残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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不手際の責任

 コンコンと扉がノックされた音が耳に入り、応接室で書類を片付けていたワタバは顔を上げる。

 

「来たか。入ってくれ」

 

 そう声を掛ければ、以前見た時よりひび割れが大きくなった黒服姿の男が部屋に入ってくる。

 ホシノや先生から黒服と呼ばれる、解散したゲマトリアの一員だった悪い大人。

 

「お久しぶりですね。元気そうで何よりです」

「君は少し疵が大きくなったようだけど、変わりないかい?」

 

 ワタバの言葉に、黒服は「ああこれですか」と顔のひび割れに触れ、見た目上の問題で特に問題はないことを説明する。

 それで興味がなくなったのか、はたまた問い自体がただの社交辞令でしかなかったのか、ワタバは事前に準備していた紅茶に氷を入れて黒服に差し出し、棚からメリサたちから回収した装置たちを黒服の前の机に置いた。

 

「これは君が設置した物だろう? 気を回してくれていたのはありがたいけど、回収を忘れないでほしいものだ」

「懐かしいですね。そういえば、こんなものをあなたの前の学校の近くに置いていましたね」

「その装置のせいで無駄に神秘を使わされて疲れているんだ。持って行って処理してくれ」

 

 黒服は了承の意を伝えて装置を持つと、ふっとどこかに仕舞ってしまう。

 相変わらず妙な絡繰りだなと思って見ていたワタバは、それも何かの道具なのかと黒服に尋ねてみることにした。

 

「時々そうやって物をどこかにやるけど、それもマエストロか誰かの道具なのかい?」

「いえ、こんな実用的な(つまらない)ものを彼は作りませんよ。まあ、我々の持つ特殊な力とだけ言っておきましょう」

「そうか。私たちが扱えるなら技術移行*1させてもらおうとおもったんだけど、残念だ」

 

 これが市販品として活用できればかなり生産性も向上しただろうに、と肩を落とすワタバ。

 それからあの空が朱くなった日のこと(※最終編の事件こと)だったり、地下生活者の一件だったり、黒服からの先生大好きトークを受け流しつつ、ワタバは黒服と互いの近況を語り合う。

 

「そういえば、私の神秘については何か研究成果はあった?」

「いえ、やはり指向性が極端なので扱いが難しいようです。人によって適切な効果量も違うため、一般化は難しいと言っていました」

「そうか。君たちのことだから勝手に複製やコピーはしているだろうし、こちらからの提供はもうしない。構わないだろう?」

「ええ、元よりあなたの神秘を素材にして何かを作るときは全てあなたの許可を得る契約です。マエストロももう興味を失くして――」

 

 ダンッ、と力強く扉が開かれる。

 突然の乱入者に目を向ければ、鬼の形相をした又鳩メリサがそこにいて。

 

「やっぱり、先輩はゲマトリアと繋がっていたんですねッ!」

 

 睨みつけてくるかつての後輩に、ワタバは何も返さない。

 ただその様子からして何らかの手段を持って昨日調べていたことに関する記憶が戻っていることを察しているようで、ワタバは黒服に目を細めて抗議の視線を向けた。

 

「又鳩、私は――」

「近付かないでください。先輩が私とみんなの記憶を消したんでしょう?」

 

 当然そこはバレているよな、とワタバは銃を向けられて歩みを止める。昨日と違って少し彼女との距離があり、この距離では発砲は止められない。

 しかしメリサは黒服もいる影響かかなり警戒している様子で、銃を向けたまま話を続ける。

 

「先輩はそいつらが私たちに何をしたか知らないから、そうやって居られるんです! エデン条約で何があったか、ホシノさんにそいつらがしたことを知らないから!」

「又鳩、彼らと私はただの友人だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「嘘です。先輩は被害にあっていないからそんなことが言えるんですよ。先輩は知らないかもしれませんが、平気で約束を破るような奴らなんですよ?」

 

 クックックッと悪し様に言われて笑っている黒服を横目に、ワタバは又鳩がゲマトリアのことになるとここまで話が通じなくなってしまう事実に頭を抱えていた。

 ワタバは今この場を切り抜けてもまたどこかに保険を残してきているであろうことを悟り、又鳩に対する忘却の神秘での対応を諦める。

 

「どうしてくれる、黒服。君の装置のせいで又鳩が話を聞かなくなってしまった」

「それは困りましたねぇ。彼女の銃は私もあまり受けたくないのであなたの力で守っていただけると助かるのですが」

「それで又鳩、私が彼らと関わりがあったとして、君はどうするつもりなんだい?」

 

 ワタバはメリサの発砲を警戒しながらも、座っていた席に戻って紅茶を持ち上げる。

 半分ほどは挑発の気持ちもあるものの、ワタバは正直どうとでもなれという投げやりな気持ちが大きかった。又鳩メリサが彩ワタバのことを理解していたように、ワタバもまたこうなった以上彼女が納得するまで収まらないということを同じ学校で一年を過ごした中で理解しているから。

 

「ワタバ先輩、あなたを矯正局に引き渡します」

「何の容疑で?」

 

 ワタバの反応に、メリサの怒りのボルテージが上がっていくのが分かる。

 

「あなたを風紀委員会としてゲヘナまで連れて行って、ここでやろうとしている計画を洗いざらい吐いてもらいます」

「自治区外のことには治安維持部隊は口を出せないのでは?」

「自治区の唯一の生徒で長であるあなたが容疑者であれば、他自治区への侵攻の可能性を理由にできるはずです」

 

 なるほどその理由であれば確かに他の行政委員会が踏み込む理由になるかもしれない。昨日の記憶の件といい今回の理由付けといい、ワタバは又鳩のことを侮っていたなと自戒する。

 

 自分の考えを話して整理できたことによってメリサも決心がついたのだろう。

 銃口をワタバに向けたまま、決意表明のように想いを乗せるようにして言い放つ。

 

「次にここに来るときは、引き摺ってでもあなたを連れていきます」

 

 それを言い届けてからゆっくりと後ろ向きに足を運んだメリサは、部屋を出ると弾かれたように走り出す。

 その足音が遠くなっていくのを聞きながら応接室の扉を閉めたワタバに、黒服が後ろから声を掛けた。

 

「風紀委員会を連れてくるとなれば大変でしょう。私のほうから何かお貸ししましょうか?」

「必要ない。身から出た錆なんだ。自分で片づけるさ。それに、()()にこんな後始末の手伝いをさせるもんじゃないだろう」

「……そうですか。あなたがそう仰るのであれば、私は手を出しませんとも」

 

 そう言ってどさりと椅子に座り込んだワタバは、今後のことを考える。

 風紀委員会のことについては、又鳩メリサを風紀委員に押し込んだこともあってワタバもある程度知識がある。委員長である空崎ヒナや隊長クラスの銀鏡イオリは警戒対象でこそあるものの、ホシノを忘却の神秘で無力化できたことを考えれば大きな脅威だとは思えない。

 ワタバにとって危険分子は未だ能力が未知数なアビドス組の方であった。その中でゲマトリアに対する殺意が高いシロコ・テラーを警戒したのは、直感であれど正しい選択といえるだろう。

 

「まあ、そもそも攻撃用のドローンは複製(ミメシス)とやらの防衛時に全損しているからね。そもそもの話、空崎ヒナに話が通じることを祈るしかないか」

 

 黒服に対しておどけてそんなことを言ってみるが、あまり穏やかな気分ではない。

 もし戦闘になった場合のことを想像し、ワタバは大きく嘆息した。

 

「……この街が戦場になるのは、避けたいな」

「であれば、先生とお話してみるのはどうでしょう? 生徒のお願いであれば先生は聞いてくれると思いますよ」

 

 黒服の言葉に、その手があったなと瞑目する。

 ワタバは正直あのシャーレの先生について、あまりいい印象を持っていない。黒服から惚気話を聞かされて辟易していたことも一つの要因ではあるものの、昨日、先日と面と向かって話したことによって垣間見られた精神性が以前より黒服から聞き及んでいた行動と結びついて確信に変わってしまったからである。

 

 だが、彩ワタバは嫌でも面倒でも、自分の求める結果を手にするための行動は怠らない。

 黒服を返すとワタバはすぐにシャーレの連絡用アドレスへ向け、相談があるから直接会って話したいというアポの連絡を送信した。

*1
技術転用の社外に出すバージョン。技術移転とも言う




案の定というか散々匂わせた通り、関わりはありますとも。
ここから掲示板回で主張していた曇らせが入っていきます。ご覚悟を。
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