「第7003548世界にて人類の滅亡を確認。」
「現在20694の並行世界のにて通信衛星に不具合が発生。」
「第29世界にて技術的特異点の発生を確認、詳細は不明。」
今から20年前、西暦4235年において我々は他の並行する世界、すなわちパラレルワールドの観測に成功した。
パラレルワールドはもともと存在する世界から枝分かれしていくことで無限に数を増やしていく。我々は我々の住まう世界を便宜上第1の世界とし、パラレルワールドの存在を確認した時点より我々から分岐した世界に番号をふっていった。我々が他の世界を確認する以前に発生したパラレルワールドの確認には成功していない。
他の並行世界は一つの世界から分岐していったもののため我々とは大差はなく、無限に私が存在している。このため、それぞれの世界が己の世界を第1世界だと認識している。
そして現在、我々パラレルワールドの者達は互いに世界を超越した交流を可能としている。交流といっても通信による情報伝達に留まっているが、ゆくゆくは物質での交流も可能となるだろう。
そしてこの並行する世界間の交流を統括する組織がここ、並行世界相互観察機関「ユグドラシル」である。
「ユグドラシル」は現状存在する全ての並行世界によって構成されており、各々の世界が他の並行世界に向けてその世界の情報発信を行うことで、他の並行世界で産まれなかった技術やイベントを共有することを目的としている。
<これまでに共有された技術、イベントの一部>
技術:四次元間通信技術
並行世界差異測定及び分類方法
世界分岐チャート
円環型永久発電機関
非破壊型原子爆弾
イベント:全ての昆虫類の絶滅
太陽の消失
地球外生命体との接触
全世界言語統一
人類の滅亡
これらの技術、イベントによって我々人類、もしくはそれに相当するものが更なる発展を遂げてきた。
「緊急事態発生!」
唐突に警告が組織本部内に鳴り響いた。本部内は騒然となった。これまでに緊急事態などというものがなかったからだ。我々は他の並行世界と協力し、できる限りの手を尽くして防げなかった場合でも、並行世界の滅亡を沈黙して見守り、切り離した。しかし、これでも緊急事態ではなかった。つまり、現在、世界の滅亡よりも火急の事態が発生しているのだ。
「何が起きた!?」
私は通信官に問い詰めた。計器はなんら異常もなく、とても緊急事態には見えない。
「並行世界が、減少していっています!」
「どういうことだ?」
「今からおよそ13秒前に新たな並行世界の発生が停止、時が経つにつれて既存の並行世界が消滅、というよりも融合のようなかたちで数を減らしています。」
並行世界の分岐を表すチャートを見ると、大樹のように枝を生やし分かれた何本もの線が、ある時点より間隔を狭め、遂にはまた一つになってしまったものが何箇所かに確認できる。確かに通信官の言っていることは正しかった。
「長官、何かご指示はありますか?」
通信官が私に命令を乞う。こんな事態に何が正解か分かるはずもない。
「各世界も混乱に陥っていると思うが、原因が分からないままではどうしようもない。現状我々は通常通りの作業を続行、原因については私達上層部と研究部門が調査を行う。」
「了解」
とりあえずの指示を出し、私はこの場をあとにした。
それから三週間、原因の解明を急ぐも進展は見られなかった。技術の氾濫するこの時代においてはまったくの異常事態であり、研究者達は日に日に焦燥感を募らせていった。その間も無慈悲にも並行世界の減少は続き、それがさらに研究者達の心を削っていく。並行世界の減少による実質的な人員や技術の減少も、追い討ちをかけていた。
三週間、並行世界間の交流は表面上はいつも通りに行われていた。しかし、その裏に戸惑いや不安があることは明らかであった。
このまま原因も分からず全ての並行世界が消えてしまうのではないか、そのような空気が本部に蔓延し始めた頃、ある福音、もしくは私達の終わりを告げる言葉がもたらされた。
「以前より発生していた一部の並行世界における通信衛星の不具合の回復を確認、それに伴い第29世界での技術的特異点の詳細を把握します。」
「詳細を把握。内容は『五次元間移動技術』、通称『タイムマシン』です。」
この報告の直後、研究室は静寂に包まれた。研究員達はこの報告に何か光を見出し、一斉に考察を始めた。
その二日後、研究所長が私のもとを訪れた。伸び放題の白い髭が、ひどく滑稽に見える。所長は目の下に深い沼を思わせる黒々としたくまがあったが、目は爛々と輝き、上擦った声でこう言った。
「長官殿、我々は遂に、この異常事態の原因と思われるものが分かりました。今、ここで、お話しいたしましょう。」
「まず並行世界学の基礎的な考え方、並行世界は『可能性』の世界であることを頭に入れといてください。この考え方は並行世界が起こりうる全ての出来事によって分岐される、つまり、どんなに少なくても発生する可能性のある出来事達によってそれぞれ世界は分かれていき、逆に、全く発生する可能性のない、不可能な出来事達は並行世界をつくることができない、といったものです。」
「それでは本題に入りましょう。結論から申し上げますと、原因は第29世界で作られたタイムマシンだと思われます。おそらく、第29世界の研究員達はタイムマシンの実証実験で未来へと渡ってしまったのでしょう。未来もまた可能性の世界、起こりうる世界のどれかに辿りついたのでしょう。しかし、観測してしまった時点でその未来は存在してしまうことになります。」
「『未来が存在する』とはどういうことだ?」
「『確実にその未来へ至る』ということです。すなわち様々な他の可能性の未来が不可能な未来となって消失し、世界が観測された未来ただ一つへの道のりを辿っていくようになるのです。そしてその未来となる可能性以外の可能性が閉じ、世界の分岐がストップします。この時点より第29世界以外の並行世界も影響され、ただ一つの未来へと向かっていきます。その過程で複数の並行世界の動きが全て同じになることで、並行世界の融合、それによる減少が発生するのでしょう。」
「しかしそれでは同じ人物でも持つ過去が違ってしまうのではないか?」
「いいことを聞いてくださいました。では、世界分岐チャートをご覧ください。融合していく並行世界はどれも四次元的距離がかなり近いでしょう。たとえ違う並行世界であっても、違いがほとんどないということです。このため、融合した結果生まれた世界において過去に矛盾が生まれることはないのです。反対に、大きく違いを持つ並行世界とは絶対に訪れる未来、その瞬間のみに融合すると考えられます。」
所長の話を聞く間、私はふと今現在何人の私がこの話を聞いているのだろうかと考えた。他の世界の私達はこの話をどう受け止め、どう判断するのか、問いかけてみたくなった。
「このまま我々はただ一つの未来へと突入していくのでしょう。そしてそれは何者でも止めることはできません。」
「つまり、我々にできることは何もないと?」
「そういうことです。しかしその未来の後にまた並行世界は無限に発生していきますし、今からでも第29世界が見た未来を知らせて、心の準備くらいはさせてもらえることでしょう。」
「第29世界より、通信が送られてきました。」
所長の話に区切りがついた頃、私に報告が届いた。
「噂をすれば、というやつですな。」
所長が呟いた。その口調はどこか楽しげである。
「内容は?」
「短いメッセージのようです。」
私と所長は目を合わせた。何やら嫌な予感がしたからだ。そんなことにかまいもせず、通信官は淡々と報告を続ける。
「読み上げます。」
『すまない。』
西暦4259年、遂に最後の人類がその命を終えた。その者は深紅の水たまりに沈み、体を動かせなくなり、息絶えた。今もなお、かつてつくられた永久発電機関によって摩天楼は輝き続けるが、その煌々とした光を見る者など誰もいない。
かつて「ユグドラシル」であった施設の一室、そこにある一本の幹、たった一つとなった世界が枝を伸ばし始めた。徐々に、徐々に、幹から分かれた枝はさらに分かれ、数を増やしていく。
世界がただ一つの避けられざる未来に到達し、再び世界の分岐が始まった。しかし、一本の樹が枝を生やし成長していくこの営みに、何ら生命は感じられない。
無限に、永遠に、誰もいない世界が生まれていく。