残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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記憶がなくとも、同じ祈りを

 目を覚まして、時間を確認しようと寝ぼけ眼でスマートフォンを探す。

 今日は便利屋の皆さんを故郷であるチンクエテッレ地方にお連れする日だ。案内役の私が遅れるわけにはいかないから、余裕をもって準備をしなければ。

 

 いつも頭上に置いているはずのスマートフォンがないことに気付き、目が冴えてきたメリサはここがいつもの自分の寝室ではないことに気が付いた。

 昨日の記憶を掘り起こせば家に帰って早めにベッドに入った記憶があるし、施錠もしっかり行っていたはず。拘束もされていないし誘拐ではないだろうと予想はつくもののこの状況が呑み込めないことに変わりはない。

 

 部屋をよく観察する。どこかで見たことがあるような気がする、ホテルの部屋のような内装。

 一体どこで見たんだったかと自分の記憶を探ってみれば、一つだけ心当たりのある場所が思い浮かんだ。

 

「……今日泊まりに行くはずのホテル?」

 

 そこに思い至れば確信に変わり、そしてベッドから降りて部屋の中を歩こうとしてようやく、自分が制服のままベッドで寝ていたことに気が付いた。そもそもがこの場所にいるのが彼女にとってみればおかしな話ではあるものの、昨日の記憶では自分が着替えてから床に就いたのは疑いようがない。

 何が起きているのだろうと机の上に置いてあったスマートフォンを拾い上げて、何かがおかしいとその表示内容に違和感を覚える。

 一つ一つ何が気になるのだろうかと確認していけば、メリサは自分の身に起きていることを把握することができた。

 

「昨日の記憶が、ない?」

 

 通話記録、メモ、電子マネーの使用履歴。そのどれもが昨日彼女が便利屋の面々と彼女がここへ来たことを示していた。

 一つ一つその履歴を洗っていけば、メモには先生とホシノの記憶がおかしな齟齬があることについての自分の考察が書かれていたり、赤点で助けを求める友人を突っぱねたり、その思考の展開はいかにも自分がしそうなものだが、その記憶に関しては抜け落ちている。

 昨日の最後の連絡はカヨコから送られてきた何らかの座標の連絡。それが何を意味しているのかはわからないが、彼女に話を聞けば何か知っているかもしれない。

 そう思って部屋を出ようとした瞬間、外側から部屋の扉が開かれた。

 

「邪魔するよ。……って、起きたんだ。良かった」

「カヨコさん? すみません、少し聞きたいことがありまして」

「……? ああ、昨日の装置のことなら、とりあえず先生に預けたけど」

 

 装置とは、何のことだろう。そう思って尋ねると、カヨコから怪訝な顔を向けられる。

 そこで自分に昨日の記憶がないことをカヨコに説明し、昨日の事件の一連の流れの説明をしてもらった。

 

「……なるほど、私が教会で謎の装置を発見して、便利屋の皆さんにそれを確保する手伝いをしてもらった、と。お礼の旅行だったのに、申し訳ありません」

「別に気にしてないよ。でも、昨日の記憶がないって言うのはやっぱり、昨日のあの装置の影響だと見た方が良さそうだね。メリサが起きたならムツキもそろそろ起きるだろうし、一旦みんなに報告しに行こう」

 

 カヨコに促されて宿の食堂に降りれば、既にそこにカヨコ以外の便利屋メンバーとアビドスの対策委員会の面々が集まっていた。

 こちらが見える位置に座っていた大きい方のシロコがいち早くこちらに気が付いて動いたのを皮切りに、他のメンバーもメリサに気が付いたようで近づいてくる。

 

「ミメシスと戦ったって、本当?」

 

 問われて、先程カヨコから自分が教会でミメシスと戦ったと言っていたことを思い出す。

 メリサが口を開くよりも先に隣にいたカヨコが間に入るように立って、シロコを見上げて指摘をする。

 

「ムツキがいるってことは、メリサも覚えてないってわかると思うけど」

「ん、そうだね。でも一応確認したかった。ごめんね」

「メリサちゃん大丈夫? どこか痛かったりしない? おじさんムツキちゃんと一緒に倒れたって聞いてびっくりしちゃってさー」

「すみませんすみません私が止めなかったせいでこんなことになってしまってすみません」

 

 先生がその場をいったん抑え、全員で大きなテーブルを囲む。

 状況を整理すれば、昨日アルの狙撃によって撃ち落とした装置をハルカとムツキとメリサの三人で回収し、メリサとムツキがその装置の蓋を開けた結果倒れてしまったようだ。幸いそのあとすぐにアルとカヨコが到着して二人をホテルまで運び、先生に状況を伝えたとのこと。

 装置についていえば三人で触っていたときは重かった装置が蓋を開けた後は軽くなってしまったから、何か気体か目に見えない何かが入っていたんじゃないかと考えているという状況らしい。

 

 本来であれば見つけた自分が責任をもってその辺りのことを考えなければならないのだが、見つけた記憶もミメシスと戦った記憶もなくなっているのだから、巻き込んでしまって申し訳ないと言う気持ちでいっぱいだった。

 それでも。

 

「もし誰かがここで何か企んでいるのだとしたら、私はそれを止めたいと思ってしまいます」

 

 メリサの発言に、先生とホシノが顔を見合わせる。

 他の皆もその発言に虚を突かれたような表情をしており、ムツキだけがその意味が分からないのか不思議そうに周りの顔を見回している。

 

「"やっぱり君は、そう言うんだね"」

 

 聞けば、昨日の自分もホシノと先生の記憶の話を聞いて同じようなことを言ったとのこと。

 それを聞いて少し恥ずかしくなってしまうメリサではあるものの、記憶を失って当事者になった今もその気持ちに揺らぎはない。

 

「でもおじさんはあんまりおすすめしないなぁ。可愛い後輩たちが事件に巻き込まれるのはあんまり見たくないなぁ、なんて」

「”複製(ミメシス)が関わっているなら、手を引いた方が良いかもしれない”」

 

 最初に記憶の齟齬があった先生とホシノは、被害者ながらもあまり解決には乗り気ではなさそうな様子だ。今回は別の記憶にすり替わるのと一日分の記憶がなくなるので済んでいるが、下手すれば完全に記憶喪失になってしまったり目覚めなくなってしまったりするかもしれないこの状況をあまり楽観視していないようで。

 

「それに、この地区で起こることならここの治安維持組織に任せるべきだと思うよ。おじさんたちが出る幕じゃないと思う」

「それは……難しいと思います」

 

 ホシノの指摘は尤もではあるが、メリサはそれが難しいことを知っている。むしろそれが難しいと知っているからこそ、彼女が解決しなくてはいけないと奮起しているとすら言えるのだ。

 だって、ここには彼女の知っているあの先輩一人しかいないのだから。

 

「私は、解決する方に賛成。ゲマトリアが関わっているなら、逆に叩きたい」

「ムツキがこんな目に遭ったのに、黙って帰れるわけないでしょう? 便利屋も解決に協力するわ!」

 

 この学校に在籍しているのが一人しかいないことを伝えれば、大きい方のシロコとアルが解決する方に賛成する。先生はその立場上やはりゲマトリアと生徒に関わりを持ってほしくはないようであったが、最終的には原因を調べたいという生徒たちの熱意に負ける形で折れた。

 

「"あくまでも目標は原因や目的を調べること。何か手がかりをつかんだ時点でここの学校の生徒に伝えて判断してもらおう"」

 

 深入りしないようにすること、もしゲマトリアから接触があったら会話せずに逃げることを破らない約束として、元々昨晩の時点で観光ついでに調べる予定だったこともありスムーズに調査に移行する。

 ゲマトリアの目的。この地で彼らは何をしようとしているのか。

 嫌な予感がした。しかし、メリサはそれを誰にも知られることなく自分の中に封じ込める。

 

 自分の中に浮かんでしまった疑念に蓋をしつつ、メリサは隣町へと移動する。




書かなかったけどムツキはちゃんと観光したいと文句を言っていました。
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