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全てが赤く燃えている。
私の身体が燃えている。
閃光のようなコーラルの炎、それが私の周囲で揺らぐ。
『弟よ。』
炎が私に語りかける。
その声は、紛れもない兄の声だ。
『ここはお前が来るところじゃない。」
火炎が渦巻いて私に迫る。
全てがコーラルの閃光で埋まる。
「目を覚ませ、早く。」
豪炎が蟠り、圧を増し、火は白い光となって私を覆い尽くした。
地響きの様な振動を感じる。
大砲を撃つような轟音が聞こえる。
硝煙の香りがする。
私は目を覚ます。
目の前に鉄の柱がある。
いや、違う。
これはーー
ショックで怯む腕に力を入れて、上体を起こす。
身体に力が入り、視野の解像度が上がる。
鉄の柱だと感じていたものは、ACの足だ。
ACが武装した暴徒達を銃で攻撃している。
『気がついたか……ちょっと待ってな。こいつらを掃除したら手当してやる。』
パイロットの声だろうか、少し嗄れた青年らしき声が私に話しかける。
彼は待ってろと言って空に飛び上がり、周囲一体に肩に積んだミサイルを一斉に打ち込んだ。
地響きの様な振動の正体はこれだったのか。
頭がぼんやりとしていて、現実感が帰って来ていない。
私はただ、目の前のACがかつての同志を蹂躙していくのを眺めることしか出来なかった。
しばらくすると轟きが止み、機体も動きを止めた。
多分、全て殺し終えたのだろう。
機体がこちらに向かってゆっくりと降下してくる。
粉雪を舞い上げて、降り立った機体。
その胸のハッチからのろのろと男が出てきた。
細身の優男に見えるが、目は鋭く冷たい。
「おっさん、怪我は無いか?」
そう言って、彼がハッチから飛び降りる。
地面が重い音をたてる。
生身の人間には出る筈の無い音。
相当な改造をしたであろう強化人間の音だ。
「君は何者だ?」
「俺はD、金さえ払えば何処だって付く独立傭兵だ。怪我は無さそうだな、立てるか?」
Dは私に歩み寄り、手を差し出した。
傭兵とは人殺しで金を稼ぐ守銭奴だ。
そんな輩に身を預けても良いのだろうか。
考えるも、今の私は非力だ。
私は黙って、彼に掴まる。
身体が引っ張り上げられる。
引っ張る腕の関節からカーボン製であろう黒い骨が覗く。
ACの操縦者はACに最適化するために人間を辞める者がいる、と客のMT乗りから聞いてはいたが、本当だったとは。
蹂躙する為ならば人を捨てるか。
私の脳に一瞬、ダムの光景が過った。
「とりあえずは安全な所まで送ってやる。コックピットに乗ってくれ。」
その言葉と同時に、黒い巨人の如きACが膝を付く。
私はDに肩を借りて、コックピットへと向かった。
コックピットの内部は思った以上に狭かった。
操縦席以外のスペースはメーターや配線でほとんど埋まっており、搭乗口付近に僅かながら身を寄せる空間があるか無いかという程度だ。
背中から下ろされた私は閉じる扉に身体が挟まらないよう身を縮こませる。
窮屈極まり無いが、仕方がない。
「さて、おっさん。ここいらで安全な場所はどこだ?。」
操縦席に座り、計器を弄るDが喋る。
「……グリッド127。一般人の居住区しか無い。」
「……助かったのに嬉しそうじゃねえな。」
私は余程浮かない顔をしているのだろう。
相手の眉間に皺が寄る。
彼は不機嫌そうな顔のまま首に幾重もコードを付け、操縦桿を握った。
「揺れるぜ、どっかに捕まってな。」
彼が操縦桿を傾けるのと同時に機体がぐわんと大きく揺れる。
身体が傾く。
鼻を抜けるような鋭い痛みが頭に走る。
ハッチの壁に頭がぶつかってしまったようだ。
「捕まってなって言っただろ?」
ふざけるような口調で笑っている彼の声が鮮明に聞こえる。
痛みのお陰か薄膜越しにしか感じられなかった感覚が自分の身に戻ってきたようだ。
爺の血で湿った服の重みと冷たさが明瞭に質感として肌に伝わってくる。
私は片手を背中に回して、服を触る。
ぬるりとした感触が纏わり付く。
ぬめる手を見る。
赤黒く汚れた手がそこにある。
「仲間《ルビコニアン》が仲間《ルビコニアン》を殺したんだ。」
私の口が勝手に言葉を吐き出した。
「何故かは分からない。オークが自爆して、爺が私を庇って、その間に他のルビコニアンが仲間を殺していたんだ。」
私を庇う爺、耳を引き裂く音、地面に散らばる肉の赤々しさが眼球の奥で現実のように再生される。
火薬の焦げ臭い匂いがする。
銃口が私の額に当って、そして。
私が撃たれる瞬間また身体が揺れた。
「助けてやったのに、勝手に戦場に戻られちゃ困るぜ。」
私は狭いコックピットに戻っていた。
身震いがした。
脳が勝手に地獄へ帰って行く。
自力で現実に居続けられない事実に心臓が張り裂けそうになるが、礼は言わねばなるまい。
「助けてくれてありがとう。しがないルビコニアンなど見捨てても良かっただろうに。」
「戦う意志が無い奴は助ける主義なんでね。知ってて無視すると夢見が悪いだろ?」
それにーーと彼が続けて言った。
「アンタを襲ったルビコニアン達を助けてやりたいと思ったんだよ。」
彼の話はこうだった。
私達を襲ったルビコニアン達はアーキバスと言う企業に拉致され、洗脳を受けている。
アーキバスは洗脳したルビコニアンを捨て駒にして、非戦闘員のルビコニアンを始末させている。
洗脳は強く、ルビコンの技術解くことは難しい、と。
「《再教育》を受けた人間はアーキバスの為に死ぬまで働く。アイツらの意志なんて関係無い。アンタ達ルビコニアンが死ぬまでアイツらは殺しをやらされ続ける。」
だから、彼らを恨まないでくれ。
彼はそう言った。
「俺もアーキバスにああされそうになった。だから苦しみは分かる。」
Dの操縦桿を握る手に筋が浮かぶ。
その手は白くなるまで強く握り締められていた。
ルビコニアンが同志を殺す苦しみを実感し、私に慈悲を与える心があるにも関わらず、人を殺すことを生業としている。
彼は何を思い人を殺すのだろうか。
「なあ、人を殺すのはどんな気分なんだ?」
背中を濡らす血の温かさを思い出しながら、私は彼に問うた。
「気分か。相手にもよるが…兵士相手なら特に何も思わないな。」
「傭兵は人殺しの罪の意識も無いということか。」
「それは違うぜ。」
冷えた目に光が宿る。
「全員がそうとは限らないが、俺達は命に対して真摯なんだよ。」
ガラスの様であった目が人間の目に変わってゆく。
「民間人のアンタには自覚が無いと思うが、戦場って場所じゃ必ず誰かの命を犠牲にしなきゃいけないんだ。そして、アンタ達民間人の命もまた、誰かの命を奪って成り立ってる……。」
「私も誰かの命を奪ってる、ということか?」
Dは目線を前に向けたまま頷く。
「考えたことも無かったな。」
「考えなくてもいいさ。誰かを殺す自覚なんて兵士だけが知ってればいい。」
コックピットのモニターに夜明け前の薄暗い雪原が映る。
風切り音が聞こえるようで、どこか心地がいい。
気づきを得る時は、いつもそうだ。
胸に風が通る感覚がする。
「君は怖く無いのか?」
私は呟く。
「何がだ?」
「死ぬ事が。」
「死ぬことか…難しい質問だな。」
ACの微かな駆動音だけの時間が一瞬流れる。
暫くして、答えが出たのか彼が口を開いた。
「怖いと言えば怖い、でも死ぬこと自体は受け入れてるつもりだ。殺したんだ、殺されもするさ。」
でも、無様に死ぬことだけはしたくない。
俺が怖いのは燻ったまま死ぬことだ。
そう答える彼の顔は覚悟と喜びを携えていた。
傭兵というものは人を殺すのを楽しむ連中だと思っていた。
しかし、それは浅はかな了見だったと知る。
我々が手を汚す事なく、犠牲の上の安寧を享受する中で、彼らはずっと見続けていたのだ。
命を。
私は血に汚れた手を再び眺めた。
血は乾き、ひび割れを作っていた。
私も、命を見つめなくては。
「なあ、見ろよ。いい景色だぜ。」
Dがモニターを顎で指す。
カメラが映し出す風景には朝焼けに照らされるグリッド127の姿があった。
「助けたんだから、報酬は貰わないとな。」
廃墟と化したグリッド127の一角に下ろされて、Dが発した言葉はそれだった。
「金を取るのか?」
「当たり前だろ?俺はこれで飯を食ってるんだ。傭兵として……価値をタダでやる訳にはいかない。」
そうは言うものの、荷物は全てダムに置いてきてしまっている。
あるとすれば。
私はジーンズのポケットからそれを取り出す。
花。
ダムに着くまでの道中で編んだ簡素なレースの腕輪一つ、それだけだ。
出来には自信はあるが……装飾品としてはあまりにも質素すぎる。
「助けてもらったことには感謝している。しかし、報酬として渡せるものは何も持っていな」
私が全てを言い切る前に、Dは私の手の中にあった花を取った。
「これは?」
「『花』だ。ルビコンではレースで作った飾りは皆『花』と呼ぶんだ。」
「これ、アンタが作ったのか?」
「ああ。私はこれを作るのが仕事でね。ただ、出来の良いものは全部故郷に置いてきてしまったんだ。」
Dが花を朝日に透かして眺めている。
花が柔らかに光を含んで、明るくなる。
「可愛らしいな……。素朴で、温かい。」
「花は皆そうさ。花は人の温かさを忘れない為にある。だから温かい。」
Dは愛おしそうに花を手で遊ばせて、それから花を自分の手に通した。
「報酬にこれを貰うぜ。ただし、前金としてな。」
Dが指を鳴らす。
先程まで沈黙していたACがけたたましい音を立てて起動する。
漆黒のACもまた、朝日を浴びて白金のように輝いていた。
「アンタ、これよりも良い物作れるんだろ?」
「……勿論だ。自分で言うのも何だが、花を作る腕なら誰にも負けない自信はある。」
「なら、必ずアンタに会いに来る。その時までに俺の価値に相応しい花を作れ。」
「出来なかったら?」
「出来なかった時はアンタを仲間のところに送ってやるさ。」
Dは天を指差した。
「……D、私は必ず君に相応しい花を作ろう。君が向き合う命に相応しい花を。」
「楽しみにしてるぜ。」
コックピットのハッチが自動で開く。
“幸運を”
彼は私に親指を突き出して、巨体の内部へと消えた。
背中のブースターに火が灯る。
砂埃と共に私のダウンジャケットが旗めく。
ACは轟音と共に空に上り、地平の先へと消えて行った。
爺に守られ、彼に助けられた命だ。
命ある限り、私も命と向き合わなくてはならない。
私なりのやり方で。
死ぬには、まだ時間はある。