もし士郎がモルガン化したら?   作:モル士郎

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第1話

 

 

 視界全てが燃えていた。

 "彼"が見ている全ては真っ赤に燃え上がり、全てを消し去っていく。家族を見捨て、友を見捨て、助けを求める声も無視をした。悲鳴を聞かないように両耳を塞ぎ、ただ前を見て少年は歩き続けた。

 しかし、それは仕方がない事だ。彼はまだ幼い。誰かを助ける力なんてないのだ。それどころか、助かるかもしれない彼だけでも生き残った方が犠牲者たちもうかばれる。

 この大火災で生き残った彼を心配する者はいても責める人なんているはずがない。

 

「せん……い……おきて……さい。」

 

 いや、1人いた。他でも無い彼自身だ。

 全てを見捨てた罪悪感、この大火災のトラウマは10年たった今でも彼を苦しめ続けている。

 

「先輩!起きてください!」

 

 聴き慣れた少女の声が彼の頭に響くと共に意識は一気に浮上する。瞼の裏からでも分かる明るい光を感じ、ゆっくりと"彼女"は目を開いた。

 

「……あ、桜か……。おはよう。」

 

 自分から発せられるいつも通りの声に違和感を持ちながら"彼女"は身体を起こした。"彼女"は汚れたツナギ姿で全身ところどころに油や砂埃で汚れている。しかし、それ以上に美人であった。

 ツナギの上からでも分かるほどスタイルが良く、顔立ちも整った美しい女性である。顔つきは一見冷たそうな雰囲気を纏っているが、目の前の少女、間桐桜は気にせず嬉しそうに応える。

 

「はい、おはようございます。先輩。まだ早いですけど、ここで寝てるのが藤村先生に見つかったら、もう、カンカンに怒られますよ?」

 

 その一言で"彼女"の寝ぼけた頭は一気に覚め、パッと立ち上がる。そのとき、感じる肩の重さが気恥ずかしく思ってしまう。

 

「……それはまずい。桜、助かった。ありがとう。それとすまない。俺がやらなきゃいけないのに朝の支度を任せっきりになってしまった。着替えたらすぐに行くよ。」

 

「いえ、私が好きでやっているだけなので……。あと、先輩。朝はシャワーを浴びた方が良いと思います。その、髪の毛も汚れてるので、その、また藤村先生に……」

 

「む……。」

 

 "彼女"は姉のような保護者のようなナニカである藤村大河を思い出した。大河は整った"彼女"の見た目を常に勿体無いと思っており、ことあるごとに注意をしてくるのである。

 

「……わかった。シャワーを浴びてすぐ支度に参加するよ」

 

「はい!では、ヘアセットは任せてください!!」

 

「いや……。今日は朝練だろ?時間も無いし自分でやるよ。桜は支度を頼んだ。」

 

 桜がどこからともかく取り出したヘアブラシに士郎は一歩後退りをして断った。その様子に桜は残念そうにため息をついて朝の支度へと戻っていた。

 大河は士郎の()()()()()を知っているから容姿についてとやかく言っても、無理強いはしないし、注意したとしてもある意味で一線を引いている。対して桜はその辺を知らずグイグイと踏み込んでくるため、ある意味で強敵だ。

 

(……桜ならきっと受け入れてくれる。)

 

 "彼女"にはその確信はあった。今まで一緒に過ごしてきたから確信を持てる。桜は心優しく、そして、信頼できる後輩だ。だから、きっと……。

 

「…………頻繁に家にまで通ってる先輩が実は男でしたってアウトだろ。」

 

 そう、"彼女"、衛宮士郎は男である。正しくは元男である。

 今から10年前、"彼女"が住む街で大きな火災があり士郎は家族を亡くし、さらに死にかけた。その際、助けてくれたのが後に養父となった衛宮切嗣である。

 切嗣は死にかけた士郎を助ける際にとある聖遺物を"彼女"に埋め込んだ。その副作用として士郎は性別も姿も4年かけて変質し、今から6年前に完全に女性となってしまった。

 

「爺さんは聖遺物の持ち主の見た目に近づいてるって言ってたけど……」

 

 命が助かるのなら性別や見た目が変わるくらいは安いものだ。頭では分かっているが、やはり、自分の身体が全く別のものに作り変わっていくのはかなり気色の悪いものである。その姿を嫌というほど見る事になる風呂というのは士郎にとってあまり好きなものでは無い。

 

「けど、藤ねぇに怒られるよりマシか」

 

 そうぼやきながら風呂場へと行くべく土蔵から外に出た。庭を横切り母屋へと入る。桜が作っている朝ごはんの匂いを嗅ぎながら洗面所で服を脱ぐ。

 嫌でも目に入る大きく膨らんだ胸。高校に入ったばかりの頃はそれほど大きく無かったのだが、現在進行形で成長中でありもうすぐ桜を超えることになるだろう。

 頭からシャワーを浴びる。身体を伝う水滴が嫌でも自分の身体を示す。

 

「……あ、ヘアブラシ忘れた。」

 

 シャワーで粗方汚れを落とし、ドライヤーで髪の毛を乾かす際になって気がついた。正確には桜が持ったままである。このままでは桜に朝の支度を全て任せてしまう事になる。桜からしたら特に問題ないのだが、士郎にとっては申し訳ない行為である。

 

「仕方ない。投影、開始」

 

 短い呪文(スペル)を唱えると手元にはヘアブラシが出現した。

 これは魔術であり、士郎が切嗣から教わった技術である。元々はあまり才能のある方では無かった士郎だが、身体の変化が進むにつれて魔術も上達し、晩年では切嗣が教えられる事は無くなっていた。

 その不可思議な事実に切嗣は首を傾げたがとある考察を士郎に遺していた。

 士郎に埋め込んだ聖遺物はアーサー王由来のものだが、それと同時にモルガンによって盗まれたものである。つまり、所有権はアーサー王からモルガンに移動した、という見方もできる。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、聖遺物は士郎を所有者であるモルガンだと勘違いし、モルガンへと()()続けているのではないか?というものだ。

 妖妃モルガン、士郎も知っている魔女である。肉体がそれに近づいた結果、魔術の才能も引き継いだ。切嗣の考察が本当ならまさに化け物レベルの魔術の才能だ。

 そのため、切嗣は当初は間違った魔術の鍛錬を教えていたが将来自力で気がつくだろうと思い正しい魔術を教え、さらに、魔術師の闘争に巻き込まれる可能性を危惧して、聖遺物やモルガンの才能の危険性を説明した上で、肉体が変化したことなどは親しい人以外には秘密にするようにと教えたのである。

 戸籍関係は藤村組が上手いことやったらしい。

 

「……けど、この見た目は切嗣が助けてくれた証だ」

 

 慣れないし、魔術を極めれば元の姿に戻れるかもしれない。しかし、それでもこの姿は切嗣が助けてくれたからこそのものだ。気色悪くても、厄介ごとを呼び込んでも今の姿を大切にしたいと思っていた。

 

「こんなもん……かな?」

 

 ヘアブラシで耳が隠れるくらいの長さの髪を整える。服装も学園の女子制服を着て、魔術師であることを隠す魔力殺しのアミュレットを首からかけて、桜のいるリビングへと向かった。

 リビングにたどり着くと既に大河が来ており珍しく新聞を読んでいた。いつもなら騒がしいのだが今朝はやけに静かである。

 

「桜、藤ねぇがやけに静かだけど、何か知らないか?」

 

「い、いえ、私も全く……。」

 

 2人は首を傾げながら珍しく静かな朝食をはじまったが、突如、お茶碗を持った士郎が悲鳴と共に後方に吹き飛んだ。何事かと桜が立ち上がると士郎は叫んだ。

 

「……と、トロロご飯にソース!! しかもオイスター!!」

 

 そう、士郎が醤油かと思いとろろご飯にかけたものは実はオイスターソースだったのである。その様子を見た大河は高笑いをした。

 

「ハハハ!醤油とソースの容器をすり替えておいたのさ!けど、このイタズラを考えてたせいで今日は時間がないのだ! 行ってきますーす!」

 

 藤村大河という女性は教師である。

 この悪戯を考えるためにテストの採点の時間を潰しておりこれから採点を行うという。そういう教師である。

 楽しそうに笑いながら大河はご飯を平らげて嵐のように出かけて行った。

 

「「いってらっしゃい……」」

 

 残された2人はそう呟き、士郎はオイスターソースがかけられたとろろご飯を飲み込むように食べた。

 

 

 朝食が片付くと2人は学校へと向かった。通常の登校時間と比べるとかなり早いが、朝練があるため仕方がない。人通りの少ない通学路を通り学校へと入る。校内には人が少ないがチラホラと生徒が登校してきており、その中に知り合いの生徒会長と目があったので士郎は軽く会釈をした。

 2人は慣れた足取りで弓道場に入ると1人の女子生徒が外に出ようとしていた。彼女は遠坂凛といい、帰宅部であり弓道部とは一切関係無い部外者であるのだが、度々弓道部へと遊びに来ている。

 

「おはようございます。衛宮さん。桜」

 

 凛は短く挨拶をする。桜はあっけに取られたかのように「おはようございます」と返したが士郎は少し間をおいて、

 

「美綴と仲良いんだな、遠坂」

 

 と、返した。

 凛は一瞬足を止めたが、『今の挨拶のつもり?』と首を傾げた後に特に返事をせずに立ち去ってしまった。

 弓道場に入るともう1人、美綴綾子が練習の準備をしていた。彼女はこの弓道部の()()()である。その様子に士郎は軽く頭を下げた。

 

「わるい美綴。来るのが遅れた。」

 

 その発言に美綴は笑って返した。

 

「気にすんなって。私も今まで遠坂と喋ってただけだし。」

 

そんな挨拶をしていると、外から言い合いのような声が響いた。1人は先ほどまでここに居た遠坂凛、もう1人は士郎の中学からの友人で桜の兄である間桐慎二である。

 

「クソ!遠坂のヤツ!」

 

 そんな叫び声と共に慎二は弓道場に入ってきた。そんな普通であれば異様な光景だが士郎たちは3人は慣れた様子で小さくため息をついた、

 

「おはよう、慎二、遠坂にフラれでもしたのか?」

 

「え、ええみえみ、衛宮?」

 

 士郎がそう言うと、慎二はまるで時間が停止したかのように固まった。そして、そのまま顔だけが真っ赤になった。その様子に美綴と桜はため息をついた。

 

「先輩……、流石にそれは……。」

 

「間桐、今のは、うん、同情するよ。」

 

 よく分からない空気が数秒流れたが、慎二は無言で弓道場から立ち去ってしまった。

 

「慎二? どうしたんだろう?」

 

 その様子に首を傾げる士郎。そんな"彼女"をみて美綴は「朴念仁」と心の底から思った。

 

 

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