残った少女と残らなかった少女   作:息抜きのもなか

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このお話の重要要素、彩ワタバの神秘についてお話。


忘却の神秘

 学校の職員室で応接室の鍵を取り、二人を応接室に招いたワタバは慣れた様子でお茶の準備を始める。

 紅茶でいいかと聞いても反応がなかったので肯定と受け取り、そのまま備え付けのセットを持ってきて二人の前でティーポットにお湯を注ぐ。

 

「"手慣れているね"」

「まあね。手続きに関してはもうあらかた片付けているし、やることもそう多くないからね」

 

 そう言いながら二人の分の紅茶をティーカップに注ぎ、二人にすっと差し出した。

 自分の分を用意しないワタバに先生が何か飲んだらと言外に遠慮しないでほしいと伝えると、ワタバは「では失礼して」とティカップの置いてあった棚から常備品であろう水のペットボトルを引っ張り出してきて飲み始めた。

 

「"紅茶を飲まないの!?"」

「紅茶は苦手なんだ。そしてこの部屋には紅茶以外出せるものはない」

 

 選択肢ないじゃん、とホシノが呆れた声を上げる。水の貯蓄量には余裕があるため、ワタバは紅茶が嫌だと言われればそれを机に置くつもりだったと弁明にならない弁明が行われる。

 

「そういえば、どうしてこんなところに? あのトンネル、入り口は隠していたはずだけど」

 

 あのトンネルの入り口が壁に見えていたのはワタバの所為だと聞いて、先生とホシノが顔を見合わせる。

 この街への入り口はトンネル以外にももう2つのルートがあり、そのどちらも現在は入り口を隠しているのだが、そちらからの方がまだ理解できるのだ。隠している理由は不良たちに見つからないようにというのが半分、一人で静かに過ごしたいという欲望がもう半分。

 

「いや~実はねー」

 

 ホシノが慰安旅行を後輩たちにプレゼントしたくて下見に来たことを告げられ、ワタバはそれなら温泉地とかの方がいいのではと提案する。

 それも候補に挙がってるが治安があんまり良くないところばっかりだから迷っているというホシノに、先生が何かを思いついたのか耳打ちをする。

 

「確かにそれはいいかもね~」

 

 そうしてこちらに目を向けた二人の視線に、面倒ごとの気配を察して身構える。

 

「良ければでいいんだけどさー。後輩たちにここを案内してあげてくれない?」

「"私からもお願いするよ。現地に詳しい人が居ると、きっと普通だと気付かない魅力に気付けると思うんだ"」

 

 ほれ見ろと思わないこともなかったが、顔に出さないようなんとか堪える。

 ガイドをしろというなら、確かにワタバは適任だろう。観光プランを考えて売り込んだこともあり、どこを見ればいいかは熟知している。

 問題があるとするならば彼女が面倒くさがりであるという一点に尽きる。

 

「ちゃんと事前にアポを取ってくれるなら構わないよ。シャーレの大人の依頼だ。良きに計らおう」

 

 そんな言葉を垂れながらタブレットに目を落とせば、トンネルに放置していた不良集団がちらほら意識を取り戻しつつあるようで多少熱の動きが見える。

 いまから向かっても早ければこちら側に出てきてしまう可能性がありそうだ。

 さてどうするかと思案していれば、そこは数多の生徒を陥落してきた目ざとい大人――先生が声を掛けてくる。

 

「"どうかした?"」

 

 これはいい。

 ワタバは先生の指揮を見るいい機会だと思い、トンネルの不良たちの撃退に協力してほしいと依頼する。先生が断るわけもなく、ホシノも「一回助けてもらったしねー」と了承する。

 

 外へ出て駅の方を見れば、まだ不良たちはトンネルの外には出てきていない様子。

 階段を降り切って駅に向かっている途中でようやく不良の一人が顔を出し、ホシノがそれに反応して先制攻撃を仕掛けた。

 当然のようにヘッドショットを決めたホシノに目を瞬きつつ、先程やんちゃしていたとか言っていたことを思い出す。それが言葉通りの意味ではなく、高い戦闘能力を存分に振るっていたことを指すということぐらいは戦闘経験の少ないワタバにも理解できていた。

 

「悪いが私はあまり戦闘能力は高くなくてね。シャーレの護衛とサポートに回らせてもらうよ」

「りょーかい。じゃあ私は突っ込んじゃおうかなー」

「"無茶はしないでね、ホシノ"」

 

 わかってるよー、と軽く返しながら盾を構えて進んでいくホシノを見て、なるほど不良たちから逃げていたのは先生を守り切れる保証がなかったからかと理解する。

 それを証明するかのようにワタバの方に弾丸が飛んでくることはほとんどなく、たまにこちらに飛んでくる銃弾から身を護っているうちにホシノが不良を片付けていた。

 

「強いね」

「先生のサポートあっての話だけどねー」

 

 それにしてもだ、とワタバは思う。

 あの大きさの盾の重さを感じさせないスピード、ほぼ外さない命中精度、ロケットランチャーの攻撃を盾で受けても一歩も引かない強靭さ。

 加えて近接での盾による攻撃。自分がそれを喰らうところを想像して、あまり戦いたくない相手だなと明後日の方を向く。

 

 お疲れ、と声を掛ける先生を横目に、ワタバは駅の倉庫からトロッコを引っ張り出し、気を失った不良たちを雑に載せていく。

 ホシノにも手伝ってもらいながら積み重ねるようにしてトロッコへの積み荷を終えると、タブレットを操作してどのあたりまで運ぶかを設定する。

 

「そういえば、ここのトンネル隠してたって言ってたけど、こいつらにバレちゃったけど大丈夫?」

 

 ホシノからそう指摘され、ワタバは先程学校で慰安旅行の案内を頼まれたことを思い出す。

 面倒だしなかったことにするかと思い立ったワタバは、どうせなら見せるかとトロッコに近付いた。

 

「大丈夫だよ。忘れて貰うから」

「"……? どうやって?"」

「頭をガンガン殴ったら記憶なくなる前に死んじゃうよ!?」

 

 物理的な方法で記憶の消去を行おうとしたホシノに、そんな野蛮なことはしない、とワタバは苦笑する。

 ワタバはトロッコに向けて両手を向け、そこに乗る全員に行きわたるように神秘を込める。

 気付くならホシノの方だと思っていたのだが、反応を見る限りやはり何も見えていないようで。

 

「"今のは……神秘?"」

「君の方が気付くとはね。いや、もしかすると優秀なのはタブレットの方かい?」

 

 先生がちらりとタブレットへ目を落としたことを目敏く見ていたワタバが指摘する。『シッテムの箱』の存在を知っていたわけではなく、キヴォトス人ではない人間が気付くより機械が神秘に反応する方がまだ理解ができる話というだけのことだ。重機やドローンで戦う生徒もいる以上、機械に神秘を込められることは周知の事実として存在しているわけで。

 

「私が持つ神秘は『忘却の神秘』でね。人の記憶を忘れさせることができる。抜け落ちた記憶も都合のいい記憶で補完される便利な代物だよ」

 

 周囲との齟齬が起こることもあるから万能とは言えないがね、と補足する。

 今回に関しては折角だしこの地域に来たことも忘れてもらおうと考えたワタバは、先程の神秘に加えて通常より多めの神秘を注ぎ足した。

 それからタブレットを操作すれば、動き出したトロッコはあっという間にトンネルの先へと消えていく。この線路はチンクエテッレ地方の外まで繋がっているため、列車にぶつからないように調整を行えば他の地域に不良を押し付けられるという寸法である。

 

「あっという間にいなくなったねー」

 

 そんなことを言っているホシノに近づき、ワタバは忘却の神秘を発動する。

 油断していたのか抵抗なくホシノの体から力が抜け、ぐらりと揺らいだ。倒れないようにその体を支えたものの、盾は支えを失くして大きな音を立てて地面に転がる。

 忘れる対象をこの地方に関することにするため、ホシノの神秘量も考えて保険として更に大量の神秘を重ね掛けしておく。

 

「"……っホシノ!"」 

「眠っただけだよ。記憶の整理をするためにね」

 

 ホシノが倒れたことに焦る先生を気に留めず、ホシノを丁寧に地面に横たえる。

 こちらに駆け寄ってくる足音を意識に入れつつも、タブレットでホシノをスキャンして状態をチェックする。

 

「"そんな、大人のカードが効かない!?"」

「大人のカード? ああ、確かシャーレの人はそれで奇跡を起こせるんだっけ」

 

 そんなことに興味はないと言わんばかりに自身の後方へ神秘の出力を向け、そのまま神秘の調整だけして地面に倒す。

 ホシノの状態を確認し終わったワタバはそのままタブレットを先生の方に向け、「やはり」と小さな声で零した。

 

「原因はこのタブレットかな。何か動いている起動状態なのはわかるけれど、カラクリはさっぱりだね」

 

 ワタバは『シッテムの箱』を先生から引きはがし、ホシノの盾の上に移動する。

 それから先生のもとに戻ってタブレットを確認しながらホシノと同じぐらいの影響になるように調整し、念のため『シッテムの箱』にも神秘の力を過剰に注いでおいた。

 

 これが原因でしばらくアロナがポンコツになるのだが、アロナの普段の行い故か気にされることはなく。大半をアロナが引き受けた結果プラナにはちょうどいいぐらいの影響に留まったこともあってかアロナがいつものようにひどい扱いを受けることになるのはまた別の話である。

 

「さて、これで面倒ごとはなかったことになったかな」

 

 二人をトロッコに積み、不良たちとは違う駅まで送り出す。加えて友人に連絡してアビドスまで運ぶよう依頼を行い、隠滅工作を全力で実行。

 

「また会えたらもう一度挨拶からやり直そう。あ、来るときはアポを忘れずにね。覚えていないと思うけど」

 

 不良たちの記憶消去のおまけとして、アビドス一行への慰安旅行の案内を頼まれたことを忘却(なかったことに)。やりたくないことの排除にはそれなりの労力を。

 彩ワタバとアビドス一行の再会(邂逅)はそう遠くない。




ゲーム内だとストーリの更新がここで切れてそう(part1みたいな)。
先生はこんなことじゃカード使わんだろと思われると思いますが、本当にそう思います。
カードを使った理由をこじつけるならワタバの神秘が危険だと解っているからです。気絶させるつもりで攻撃していますが、ワタバの方が神秘の使い方が上手かったというだけで、たぶんワタバ以外なら目論見通り倒せてると思います。
次は掲示板会を挟んでいよいよオリキャラ2人目の方に移動です。便利屋68も登場します。
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