残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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本編最終話です。


エピローグ 残らなかった少女

 朝、けたたましいアラームの音を聞いて(いろどり)ワタバは目を覚ます。

 学校に通っていた時とは違う、他の生徒よりも早い時間の目覚めである。

 

 一つ伸びをして、枕元のタブレットを見ながら今日の予定を確認する。もう習慣となった面談予定と訪問予定を確認し、二回目の場合は前回の面談記録をチェックしておく。

 

 今日のスケジュールの確認を終えて、壁に掛けられた連邦生徒会の制服を手に取る。袖の部分の皴が気になったので、アイロンをクローゼットから取り出して丁寧にかけていく。それぐらいの時間の余裕はもたせている。

 窓の外から日の出を報せる陽の光が差し込んでいるのを見て、ワタバは自室の机を立ってリビングへと向かう。

 

「先生と会うとなれば、遅れるわけにはいかないからね」

 

 彩ワタバは色彩から又鳩メリサの存在を忘却させ、色彩をメリサから引きはがすことに成功した。大人のカードを用いて色彩の又鳩メリサへの干渉に割り込む形で忘却の神秘を色彩にぶつけ、色彩に対しての対処は問題なく完了した。

 

 予定外だったのは、忘却の神秘の使用量が想定よりも多かったことである。

 大人のカードを使用した代償として使用されたことで黒服から受け取った複製分を使い果たし、元々ワタバが使用できるリソースの三分の二近くが削られてしまった。

 結果、世界に対する忘却の神秘による干渉にまで大人のカードの使用を余儀なくされた。

 元々の予定では世界に対する干渉に大半のリソースを割くつもりだったので、二度目の使用は想定していない。つまり、代償としてワタバから何が失われるのか予想ができない状態にあった。

 

「うん、問題なさそうだね」

 

 連邦生徒会の制服を身に纏った自分を鏡で確認する。

 左の前髪には、黒髪に良く映える白いヘアクリップが映っている。彼女が大切にする人たちから貰ったものを修理して改良したものであるのだが、学生時代に自分をキヴォトスの一員たらしめていたヘイローは浮かんでいない。

 

 世界への干渉を終えた後、ワタバはキヴォトス外の実家で目が覚めた。部屋にはコルニリア連合学院の制服と卒業証書。どうやら卒業資格を使用してそのまま卒業して戻ってきたという扱いになっているようだった。

 ワタバはそれを認識してすぐにタブレットを操作して電話を起動する。お目当ての相手の番号は消去されていたものの、そんなことお構いなしで覚えている番号を入力すると、相手はすぐに電話に応じた。

 

『こんにちは、ワタバさん。そろそろ起きる時間だと思っていましたよ』

 

 その話し方に、恐らく忘却の影響を受けていないだろうことは想像がついた。

 話が早いとワタバは次の言葉を続ける。

 

「やっぱり私の能力に対する対抗策ぐらいは用意していたか。なら、要件はわかるね。聞かせてくれ」

『ええ、世界全体に忘却の神秘の補完効果が適用されているようです』

 

 黒服はワタバの記憶と現在の世界の認識の差異について一つずつ説明した。

 その話を聞いてワタバがまず感じたのは、メリサが無事にゲヘナに戻れたことに対する安堵。

 補完された記憶や過去を詳しく聞けば、それなりに穴はあるようだがどれも中途半端で決定打に欠ける印象で、問題を起こそうにも微妙なぐらいのもののようで、上手いやり方をすると感心してしまう。

 

「まあたぶん私が家に戻ったことを隠したような風にしたいんだろうね。確かに消えるなら痕跡を残さず消えるためにそれぐらいはやるかもしれないし」

『ええ、なのでいい塩梅だと思いますよ』

 

 要は世界から、正確に言うならば『世界(キヴォトス)』から一連の事件におけるワタバの記憶を消去するというのが目的だったはずだと彼女は推理した。

 消す対象がワタバの存在なのであれば黒服がもっとメリサに対する攻撃をしているような方向にシフトしているはずで、対象が忘却の神秘という能力自体であるというのならば私はコルニリア連合学園には向かっていないはずだと考えたからだ。

 しかし黒服がワタバに告げた考えは、それとは少しベクトルが違うものだった。

 

『もしかすると、大人のカードの代償として奪われたのは、あなたが今回の事件で生まれるはずだった人間関係なのかもしれませんよ。あなたは先生との繋がりやアビドスの方々、そして便利屋68や風紀委員会と少なからず顔見知りにはなっていたはずです』

「その縁を切られるというのが、代償ということか」

『ええ、あなたはあなたが思っている以上に、それを大切にしていますから』

 

 黒服の言葉に、ワタバは何を言っているのだろうと思う。

 そもそも今回の事件の発端はワタバがホシノと先生の記憶を消したことから始まっている。人との縁を大事にするなら、そんなことをするはずもないだろうとワタバは反論するつもりだった。

 

『でなければあなたはどうして、人と会うときに自分の予定を崩してでも入れるのですか?』

 

 思わぬところを突かれて、飛び出しかけた言葉を飲み込まされる。

 

『私に気に入られようとしていた時期はそれでも理解できました。しかし、私に対する感情が薄れた後も、マエストロが訪ねる時も、あなたは自分で元からやるはずだった予定よりアポの方を優先した。今回のメリサさんからの相談のときもそうでしたね』

 

 ――あなたは一人で生きられるかもしれませんが、一人で生きたいわけではないのでしょう?

 

 耳が痛い言葉が、黒服の口から紡がれる。

 それが可能であることとそれをやりたいかは別の話だということを、ワタバはよく知っている。生徒を転校させるときにもその話がよく出てきたからだ。

 

 彼女は彩ワタバという人間が一人を苦にしないタイプであることを知っている。

 だがそれ以上に、人と関わって何かをすることの楽しさや人と関わることによって生まれる感動を知ってしまっていた。黒服(他人)と関わって世界が大きく広がった経験が、彼女に一人でいることをどこまでも躊躇させる。

 

「まあ確かに、一からまた信頼関係を築いていくというのは、大変だと思うよ」

『ええ、特に今回の一件で先生とあなたの関係は大きく変化するはずでしたから』

 

 そんなことを言われて、ワタバは又鳩を助けに行く前の先生が慌てふためいた様子を思い出し、失笑する。

 あんな感情豊かな大人がいたら皆が面白がって近付きたくなるだろう。人が良くて決めるところは決めようとするから、虜になってしまうのも理解できる。

 そんな評をワタバが口に出せば、黒服が訝しんだ。

 

『ワタバさん、まさかとは思いますが』

「そんなわけないでしょ。私はしばらくそういうのはパス。悪い(ずるい)大人はもうコリゴリだよ」

 

 それからワタバは土地や学校や街の状況について確認したが、話を聞く限りでは問題ないと判断した。元々戦いに赴く前に黒服に託したように、ほとんど手続きが終わっているのだ。任せても十二分にどうにかなる話なのである。

 電話を切って、これからのことを考えた。こちらに正式な手続きで帰ってきてしまっている以上、特に何かやることもなかった。

 卒業した扱いなので勉強は問題ないが、考えるべきは進路だろう。

 

「元々は、別荘でも買ってそこに住むつもりだったんだけど……」

 

 やっぱり生徒(みんな)を導く教師になりたい。教師でなくとも教導者でありたい。

 それが先生と会って、メリサとぶつかって、そこで得たすべてを失ったワタバが得た数少ない自分の正直な気持ちである。

 そこにもう一つだけ、欲を言うのであれば。

 

 連邦生徒会に企画書を持っていったら、あっさりと許可されてしまった。

 てっきり生徒じゃなきゃダメだとか言われると思って、先生のことを引き合いに出してゴネる準備をしていたのだが空振りに終わった。

 あっさりと決まって部屋を準備され、知らないうちに面談も入れられてしまった。

 七神リンに話を聞けば、どうやら来年度の新しい生徒会長が気に入ってくれたようで。

 お試し期間中に成果を出せるようにいろいろと手を回してくれているらしい。

 

「こちら、本当に良かったのですか? ヘイローの機能を排除して、速度と進行ベクトルを忘れさせる神秘を纏う機能を付与するだけで」

 

 黒服に修理してもらったヘアクリップは、寝ている時でも守れるように防御用の神秘を込めさせた。どうせストックを残しているだろうと思ったら本当に残していたので、その機能だけを加えたものをマエストロに頼んで修理してもらった代物である。機能美以外何もないただの装置の開発に芸術家は文句を漏らしていたが。

 

「いいんだよ。ヘイローがない方が子供(生徒)大人(教師)を見分けやすいだろう?」

 

 あれは私だけの物語(アーカイブ)として、思い出にすればいいだけの話なのだから。

 

 そんな昔話を思い出していれば、連邦生徒会『進路相談室』の執務室の扉がノックされた。招き入れてみれば懐かしい顔が二つ、部屋に入ってくる。

 

「今回はちゃんとアポを取ってくれてよかったよ。ここにいることはほどんどないからね」

 

 今の私は、連邦生徒会の外部顧問として『進路相談室』を運営している。その情報収集のために日々いろんな学校に実地訪問にしているため、空室にしていることが多いのだ。

 ワタバの言葉の意図を掴みかねているのか先生は不思議そうな顔をしているが、こっちの話だとワタバはひらひらと手を振った。

 

 本当は違う。何回もやり直している。だがいつかの約束通り、先生はアポを入れてくれた。

 だからそこに敬意を込めて、ワタバは「はじめまして」と口にする。

 

「連邦生徒会進路指導室所属、外部顧問の彩ワタバだ。よろしく」

 

 差し出した手を取った先生の後ろに控える、未だ衝撃から戻らぬ緑髪の少女を見て。

 

「久しぶりだね、メリサ」

「ワタバ先輩っ!」

 

 飛び込んできたメリサを受け止め、ワタバは笑う。

 最近会うたびに見えていた疑心が晴れていることが分かったから。いろんなところからの情報で大丈夫だということは聞いていたのだが、直接会ってみないことには心配は拭えなかった。

 しかし今こうやって彼女の胸で嬉しそうに泣くその姿を見れば、自分がしたことに意味があったのだと実感が生まれてくる。

 

 その一欠片も陰りがない後輩の笑顔を見て、心からその幸せを願う。

 彩ワタバとは、そういう人間である。




書き直してたら日付ぎりぎりになってしまった。
こちらで本編完結となります。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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