メリサの案内で観光を終えた一行は、宿の食堂で舌鼓を打っていた。
朝から移動でそれなりの時間をかけてここに来ており、一日中歩き通しだったこともあってか普段よりも箸が進む。
「食べ物は思ったよりも普通ですね。美味しくないわけじゃないですけど、このチンクエテッレ特有というわけではないんですね」
「一応ブドウ畑が有名で、ワインが美味しいらしいですね☆ アヤネちゃんも物足りないみたいですし、せっかくなら頂いちゃいます?」
「お、お酒はだめですよ!?」
「そうよ! ノノミ先輩は会社のパーティとかで飲んでるかもしれないけど、アヤネちゃんに飲まそうったってそうはいかないんだから!」
ワインを頼もうとするノノミを止めているアヤネとセリカ、今日の感想を語りあってより遠くまで見えたことを主張し合うシロコたちを見ていたホシノと先生のもとに、談笑している便利屋のところから抜け出してきたメリサが声を掛ける。
「先生、今日聞いたお話のことなんですけど」
「お話? ああ、おじさんたちがぼけちゃったこと?」
「”結局、今日歩いたところだけだと何も思い出さなかったね”」
詳しく話を聞いてみても、何となく見覚えがあるというレベルの違和感もなく、完全に憶えていないようだ。
「”今のところ特に実害もないし、こうやってみんなも楽しんでくれてる。そこまで気にする必要はないんじゃないかな?”」
「とはいえ、何があったのかは気になるよねー。おじさんたちがここに来てたんなら、原因はここにありそうなものだし」
先生は事態をあまり重く捉えていなさそうであったが、メリサの考えは違う。
忘れてしまったのが片方であればそれで片づけたのかもしれないが、二人が同じように忘れているとなればそれは何者かによる作為ではないか。そう考えてしまうのだ。
もし何者かが自分に都合の悪いものを発見してしまった先生とホシノの記憶を弄ったのだとしたら、それができるかどうかは置いておくにしても、先生ないし『シャーレ』に知られてはならないことがこの地で行われているという証左なのではないか。
この地に残してきた先輩の安全を考えれば、それはメリサにとって看過できることではない。
「私は、先生やホシノさんに何が起こったのか、明らかにしたいです」
メリサは二人に向かい、自分の想いを告げる。
「私の勝手な妄想にはなりますが、お二人の記憶が同時に別のものになっているということは、お二人は何か不都合なことを知ってしまったんではないかと思うんです」
「"誰かが、私とホシノの記憶を消したってこと?"」
「私の想像の域を出ませんが、そうではないかと疑っています。ここで何かやろうとしている人達にとって、見られてはいけないものを見られてしまった。だからお二人の記憶を消したのではないかと。少し飛躍しすぎでしょうか」
メリサの声は自信がないことを示すように尻すぼみに小さくなってしまう。
先生とホシノはそれを見て顔を見合わせ、視線と表情だけで何やら意思疎通をしている様子。
「何々? 何のお話? ムツキにも教えてー?」
「こらムツキ、真剣な話をしてるとこにお邪魔しちゃ悪いわよ」
アルがこちらに顔を出したムツキを席に戻そうとするが、「"構わないよ"」と先生が言ったことでおずおずと引き下がっていく。ほら大丈夫じゃん、とムツキがアルに絡み、ホシノと先生はそれを微笑ましい様子で見守る。
そのやり取りに他のメンバーが反応してこちらに注目が集まってしまい、先生から全員へ事情を説明することになった。
「"もしかしたら本当に何か起こっているかもしれないし、観光がてら手がかりを探してみよう"」
「確かに、自分の故郷で何か事件が起きるのは嫌ね! 私たち便利屋68も協力するわ!」
「お礼で呼んだのに、変なことに巻き込んでしまって申し訳ないです……」
不確定な内容だし旅行のうちあと二日だけに絞って調査することにし、最終日は観光を楽しむことに決める。この地方には五つの街があるため、観光と合わせて他の街も見てみようということになって、明日以降で順番に回ろうという話に決まった。
ひとまずその場を解散して各々が自分の部屋に向かう中、メリサは居ても立ってもいられず宿を飛び出す。
故郷の街の夜景は自分がいた頃とそう変わりはなく、どこか彼女を安心させてくれる。
ただその風景を噛みしめるごとに込み上げて来るこの風景が壊れてしまうかもしれないという不安が、彼女の歩みを止めることを許さない。
何か、何かないだろうか。
そう簡単に見つかるものではないと思いながらも、夜の街を探索する。
一通り歩き回って街を調べた感想としては、観光地としてところどころ店が変わったりこそしているものの、自分のいた頃と変わらぬ風景が並んでいるように見える、という落ち着いたもの。
「あ、ここ」
自分の通っていた学校のあった場所から少し坂を下りた場所、懐かしい建物が目についてメリサは足を止めた。
青を基調とした小さな教会。彼女は入ったことはなかったものの、入学した頃はそれなりに人が入っていたことを覚えている。時間故かはたまた観光地として管理体制が替わったからか、今は常駐しているシスターもおらず無人のようだ。
「中をちゃんと見たことはなかったけど、こんな風になっているんだ」
正面の小さな祭壇を見るように左右にベンチが並んでいる。ここを人が埋め尽くすというほどではないにしろ、全ての椅子に誰かが座っているのはよく見る光景だった。
ベンチの間をゆっくりと祭壇に向かって歩く。想像していたよりは長いその身廊を抜けて祭壇前に辿り着くと、メリサは一番前のベンチに腰を落としてだらりと項垂れて目を閉じた。
一つ、深呼吸をする。
それだけで少しだけ思考がクリアになって、混乱していた頭が整理された気がする。神に祈りを捧げる気はないが、考えを纏めるにはいい空間なのかもしれないとメリサは思った。
少しだけそうしていた後、立ち上がろうと思って目を開く。そのまま顔を上げるタイミングで、視界の隅に何かが光ったような気がした。
何だろうと思い、ベンチのの前にしゃがみこんで下を覗く。
「あそこか」
光っているものが何かはわからないが、少し後ろのベンチの下に何かがあるようだ。
そのベンチの下まで向かい、スマートフォンのライトで照らしてみると、何かの装置のようなものが落ちているのが見える。自分の知識を探ってみるが、目の前の装置に該当するものは見つけられない。
メリサは誰かが落としたにしろ落とし物には違いないだろうと思い、明るいところで詳しく見てみようと手を伸ばした――が。
「……っ!?」
バチィッという音と共に指先に衝撃が走り、思わず手を引っ込める。
驚きながらも、メリサは何が起きたのか思考を始めていた。
弾かれたのは明らかに装置に手が触れる前。盗難対策の仕掛けかもしれないが、普通の落とし物にそんな機能を付けるだろうか。
――やはり何かを企んでいる者がいる?
この地を訪れて記憶を捻じ曲げられた先生とホシノ。わざわざ丁寧に盗難防止対策が為された用途不明の装置。この教会がコルネリアの街の中心付近にあることもあり、自分が抱いていた嫌な妄想と結びつけてしまう。
もう一度手を伸ばしても、同じく触れる前に弾かれてしまう。その様子をよく観察していたメリサは、それが一部生徒が使用する神秘による障壁と似たようなものが一瞬だけ展開されていることを見逃さなかった。
……違和感がある。
祭壇の方から何かの気配を感じてそちらを向けば、そこには先程は居なかったはずのゴーレムが出現していて。
『警告。その装置から離れてください。繰り返します。その装置から離れてください』
無機質な機械音声がゴーレムから発せられる。
しかしメリサはその音声よりもそのゴーレムの姿に目を奪われ、動揺していた。
ノイズが走っているし、テクスチャの再現は甘い。
だが、それでも、彼女はその気配を知っている。憶えている。
「これは、
メリサがそれを目にしたのは、エデン条約の対応時と、キヴォトスの空が朱く染まったあの事件で市街の防衛を行っていた時の二度のみ。
しかしその少ない機会で否が応でも覚えさせられたあの気配を放つ存在が、目の前に出現した。
その事実だけで、彼女が正義を振るう理由には事足りる。
腰のホルスターから銃を抜いて、戦闘態勢を取る。
目標は目の前に相対している
コルニリアの夜の街に、銃声が響いた。