残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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ワタバ視点に戻ります


社会人として

 死の神(アヌビス)――別世界の砂狼シロコを早々に無力化できたのは幸運だった。

 彼女に自分の神秘が通用しない可能性も考えていたが、それは杞憂で済んだようだ。であれば、残る懸念は近接戦闘を得意とするホシノのみ。

 

 接近してきたホシノの盾が叩きつけられ、ワタバは盾に対して神秘の出力を増やす。

 戦闘能力では風紀委員長よりも上か、最低でもキヴォトスで五本指に入ると聞いたその膂力は過剰に思えたワタバの想像を超え、速度の減衰が緩やかになるばかりで止まらない。

 後ろに引こうとしたところで盾の脇から見えたショットガンに、盾に集中させていた神秘を少しずらして下がりやすいように体勢を変える。

 

「っ!?」

 

 弾詰まりを起こしたショットガンにホシノが驚いたその隙に、後ろへステップを踏んで下がる。下がった先で囲むようにアビドスのメンバーからの集中砲火を受け、加えて便利屋の社長からの狙撃が飛んできた。

 銃弾自体は問題なく対処できてはいるが、こうして連携されれば少し面倒。風紀委員会の生徒たちの銃弾も降り注いでいる中なので、いつか漏れが出てもおかしくない。

 

「君の神秘、忘れさせるって言ってたけど概念にも影響があるんだね。どういう絡繰りで銃を防いでるか分からなかったからびっくりしちゃったよ」

 

 再び突っ込んできたホシノが盾をぶつけながら言う。

 ホシノがいる間は風紀委員の銃撃こそないものの、上からヒナだったり回り込んできたアビドスだったりと連携される方が鬱陶しい。

 二度の攻撃によってホシノはワタバの神秘の使用方法に気が付いたのか、その目を細めて一旦距離を取った。

 

「それ、近付いて来る銃弾やこの盾に対して速度を忘れされてるんでしょ? てっきり記憶だけを忘却すると思ってたからびっくりしちゃった」

「ご名答。正確には銃弾ではなく私も周りの空気から速度を忘れさせてるんだけどね」

「なるほどねー。でもおじさん気付いちゃった。その神秘、盾は貫通しないんでしょ? だったら、おじさんみたいな相手に盾を持ってゴリ押しするタイプ、結構キツイでしょ」

 

 嫌なところを突くな、とワタバはその分析に関心した。

 ホシノの推測は正しい。出力を上げても彼女の神秘は物体の干渉を受けないわけではないので、あくまでも盾で神秘自体は防げてしまう。他の神秘であれば物理的な干渉を受けない物もあるのかもしれないが、少なくともワタバの持つ神秘は物質を通り抜ける性質を有していなかった。

 

「まあ正直、一番面倒だよ」

 

 だから、まともに相手取るのはやめることにする。

 勢いを殺すためにバックステップをした勢いそのままにホシノに背を向け、砂狼シロコや十六夜ノノミの方へ走る。

 

 焦って盾で殴りかかって来たホシノの盾を足場に跳躍して方向を変え、自分に掛かる重力を()()()()()浮遊する。

 その緻密な調整をしながら着地したのは、黒見セリカの背後。

 

「まず一人」

「……っ!! このッ!!」

 

 怒りの形相で追いついてきたホシノの盾を受け止めることはせず、速度の忘れ方を左右で変化させてバランスを崩すことに専念する。咄嗟に胸元のハンドガンに切り替えてこちらに打ち込んでくるが、それがワタバには届くことはない。

 

「二人目」

「っ!! 彩ワタバ!!!」

「待ってシロコちゃん!」

 

 冷静でなければないほどワタバの勝率は上がる。

 そう思ってドローンと共に突っ込んできた砂狼シロコの銃弾を神秘で受け止めつつ前に出ようとした瞬間、

 

「今よ!」

 

 数個の爆弾の連鎖起爆がワタバの周囲で発生し、爆炎と煙で視界を塞がれた。

 それを皮切りにこちらに向かって投げられる爆弾、爆弾、爆弾、逃げたところにいつの間にか設置されていたC4爆弾。

 

 この爆炎の中でもヘッドショットを狙う狙撃制度の持ち主もいる。

 

「便利屋か」

「……ご名答」

 

 鬼形カヨコの声が聞こえた気がしたが、突っ込んできたのは伊草ハルカの方。

 こちらの神秘を警戒しているのか牽制の銃撃が多めだが、何かを狙っているはず。

 

「アルちゃん、いまだよ!」

 

 快活な声が聞こえたかと思えば、いつの間にかこちらの頭上に放られていた爆弾が、狙撃を受けて爆発する。

 爆弾は何とか防ぎぎったが、あまりの至近弾に耳が機能しなくなる。

 だが、それは相手も同じことで。

 

 煙に隠れながらブレーンである鬼形カヨコの方に回り込み、ハンドガンの銃弾に正面から飛び込んで無力化。彼女が持っていた手榴弾を伊草ハルカの頭上に放って、その対処をしようとしたところを死角から無力化する。

 

 煙が晴れる前にアビドス側に近付いておこうと移動しようとして、

 

「……あれ」

 

 足が縺れてしまい膝をついた。

 そしてその小休止をしたことによって、ワタバは自分の状態に気が付いてしまった。

 息が、上がっている。

 

 慣れない戦闘行動、跳躍、爆弾への対処、日常ではありえない量の神秘の連続使用と臨時放出。

 それに加えて緊張とストレスが、ワタバの心身に想像以上の負荷を与えているようだった。

 

 煙が晴れる。

 

 銃が向けられる。

 

 体力は限界に近くとも、神秘の残量には余裕がある。

 警戒心からか、はたまた無力化されるのが怖いのか。一定の距離を保ってこちらに近付いて来る者はいない。

 

 これならば、まだ耐えられる。

 でも……いつまで? いつまで耐えればいい?

 

「"みんな、少し私に時間をくれないかな"」

 

 そんな弱気な考えが頭に浮かび始めた時、銃撃の手が止んだ。

 相手の様子を見ずとも分かる。足音が近づく。

 

「"もう、やめにしよう。こんなこと、君も望んでいないでしょ?"」

 

 一度振り払った手を取ろうとするな。

 もう私は手を伸ばしていないから。

 

 言うことを聞きたがらない体に鞭を打って立ち上がる。だって、見下ろされては堪らない。

 シャーレの代表の方を向き、目を合わせる。

 

「流石に集団で寄ってたかって一人の人間を攻撃するのは、流石に良心が咎めたかい?」

「"悪役の振りをして一人で背負うのは、もうやめるんだ"」

 

 この変化は何だ。いつこの目の前の大人は私を『生徒』として認識した?

 頭の中を探っていって、別れ際の素を出した後の反応が違ったことを思い出す。

 まさかあの弱音を自分に向けられたものだと思ったのか? あの八つ当たりが失望したが故の言葉だと気付けないほど愚かなのか?

 

 ヒートアップしていきそうな自分の思考を瞑目して整える。

 ここで当たってしまったら、世界は私のことを『生徒(あっち)』だと認識するだろう。捻じ曲げられて取り込まれ、『先生』に都合のいい事実へと上書きされてしまう。

 

 教導者なら間に合っている。黒いスーツがよく似合う大人(黒服)がいた。

 責任など取らなくていい。それすらも私が選んで掴んだ結果で、私だけのもの。

 

 子供のように癇癪を起こしてようやく気付いたのだ。

 私と彼の間には特に何の恨みも確執もない。ただ『ゲマトリア』という集団についての見解が違うだけだと。

 であるのならば、私たちは対等に言葉を交わせるはずだ。

 

 私情を抜きにして、抑え込んで、一組織の人間として冷静に話し合いができるはず。

 私は『生徒(そっち)』にはいかない。悪い大人(ゲマトリア)取引先(管理会社)と責任を持って契約を行う『社会人(大人)』だから。

 




ワタバの肉体は皆さんお察しの理由で高くありません。おじさんとクロコを無力化できているだけ褒めてあげましょう。よく頑張りました。
ちなみに忘れされた記憶は最近食べためちゃくちゃ美味しいもの。インパクトが大きくないと気絶までは行かないので、ちょっとした悪戯も兼ねてこれに決めたみたいです。

ワタバは先生との話し合いに臨んだときは、なんだかんだ敵視している人に対してそれを隠しきれなかったり、他の人にどうにかしてもらいたいと言う気持ちもあったりする子供でした。ですが先生から拒絶されたことによって自分の幼さを自覚し、反省して自己分析することによって精神的な成長を遂げています。この辺の心情については次話以降でも触れていきます。
一人で戦いに来たのは、割と普通に「子供同士の喧嘩に企業とか大人の勢力巻き込むって正気か?」って思ってるだけです。死ぬかもなぁとは思っていますが、死にたくないと連呼しているように自己犠牲精神などワタバにはありません。
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