妹とゆるゆる同棲生活 〜まさかの幼馴染が居候で修羅場の危機?!〜   作:ひざぎ

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 煙草を吸う気にはならなかった。今、たばこの煙を肺に含んでしまえば、乾いた油性ペンのような味が口の中に広がって、それが嘔吐を催す原因となることは容易に想像することができた。

 

 恭平に何を言われたのかを思い出すことはできない。目を合わせろ、その言葉を聞いた瞬間にすべての音が遠ざかっていった。怒られる原因が俺にあることは理解していた、それならば彼の怒りに対しても向き合うことが必然であることもきちんと把握していた。だが、あの時の俺に意識はなかった。すべてが風景のように、映画を見ているように、小劇場の中にいる観客のように、すべてがどうでもよく感じてしまった。

 

 生きている心地、というものを普段感じていたのならば、俺はきっと生きていないのだろう。生きることについての思考を働かせても、そもそも心臓が動いていることくらいしか定義できない。心臓が動いている俺は生きているのだろうが、あの時の俺は生きていたのだろうか、思考は死んでいなかっただろうか。そんなどうでもいいことを考えてしまうほどに、俺は今を生きることができていない。

 

 伊万里のこと、皐のこと、自然科学部のこと、ありきたりなことを考えて過ごしていたい。だが、その考えの結論に到達すれば俺は俺としてダメになるような気がする。それを考えることについては躊躇いが生まれる、億劫になって仕方がない。

 

 結局、仕事が手につかなくなったことをとがめられて、俺は恭平に帰るように命令された。最初こそはとがった言い方だったように思うが、彼の表情にはどこか後ろめたさがはらんでいるような気がした。

 

 別に、俺に対して怒りを向けることに後ろめたさを覚える必要はない。こんなどうでもいい人間に対して感情を覚えることなんて無駄にしかならない。そんな負担をかけることが申し訳なく感じた。それを考えることができるくらいに、帰るころには精神的な許容は増えていた。

 

 最近は休むことが増えてきている気がする。いや、気がする、なんていうものではなく、確かな実感として心にある。このままでは生活ができなくなるのではないか、そんな不安さえ覚えてしまう。

 

 皐と働くうえで無駄遣いはしていない、特に欲しいものもないし、皐が俺に対してねだることもない。俺には彼女がいれば十分でしかない、生活を営めるだけの余裕があればそれだけでいい。皐がどう思っているのかはわからないけれど、少し給料が減ったところで何かしらの問題が発生するわけではない。

 

 それでも、このままでは生きることが困難になってしまうような気がする。抽象的に存在する精神的なわだかまりが生きることを許してはくれない。具体的にしてしまえば目をそらすことしかできないから、結局このわだかまりに向き合うことしかできないのだけれど。

 

 原チャリを走らせて、そうして俺は帰路につく。家に帰ってもやるべきことはないけれど、それでも今は皐に会いたいような、そんな気がした。

 

 

 

 

 家に皐はいなかった。それはそうだろう、彼女だって頑張ってアルバイトをしているのだから。帰ってから彼女がいないことに一瞬呆然としてしまったけれど、現実を認識すれば、なぜか彼女がいないことに安心感を覚えてしまう。皐に会いたい、そんな感情が確かにあったはずなのに。

 

 安堵を覚えてはいけない。安堵を覚えてはいけない。安堵を覚えてはいけないはずなのに、彼女がいないことに対する安堵感を覚えて仕方がない。その所以はどこにあるのか、それを探すこともできるだろうが、今は何も考えたくなかった。

 

 家の中に上がり込んで、適当に着替えを脱ぎ散らかして、さっさとシャワー室に入り込む。湯船に久しぶりに浸かりたいような気がした。だがそんな贅沢なものはこの家にはない。

 

 俺は不満を抱いているのだろうか、不満を抱いて仕方がないのだろうか。いつもであれば考えないことばかりを考えているような気がする。いつもだったら出てしまう独り言でさえも、感情が具体的になってしまうからこそ出すことはできない。

 

 静かにシャワーを浴びた。シャワーを浴びた後は俺しか存在しない部屋で静かに佇んだ。煙草を吸いたいような気持ちがしたが、それをすることはしなかった。胃にわだかまる気持ち悪さは今はない。それなのに喫煙をしなかったのは、脱ぎ散らかしたズボンから煙草を取り出すのが面倒に感じてしまったから。

 

 そんな面倒を感じているのに、スマートフォンがズボンの中に置いてきぼりにしていることを思い出して、仕方なくそれらを片づけるようにする。煙草とスマートフォンを台所において、後で帰ってくる皐に面倒をかけないように洗濯の支度をする。

 

 それが片付いた後、暇に任せてスマートフォンを持って、居間でくつろぐことしかできない。上部に表示されている時間は昼食の時間帯、さらに下部を覗けば恭平から届いていた通知が目に入る。

 

『しばらく頭を冷やせ』

 

 俺はそれに返信をすることはできなかった。

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