3月8日『スカボローフェア』
ルビコンの月夜、荒涼と広がる大地には光は乏しく、幾重にも青が重なり群青となった空には溢れんばかりの白い灯火が幾千幾万にも広がっている。
灯火の下、町の人々と共に遠き地球の歌を聴く。
静寂の中、一筋の歌声だけが響く。
ローズマリーもタイムも何なのかを私達は知らない。
それでもアイビスの火をも超えて、遺されたこの歌を私達は歌い続けて行く。
この歌は私達にとって、消えていった過去と繋がる糸なのだと思う。
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3月26日『風に揺れる手』
私は今輸送ヘリの中に居る。
ヘリの中は町の人間ですし詰めで、床にはようやく一人が寝られるかどうかのスペースしかない。
持っていく荷物についてあれこれ考えてはいたが、持ってこられたのはかぎ針一つとレース紐の玉8つ、父が残してくれた編み図を纏めたノート、あとは緊急用の食料くらいだ。
結局のところ、私の人生の大半はあの町に残して行くしかなかった。
我々は今、多重ダムの方面に向けて南下を続けている。
多重ダムは変電施設が破壊された後は放置されており、企業のMTや兵器も残って居ないとのことだ。
事実、道中は穏やかで何事もなく進んでいる。
ヘリの中は人で溢れかえっているにも関わらず、静かだ。
聞こえる声はただ一つ。
酒屋の爺がアカペラで歌う“I can’t Stop Loving You”。
これ一つだけだ。
ダミ声で歌われるレイ・チャールズのソウルに、人々は静かに耳を傾けている。
誰も居なくなった町、町の至る所に張り巡らされたロープに私達は無数の花を残していった。
ロープに結ばれた花の一つ一つが、あの町で生まれ死んでいった人々との縁《よすが》の証
私達は彼、あるいは彼女達を故郷に置いて逃げるのだ。
ヘリに乗る前に、花達が揺れる様を見た。
白い花達が穏やかに、ふわふわと風に揺られていた。
さようならと言っているようだった。
“さようなら お元気で”
風によって振られる、かつて居た大事な人々の“手”。
その“手”に、私はただ泣くことしかできなかった。
私は今、花を編んでいる。
故郷で振られ続けている“手”のことも、これから起こる末路のことも忘れたくて花を編んでいる。
黙々とかぎ針一つで花を編んでいる。
私には、もう編むことだけしか残されていない。
追伸
ヘリに少々不具合が起きたらしい。
今夜は多重ダムでキャンプを張ることになりそうだ。
キャンプについたらここを見てくれている皆に連絡する。