平凡に、退屈に、平和に学校生活を送る黒上シヲリはいつも通り図書室に向かうがそこに、宮本千織は居なかった。
図書室には不在を知らせる手紙が置いてあり、少し迷った後、シヲリはそのまま図書室に残り本を開くも、脳裏に過るのはあの夜の出来事であった。
◇
――っ。はぁ、はぁ……。。はぁ、ふぅ……、ふぅ。
荒れた呼吸が、中々整わない。
全身の血液は沸騰しそうなほどに熱を持ち、太ももは今にも千切れてしまいそうだ。
……こんなことなら、普段からもっと運動しておけばよかった。
なんて、そんな意味のない公開すら頭に浮かぶ。
いつの間にか、来ていた河川敷。
耐えられず、僕は仰向けに雪の上に転がり目をつむる。
火照った体を雪が冷まし、瞼の裏には先の情景が焼き付いている。
静かな洞窟。白い光景。紅い血。
その中で佇む、真白で透明な少女は、とても――
「追いかけっこは、……もう終わり?」
「――うん。もう1歩だって動けやしない。」
心地の良い声音が耳を打つ。
不思議と、もう恐怖だとか、そういったマイナスの感情はこの時にはもうなかった。
うっすらと目を開けると、先ほどの少女がそこに。
降りてくる雪と、月明かりをバックに佇む少女は、まるで1枚の完成された芸術のように、美しかった。
左手には、鋭利な凶器が握られている。
「申し訳ないとは、思っているわ。」
彼女は今、どんな感情を抱いているのだろうか。
その表情に、色はない。
人ってここまで冷たい表情ができるのか。
そう、どうでもいい気づきが脳内に占める。
そして、彼女は僕を前にして大きく、その凶器を振りかぶる。
「事故にあったとでも思ってちょうだい。そして、恨むなら私を恨んでいいわ。」
「僕は、死ぬのか?」
「そうね。」
「どうしてか、聞いてもいいだろうか?」
「魔術は、秘匿されなければいけないの。」
「魔術?」
「知らなくていいわ。ただ、そういうルールだと思ってくれればいい。」
くれればいい、なんて。
今から殺そうとしている相手に、随分と無責任だな、と思いながら僕は再び、目をつむる。
「抵抗しないのね。」
「抵抗したら助かるのか?」
「いいえ。」
「だろうね。」
「なぁ。」
「何?」
「せめて痛くしないでもらってもいいか、死んだことすら気づかないくらい、こう、スパッと、いける?」
「……えぇ、もちろん。」
……、……。
…………、…………。
ふむ。
「もしかして君は、あれ?と目を開けた瞬間に殺すのが好きなタイプかな?あまり、感心しない性癖だね。」
「…………。」
「何か、迷っているの?」
問いは帰ってこない。
それでも、一向に訪れないその時。
しかし、その言葉がトリガーになったのだろうか。
――ヒュン。
と鋭く風邪を切る音。
それは、間違いなく命を刈る音がした。
だけど。
だが。
しかし。
けれど、どうしてか、その音が僕を通過することはなく、僕の真横に深く突き刺さる。
「気が変わった……?」
「……あなた、死ぬのが怖くないの?」
「怖いよ。」
「じゃあ、なんで。」
じゃあ、なんで。
予想外の質問に、僕は思わず目を開く。
相変わらず彼女は無表情であった。
「なんでだろう。死ぬのは怖い。だけど、それだけだから。それに……」
「それに?」
気づけば出ていた言葉。
言葉を止めたのは続きがないからではない。
いうべきか迷ったから。
言う意味がないなと、そう思ったから。
だけど、どうせ死ぬのなら、と言ってしまうことにした。
「どうしてかはわからないけど。君になら、殺されてもいいと、そう思ったんだ。」
痛いほどの静寂。
我ながら寒いセリフ。
きっと僕は、この後死後の世界なんてものがあるのなら、布団にくるまって大声で喚き散らすのであろう。
だけど、噓はない。
「ふふふ、あなた、変なのね。」
「これに関しては、否定できないな。」
頬を撫でる笑い声。
心なしか、雪はその勢いを強めている気がする。
「うん。そうね。あなたでいいわ。」
そんな中でも彼女の声は、よく聞こえた。
「――え?」
同時に強く手を引かれて、強引に立たされる。
文字通り目と鼻の先の少女。
近くで見ると、その美貌が際立って見えて、思わず息を飲み込んだ。
「ねぇ、あなた、名前は?」
「名前?」
「そう、名前。名前くらいあるでしょ?」
「そりゃあ、あるけど。」
「私はルシャよ、ルシャ=ルシアーデ。あなたは?」
「シヲリ。黒上シヲリ。」
ふ、と彼女が笑う。
少し、驚いた。
少女が想像よりずっと、柔らかい笑い方をしたから。
「そう、シヲリ。ねぇ、シヲリ。2つだけ質問してもいいかしら?」
質問、とこちらが困惑していると、しかし彼女はその返答を待たずに質問を開始してしまった。
彼女の中ではもう、質問をすることは決定事項だったらしい。
「――1。シヲリは、人を殺したことがある?」
「え、いや、ない、と思うけど。」
あまりに突飛な質問に、しどろもどろに答えれば、彼女は、そう、とだけつぶやく。
「――2。シヲリは、死にたいの?」
「いや、死にたいわけじゃ、ないけど。」
あまりに変な質問2つ。
もしかして、勘違いしてしまっているのだろうか。
僕は死を受け入れていただけであって、死にたいわけでは決してない。
しかし、彼女は勘違いしているわけではなかった。
僕の答えに、彼女は嬉しそうに笑って
「そう」
とつぶやく
そして、彼女は言った。
「それなら、提案があるわ、聞く?」
僕は、虚ろのまま彼女を見る。
「3つ目の質問だ。」
「そう。それなら死ぬ?」
「冗談だ。ぜひその言葉の先を僕に聞かせてほしい。」
せめてもの意趣返しに、と思ったが手痛いしっぺ返しを食らうところだった。
諦めて、目を閉じる僕に彼女は
「よろしい。」
と。僕の手を取って、後ろに倒れた。
必然僕も倒れこみ、彼女に覆いかぶさる形になる。
少女は変わらず笑みを浮かべて、僕の両手を自分の首へと持っていく。
彼女の首は、暖かかった。
力を入れれば、折れてしまいそうなほど細くて。
「――ねぇ、シヲリ。私と、契約をしましょう。」
その声は、蠱惑的に僕を誘った。
◇
――パタン。
開いていた、本を閉じる。
「……僕も帰るか。」
気づけば17時の鐘の音。
意地のようなもので、1時間は残ってはみたけれど、趣味の読書もどうにも集中できない。
半年ほど前は、これが普通だったのに、やっぱり友好関係を広げるのは人間としての弱体化ではないかと、こういう時に思う。
そんな屁理屈にも近い、違和感を喉元で飲み込み、本を閉じて席を立つ。
外はまだ、茜色に染まったくらい。
こんな時間に帰るのも久しぶりだし、帰り道本屋にでも寄ろうかな。
なんて、そう思っていた。
……僕は思わず、足を止める。
出会いは突然で、事件はいつだって急に起こる。
それなら、2度目の出会いは、必然か。
ゆっくりと流れていた日常。
……目の前の光景に、目を見開く。
それは、5日前と同じ光景。
「遅かったじゃないシヲリ。あんまり遅いものだから、私から来てあげたわ。」
この時、間違いなく亀裂が入った音がした。
亀裂から、再び朱が侵入してくる。
「どう?うれしいかしら?」
「なんで、君がここに。」
放課後の校舎。
その正面玄関。
朱色に濡れた雪の姫君が、そこにいた。
◆
どうも藍間です。こんにちは。
二日目四話目、読んでいただきありがとうございます。
いよいよ、ルシャが出てきましたね。白髪白目、高貴さを感じる立ち振る舞い、あぁ、美しいですね。大好物です。
閑話休題。
もしよろしければ、『面白い』『続きが気になる』『この人が好き、可愛い』など思っていただけましたら、感想や評価の方を頂けると、作者が大変喜び、そして筆が進みますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
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