残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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メリサとワタバ。迷いましたがメリサ視点です。


君が為

 逃げてしまいたかった。

 自分を支配しようとする破壊衝動に抗えるのもそう長くないことは何となく理解していた。どうせ身を委ねることになるのなら、今すぐに渡してしまった方が楽になるのではないか。

 それを理解しつつも、一度それに身を委ねた結果が今であることが分かってしまったが故に、そこだけは譲れない。

 

 記憶はないが、恐らく私は一度色彩の誘惑に負けた。

 人に迷惑を掛ける方法で自分の利益を得るという、普段なら絶対に選ばない手段を取ってしまった。その手段を取ったのが自分だと信じたくないだけかもしれないけれど、今の私がその手段を選ばない以上、その可能性は高い。

 

「私が何もしなければ、誰も不幸にならずに済んだのに……」

 

 黒服から懇々と示された未来の可能性が頭の中で繰り返される。

 ワタバ先輩を撃ってしまった子は、大丈夫だろうか。

 ヒナ委員長にも無駄足を踏ませてしまった。始末書もあるし、仕事を増やして申し訳ない。

 

「結局私は、誰の期待にも応えられなかった」

「そんなことはないさ」

 

 懐かしい声に、思わず顔を上げる。

 大好きな先輩(ワタバ先輩)が、そこにいた。

 

「ワタバ先輩? どうして……」

「先生に力を貸してもらってね。こうして君と話す機会を貰ったんだ」

 

 何もなかったかのような気安さで私の隣に腰かけたワタバ先輩は、一緒に学校で過ごしていたときに見せていた柔らかい笑みをこちらに向ける。

 どうして。

 私は先輩のことを信じないで、ひどいことをしたというのに。

 

「全部、私が悪かったんです。私が選択を間違えたから! こんな、こんなつもりじゃ……!」

「さては黒服に何か言われたな? あいつは嘘つきだし性格も悪いからね。ついでに気持ち悪い。あんなやつの言葉を信じる必要なんかないよ」

「でも、私は――」

「先生の言葉を借りるなら、責任は君が負うものじゃないんだよ、又鳩」

 

 分かっている。先生がそれを言うことは。

 それでも私は許せないのだ。許されるには皆を巻き込み過ぎたし、私一人で全部台無しにしてしまった。どう償えばいいのか、私にはわからない。

 

「それにね、又鳩。責任の取り方が分からなくて死ぬのは、逃げだと思うよ」

 

 あまり大きな声では言えないけどね、と先輩は言う。

 

「だって、死んだら償いも何もないだろう? どう償えばいいか分からないことに悩むことすら、償うための過程の一つだと私は思う」

「でも、私がいない方が良いんです。私が居たって、何も上手く行かない!」

 

 俯いて、そんなことを言った。

 顔を上げられない。先輩に見せられる顔がない。

 先輩はそんな私を諭すような声で、優しく言葉を紡ぎ出す。

 

「又鳩、君は思い違いをしている。誰の期待にも応えられなかったと言っていたけど、そんなことはないんだよ」

 

 ああ、そうか。そもそも誰も私に期待なんかしていなかったんだ。

 勝手に期待されていると思って勝手に空回りして暴走して、その結果がこのザマだ。本当に私は何をやっているんだろう。

 そんな私の心情には構わず、先輩は続ける。

 

「私が君に、というよりは送り出した生徒全員に期待しているのは、そもそも活躍だとかそういう結果を求めるものじゃあないんだよ」

 

 じゃあ一体、何を私に求めているというのか。

 その疑問に答えるように、ワタバ先輩はその願いを口にした。

 

「私は皆に幸せに生きてほしい。楽しく過ごしてほしい。やりたいことを見つけてそれを追い求めてほしい。最高の高校生活だったと笑ってほしい。本当に、それだけなんだ」

 

 そうか。そうなのか。

 それでも先輩からの期待がそれだったとしても、私はそれに応えられていないし、後輩やヒナ委員長からの期待に応えられていないことには変わりはない。

 

「それに、君が知らないだけで、周囲の人たちは君を正しく評価してくれていると思うよ」

「『役立たず』だって?」

「頼りになる小隊長、だよ」

 

 不貞腐れるように言った私の言葉に、ワタバ先輩にカウンターを返される。

 本当に、そうなのだろうか。私は皆の期待に応えられていたのだろうか。大事な時に戦えず、一人で動いて失敗して、心配をかけてばかりの私が?

 もしそうであるのならば、私は。

 もしそうだとしても、私は――

 

 ずっと抱えていた違和感の正体に気が付いた。

 飲み込み切れなかった感情が軋んで、整備不良を起こしていたんだ。

 そこを色彩に付け込まれて、歪められて、最悪の形で噴出してしまった。

 だから私は、伝えなければならない。私にとって彩ワタバが何なのか、正しく認識してもらわなければいけない。

 

「それでも私は、先輩と一緒に過ごしたかったです」

「……又鳩」

「転校なんてしたくなかった。ここで先輩の卒業を見送りたかった。風紀委員会の活動をしているときも、何をするときも、ずっとずっと先輩のことが頭に()ぎるんです。先輩とこの学校にいたらって思って、止められないんです……」

 

 ずっとずっと、後悔していた。

 先輩の提案を受け入れてしまったことを。ゲヘナに転校したことを。

 いくら部下から慕われようと、いくら皆から頼りにされようと、心は満たされなかった。言い方を選ばないのであれば、どうでもよかった。

 

「ワタバ先輩、私は――」

 

 どうしてこんなことになったのか、自覚がある。

 自分の感情に整理を付けなかったことが原因だ。先輩が望んでいるからと受け入れてしまったのが原因だ。

 私はもっと自分と向き合うべきだった。ちゃんと言葉にして、伝えるべきだった。

 

 先輩に縋りつく。みっともない顔を見せたくない。

 だって負け戦なのだから。締め付けられるようなこの苦しみが、報われないことも分かっているから。

 怖い。怖い。胸が苦しい。

 

 でも、ここで決着を付けなければきっと、私は前に進めない。

 先輩に甘えて戻ったところで、遠くない将来同じミスをするだろう。

 

 だからこの気持ちはちゃんと、終わらせないと。

 

「ワタバ先輩、私は――私は先輩のことが、好きです」

 

 沈黙。

 それでも動揺は伝わってきた。何かが変わったのだけは理解できた。

 もう、今までの関係ではいられない。

 

「ありがとう、又鳩」

 

 その声は、穏やかで優しくて。

 ヒョイと顎を持ち上げられて、こちらを覗き込む先輩と目が合った。

 頬の熱が痛いぐらい存在を主張する。ぐしゃぐしゃな顔を見られたくないのに、その吸い込まれるような瞳から目を離せない。

 涙が込み上げて溢れ出して、頬を伝う。

 

「その気持ちは受け取れないけど、とっても嬉しいよ。本当に、ありがとう」

 

 ぎゅっと抱きしめられて、キャパオーバーを迎えた私は動けない。

 耳元で好きな人の声がする。好きな人に抱きしめられている。その事実にどうにかなってしまいそうで、私はぎゅっと目を瞑ってただ耐えるだけ。

 

「気付かなくて、ごめんね。君が納得していないことは、ちゃんとわかっていたんだけど」

 

 先輩の声は私を気遣うように、ゆったりと柔らかい。

 いっそ気持ち悪いと拒絶されれば綺麗に諦めがついたのに、下手に希望がある分だけ質が悪い。

 

「ずるいです、先輩」

「うん、ごめんね」

「私の幸せは、先輩と過ごすことだったのに」

 

 私がちゃんと、言えなかったから。先輩に話をできなかったから。

 やっぱり私が全部悪くて、どうしようもない愚か者だ。

 

「それでも、その気持ちを知っていたとしても、君はゲヘナに行くべきだ」

「どうして……っ。どうしてそんなことを言うんですか?」

「別に君だって、嫌いなわけじゃないだろう? 楽しくなかったわけじゃないだろう? 色褪せていたとしても、間違いなく君の青春はそこにあったはずだ」

 

 私は自分の目を信じているからね、とワタバ先輩はそう言いながら、私を放して立ち上がる。

 名残惜しい温度に手を伸ばしそうになって、ぎゅっと拳を握り込んで自制した。

 

「又鳩。……いや、メリサ。今回のことは、ちゃんと君と話をしなかった私の責任だ。しこりを残したまま君を送り出してしまった、未熟な教導者を許してほしい」

 

 こちらを護るように立った先輩はそれだけ私に言い残して、空を睨む。

 その華奢な体に、生徒のために奔走するあの大きな背中を幻視する。

 

「生徒の純情を弄んで利用するような悪辣な輩には、お仕置きをしないとね」

 

 そう言い終えたワタバ先輩は、羽織っているジャケットの内ポケットに手を伸ばす。

 私はそれが何か知っている。それは大人の特権。教導者が生徒のために使用する切り札。

 

「さあ、彼女のことを忘れてもらおうか、色彩」

 

大人のカードを取り出す。▼

 

 白く溶けていく空間の中で、私はその姿を深く目に焼き付ける。

 こんなことをされたら、今度こそ本当に忘れらない。それなのに、私に諦めろというなんて。

 ワタバ先輩は本当に、ひどい(ずるい)人。




よく考えるとどっちも色恋に現を抜かして動いていた色ボケコンビですね。
ワタバのはどちらかというと年上男性への憧れみたいな感じですが、メリサのはガチのラブです。

あ、間に合ったので今日中に本編最終話まで更新します。
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