残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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開戦前。


決戦前

 交渉は決裂した。

 いや、違う。そうではない。

 ワタバはシャーレとの話し合いが上手く行かなかった理由が自分にあることを自覚していた。それが故に決裂という単純な結果で終わらせることを彼女の信念がよしとしない。

 

 あの交渉は打ち切られたのだ。そして打ち切ったのは、自分だ。

 自分を分析して出てきた『端からあの大人に頼るつもりなかった』という結論に、駄々をこねた子供のようだと嘆息する。

 

 あの人間が気に入らない理由は、あの場で話したことも一つの原因である。しかし、それが全てというわけではない。

 なに、簡単な話である。

 

「私は友人を目の敵として見ている人間に対して、そこまで寛容ではないみたいだ」

「そこまでの感情を私に抱いてくれていたことが嬉しいですよ、ワタバさん」

 

 私はこの男に感謝しているのだ。

 あくまでも対等な関係として、互いの協力者として、友人として。

 

「君がいなければ、あの日君が私を訪ねて来なければ、私はここに来なかった」

 

 この街の外で神秘を垂れ流しながら暮らしていた私の許に現れた、明らかに怪しい男。この男の話に耳を傾けることがなければ、私はいまキヴォトスにいない。

 

「もし私に何かあれば、私の代わりに手続きを頼む。勝手な修正はするなよ」

「しませんとも。私とワタバさんの信頼関係を裏切るような真似は。それに、あの会社がそれを認めないでしょう?」

「まあ、その点は特に心配していない。悪戯をしないよう釘を刺しただけさ」

 

 この男に出逢わなければ、私が自身が孤独である原因を知るのはずっと後だったろう。その理不尽に納得できず、何を得ることもなく、ただ疑問を抱えながら生きていくだけだったはずだ。

 だから心配なのは、私はこの男にちゃんと価値を与えられたかということ。

 

「黒服。私は君の役に立っていただろうか」

「ワタバさん。それは友人へ向ける言葉ではありませんよ」

「だが、私は君から貰ってばかりで、何も返せていない」

「そんなことはありません。神秘の研究に協力していただきましたし、それ以外にもずっと価値のあるものを貰っていますから」

 

 彼がそう言うのなら、そうなのだろう。

 これ以上重ねるのは無粋なことだ。

 

「それより良かったのですか? 我々どころか、あの会社の手も借りないのでしょう?」

「前にも言ったけど、これは私が片づけるべきことだよ、黒服」

 

 この五つの街の価値を理解し、絶対に譲らないと最終的に全ての土地の所有者となることが決まっている管理会社には、今回の事態について連絡済みだ。既にワタバがいる土地以外はコルニリア連合学園の手から離れた土地で、向こう(又鳩たち)も作戦で通過こそするものの危害を加えないことが分かっているのであれば、彼らに下手に手を出させてその手を汚させる必要はない。

 そもそも学生同士の喧嘩に介入するメリットが彼らにはないし、そんなことで恩ある会社の評判を落とさせるわけにはいかない。通信で話した担当者には心配されてしまったが、そこは一人の社会人として信頼に報いるべきだし、責任を負わなければならない部分だとワタバは思っている。

 

 もしものために黒服に後を託してあることや契約内容については既に合意済みのもので進めることを約束済みであり、戦闘で街が被害を受けてしまった場合は売却額から引いてもらう形で補修や再建に充ててもらうことで合意している。

 自分がいなくなったら頓挫してしまう計画など、立てるべきではないというのがワタバの意見である。どこぞのやれ「超人」だと持て囃されていた連邦生徒会長が失踪して説明もなく泡沫に消えた数々の計画を知り、そうはなるまいと考えていろいろと手を回して準備した記憶が蘇る。

 

「どうやら、動き出したようですよ。夜のうちに奇襲をかけるつもりかもしれませんね」

「そうか。ありがとう。私も準備をしようかな」

 

 タブレットから列車トンネルの防衛装置を起動して、侵攻ルートの選択肢を一つに絞る。

 もう一つ人が通れないことはない道があるにはあったが、まだ崖崩れの影響が残っており、大人数でそこを通るのは危険だ。又鳩もその状態を知っている。

 奇襲に使えないこともないが、部隊員を危険に晒してまでその道を通ってくるかといえば、そんなことはしないはずだとワタバは思っている。

 

「黒服、又鳩は『色彩』とやらに魅入られているわけではないんだね?」

 

 先日の又鳩の行動を振り返れば手段を選びそうにないなと考えて、崖側の小道に設置した侵入センサーからの通知をオンに切り替える。

 

「マエストロにも意見を聞いてみましたが、我々の見解としては色彩にはまだ見つかっていないという認識です」

「その言い方だと、他に何かあるのかい?」

「ええ、色彩との接触は現状ありませんが、現在、彼女の精神は不安定です。色彩との接触がなくとも恐怖(テラー)へと反転する可能性は十分にあり得るでしょう」

「原因になりそうなものは?」

「あなたが死ぬことで、そうなる可能性は高いと考えています」

 

 おかしな話だ。神秘の反転を黒服は求めていたはずだ。

 私が死ぬことでそれが達成されるのなら、私に手を貸すメリットなどないはずだが。

 

「本当は最初から手を貸すつもりなんてなかったのか?」

「そんなことはありませんよ。又鳩メリサ、彼女の神秘では『崇高』に至らないでしょう。それどころか、恐怖(テラー)へと踏み込んだことによって逆に色彩を呼び寄せてしまう可能性が高い。まだ我々も彼のものへの対策が確立できていない以上、あまり呼び寄せたくないというのが本音です」

「フフ……そうか。疑ったわけじゃない。気を悪くしないでくれ」

「クックックッ。わかっていますとも」

 

 軽口を交わし合って、お互い自然と笑みが零れる。

 又鳩のことは心配ではあるが、要は単純な話だ。私が死ななければ良いだけの話。

 

 タブレットの通知音が鳴る。

 偵察隊がトンネルに侵入したようだが、動きを確認する限りでは防衛装置の存在を確認してすぐに撤退したらしい。

 防衛機構の存在は見せていなかったはずだが、向こうも想定済みの話なのだろう。

 

「行ってくるよ。君もこの地を離れた方がいい。君の天敵も来ているんだろう?」

「ええ、死の神(アヌビス)に見つかる前に退散するとしましょう。……ご武運を」

「ありがとう。精々頑張るよ」

 

 挨拶を終えて去っていこうとする黒服に、後ろから声を掛ける。

 自分の左前髪にある白いヘアクリップを指さしながら、ワタバは笑った。

 

「黒服! 私をキヴォトスの生徒にしてくれてありがとう」

「……ええ、こちらこそ。キヴォトスへ来ていただいてありがとうございました」

 

 ワタバの後ろで白縁だけで描かれた王冠が、彼女がキヴォトスの生徒であるという(ヘイロー)が浮かんでいた。

 

 

 陸路でこの街に来るための道路は、街の一番上にある道路に繋がっている。

 山の尾根を通るように敷かれた道路を進む影響で曲がりくねった道になっているため、ここに向こうの部隊が来るにはまだ時間があるだろう。

 

 坂を上って、眼下を見下ろす。

 これで見納めかもしれないなと思いながら、ワタバは街の景色を目に焼き付けた。




というわけで、前話の後書きのアンサー。
誰もいません。

一回掲示板を挟んで、決戦の様子をお送りします。
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