『おら、吸えよ。大人になれねえぞ』
そんなガサツな口調で、俺が未成年だということも知っていたはずなのに、彼は煙草を勧めてきたのである。それが、喫煙の始まりだった。
煙草を吸いながら、担当している現場の周囲に転がるパイプを見つめる。
春はまだ過ごしやすくていい。
年がら年中、長袖のつなぎを着ているせいで、夏場は特に死にそうな気持ちになるけれど、それでも肉体が疲弊してこそ休むことのありがたさを身をもって経験することができる。夏場になれば、ここらに転がっているパイプも熱を帯びてくるし、それを更に材料として階上に上げることの苦痛も記憶に蘇る。だから、まだ春でいい。春がいい。
周囲には、コンクリートの入れ物となる木の型枠、圧力に耐えるように置かれているサポートパイプの数十本、型枠のコンクリートにさらに圧力をかけるために必要なパイプのそれぞれが転がっている。それ以外にも転がっているものは多数存在するが、とりあえず俺が扱うのはこれくらい。
これが、俺の仕事。型枠大工という仕事。
肉体労働の苦痛もあるし、まだ見習いという立場だからパイプしか触らせてもらえない。それについての成長の無さも感じるけれど、それでもやりがいはある。
仕事が楽しいか楽しくないかで言えば、楽しくはない。でも、やりがいはあるから楽しくなくとも働くことができている。
自らで作り上げたコンクリート造のマンションを見たときなどは圧巻だ。息をするのも億劫になるほどに感動したことを覚えている。
だから、この仕事を選んでよかったと思う気持ちも実際にあるのだ。
俺は、そんな気持ちを象徴するように苦味のある煙を肺に取り込む。
これを吸い込んだら、作業に取り組むことにしよう。
◇
「すいません、抜けます」
「おー、いってこい!」
恭平に一言伝えて、俺は仕事の定時の一時間前に帰宅をする。
本来の定時は五時、夜間の部である高校生活の時間帯は五時半。
今のところ現場と高校の距離は幸いにも離れていないが、流石に仕事終わりにそのまま高校に直行するほどデリカシーがないわけじゃない。
別に、ツナギで登校することに抵抗があるわけでもない。俺の通っている“山中高校”には制服の規定などは存在しない。一応、制服なるものは存在しているものの、どんな身なりであっても、きちんと学習することを念頭に置いておけば大概のことが許される。
「……でも、汗臭いままで高校はなぁ」
俺は独り言を吐く。
独り言が去年から増え続けていることを認識する。皐がまだ来ていない頃は独り言がさらにひどかった。今でも抑えようとはしているけれど、ふと安心した時に声は漏れてしまうから仕方がない。
それはそれとして、汗臭いままに、埃臭いままに学校に行く勇気は俺にはない。
一度、家に帰って、シャワーで身体を洗い流そう。もし、タイミングが合うのならば、皐と一緒に登校するでもいいだろう。
俺は、そんな決意を抱いて、手持ちの原チャリを走らせる。
春風が吹いているような気がした。気がしただけだが。