残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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曇らせへの下準備②
本日はもう一話更新しています。
前話も是非ご確認下さい。


彼女が取りこぼしたもの

 アポイントを取った5分前、シャーレの執務室の扉の前でワタバは扉の向こうを睨んでいた。

 

 ここまで来る移動時間ずっと気を張っていた上に、シャーレと相対するということに対しての緊張もある。ここから話を終えて戻るころには深夜になることを考えると、破談になればただの徒労でしかない。

 それでもあれだけ面倒だと言っていたのにわざわざシャーレの執務室まで足を運んだのは、ワタバなりの誠意の表れだった。

 

 意を決して、ノックをする。

 とたとたと近付いてくる足音は軽く、どうやら当番の生徒が近づいてきているようだ。いつぞやのシャーレビルを襲撃したテロリストも当番になることがあると聞いていたので、念のため防御態勢を取る。

 しかし実際は背の低い黒髪の少女が普通に扉を開けただけで、警戒は杞憂に終わった。

 

「やあやあ客人だね。待っていたよ」

「アポを取っていた、コルニリア連合学園の彩です」

「ああ、聞いているとも。おーい先生、コルニリア連合学園からの客人が到着したぞ!」

 

 そう奥に話しかける赤シャツに白衣を纏った生徒が声を掛けた方向に目を向ければ、数日前に見た大人が姿を現し、こちらに近づいていた。

 別人であれと願っていたが、どうやら皆が『先生』と慕うシャーレの人間はやはり目の前のこの大人で間違いないらしい。

 

「"ありがとう、カスミ。少し真剣な話をするから、外してもらえるかな?"」

「構わないとも。どれ、先生がお話をしている間にこの地区に温泉を一つ増やしてきてやろう!」

 

 そう言いながら執務室を飛び出していったカスミと呼ばれる生徒を目で追っていれば、部屋の中からどうぞと声を掛けられて、シャーレの執務室へ足を踏み入れる。

 すぐに目に飛び込んでくるのは書類の山。依頼を受けて東奔西走しているせいか、なかなかその処理が進んでいない様子だ。いくつかの山に分けられており、そのどれか一つがシャーレへの依頼なのだとしても、相当な相談が寄せられていることが伺える。

 

「"はじめまして……じゃ、ないんだよね?"」

「又鳩から聞いているんですね。それなら話が早い。改めて自己紹介をしておきます。コルニリア連合学園に所属しています、彩ワタバと申します」

「"よろしく"」

 

 その自己紹介にすぎない僅かなやり取りで、ワタバは既に交渉決裂を悟っていた。

 又鳩から何を聞いたのかわからないが、先生からこちらに向けられる敵意が隠しきれていなかったからだ。十中八九黒服――ゲマトリアと交流があることが原因だろうなと思いつつ、それでもワタバは気にしないようにしながら話を続けることにする。

 

「単刀直入に言わせていただきます。()()、メリサのことを止めてほしい」

 

 その言葉に、相対する人間が若干動揺したのが見えた。

 押すならここだろうな、と思ったワタバはプライドをかなぐり捨てて、地面に這いつくばる。

 

「どうかお願いです。私は彼女と戦いたくないんです。できるなら話し合いで解決したい。だから先生、どうか、どうか彼女のコルニリア連合学園への侵攻を止めるように説得してくれませんか」

「"――え?"」

 

 頭を床に付けて、自分の思いの丈を伝える。これぐらいしか、ワタバが取れる手段はなかった。

 ここまでしてようやく、()()との話し合いのフィールドに持ち込める。

 

「"か、顔を上げて! 流石にそんなことさせられないから!"」

「ですが……」

「"生徒にそんなことをさせたら、大人失格だからね"」

 

 そこまで言われて、ワタバは顔を上げる。

 執務机についている先生の焦っている表情がよく見えた。

 

「先生は、メリサからどんなことを聞いていますか」

「"君がゲマトリアと協力して、君がいる学校の自治区で何かしようとしていると。もしくはそこで準備した力を使って、何かしようとしていると"」

 

 予想通りの返答。彼女がそう思い込むには十分な証拠を与えすぎたし、それらが上手くかみ合ってしまった。だからこその現状なのだから、まずは一つずつ誤解を解くところから始めないといけない。

 そう思って口を開こうとした瞬間、先生からそれを抑えるように言葉をかぶせられる。

 

「"君がこうして手段を選ばずに止めに来ることも、メリサは予想していたよ"」

 

 本当に、又鳩は私のことを理解している。

 ワタバは自分への理解度の高さに舌を巻くものの、それで引き下がれるような現状ではない。

 

「信じてもらえないかもしれませんが、彼らとはただの友人関係です。本当に何も計画していませんし、キヴォトスに害を為すつもりもありません」

「"じゃあ、みんなの記憶を消したのは何で?"」

「面倒ごとを避けるためです。今回は、逆効果になってしまいましたが」

 

 隠すことはしない。全て見透かされているつもりで応じなくてはいけない。

 そうでなくてはここに来た意味がない。この人を頼る理由がない。

 

「"じゃあ、メリサとムツキの一件は?"」

「あれは……本当にただの事故です」

「"それを信じろと?"」

「事実ですので」

 

 ――ああ、ダメだな。

 理解してしまって、視線が落ちる。

 どれだけ言葉を並べても、この人は納得してくれない。状況が味方してくれないし、起死回生の手札などない。それがないから、ここに来ているというのに。

 

 悪魔の証明なんて、できるわけがないのに。

 

「私は、戦闘になった時点で終わりです。勝てません。生き残れません。()()と、そう変わらないですから」

「"君もヘイローがあるし、流石に私よりは丈夫だと思うけど"」

 

 そんなことはない。そんなことはないんだよ。

 そう言ってしまいたかったが、確かに神秘という防御手段があるのは事実だったので、言葉を継げなくなる。

 

 交渉材料は、元より無い。必死に思考を巡らせて、どうにか交渉のカードを引っ張ってくる。

 

「記憶はないと思いますが、先日あなたたちは私がゲマトリアに騙されていると言っていました。その可能性は、考えないんですか?」

「"君はさっき、友人関係と言っていたと思うけど"」

「そんな言葉を信じるんですか? 騙されているだけかもしれない生徒の言葉を。私が何を説明しても、信じてくれないというのに」

「"流石にそれは、詭弁だよ"」

 

 何が頑なに先生を拒ませるのか。

 黒服から聞いた話では、もっと生徒の話に耳を傾ける人だったはずだ。それが裏切り者の言葉であれど、生徒の話である限り無下にはしなかったはずだ。

 

「"何がそこまで君を焦らせているのかわからないけれど、私は大人として、君が何か悪いことをしようとしているなら止めないといけない"」

 

 何もない。する気もない。

 

「"もし何か弱みを握られているなら教えてほしい。そんなに私は信用できないかな?"」

 

 信用していないのは、どっちだ。

 

「……先生。又鳩は、メリサは思い込みの激しい部分があります。今回、不運なことに彼女の思い込みと物的証拠がかみ合ってしまいました。それはもう既に彼女の中で疑いようのない事実に変化してしまっています」

 

 私は正直に打ち明けている。

 ただ助かりたい一心で。未来を求める一心で。

 

「先生の言葉なら止められると思うんです。彼女は先生を、信用している様子でしたから」

「"さっきの話もそうだけど、どうしてそんなに止めたいの?"」

「さっきも言いましたが、命が惜しいんですよ。私の体は脆いので。ゲヘナに連れていかれてしまえば、私は死ぬ以外に道がない」

「"ゲヘナもそこまで殺伐とはしていないよ? まあ確かに、治安はあんまり良くないけれど"」

 

 黒服から聞いた話では、この人は『シッテムの箱』とやらで守られているらしい。銃弾は逸れ、爆発のダメージは軽減されるとか。生身の人間だとしても、それが真実なのであれば確かにあのゲヘナでもやっていけるのだろう。

 それはつまり、外から来たはずの先生も、キヴォトスの人間とそう変わらないということで。

 

「先生は随分と、このキヴォトスの街に慣れてしまったんですね」

「"……?"」

 

 私と違って。

 

「先生、そんなにゲマトリアが嫌いですか?」

「"彼らは生徒を利用しようとする、悪い大人だからね"」

 

 その言葉でようやく気が付いた。この目の前の人間の言う『生徒』の正体に。

 ああ、そうか。だからか。

 先程のやり取りで生徒として見られていると思っていたが、一瞬でもそう見てくれたと思ったが、私の見込み違いだったのだ。読み間違えた。

 目の前の大人に向けていた感情が、すっと冷えていくのを感じる。

 

 ――もういい。

 

 ワタバはゆらりと立ち上がって、俯いたままちらりと先生の目を見た。

 

「やっぱり、気に食わない」

「"……? 何が?"」

「その目が、自分が正しいと信じて疑わない目が、嫌いだ」

 

 たぶんこの目の前の大人は、私を大人とそう変わらない何かだと思って見ているのだろう。

 だが私だって年相応の若人だ。まだ色々と折り合いがつかない子供だ。その自覚もある。

 

「君はきっと、正解を選び続けてきたんだろう。皆で協力して、手を取り合って、困っている奴には手を差し伸べて。たまたま一回も、BADENDを踏ま(間違え)なかっただけなのに」

「"……………"」

「もう、いいさ。君に助けてもらおうとは思わない。ああ、そうか。私のこの君に対する悪感情が伝わってしまっていたから、最初から私の印象が悪かったのか」

 

 どおりで、失敗するわけだ。

 口調を取り繕う余裕すらなくなったワタバは、自分のミスを嘲笑しながら先生へと背を向ける。

 

「"待って! まだ話は――"」

「終わりですよ、()()()()()()

「"っ!!"」

 

 自分でも思ったより低い声が出て、ワタバは自分の声色に驚嘆した。

 ワタバは手元のタブレットに目を落としながら、執務室の扉へと向かっていく。

 

「死にたく、ないなぁ……」

 

 ワタバが無意識に零したその呟きは、しかし確かにその場にいる人間に届いていた。

 




もう曇ってるって?
これはただ不貞腐れてるだけなので。もっとちゃんと曇ってもらうので。
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