妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜 作:ひざぎ
◇
少し埃臭い空間に足を滑らせそうになる。
特別棟と呼ばれるあまり使われない教室の残骸が置かれている場所。塩ビに敷き詰められた廊下は長らく使われていないのだろう、上靴のゴム部分が滑って仕方がない。塩ビは廊下から教室と言える空間にも地続きに続いていて、部屋の中に入ると、さらに埃臭さが肺を刺激する。
「というわけで、今日の部活の内容なんだけど、ここの掃除と、あとは活動内容の設定だね」
中原は中に入ると電灯をつけてからそう呟く。呟き終わった後、いよいよ空気に耐え切れないらしく、言葉を吐いた後にあからさまな咳を重ねた。それは伝播していき、俺だけではなく皐や伊万里もゴホゴホと息を吐く。
古い外観の中にある特別棟はあまり使われていないらしく、廊下の電灯は少しの明るさしか視界を照らしてはくれない。だから、中原に案内された教室の場所がどういった名前の教室なのかがわからなかったけれど、教室の灯りでようやくここが『物理室』ということを知った。
「……それにしても、埃臭いですね」
俺がそう呟くと、中原は窓の方に行き喚起をした。それでも埃っぽさは抜けきらなくて、外から入ってきた風に余計咳き込む結果となった。
「まあ、全日制から定時制に変わって結構な日付が経っているしねぇ。使われなくなってから十年以上だから仕方ない部分もあるよ」
中原はそういうと、物理室の入り口の方までいき、「それじゃあ後は頑張ってね」と言葉だけ残して消えていく。
取り残された三人の空間。歩くたびに滑ってしまいそうな感覚に陥る床に、俺は溜息を吐きそうになる。
「とりあえず、掃除をするか」
俺がそう言葉を吐くと、二人はそれぞれ頷いた。
◇
「こんなもん、かな」
そう独り言を吐く。
物理室の中には大きな実験用の机と背もたれのない椅子しか存在しない。だから、物の片付けのようなものはなかったけれど、問題としてはやはり長年の経過による埃臭さがあげられた。
皐と伊万里は掃き掃除。俺も途中までは掃き掃除を行ったけれど、その後は物理室の後方にあったカピカピの雑巾を濡らして机と床を拭った。
そもそも汚れていた雑巾で拭えば、さらに布は汚れを発揮する。置いただけしかやっていないのに、机はそれだけでも跡がつくくらいに汚れていて、俺は笑うしかなかった。
そんな清掃分担で、だいたい三十分ほど。最終的には三人で床を雑巾で磨いて、とりあえず物理室内で滑って転びそうな危険はなくなりつつある。それでも、廊下の方に行けば滑るだろうが、まあ、それはそれだろう。
少しくたびれた感覚がして、俺は椅子に座り込む。彼女らも掃除用具をしまってから、適当な場所に座り上げた。
「でも、よかったな伊万里。天文部は叶わなかったけれど、でも天文部みたいなことはできるぞ」
俺がそういうと、彼女は吃りながら、はい、と返事をする。
「ええええ、ええと、これも、ぜ、ぜ、ぜんぶ加登谷さんと、と、高原さんの、おおおかげで、す。あありがとうござい、ま、ます!」
「私は何もやってないけどね」
ふふ、と笑う皐。俺も特にはやっていないような気もするけれど、なんとなく伊万里の言葉は嬉しいように思った。
「それはそれとして、だ。今日やるべきことはほかにもある。掃除についてはだいぶまとまったけれど、今度は廊下も掃除しなきゃいけない。まあ、それは今度でいいとして、問題は活動内容だな」
中原から渡された『自然科学部 活動内容』という紙を見せるようにペラペラと仰ぐ。
「ぶっちゃけ、天文部だったら天体観測が活動内容として挙げられるから楽なんだけれど、自然科学部っていうと内容については思いつかん」
「そうだねぇ」
「そ、そうです、ね……」
「自然科学部ってことなんだから、自然を科学すればいいんだろうけれど、自然を科学ってなんだろうな」
俺がそういうと、二人とも目を逸らした。そもそも伊万里については俺の目を見ていたわけではないけれど、あからさまに顔をずらしていた。
しばらくの沈黙が続いて、皐が「花とか育てる?」と言葉を吐く。
「ほら、自然に関する科学って言うんだから、花とか、もしくは生き物を育てたりするって、割といい感じだと思うんだよね」
「なるほどな」
俺はそう返しながら、鞄から筆記用具を出して、紙に箇条書きで『花の飼育』と書いた。
「生物については難しいかもな。ほら、俺たち夜しか来れないし」
「他の部の人と連携できれば強いんだけどね」
「そうだなぁ……。まあ、とりあえずは生物に関しては置いておこう」
異議なし、という具合に皐は静かになる。確かに、他の時間帯に通っている生徒と連携することができれば捗るのだろうが、それは現段階では難しいだろう。そもそもコネというか繋がりがない。昼間に行動できればそうしていたけれど、そもそもそれを選択できないから俺たちはこんな時間に通っているのだから。
それはそれとして、それ以外の活動内容については思いつかない。空欄はだいぶと大きなものが印刷されており、大きいからこそ、相応の内容を書かなければいけないような気もする。俺は箇条書きに説明を加えるように『花を育てることにより、自然に対する理解をし、慈愛を養う』と書いてみる。途中の文言の可笑しさに笑いそうになった。
「伊万里はなんか思いつくか?」
顔を逸らしたまま言葉を発さない伊万里に、俺は髪を渡すために彼女に近づく。濡れた床の摩擦で上靴はキュッと音を鳴らす。その音に一瞬びくついてしまう彼女の様子に、少し俺は笑ってしまった。
「そ、そ、そう、ですね……」
紙と筆記用具を受け取った伊万里は、渡した紙とにらめっこする。それをしばらく続けるのかと思ったが、その後は割とすらすらと紙に何かを書いている。何を書いたのか覗いてみれば『科学実験』と書いてあり、なるほど、と頷いてしまう自分がいる。
「確かに、科学部ではあるんだから自然だけに囚われなくてもいいのか」
「は、はい! なななぁんとなく、そう、思い、まして」
彼女は俺が書いたように、箇条書きした後に説明を加えていく。俺は大雑把にでかい文字で誤魔化していたけれど、彼女は適切な文字の大きさでそれを記入する。それでも半分の文言が空欄に埋まっていく。
「後は、天体観測を書いておけば、とりあえず活動内容については完了か」
俺がそう言うと、伊万里は『天体観測』と空欄を埋める。文字を書かないことに安堵感を覚えて、俺はゆっくりと息を吐いた。