妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜   作:ひざぎ

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 昔馴染み、という言葉がある。もしくは幼馴染という言葉で表してもいいかもしれない。だが、これらに関しては好みの問題とも言えるだろう。

 

 その表現に意味があるのかはわからない。ただの友人というだけならば、その表現については工夫の必要性がない。だが、それでも俺が彼女に対しての関係性をラベリングするのならば、幼馴染という表現をすると思う。……いや、しなければいけない。

 

 そう表現しなければいけないと考えているのは、俺が他の者とは違う感情を愛莉に対して抱いているから。

 

 別に恋愛的感情の何かがあるわけでもない。友好的な側面も、大して人との関わりの範疇から外れるわけではない。

 

 それでも特殊な表現を用いて彼女を表現したいのは、彼女が俺にとって最初の“他者”であったから。

 

 他者、他人、自分ではない誰か。家族以外の誰か。俺でもなく、皐でもなく、両親でもない、本当に誰でもない誰か。

 

 自己形成は他者がいなければ行われない。他者についてを区別することで自己というものが育まれるのならば、俺は最初の他者である彼女によって、今の自分が形成されているといっても過言ではない。

 

 倫理観、価値観、物事の捉えよう。

 

 家族外だからこその価値観、補完されない意識、共有できないことのすべて。

 

 他者だからこそできること。他者でないと知ることはできない例外的な社会の気質。

 

 他者だからこその自己形成。他者と出会うことによる自己形成。認識をしたからこその自己形成。

 

 解け落ちた氷の、その氷塊たる部分ともいえるもの。

 

 温度感の差異性。俺たちが倫理からはぐれることになったすべて。

 

 自己を形成する、すべて。

 

 だからこそ、彼女を友達や友人という間柄で終わらせるのは失礼だという思いが働く。表現を選んで、特別にしようとする。肥大する意識がある。ただの関わり合いだけのはずなのに、それだけでは終わっていないと知っているから、彼女によって人格が、自己が生まれているからこそ、彼女に対しては特別に幼馴染という表現を選択するのだ。

 

 その表現を選択したせいだろうか、過去の彼女と、今の目の前にいる彼女との差異を感じずにはいられない。時間の流れを感じさせる彼女の風体の変化が俺の視界を刺激する。

 

 中学の卒業までは長くて波がかかっていたはずの髪の毛には、どこか潔さを感じさせる短さで整えられている。表情筋の対しての違和感がある。俺の前ではいつも明るく振舞っていた彼女の頬の筋肉にはこわばりがあるような気がした。

 

 今の彼女の表情は冷たさを感じるほどに無機質である。

 

 以前の彼女を知っているからこそ、感じ取ることのできる、氷のような静けさ。

 

 俺の呼吸音だけが耳元に反芻する錯覚。いや、実感だ。錯覚ではない。

 

 鼓動は五月蠅い。高鳴りが確かに聞こえている。締め付けてくる。刺してくる。殺してくる。殺されてしまう。

 

 見つかってはいけないものが、一番に見つかってはいけない人間に見つかったような感覚。

 

 ……ような、ではないだろう。 

 

 そのまま、その状況でしかないだろう。

 

 咎められることが怖い。彼女の二言目を聞くことが怖い。なんでこんなに恐怖を覚えるのだろう。

 

 見られてはいないだろうか。いや、見られていただろう。ばっちりと、彼女の視界で俺と皐がてをつないでいる様子は捉えられていたはずだ。だが、見られていたからと言って、それを咎められるのだろうか。わからない。別に焦る必要なんてないはずだ。言い訳なら尽くすことはできる。皐は妹だ。妹だ、妹なんだから、手をつなぐことだってあるかもしれない。仲がいい兄弟というだけで説明はできるはずだ。皐には申し訳ないけれど、そう表現すれば彼女も納得をするだろう。俺たちはそれを選択したのだから、皐も許してくれるはずだ。

 

 だから、焦る必要なんてない。必要はない。必要がない。

 

 ──それでも、罪を数える音はどこまでも頭の中に響くのだけど。

 

 

 

 

「久しぶり、だね」と愛莉は俺たちを見て言葉を吐いた。その言葉に付け足すように「さっちゃんも久しぶり」と淡々と紡ぐ。皐はそれに会釈を返した。自然な行動だった。不自然さはなかった。俺もそれに倣うように頷いた。気まずさを意識せずにはいられなかった。

 

「……卒業式以来だな」

 

 彼女との過去を思い出して、最後に会った日のことを頭に投影する。

 

 思い出した、とは言っても、実際中学三年に上がって、俺と家族のいざこさがあってからは疎遠だった。俺が精神的なキャパシティを持つことができず、そうして関わることをしなかった。

 

 図書室に逃げた記憶が蘇る。彼女はそれに対して関わろうとしていただろうか。

 

 どこまでも思い出すことは出来ない。

 

「そうかも。あれ以来、まったく会えなかったし」

 

 言葉を吐きながら彼女は俺たちに歩みを進める距離感が近づく。足音が聞こえる。反芻する。

 

 足音と心音が重なる。

 

 皐は俺の後ろに隠れた。顔を隠したのかもしれない。それに合わせて、俺は愛莉に相対した。

 

「引っ越したんだ。……事情は分かるだろ?」

 

 察してくれ、そんな気持ちで言葉を吐く。彼女は、うん、と頷いて「卒業式の時に、初めて知ったけれどね」と紡ぐ。俺は目を逸らした。

 

「今は、加登谷なんだっけ」

 

「……そう、だな。いまいち慣れないけど」

 

「……いいんじゃないかな。私は翔也って呼ぶし」

 

 皐と重なる呼び方で、――いや、もともとは彼女だけが俺を翔也と呼んでいたはずだ――、声を吐く。

 

 いたたまれない気持ち、逃げ出したくなる衝動。

 

「とりあえず、さ」

 

 言葉が聞こえる。

 

 逃げたい。逃げ出してしまいたい、すべてから、彼女から。

 

 だが、逃げるための理由がない。逃げられる理由はない。正当性が存在しない。正当性がないのだから、逃げたらさらに訝るかもしれない。それなら逃げてはいけない。逃げることは出来ない。禁忌を彼女に知られてはいけない。

 

『とりあえず、さ』

 

 愛莉は言葉を吐き続けた。

 

「お茶、しよっか」

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