残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

23 / 36
先生視点。さすがに書かないと先生の思考が分からないと思うので


右も左も

 先日、旅行の最終日にメリサからされた告白。

 コルニリア連合学園の唯一の生徒がゲマトリアと繋がっていること。また、ゲマトリア製の不審な装置が複数その地で見つかっていたこと。この地の災害を利用した何かを企んでいるかもしれないこと。さらにはそれを調査していった自分たちの記憶が消されてしまっていること。

 

 どうか先輩を止めるのを手伝ってほしいと頭を下げたメリサに対して、ゲマトリアが関わっているならと、まずシロコとホシノが同意して、便利屋もムツキが被害を受けたと知るやそれに乗っかった。

 皆の協力を取り付けたメリサは複製(ミメシス)が使われたことを考慮して風紀委員会に協力を仰ぐと言ってゲヘナに戻っていき、私たちもシャーレやアビドスにそれぞれ戻った。

 

 初めはメリサのその鬼気迫る様子に圧倒されていたが、しばらく経って冷静になればその話が本当なのか分からなかった。彼女の状態も普通ではないように見えて、補習授業部のときのナギサを見ているような気分になったことを覚えている。

 メリサの話をアロナやプラナの二人に確認してみても、二人とも覚えがないらしい。

 念のためミレニアムのヴェリタスの子たちに監視カメラを確認してもらって初めて、どうやら自分たちの記憶が間違っていてメリサの話が正しいということを知った。

 

 そうであれば、ゲマトリアの話も本当なのだろうとメリサに協力することにした。

 ヒナとも相談して名目上も問題ないだろうと判断して、風紀委員会での出兵に踏み切った。マコトにも記憶の件の話を通して、ヒナに余計な横槍を入れないようにお願いした。

 

 けれど、作戦が近付くにつれて意識しないようにしていた毒が回り始めた。

 

 怖かった。

 エデン条約のときにサオリから撃たれても、カイザーに拉致されたときにプレナパテスの影響でシャットダウンしてしまって撃たれそうになっても、それでも『シッテムの箱』が活きていれば大丈夫だと思っていた部分があった。

 だが、ワタバはそれを無視してこちらに影響を与える手段を持っている。その事実が恐ろしくてたまらなかった。

 

 加えてメリサから伝えられた、ワタバに関する少なくない情報。

 ワタバは自分の目的を果たすためにプライドを捨てて何でもするのだと。きっと土下座も辞さない勢いで必死にこちらを止めに来るかもしれないが、それは本心ではないはずだ、と。

 

 そのせいで随分と冷静さを欠いてしまったと思う。

 あのときのワタバは追い詰められていた。アツコが連れていかれたときのサオリと同じように私を頼っていた。

 それなのに私は、自分の恐怖を優先して彼女のことを遠ざけてしまった。

 死にたくないという心からの叫びに耳を傾けてあげられなかった。

 

 その自分の間違いに気が付いたのが、彼女が私に失望した後だというのだから、笑えない。

 たぶん意識して呼んでくれたのであろう『先生』という呼び名から、他人行儀な呼び方に変わってしまった。

 失った信用を取り戻すには、私は彼女を傷付けてしまいすぎた。

 

 冷静になって、考える。

 あの時の彼女がシャーレに来たのは、彼女なりの誠意だったのだろう。武器も持たずその身一つでここまで来たのだ。争いに巻き込まれる可能性もあったのに。

 きっとあれが最後のチャンスだった。ワタバが零した言葉が本心からのものであるなら、あのタイミングが唯一私という大人に対して心を開いたタイミングだったのだ。

 

 だとしたら。

 

 私は彼女を信じなければならない。先生として生徒のことは信じなければならない。

 

 メリサとワタバの言葉を照らし合わせて考えてしまえば、答えはすぐに矛盾する。

 何もないと言うワタバと、何かを企んでいると言うメリサ。

 どちらを信じればいいのか分からなかった。

 

 どちらも信じるのであれば、メリサの主張を信じて、ワタバがゲマトリアに騙されて利用されているのだと思う。だが、ワタバの言葉が頭に引っ掛かる。

 

 どうして彼女はそこまでゲヘナに行くのを嫌う?

 なぜ彼女は自分が死んでしまうと半ば確信を持っている?

 

『先生は随分と、このキヴォトスの街に慣れてしまったんですね』

 

 まるで、自分は違うと言うようなあの言い方。

 メリサから高校入学時に外から転入してきたと聞いているが、ほぼ三年経とうとしている彼女がそう言うのはどうしてだ? わざわざ災害があったあの地を転入する場所に選んだ理由は?

 随分と大人びた彼女のその心の内側に抱えているものが見えなくて、恐ろしい。

 

 メリサに意見を聞こうとして、彼女の状態が思っていたよりずっと不安定なことに気が付いた。

 疑心暗鬼は黒服との会話現場を見てしまったことで確信に変わり、彼女の中で事実になってしまっている。

 

 私たちはきっと、致命的な思い違いをしている。

 そのことには気付けたけれど、それがどこなのかわからない。中途半端に混ざった真実とミスリードが物的証拠と絡み合って全容を難解にしている。

 記憶を消したのは事実。物的証拠に関してはワタバからしてみれば事故だと言う。しかし、それが原因の記憶喪失も発生していたし、ゲマトリアが作ったというのもどうやら本当のようだ。

 

 解決できない疑問ばかりが浮かび続けて、そのまま作戦日を迎えてしまった。

 それでも、今の状態のメリサとワタバをぶつからせてしまえばまずいことが起こるということだけは直感で理解していた。

 

 だから、戦いが始まる前に話がしたかったのに。

 ヒナとの話の途中でシロコが割り込んで、あっさりとやられてしまった。それが原因でアビドスの皆は突っ込んでいくし、シロコの強さを知っている風紀委員会の子たちは恐慌状態に陥ってしまった。

 何かに気が付いたホシノが盾を構えて近付いて行って、けれど順番に一人ずつ、無力化されていった。

 

 便利屋の皆の攻撃で発生した煙が晴れた時、ワタバは肩で息をして膝をついていた。

 

 近付いていったホシノや便利屋の皆が倒れてしまったからか、近付こうとする子はいない。

 メリサの合流前に終わらせるなら、今しかないと思った。

 

「"みんな、少し私に時間をくれないかな"」

 

 アコに通信をお願いして、声を届ける。

 銃声が止む。

 

 膝をついたまま俯いている彼女に近付く。

 足音で私が近付いているのが分かったのか、彼女の体が強張ったのが分かった。

 

「"もう、やめにしよう。こんなこと、君も望んでいないんでしょう?"」

 

 その言葉の後に立ち上がったワタバは、真っ直ぐにこちらの目を見つめてきた。

 嘲るような笑みを浮かべながら、おどけた態度で彼女は言う。

 

「流石に集団で寄ってたかって一人の人間を攻撃するのは、流石に良心が咎めたかい?」

 

 どっちなのだろう。この場に来てなお、彼女の言葉を信じていいのか迷ってしまう。

 普通に考えるなら、黒服に騙されている可能性が高いと思う。頭のいい彼女はそれを受け入れられないだけなのかもしれない。プライドが邪魔をして自分は彼ら(ゲマトリア)と友人関係だと思い込もうとしているだけなのかもしれない。

 

 ――もしそうであれば、ワタバは全てを利用するのでは?

 

 ふと、メリサから聞いた彼女の特徴が頭に浮かんで、矛盾を覚える。

 彼女がいう人物像が正しいのならば、ワタバがここに一人でいる理由が見つからないのだ。

 

 騙されている、あるいはそう思いたくないだけであれば、その時点で彼ら(ゲマトリア)の力を借りてそれこそ複製(ミメシス)あたりの準備をしていそうだ。ましてやこんな街の入り口ではなく地の利のある市街地での戦いに持ち込んでいただろう。

 それに、彼女が散々口にしていた死にたくないというのが彼女の中で一番優先順位の高い願望なのであれば、彼女はそもそもここに来ずに学校を投げ出して逃げ出しているのでは?

 

 考えろ。彼女はなぜ、ここにいる?

 

 ワタバが私に頼んできたことは何だ?

 彼女は確かに命が惜しいとは言っていた。だが彼女は()()()()()()()()()などとは口にしなかったはずだ。自分を許してほしいとすら言っていない。

 

 ――彼女はずっと、『()()()()()()()()()()』と言っていたのではなかったか?

 

 ならば、その理由は?

 ずっと言っていたことだ。ワタバはメリサと戦えば自分が死んでしまうと思っているのだろう。

 じゃあやっぱり、ワタバは逃げるべきだった。死にたくないことが理由なら、戦場(ここ)に来るべきではなかったのだ。

 

 同じ疑問に再び戻る。

 なぜ、彼女はここに一人で戦いに来た?

 

 先程ワタバはヒナとの会話で子供同士の喧嘩に複製(ミメシス)を介入させるなんて馬鹿だと言っていた。

 その言葉を信じるならばこの戦いは彼女にとっては子供同士の喧嘩、学生同士の小競り合いなのだろう。

 

 ふと、気付いてしまう。

 そもそも、ヒナやメリサの目的はワタバの捕縛である。ワタバの言う『子供の喧嘩』からは少しずれている。

 それに、『子供の喧嘩』なのに彼女は私にメリサを止めることを頼んだのはなぜだ?

 

 やっと、ワタバのちぐはぐな行動理由が分かった気がする。

 彼女は高校入学からこのキヴォトスに来て、災害復興を行っている平和なコルニリア連合学園に入学した。ゲヘナへの知識が偏っているように、どうやらキヴォトスについて少し見識が浅い部分も見られる。

 今年に入ってからはずっと学校のある町で一人で暮らしているらしく、誰かと交流する機会も少ないようだ。

 

 シャーレに来た時、彼女はこのキヴォトスの街に慣れていないと言っていた。

 それはこの学園都市の常識を含め、まだ理解が及んでいない部分があるということなのでは。

 彼女はこの地一人で暮らしているが故に、揉め事とは無縁の生活だったはずだ。

 加えて彼女が自分の神秘をこの街に来る前は制御できていなかったとするなら、彼女はキヴォトスの外に友達を作ることができていたのだろうか。

 

 そうか。なんて単純な話だったのだろう。

 彼女は喧嘩なんてしたことがないのだ。

 一人で生きて暮らしてきた彼女は、誰かと過ごしても忘れられてしまった彼女は、誰とも衝突することがなかったのだ。

 だからきっと彼女は、どこから始めればいいのかもわからなかったんだ。

 

 キヴォトスで衝突が起きた(こうなってしまった)ときの収拾方法が、彼女にはわからないのだ。

 分からないなりに責任を取らなければいけないことだけは分かっていて、ここでは小さな喧嘩ですら銃を持ちだした戦いになることも知っている。

 

 なんてことだ。

 ワタバは、戦場(ここ)でどうすればいいのかわかっていないんだ。

 学生が治安維持部隊をしていることも知識としては解っていても、それを飲み込めてはいない。

 治安維持部隊が他自治区に行くことが侵略行為になることは分かっていて、それを止めなければいけないことも理解しているが、彼女にとって現状は言葉通り一対多で無理やり彼女をゲヘナに引き摺って行こうとしているぐらいにしか捉えられていないのだろう。

 それが子供の喧嘩でしかないと思っているから、大人の力を借りようとは思わない。それはまるで小学生の喧嘩に高校生を連れて来るようなものだと思っているのかもしれない。

 

 メリサを止めてくれと言ったのも、きっと原因が彼女を止めれば止まるだという認識だからだ。

 自分が犯罪者として捕らえられるという認識が出来ていないのだ。

 どうしようもないぐらい、ワタバはキヴォトス(この都市)への理解が不足している。

 

 それでいてなお、戦えば死ぬという自分の戦力についての理解だけは及んでいる。

 それでも、この学校の生徒としての責任は果たさなければならないと彼女は戦場に来て。

 

 そうだ。彼女がここにいるのは責任故だ。彼女は自分で責任を取ろうとしているのだ。

 学校を戦場にしないために。あの街を傷つけないように街から少し離れたここを戦場にして。

 

 ワタバの善性を信じるのなら。

 黒服とさえ真っ当に友人関係を築いてしまうほど、底抜けの善人であるとするならば。

 

 死ぬと分かりきった戦いに挑むときに、自分を殺す相手のことを考えてしまうのでは?

 

 そんな考えに、行きついてしまって。

 だから私はいつものように、『先生』として彼女に接しなければいけない。

 

「"悪役の振りをして一人で背負うのは、もうやめるんだ"」

 

 




あの行間にめっちゃ考えてた先生!?
とりあえずほぼ正解に辿り着いた(書いているうちにこれが正解でいいやとなったともいう)先生の思考回路でした。
実はこれで2分割していると言う事実。次回も先生視点で話が続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。