「なあ■■■、あの生徒たちの後ろに浮いているのはなんだ?」
水害の跡が残るコルネリアの街、何とか営業を再開していた喫茶店で珈琲を飲みながらそれを聞いたのが、始まりだったと思う。
まだ黒服と名乗っていなかった男のことを、当時はまだ彼が名乗った■■■という名前で呼んでいたことが随分と懐かしいことのように感じる。
ああ、そうか。小鳥遊ホシノの話は、結構前から
アビドスの三年生と小鳥遊ホシノが結びつかなかったのは、自分で調べて出てきた話と黒服から聞かされた話に少なからず差異があったからなのだろう。
恐らくこの地に来た彼女と先生の記憶を消した理由に、いつからか黒服から■■■ではなく黒服と呼べと言われたことが影響しているような気がする。自分に少なからず存在していた、恋情の残り香のようなもの。
「あれはヘイローと呼ばれるものです。やはり外から来ると気になってしまいますか。本人たちはあまり意識していないようですがね」
ですが、と黒服は前置きしてヘイローについての説明を続ける。
「ヘイローが壊されることはこのキヴォトスでは死を意味します。精神的、肉体的に負荷が掛かりすぎるとひびが入り、それ以上続ければ割れてしまい、死に至ります」
「なるほど、それがここの常識なんだな」
「ええ。ここで暮らしている方々は気にしていないようですが、ヘイローは神秘の塊。個人の内面を大きく反映しているかと思えば、その人の状態によって変化することもあります。あれは――」
「ストップ。それ以上はいいよ。なんとなくわかった」
研究者特有の早口というものか。
長々と話を始めそうだった■■■を制止し、珈琲をひと口。口の中に苦みが広がる。
赤、緑、青、白。円、図形、何かのシンボル、立体的な構造になっているもの。
十人十色の
「キヴォトスにいる生徒は、皆あのヘイローとかいうものを持っているのか?」
「ええ、そうですね。ここに通う生徒は皆ヘイローを持っていますね」
「目立たないか?」
私の発言で何が言いたいのか理解したのだろう、■■■は少し悩んだ素振りを見せたあと、問題ないとでも言うような口調で私に言葉を重ねた。
「少し奇異の目で見られるかもしれませんが、大丈夫だと思いますよ。それに、キヴォトスの人間でないことが分かっていた方が安全です。さすがにその辺りは皆さん弁えていますので、攻撃してくることはないと思います」
「キヴォトスの外の人間が脆いことは子供にすら周知の事実なのか」
――毎朝、鏡の前で自分のヘイローを確かめている。
「甘いぞ黒服。子供は残酷だ。高校生といえど、自分たちの知識が正しいか試したい好奇心を抑えられない人間はいる。手足なら問題ないが、あの様子を見ていると遊びで腹にでも撃ち込まれそうだ」
外の喧嘩レベルの銃撃戦を見ながら私は言った。平気で腹や頭めがけて銃を撃っている。じゃれるようなとても楽しそうな顔をして、その姿の後ろには光の環が追従している。
それを口に出してから、その言葉が言い訳だということに気が付いた。単純な話、私は素直に羨ましいと思ったのだろう。
■■■に感付かれるより早く、私は自分の希望を伝えることにした。
「まあそんな理由で、あれが欲しい。形から入るものも悪くないでしょ? 君の所属してる秘密結社? みたいなものなら準備も難しくないだろうし」
「それらしいものを用意することはできますが、あくまで偽物ですよ」
「いいよ、それで」
――ヘイローを見ると、私は自分がキヴォトスの生徒なのだと実感するのだ。
それからしばらくして、木の人形のような見た目の人を私に引き合わせた■■■は、誕生日プレゼントですと言いながら丁寧にラッピングされた箱を渡してきた。
開けてみれば、白いヘアクリップ。これの製作者が木の人形みたいな人――マエストロらしく、直接作品の説明に来たようだ。
「見た目は普通の髪留め、しかしそれは着用すると君の後頭部にヘイローを出現させる。今回は黒服の依頼であまり機能を追加できていないのが私好みではないのだが、君が首を動かせばちゃんと追従するようにはなっているはずだ」
それを聞いてすぐに鏡の前に飛んでいこうとしていた私に、黒服が大きめの手鏡を用意してくれる。それを見ながらヘアクリップを付けてみれば、鏡の向こうで私の後ろに白い光の輪が浮かんでいるのが見えた。
それだけでとても嬉しかったのを覚えている。
「忘却の神秘を持つ者に贈るヘイローと聞いていたが故に、他の者から受け取るもの、それでいて孤独を象徴するものをモチーフとして選ばせてもらった」
「王冠?」
「そうだ。中身のない、虚ろな王冠。全ての者から忘れられる孤城の主が、虚飾の
すごく失礼なことを言われた気がした。
けれど自分の後ろに浮かぶ白の王冠は確かにその外枠しか縁取りされておらず、下書きのような段階に見える。それは
なるほど。これは、これは面白い。
「いいね。気に入ったよ。ありがとう」
「……もう少し良い反応を期待していたのだが」
「意味まで飲み込んだ上で褒めているんだよ。これ以上私に似合うヘイローはない」
――本当に、よく似合っていると思っていたんだ。
それが何を示していたかはわからないけれど、ときたま作品の説明に来たり、黒服がおせっかいで置いた装置に手を貸してくれているあたり、そこそこ好印象を与えられたようだ。
私の世界を広げてくれた人たちがくれた、私が
一人だった私に多くのことを教えてくれたこの都市の一員であることを示す証拠。
――ああ、砕けてしまった。
凶弾によって砕かれた
避けきれなかった。
銃弾が神秘に触れた時点で反応はできた。だがその速度が想定以上だったこともあって回避行動を取った。速度の減衰を高めるために神秘を集中させて、それでも止まらなかった。
掠っただけで済んだのが幸運ではあるものの、私の大切は壊れてしまった。
彼女が奇襲をかけることぐらい、想定内だったはずなのに。
彼女と自分の相性が悪いことぐらい、ずっとわかっていたというのに。
「え?」
誰かが漏らした声が聞こえる。
その反応をするということは、私から
襲撃者を見た。予想通り、又鳩メリサ。
わざわざ丁寧に両手持ちをしている。なるほど止めきれないはずだ。
彼女の銃はもともと貫通力の高いものだ。ホシノの直接攻撃に代表されるように、私の防御と相性が悪いのは力やエネルギーに任せた強引な突破方法。速度の減衰を行ったところで止まり切らずに到達してしまえば被弾するのは当然の話である。
又鳩が銃弾に込めるのはそういった類の神秘。自分の神秘で銃弾を覆って、貫通力を底上げさせている。普通に片手で雑に神秘を込めて撃ってもヘルメットを貫通するレベルのものなのだから、両手で念入りに神秘を込めた銃弾ならどうなるかは言うまでもない。
「その撃ち方、人に向けてはしないんじゃなかったのか」
頭がじくじくと痛む。掠っただけとはいえ、出血はしているようで生暖かいものが頭の左側を伝っていくのが分かった。
動揺が耳に届く。ヘイローを失ったのに動いていることがきっと衝撃的だったのだろう。
「え、先輩、どうして……」
動いている私に驚いた又鳩と目が合った。
やっぱり、痛々しい。その目をさせたくなかったから、私は又鳩の記憶を消したのに。
「話していないことばっかりで、ごめ――」
「ば、化け物!」
銃声。
油断していた。いや、
それでも普通なら止められるはずの忘却の神秘の守りを突破した凶弾の射手を見れば、又鳩に憧れているのか、彼女と同じ型の銃を彼女と同様に両手で扱う風紀委員会の子の姿が見えて。
「まずったなぁ」
後ろ向きに倒れながら、そんなことを口にした気がする。
胸が熱い。とても熱い。地面に打ち付けられた痛みもあったはずなのだが、それを感じないぐらいにはただただ脈打つ熱が私を支配していた。
「……いっ! ……タ……!」
「ワ……かり……! 」
誰かが私の体に触れている。誰かは解らないけどそれがひどくあたたかく感じられて、その
ああ、でもまだ、メリサに何も伝えられてない。
そう思って目を開けようとしても、視界は霞んでいて何も見えない。
起きたらちゃんと、話をしないと。
二回連続銃撃オチってどうなんだと思いつつ、元からの予定だったので完遂。ヘイロー砕かれたはずのやつが動いたら怖いよね。
次回はメリサ視点を予定してます。